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2話 Eyes’Hope 14項「歓迎会」

 次の土曜日、オフィスにて歓迎会が開かれることになった。


 平日は緊急の仕事が入る可能性が低くないし、日曜日はみんな休みたいだろうから、ということで、開催は土曜日に決定したのだ。


 ちなみに、今日ばかりは自転車ではなく職員が車で迎えに来てくれることになっていた。なので、せっかくの休日ではあったが、千空は決められた時間にしっかりと起きることになった。


 とはいえ、母親も居るし、寝坊するということはまず無い。学校に通っていたときはたまに起きられないこともあったが、今日ばかりはたたき起こしてくれと頼んでいたので、これならば母親が寝坊でもしない限り千空が寝坊することは無かった。


 そして当日の朝、千空はなんとか自力で起きることが出来た。それが当然ではあるのだが、朝が弱い千空にとってはかなり頑張った方であった。


 そんなわけで支度を済ませ迎えを待っていると、家の前に施設の車が止まったのが窓から見えた。準備は出来ていたので、千空は玄関に向かい母に挨拶をし外にでる。


 すると、思ってもみない人物が出迎えてくれた。


「やあ千空」


「おはよ、千空君」


 なんと、その人物はメンバーである静也と未來だったのだ。現地集合の筈だったのに、どうして迎えの車に乗っているのだろうか。


「あれ、二人ともどうして……」


 千空が不思議そうに問うと、静也が得意げに答える。


「主役はカボチャの馬車で舞踏会に向かうものさ」


「いや、意味わからんが……」


 静也の言葉の意図を図りかねる千空。静也はたまに気取って回りくどい言い方をするので、何が言いたいのか分かりづらいことがあった。


「せっかくだし、お迎えに来たってこと。千空君は今日の主役の一人だしね」


 静也に代わって、未來がシンプルに答える。実にわかりやすい説明に、千空は納得した。


「そうだったんだ、二人ともありがと。あれ? ってことは真佳は楓の方に……」


「……彼は実に勇敢な男だったよ」


 ああ、無情なり……二人がここに来たことからなんとなく察しは付いていたが、どうやら真佳は楓の迎えに向かわされたようだ。でもまあ、千空たちも彼女たちのやりとりに慣れないといけないので、これは必要な犠牲だった。なんなら優奈が一番の被害者な気がする。


「一応私たちは止めたんだけどね」


 止めたところでどのみちセンターで会うわけだし、別に誰が行っても結果はそんなに違わなかっただろう。ならば、この判断が別段間違っていたわけでもあるまい。


「ま、くじだったしな」


 静也のダメ押しの一言で、この選択の妥当性がさらに強まった。そうか、くじなら仕方ない。


 そんな風に思い、尊い犠牲を哀れみながら、千空は車に乗り込むことにした。




 車に乗り込んでから数分後、千空たちはセンターに到着した。自転車で通える距離なだけあって、車だとあっという間である。


 丁度楓チームも到着した頃だったので、会場であるオフィスへは合流して向かった。


 ちなみにオフィスへ向かう途中、真佳は楓にダル絡みされ続けていたが、本人がもう諦めた感じなので誰も口を挟むことは無かった。若干可哀想ではあるが、もしかしたら本人はまんざらでもないかもしれないので、外野がとやかく言うこともないのである。


 オフィスに着くと、いよいよ歓迎会が始まった。


「ではでは、四年ぶりの新メンバー加入を祝しまして、乾杯!」


「「乾杯!」」


 三崎のかけ声で全員がグラスを上げると、小気味いい音がオフィス内をこだました。部屋の中は軽く装飾が施されており、これぞパーティといった雰囲気である。


 食べ物も色々と用意されており、特に静也が作った料理は絶品であった。以前食べたお菓子も美味しかったが、ご飯ものもかなりの味である。


「静也の料理マジで美味いよな。やっぱ勉強してると違うのか?」


「勉強もそうだが、ボクは昔から作ってたからというのが大きいな」


 千空の問いに、静也が自慢げに答える。昔から作っていたと言うことは、家事の手伝いとかで作っていたのだろうか? それとも趣味?


 千空が問おうとすると、先に優奈が話した。


「静也は、自分のカフェを開くのが夢だったのよ」


「そうだったのか。なら、この料理の腕も納得だな」


 なるほどと手を叩く千空。カフェを開くのが夢だったのならば、この料理の腕も納得というものだ。カフェでは、料理を出さないといけないから。


「まあな。だが、一つだけ訂正がある」


 すると、静也がそんな風に告げこう答えた。


「夢だったんじゃなくて、夢なのさ」


 そして、静也は自分の夢について千空に話してくれた。能力者として今は活動しているが、もしかしたら能力が消える可能性もあるかもしれない。サリエルシンドロームが完治した患者もいるし、能力だって同じように消えるかも知れない、と。


 そうしたら、自分も晴れて自由の身だ。自分の好きなように暮らせるし、自分のしたいことが出来る。勿論、そこにはカフェを開くことだって含まれる。


「だから、ボクはまだ夢をあきらめちゃいないのさ」


 そう締めくくった静也に、千空は心を打たれた。前に女の子や金がどうこう言っていたので遊び人のような印象を受けていたが、実際は夢を諦めず直向きに努力し続ける好青年では無いかと。


「あんた、そこまで考えてたのね……」


「なんか、見直したよ。俺さ、お前のこと勘違いしてた」


 二人はそう告げる。これは今後静也を見る目が変わるぞと、彼らは心の中で思った。


 しかし、そんな二人の感心を裏切るかのように、静也が余計なことを口にする。


「ま、あくまで夢の話さ。諦めこそしないが、能力が消えることなんてそうそう無いだろうし、今はいっぱいお金が貰えるこの身分に満足してるからな!」


 前言撤回、やっぱり金か!


 まあでも、静也らしいなと千空は軽く笑った。優奈もやれやれと肩をすくめてはいるが、その口元はどこか緩んでいる。やっぱり、これくらい適当な方が静也っぽくてよかった。


「ここに来たらやりたいこととか出来ないのかなって思ってたけど、やれることは全然いっぱいあるんだな」


 今の話に、そんな声を漏らす千空。こんなところでは夢なんて無縁かと思っていたが、それは大きな間違いだったのかもしれなかった。


「そだね。今の時代ならネットで活動することもできるし」


 すると、三人の話を聞いていた未来も声をかけてきた。


 確かに、インターネットで活動している人は沢山いる。イラストなら描き手だったり、音楽だったら歌師だったり、ネットでの活動からプロになる人も多かった。


「そっか、そういう手もあるのか。それじゃあさ、未来も何か夢とかあるのか?」


「うーん、そうだなぁ…………逆に千空君はどうなの?」


「え、俺?」


 未来に夢について尋ねたら、逆に聞き返されてしまい戸惑う千空。言われてから気付いたが、さんざん夢がどうこう言っていた割には、自分自身は夢なんて高尚なもの持ち合わせていなかった。


「うん、ないな」


「じゃあ、これから見つけるのもいいかもね」


 千空が正直に答えると、未来からそんな言葉が返ってきた。その言葉に、千空だけでなく静也や優奈も頷ずく。


 そうだな……確かに夢の一つや二つ、あった方が人生も楽しくなるかもしれない。それこそアイズホープという特殊な境遇に置かれているのなら、なおさら。


 夢を見つけることも今後の課題だなと、千空は思ったのだった。




 食事も進み、料理がある程度寂しくなってきた頃、千空も気になっていたある話題が持ち上げられた。


「そういえばさ、まだ二人の能力って見せてもらってないよね? どんな能力なの?」


 未來の問いかけに、該当する二人がそういえばといった表情で顔を見合わせる。


 楓の能力は彼女がメンバーに入ったときに聞くことになっていたのだが、すっかり忘れてしまっていた。それに千空自身も、楓はおろか他のメンバーにすら能力を教えていなかった。


 発表する機会がなかったとはいえ、千空に関してはメンバー入りして2週間経っている。いい加減周知させても良い時期だった。


「そうだな……じゃ、ここらで発表するか」


「あ、じゃあ私から発表したい!」


 すると楓が先に発表したいと名乗り出たので、千空はトリを担当することにした。


 ということで、まずは楓の能力の発表だ。千空も訓練の時からかなり気になっていたので、いよいよといった感じでわくわくしていた。


「じゃあ、いくよ!」


 かけ声と共に、楓が能力を発動する。


 すると次の瞬間、メンバー達は――特に千空は相当驚くことになった。


(どう、聞こえる? これが私の能力!)


 その言葉は、楓の口からは発せられていなかった。それは脳内……つまり、頭の中に直接響いてきたのである。


 そしてその声と聞こえ方に、千空は聞き覚えがあった。


 そう、それは紛れもなく、検査初日に千空が聴いたあの声だったのだ。


「えぇ!? ってことは、あれって楓さんの声だったのか?!」


「そうみたい!」


 そうだったのか。どうりで千空を検査しても声が来こる能力が発見されないわけだ。もともとそんな能力千空には無くて、楓の能力が作用していただけの話だったのだから。


「凄いじゃないか。頭に直接語りかけるなんて、ファンタジーの世界みたいだな」


「そうですね。それに、この能力なら新しく犯人追跡なんかも出来るかも……本当に凄いよ」


 他のメンバーも楓の能力を高く評価しているようで、特に真佳などはアイズホープに新しい仕事が入ってくるかもとまで言っている。


 しかし実際その通りで、彼女の能力があれば通信機を使わずに指示を受けられるので、犯人に感づかれることなく追跡や張り込みすることも可能になるのだ。ジャマーに引っかかったり検知されたりと言うこともないので、まさにアイズホープにうってつけの能力だった。


 ちなみに楓は真佳の発言に大変喜び彼に飛びついていたのだが、もう慣れたものである。


 そんな風に話が盛り上がっていると、千空はあることに気付いた。


 あれ……そういえば、あの声って確かガラス部屋の中でも聞こえていたよな? 声が聞こえることについて検査員に聞いたのもその時だったし……。でも、ガラス部屋って能力を遮断していたんじゃ……?


 疑問に思った千空が三崎あたりに尋ねると、彼女は当然のように答えを口にした。


「あれ、説明されませんでした? 中からの能力は遮断しますけど、あの技術って一方通行なので、外からは普通に入ってくるんですよ」


 その説明を聞き、ああ……確かに前半部分は聞いたなと、千空は納得した。そして理解する。中からの能力を遮断するって言うのは、本当に中からしか遮断してくれないってことだったのね、と。


 この勘違いについては、中から遮断するなら外からもいけるよね――と拡大解釈していた千空が悪いので、誰も責めることは出来なかった。


 千空が自身の勘違いを正していると、訓練のことに触れた彼に引っ張られ楓もそのことについて話し始めた。


「狙った人に聞かせるのはすぐに出来たんだけど、狙ってない人にも声が聞こえちゃうことが多くてね。それで、訓練も長引いちゃったんだー」


 真佳を捕まえながら思い返すようにそう語る楓。彼女の声のトーンから、かなり大変だったんだろうことが千空には察せられた。


「ああ……やっぱみんな大変だったんだな」


 訓練に関しては千空も地獄を見ていたので、おそらく能力の訓練はどれも大変なのだろう。 


 そう思い、今この場にいるメンバーはみんな凄いんだなと実感するのだった。




「それじゃ、次は俺の能力だな」


 楓の能力発表が終わったので、今度はいよいよ千空の番となった。


「まずは、誰でも良いから俺のことを思いっきし叩いてみてくれ」


 腰に手を当て、意気揚々と告げる千空。せっかくなので堂々と発表しようという考えだったのだが、千空の言葉を聞いた静也が訝しげに質問を飛ばしてきた。


「……大丈夫か、キミ?」


「え、なにが?」


 どういうことか分からず、辺りを見回す千空。すると、楓や毒島、三崎以外の全てのメンバーが困惑した表情で千空に視線を送っていた。


 一瞬戸惑う千空だったが、たった今自分が発した言葉を思い出し合点がいった。


 あ、そうか……事情を知らない人からしたら、いきなり「叩いてくれ」なんて言われたら、なんだこいつってなるもんな。それこそ楓と大差ないので、この反応は納得なのだった。


「あー、説明が足りなかったが、別にこいつに被虐趣味があるわけじゃ無いから安心しな」


 辺りの雰囲気を察して、毒島がフォローを入れてくれた。初めて会ったときは堅物なおっさんかと思っていたが、結構気を遣ってくれる良い人だった。


「ホントに良いのか?」


「ああ。素手だとそっちが痛いかもしれないから、棒とか使ってくれて構わないよ」


「じゃあ、ちょっと強めにいくぞ」


 静也が部屋の隅にあったバールのような物を手に取る。そして、渾身の力を込めて……はいなさそうだったが、まあまあな強さで千空を叩いた。


 部屋に響き渡る鈍い音。千空の能力を知らない未來や優奈は痛ましそうに彼の様子を見ていたが、すぐに何かに気付き表情を変える。


「これが俺の能力さ。簡単に説明すると、身体へのダメージを軽減する力だ。まあ、捜査ではあんま役に立たなさそうだけど」


 その言葉を聞き、メンバー達は思い思いの反応をした。


「すごい! やっぱりそんな感じの能力だったんだ!」


「なるほどね。怪我の心配が無いなんて、かなり便利な能力だと思うわよ」


「そうだね。でも、確かに捜査では使いづらいかも」


 と、メンバー達の反応はほぼほぼ全肯定と言っても良い感じだった。唯一、未來が千空の「捜査では役に立たないかも」という部分に共感していたくらいだろうか。


「なんだ、あれだけ謙遜してた割には、全然良い能力じゃないか」


 静也もそう言い、持っていた棒を捨て千空の肩に肘を置いていた。いちいちスキンシップが激しいのが気にはなるが、中村もこんな感じだったので割と慣れていた。


 そんなわけで能力は好評だったのだが、千空はそこにちょっとした引っかかりを感じた。自信を持って発表したつもりだったのだが、メンバー達が下した評価に対し、本当にそうだろうかと若干の疑問を抱いてしまったのだ。


 正直に言うと、周りから評価されるのは普通に嬉しかった。今までが平凡だったから、こんな風に評価されることなんてそうそう無かったし。


 しかし、能力についてよくよく考えてみると、周りの反応は過大評価な気がしてきたのだ。


 確かに、能力だけ見ればかなり優秀な部類のはずだ。ただ、それはあくまでも個人の能力として捉えた場合だった。このアイズホープという組織でこの能力を活用出来るかで判断するならば、それは間違いなくNOなのである。


 それこそ、犯人を追い詰めるにも楓の能力の方が使い勝手が良いし、自分が怪我をしないだけの能力なんて、ここではあまり意味をなさないように思えた。


 そんな風に心の中でどこかもどかしく感じる千空をよそに、優奈が彼に声をかける。


「あなたは気にしているみたいだけど、捜査での使いどころが少ないというのは、悪いわけでは無いわ。それこそ、その理論だと良い能力は未來の『REAXTION』くらいのものよ」


「そうですよ。それに、千空さんの能力があれば、犯人を直接取り押さえる重要な役なんかも任されるかもしれませんよ?」


 優奈に続き、真佳も千空の能力を肯定した上で自分の考えを述べていた。


 うーん、ものは考えようなのだろうか? 確かに、犯人を直接捕まえるってことになれば、怪我をしない能力なら役に立つはずだ。


 ただ、このときまだ千空は重要なことを話していなかった。


 それは、この能力の決定的な弱点についてだ。


「それがさ、あんまり強い力だと防ぎきれないんだ。金属の棒で思いっきり叩かれる位なら、全然平気なんだけど……」


 そうなのだ。この能力が判明したときにも検査員に説明されたのだが、残念ながらこの能力は強過ぎる力には対応していないのだ。それこそ、爆発なんか喰らえば多分普通に死ぬ。メンバー達の評価が怪我をしなくて済むとかそういう理由から来るものならば、この弱点の存在で一気に能力の評価は変わるだろう。


 そんなわけで弱点を説明したのだが……意外なことに、それを聞いてもなおメンバー達の意見は変わらなかった。


「そんなに強いダメージ喰らうことなんて、そうそう無いと思うぞ?」


「今の時代、裏社会からも銃のような危険な武器は消えていますし」


「だね。私も気にしなくて良いと思うよ」


 そう言って、メンバー達は真面目に千空を見据えた。


 まあでも、確かに言われてみればそうだ。金属の棒で殴られても無傷なのだから、先ほども言ったとおり爆発に巻き込まれでもしない限り大けがをする心配は無い。ダメージを軽減しきれないからと無駄に心配してしまっていたが、そんな心配は不要だったのだ。


「まな君もそう言ってるし、千空君は気にしすぎだよ!」


 ドーナツを頬張りながら、楓があっさりと述べる。いつの間に真佳を離したのか、そしていつの間にドーナツを手に取ったのかと呆れる千空だったが、彼女の言葉はまったくの図星であった。


 気にしすぎ、か。そう思うと、どんどんと自分の能力への肯定感が上がってきた。


 そういえば、この間の捜査の後も「能力に上も下もない」って言われてたな。その時に前向きに考えようとしたばかりなのに、こんなこといちいち気にしてたらダメだな。


 そう思い、千空は今度こそ自分を見据えようと考えることにした。


 そして、その後も歓迎会はひとしきり続き、お開きとなる4時ごろまで大いに盛り上がったのだった。


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