3話 不善なる能力者 17項「山奥にて」
「ああ……マジできつかった……」
頭や肩に葉っぱを乗せた千空が、満身創痍で声を漏らす。
「確かに、これはちょっとね……」
服に付いた草や枝を払いながら、未來も千空の意見に賛同する。
今回のメンバーは、千空、未來、楓、毒島の4人になった。取りあえずは状況の確認が目的なので、「REAXTION」で犯行現場を観ることの出来る未來と、研修目的の千空と楓である。
そして今に至るわけなのだが……今回の現場はたどり着くまでにかなりの労力を要した。
というのも、死体発見現場が山奥だったのだが、人が通るための道が存在しなかったのだ。人が通れなければ車も通れるわけがなく、必然的にメンバー達は何も手を付けられていない森の中をひたすら進むことになる。
つまり、草をかき分け枝をかき分け森の斜面を登ると言うことで……それはそれは大変な思いをしたのだった。調査の前段階だと言うのに、メンバー達はすでにクタクタであった。
そんなわけで少し休んでいると、前回の捜査の時と同じく出雲警部が出迎えてくれた。
「あれ、出雲警部……でしたよね。 今回も担当なんですか?」
「ええ、そうなりますな」
千空の質問にさらっと答える警部。今回の現場は前回とは違う県だったので、担当の警部も違う人かと思っていたのだが……
不思議そうに警部を眺める千空に、未來が答えを教えてくれた。
「出雲警部は警視庁の所属なんだけど、アイズホープが出動する事件は全て担当することになってるの。だから、どこで事件が起きても私たちが顔を会わせるのは出雲警部ってこと」
なるほど、そういうことか。確かに能力者を扱うわけだし、県ごとに担当者を任命するよりは、一人に絞った方が情報漏洩なんかの心配も少なくて良いかもしれなかった。
「そちらのお嬢さんは、千空君の同期という楓さんですかな?」
「あ、はい! 明日見楓です。よろしくお願いします!」
千空が未來に説明されている間に、楓も警部との挨拶を終わらせたようだった。いつものようにありあまる元気と共に挨拶していて、こうしてみると明るく快活な女の子にしか見えない。真佳が絡むと変な人になってしまうのが本当に不思議で仕方がなかった。
一通り挨拶や説明が終わると、警部が死体発見場所まで案内してくれたので、メンバー達はついていくことに。
現場を見ると、証拠となりそうなものにアウトラインが引いてあり、被害者の遺体が遺棄されていた場所もしっかりと分かるようになっていた。これなら捜査もしやすそうである。
「では早速ですが、未來さん」
「はい。この辺りですね」
警部に促され、前回と同様に目を閉じ能力を発動する未來。彼女にとっては何十回と繰り返したやりとりだと思われるので、迷いもなく手慣れたものであった。
しばらくすると、未來が目を開き辺りを見回した。どうやら犯行時刻の映像にたどり着いたようで、警部の手首を掴み映像を共有していた。
やっぱ便利だよなぁと思いながら千空が未來を眺めていると、楓が声をかけてきた。
「ねえねえ千空君、未來ちゃんの能力って、どんなの?」
そう言って、楓は絶賛能力発動中の未來の方へ目をやる。
あ、そうか。そういえば、楓の能力はメンバーの前で披露したけど、逆はまだだったな……
千空も初めて未來の能力を見たときは何が何だかさっぱりだったので、楓の気持ちがこれ以上ないほどによく分かった。
「ああ、あれは――」
と、そこまで言って千空は口をつぐんだ。
そうだ、せっかくなら楓にも事前情報無しで未來の能力を体験して貰おう。そっちの方が驚きも倍増だし、静也もそうしてくれたので、ここで千空がネタばらしするのは無粋だった。
「未來に直接聞いてみると良いよ。説明難しいし」
「わかった!」
手を合わせて頷く楓。静也に言われたときの千空と違い、彼女には能力を教えてくれなかったことへの不満はないようだった。
まあ訓練の時からして、真佳が組織に居るのかの確認をメンバー入りしたときの楽しみに取っておくような人だったし、不思議ではないどころかむしろ想像通りである。
ちなみに、その後楓が未來の能力を体験して大騒ぎしていたのは言うまでもなかった。
楓が落ち着くと、いよいよ本題に入る。
「うーむ。予想はしていたが、これは困ったことになったぞ……」
「やはり、殺害されたのはここではないようですな」
毒島と警部が眉間にしわを寄せ唸る。
それもそのはず、楓の後に千空も事件当日の映像を観せてもらったのだが、残念なことにそこには殺害現場は映っていなかったのだ。映っていたのは犯人が既に死んでいる被害者をここに置いていく場面のみで、特に重要そうな情報は得ることが出来なかった。
加えて、今日の目的は犯人の能力を探ることがメインだったので、そこが映っていないと言うことで、思いっきり出鼻をくじかれてしまったのだ。
「まあ、普通こんな山奥に生きた人間は来ないよな……」
「そうだね。早期に見つかったのが不思議なくらい」
「私だったらこんなとこ絶対来ないよ」
口々に意見を述べ、辺りを見回すメンバー達。
周囲は木々に囲まれており、日の光はあまり届いていない。足下はかなり悪く、静也じゃないが油断しなくても転びそうである。
今回は捜査なので足を踏み入れているが、こんな山奥、よほどの理由でもない限り人が訪れるわけがなかった。
「怪しい人影を見たってことで、山奥まで見に来てくれた近隣住民に感謝だな」
実は、今回被害者の遺体が早期に発見されたのは近隣住民のおかげであった。怪しい車を目撃した近隣住民が、中から出てきた人間を追って山まで入ってくれたのだ。そして、遺体を発見したというわけであった。
犯人と鉢合わせたらその人まで殺されていた可能性もあるので、本当に勇気ある行動だと、千空はその住民を心の中で賞賛した。
「ええ、本当に頭が下がりますよ。それと、そのことから一つ分かったことがありましてな」
すると、警部がそんなことを口にした。どうやら何か分かったようだが、こんなに少ない情報から、一体何がわかるというのだろうか?
「なんですか?」
「ええ。それは、犯人は恐らく数人のグループである、ということですな」
「え、どうして分かるんですか?」
「簡単な話ですよ」
そして、警部はメンバー達にわかりやすく説明してくれた。
まず、今回の殺人はある程度賢い人間が企てたと考えられる。それは、遺体がほとんど何も所持していなかったからである。財布は一応ジャケットのポケットに入っていたが、カード類やユーフォはなくなっていた。
犯人が遺体から持ち物を抜き取る理由はある程度限られ、十中八九犯人にとって都合の悪いモノを被害者が所持していたからである。今回の場合だと、ICカードやユーフォなどから被害者の足取りを調べられると、犯行日や現場を特定される恐れがあるからであろう。
そこまで考えて行動しているにもかかわらず、近隣住民に遺体を遺棄しに山へ入るところを目撃されてしまう。つまりそれは、犯行を指示した人間と実行した人間が別人であるという可能性を示唆しているのだった。
「でも、犯人も残念だったね。実行犯が間抜けだったせいで、持ち物を取った意味あんまりなくなっちゃったんだもん」
「そうだな。犯行日は分かっているから、後は被害者の家から防犯カメラなんかをたどっていけば、犯行現場くらいは特定できるだろう」
楓の言葉に、毒島も頷く。二人の言うとおり、これなら犯行現場くらいは警察でも特定できそうだった。
現場さえ特定できれば未來の能力があるからこっちのもの……そう思ったのだが、メンバー達の期待を裏切るように警部が残念そうに口を開いた。
「いや、私もそう思ったのですがな……実は捜査が難航しているのですよ」
そして、警部はさらに説明を続けた。
実は、既に監視カメラの映像を元にした捜査は始まっているのだという。しかし、捜査が始まってから全くといっていいほどに進展がないのだそうだ。
捜査が進展しない主な理由は3つ。
一つ目は、被害者が家族や知人とコンタクトをまったく取っていなかったことだ。これにより被害者が殺害された日の行動が全く読めず、監視カメラなどの情報頼りの捜査になってしまっているのだ。
二つ目は、その監視カメラが被害者の家周面に殆どないことだ。家周辺の監視カメラは全て確認したのだが、被害者や被害者の車を映し出しているカメラは一台もなかった。結果、被害者が何処に向かったかも絞ることが出来ず、捜査が難航しているのだ。
そして三つ目は、犯人が用意周到だったことだ。警察はまず初めに被害者の車をGPSで捜索しようとしたのだが、車は犯人の手によって海に沈められていたのだ。車には今までの走行情報を記録するシステムが付いていたのだが、それも事前に犯人に細工されていたようで、数日前までの情報しか残っていなかった。
また所持品には残っていなかったが、被害者がユーフォを所持していたことは契約会社のリストから判明していた。なので、ユーフォの位置情報記録サービスからも特定を試みたらしいのだが……運の悪いことに被害者はプライバシー設定からその機能をオフにしていたようで、サービスのサーバーからも記録を引き出せなかったとのことだ。
これらの理由から、捜査が難航しているとのことだった。
「それだと捜査は難しそうだね……場所が分からないと私の能力でもどうしようもないし」
警部の話を聞き、眉尻を下げるメンバー達。話を聞いた限り、打つ手はないように思えた。
とその時、ある考えを思いついた千空が一つ提案をした。
「映像の中の犯人を追いかけてみるのはどうかな? 長時間は能力使えないにしても、何かしらの情報は得られるかも」
そんな風に周りに説明する千空。
未來の能力は、過去の映像を見ている間でも自由に移動することが出来ていた。ならば、映像を観ながら犯人を追えばある程度の追跡は出来るのではないかと考えたのだった。
しかし、それは甘い考えだった。
「いや、それは無理だな。未來の能力は一度発動してしまうと、しばらくの間は発動地点から半径10メートル以内の映像しか観られないんだよ」
「え、そうなのか?」
「うん。無理矢理別の場所で発動することも出来るけど、身体への負担が大きいから、2回が限度かな」
そうだったのか……。確かに、それじゃあ千空の案はちょっと無理そうであった。
半径10メートルしか観られないと言うことは、100メートル先まで移動した人を追おうと思ったのならば、最短でも6回能力を発動しなければいけない。
未來の話だと別の場所で発動するのは2回が限界らしいので、それで犯人を追跡しようというのは無謀な話であった。そもそも、彼女への負担が大きすぎた。
「せめてここの映像でなにか分かればいいんだがな。未來、もう一度見せて貰えるか」
「あ、はい」
毒島がもう一度映像を見せて欲しいと未來に頼み、未來もそれに応じる。しかし、正直先ほどの映像から何かを得られるとは到底思えなかった。
顔も写っていないし、変わったことと言えば犯人が被害者のポケットから何かを取り出していた所くらいだ。どうせ証拠品を持ち去っただけだろうし、あたりまえの情報でしかなかった。
「ん? これ……よく見るとレシートじゃないか?!」
すると、映像を見ていた毒島がものすごい形相で声を張る。
「レシート?」
後ろから彼の様子を眺めていた千空が、首をかしげながら聞き返す。というのも、ポケットからレシートが出てくるなんて、今時珍しかったのだ。
「あれ、被害者さんってユーフォ持ってたんだよね? なのにさ、紙レシートを貰うなんてことあるかな?」
千空の問いに、楓も続く。
ユーフォが普及しだした頃――今から約二十年前頃までは、会計時に紙のレシートを発行して貰うというのはまだ普通のことだった。
しかしその後、決済情報の記録を全てユーフォで行えるようになってからは、徐々に紙のレシートを利用する人は少なくなっていった。
少し前までは非対応の店舗も少なくなかったため紙レシート自体はまだ残っていたが、ここ最近はほぼ全てのお店でユーフォ決済が使えるようになっていたので、わざわざ紙のレシートを貰うなんてよほど伝統を大事にしている人みたいである。
「ユーフォを持っているから必ずユーフォ決済を使う、という訳ではないさ。この被害者は位置情報もオフにするくらいだし、特にな。しかし……」
二人に答えながら冷静に映像を観察していた毒島が、今度は残念そうな声でつぶやく。
「これはダメだな。流石に文字が小さすぎて判別できない。これじゃ何の足しにもならん」
どうやら、「REAXTION」の解像度が足りなかったらしく、レシートの文字が読み取れなかったようだ。毒島は肩を落としながら首を振っていた。
いつどこで何を買ったのか分かれば当日の足取りが掴めそうだったので、結構残念である。
「そっか……未來、俺にももっかい見せて貰えるか?」
「あ、じゃあ私も!」
「うん、いいよ。それじゃあ、二人とも私の腕を掴んで」
二人も、もう一度映像を見せて貰うことにした。すると今回は、未來が自分の腕を掴むように二人に促した。どうやら、未來の方から掴まれなくても、未來の腕を掴めば映像を観ることが出来るようだった。確かに、それなら複数人で同時に観ることも出来る。
「あ、お前ら。同時視聴するなら手短にな。それ、結構負担かかるみたいだから」
「え、そうなのか未來? 悪い、俺手離すよ」
「いいよ同時で。別々だと長引いちゃうし、ここ、あんまり長居したくないから」
「そっか、ごめんね未來ちゃん。ちょっと見たらすぐ離すから」
未來に謝りつつ二人が彼女の腕を掴むと、彼らの視界に犯人達の姿が飛び込んできた。
先ほどは遠くから眺めているだけだったので、今度はもっと近くまで寄ってみる。遺体を近くで見ないといけないのでちょっと辛いが、捜査の為なので仕方ない。
より近くで映像を観ていると、犯人がポケットからレシートを取り出す場面が来た。近くで見てみると、なるほど確かに、それはレシートで間違いないようだった。
店はエブリーマートというコンビニで、どうやら、いくらのおにぎりを購入したみたいである。ちょっとした贅沢をしたみたいだが、この後殺されたんだよなと考えると、千空は悲しい気持ちになってしまった。
そうだよな……これも遺品みたいなものだもんな。前回の捜査ではここまでじっくり被害者のことを観察することがなかったから気付かなかったが、こういうアイテム一つ一つにも被害者の思いが込められているのだ。
そう考えると、未來の能力って本人からしたら結構辛いのかも知れなかった。だって、毎回被害者のことを詳しく視ないといけないから。
今後この能力を使って貰うときは、もっと未來に感謝しよう。そう心に誓い、千空は彼女に感謝をしながらレシートの観察を続けることにした。
さて、時刻は……ってあれ?
そこまで読んで、千空はあることに気付く。
――これ、普通に読めるくね?
「ねえ、千空君。これ、読めるよね……?」
「ああ!」
同じことに気付いた楓が千空に確認し、それに大きく頷く千空。
「ぶっさん! これ読めますよ!」
かなり慣れてきたぶっさん呼びで毒島を呼ぶ千空。なんと、彼が読めないと言っていて何の期待もしていなかったレシートが、普通に読めてしまったのだ。
「読めるわけがないだろう、あんなモザイクみたいなもの」
「モザイク? 確かに映像は荒いけど……」
「ともかく読めるんですよ! 場所はエブリーマート、おにぎり買ってます!」
「お前ら解読したのか……? どれどれ……」
二人にそこまで言われ、渋々未來の腕を掴む毒島。三人同時は流石に無理そうだったので、楓が腕を離していた。
そして、映像を観た毒島は二人の言い分を理解したようだった。
「む……? 確かに、これは読めるぞ……!」
「ほら、だから言ったじゃないですか。しっかり確認して下さいよ!」
「ああ、悪かった」
素直に自分の非を認め謝る毒島。そんな彼らの様子を見て、警部が声をかけてきた。
「もしや、手がかりが見つかったのでは……?!」
まさか、という様子で二人に問いかける警部。そのまなざしからは、普段の穏やかな物腰からは想像も出来ないほどの熱を感じた。
「ええ、こいつらのおかげで。被害者の当日の足取りが掴めるかも知れんですよ」
三人の肩を叩き、警部にアピールする毒島。千空と楓はレシートの文字を確認しただけなのだが、まあ役に立てたのなら良しであった。
なにはともあれ、新たな手がかりが見つかりそうである。
そうして、やっとのことで捜査は次の段階へ進むことになるのだった。




