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3話 不善なる能力者 16項「新たな事件」

 天使の宿街・中央センター。


 E棟にあるアイズホープのオフィスにて、少年達は話に花を咲かせていた。


「で、ボクとしたことがうっかりキッチンを散らかしてしまったのさ」


 薄っぺらそうな青年が楽しげに話す。料理の話をしていることからも分かるように、それは静也だった。


 そんな彼にツッコミを入れるのは、優奈である。


「あんたねぇ、笑って話す内容じゃないでしょ……」


 既に片付けられたキッチンを、白い目で優奈が眺める。きれいな状態にはなっているが、よく見ると若干変色していたり細かい傷が付いていたりした。


 彼女の指摘は、まあ当然であった。なにせ彼が今話していたことは、寝ぼけて料理をしていたら鍋を爆発させてしまったという内容だったのだから。


 それを「散らかした」の一言で片付けるのはなんとも静也らしいが、あわや大惨事になるところの大事故だったので、笑って話すことではなかった。


「ただ、側に置いておいたユーフォがダメになったのだけは後悔してるな」


 全く懲りた様子を見せずに、まいったよと肩をすくめる静也。後悔しているとは言いつつ、その態度からは彼があまり反省していないのが見て取れた。


 彼の話したユーフォとは、「ユア・フォロワー」と呼ばれるリストバンド型のデバイスのことである。装着したものが触れることでホログラム画面が表示される仕組みになっており、通信関係はすべてこれ一つで行える。高解像度のカメラや空間再現スピーカーも内蔵しているので、ビデオ通話も可能だった。


 国内の普及率は95%以上で、まさに生活必需品、名前通りのデバイスである。そんな機械が壊れてしまったので、後悔するのも無理はなかった。


「だから、今日は付けてなかったんだな」


「ああ。とはいえ、そろそろ機種変しようと思ってたし丁度良かったさ。どうせデータはクラウドに保存されてるしな」


 いつもユーフォを付けている方の腕をひらひらさせながら、千空に答える静也。うん、やっぱり反省ゼロのようである。


「それよりもあんたは、キッチンを爆発させたことを反省しなさいよ……」


「あはは……でもでも、結果的にはオフィスも静也君も無事だったんだし……ほら?」


 まったく反省の色が見えない静也を優奈がたしなめると、意外なことに楓が静也のフォローに回った。どうやら、彼がキッチンを使えなくなったら美味しいお菓子が食べられなくなるので、それを見越して味方に回ったみたいである。


 とはいえ、自宅で失敗するならともかく、ここはオフィスである。それも天使の宿街・中央センターという、重要施設の一角だ。そんなところで火災に繋がりそうな失敗は是非ともしないでいただきたかった。


「うーん、僕はそういう問題じゃないと思うけど……」


 真佳も千空と同じ意見だったようで、食べ物第二主義の楓に呆れながら声をかけていた。


 その時、今の会話から千空はあることに気付いた。


「そういえばさ、真佳って楓さんには普通に話すよな」


 そんな風に真佳に問いかける千空。


 そうなのだ。いつも千空達には丁寧語で話す真佳だが、楓がやってきて以来、彼女に対しては普通にタメ語で話していたのだった。


「え、まあ……昔からの付き合いですし」


「つまり、私は特別ってこと!」


「なんでそうなるの……」


 またしても二人の世界に引きずり込まれそうになる真佳。そこまではいつもの光景だったのだが、意外なことに今日はすぐに解放されていた。


 そして、千空にクエスチョンが飛んできた。


「話し方と言えばさ……千空君、なんか話し方変わった?」


「え、そうか?」


 あまりにも意外な質問が飛んできたので、思わず聞き返してしまう千空。


 話し方……考えたことがなかったな。一応職員の人には丁寧語で話してはいるが……


 そう思い千空が首をかしげていると、楓はさらに続けた。


「話し方なのかわからないけど……なんとなく訓練の時と雰囲気が変わったように感じて」


「うーん、自覚はないけど……」


 彼女は千空の雰囲気が以前と違うと言いたいのだろうが、千空には全く思い当たる節がなかった。無意識のうちに雰囲気が変わるなんてことあるのだろうか……? そもそも、客観視できる彼女にも分からないのに、本人の千空に理由が分かるわけ無かった。


「恐らくですけど、ここに来て僕らと馴染んだことで、素の自分に戻れたのではないですか?」


「あ、それはあるかも。来たばっかりの頃は緊張してたと思うし」


 真佳の言うとおり、アイズホープに来て素に戻れたというのは一理あった。訓練の時は色々と気を張っていて態度とかが変になっていたけど、ここで同世代のメンバー達と馴染んで口調が元に戻った、みたいな。


「そっか。じゃあ今のが本来の千空君なんだ。私は訓練の時のイメージが強かったから、ちょっと違和感あったんだよね」


「ま、すぐに慣れるさ。ボクも君の破天荒さには――もごっ?!」

「そうね。別に印象が悪かったわけじゃないのなら、すぐに慣れるわよ」


 そう楓に伝える優奈たち。静也が余計なことを言いそうになっていたので優奈が口を塞いでいたが、楓はそれに気付いていないようである。


「まあ、俺もぶっさん呼びにもう慣れたしな」


「ぶっさんは最初からぶっさん呼びだったじゃないか」


「いやだって、あの見た目をあそこまでフランクに呼ぶことあるか?」


「それは確かに……そうだけど」


 そんな風に談笑するメンバー達。キッチンが爆発したことに目をつむれば、実に平和で、和やかな時間であった。


 すると、噂をすれば難しい顔をした毒島がオフィスに入ってきた。


 そして平和もつかの間、彼は開口一番こう口にしたのだった。


「お前ら、大事件だ」





「今回の事件はまあまあやばいぞ。確実に、能力者が絡んでいる」


 説明を終えた毒島が、メンバー達に伝える。彼が説明した内容によると、今回の事件は厄介な能力者が関わっている可能性のある大きな殺人事件のようだった。


「つまり悪い能力者か……それも死者が出るほどの事件だなんて、ボクがここに来てからは初めてのことだな」


 静也が眉をひそめ腕を組む。その表情には、いつもの薄っぺらさは何処にも感じなかった。


「生まれた時からここに居る私にとっても初めてのことだから……どうしたらいいのか……」


 視線を落としながら声を曇らせる未來。この場にいる皆が皆、今回の事件の危険性を認識しているようだった。なにせ、殺人犯が能力者なのだから。


「そうね。それに、犯人が能力者ってことは…………そういうことよね、ぶっさん?」


「ああ。もし本当に能力者なのだとしたら、その確保は俺たちの仕事となる」


 オフィスに響き渡る毒島の言葉に、張り詰めた空気はさらに緊張する。


 ピリピリとした空気の中で、千空は思う。


 それってつまり……能力者とやりあえってことじゃないか、と。


 アイズホープに入るときに、千空はそのことについてちゃんと説明を受けていた。アイズホープでは、野良の能力者の相手をする可能性がある、と。


 勿論その説明は覚えていたし、最終的には納得していた。しかし、やはりそれが実際に任務として与えられると、どうしてもその危険性を再認識してしまうのだった。


 犯人が能力者である可能性が高い。それが本当ならば、今回の事件は昔起きたザラキエル事件の再来となってもおかしくはないということだ。特に今回の場合人が殺されているし、自分たちが能力のポテンシャルを理解している分、能力者が敵に回ったらどうなるのかは容易に想像できたのだ。


「まったく、冗談きついな。ボクらがこんなクレイジーな犯人の相手をさせられるなんて」


「ほんとだよ。とはいえ、相手の能力が分かるまで犯人確保は難しそうだな」


「そだね。まずは私の能力で犯人の能力を判明させないと」


 とにかく、最優先すべきは犯人がどんな能力を持っているのか見極めることなのだった。殺人犯の能力者と戦うのならば、先に相手の能力を把握しておかないと、いくらアイズホープメンバーだとしても初見殺しされかねない。


 ところで、先ほど毒島から聞いた事件の内容についてだが……


「ぶっさん、本当に死因が分からなかったんですか?」


 丁寧語とあだ名が混在する不思議な文章で、毒島に問う千空。


 というのも、毒島の説明を聞くに、今回の事件はかなり難解なものだったのだ。


 まず、とある山奥で警察官の遺体が見つかった。殺害された当日に発見出来たため遺体はきれいな状態で見つかったのだが、その遺体の状況がかなり異常だったのだ。


 遺体には腹部に一カ所の刺し傷があったので、それだけ聞けばよくある殺人事件である。しかし重要なのはここからで、司法解剖の結果、死因はその刺し傷によるものではなかったのだ。


 遺体にはそれ以外に外傷はなく、また体内組織も殆ど健康な状態で残っていたので、まったく死因が特定できなかったのだという。


「わかったのは死亡推定時刻が発見される直前、数時間前ということだけだな。死因については現代の法医学を持ってしてもわからんみたいで、まさに命だけ抜き取られたような死に方だったらしい。こんな真似が出来るのは、能力者だけだな」


 毒島の言葉に、考え込むメンバー達。


 すると先ほどから無言で思案していた真佳が、楓に後ろから抱かれながら毒島に尋ねる。


「被害者は警察官だったのですよね? 犯人について思い当たる節はないのですか?」


「現状ではなんとも言えないが……一ヶ月半前にも同じ署の警官が殺害されている。あのときの犯人は捕まっているが、その時も少し不可解なことがあったからな……」


「あ、それってニュースでもやってたやつですよね。俺も観ましたよ」


 毒島が触れた事件は、千空も学校でサリエルシンドロームの検査を受けた日にニュースで見たことがあった。確か警官が警官を殺害してしまったのだが、加害者の警官は操られていたとか言っていたはずである。


「それって、あの事件だよね? 今回の状況とはあんまり共通点がないと思うけど……」


 真佳の後ろから、楓が意見を述べる。真佳に構ってばかりなのかと思っていたが、ちゃんと真面目に聞いていたようだ。


 確かに、今回の被害者と例の事件の被害者では、どちらも警官であるという点以外には共通点が見られなかった。一ヶ月半前の事件では、被害者は普通に刺殺されていたし……


「せっかくの情報ではありますけど、僕もそう思います。能力者の犯行だとしても、状態が違いすぎますし」


 真佳もそう言っているし、そもそも前の事件は犯人である警官が捕まっていた。その警官が能力で操られていただけという可能性もあるが、真犯人の能力が人を操るものだとしたら、今回の被害者の状況の説明が付かなくなってしまう。


 だったら、今回の事件との関係性は薄いと考える方が自然であった。


「とにかく、一度現場に向かってみるほかないだろう」


「そうだな。ぶっさんの言うとおり、一度現場に向かおうじゃないか。話はそれからさ」


 静也が毒島の意見に賛同すると、他のメンバーもそれに追随した。


 ともかく、まずは一度現場の状況を確認する必要があった。


 なので、メンバー達は遺体発見現場である山奥へと向かうことになったのだった。

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