最終話 再演の夜明け 155項「ヒトデナシ」
「織田十郎ォーーー!!」
千空が拳を握りしめ、真っ直ぐに織田を突く。だが、実際に織田に触れているわけではない。千空は織田との距離を保っており、そこには空間的な断絶がある。
しかし、その突きは空間を飛び越えて織田へと届いた。
「なにっ……これは……っ?」
ガキーンという音と共に、織田の腕が小刻みに震える。千空の放った突きが、そのまま衝撃波となり織田へと直撃したのである。腕で防がれはしたが、千空は確かに遠距離から織田を攻撃することに成功したのだ。
そして、その隙に毒島と未來が動く。二人の目的は、まさしく精神移植バイオボットを破壊すること。千空が〝飛ぶパンチ〟で織田へ牽制を入れている隙に、拳銃で首筋のバイオボットを撃ち抜く……それが、3人の考えた作戦であった。
しかし、作戦はあくまで作戦……それは机上の空論とも言い換えることが出来る。
「……ッ! そ、そんなッ!」
織田の見せた〝隙〟に、すかさず銃弾を撃ち込んだ未來。しかし、織田はその銃弾を完璧に見切り、少し身体を前後させるだけで避けきってしまった。角度的には見えていないはずだが、やはり認識されている以上、背後から首筋を狙うのは難しいのだろうか。
もちろん、最優先は織田を止めること。だから、未來たちも首筋を狙いつつ、心臓や頭も狙って弾丸を撃ち込んでいる。織田が死ねば、「SAICA」は暴走することなく自己破壊して消滅する。
それでも……覚悟しているとしても……できることなら、父を救うことも諦めたくはない。……精神移植バイオボットさえ破壊すれば、織田の意識は消失し、父は解放される。「SAICA」も消滅して、全てが丸く収まる。
「波動パンチ!」
だから、再び織田に隙を作るべく、千空は空への突きを繰り返す。織田だけでなく、周囲の足場も破壊するように。織田が動きにくくなれば、その分こちらのアドバンテージとなる。
さらに、千空は周囲の機械を破壊して投擲攻撃も行っていた。千空の投擲は弾丸並みの威力がある。これだけでも、かなりの牽制になるはずだ。
そうして、織田への攻撃を続けていく3人。
しかし、攻撃手段を持っているのは千空たちだけではない。当然だが、織田も反撃する力は持っており……その攻撃力は、千空のパンチとは比べものにならない威力を秘めている。
「そろそろ鬱陶しいな」
織田がそう言うと、彼の右腕が展開し、中からランチャーが現れた。先ほど部屋の前で見たそのランチャーは、人が食らえば間違いなく粉々に砕け散るだろう破壊力を持っている。
そして……その砲口は未來へと向けられた。
「未來!!」
千空が叫ぶと同時、ランチャーが発射され――しかし、その殺戮の脅威に未來が晒されることはなかった。ランチャーが発射されるより少し先に、千空が突きを放ったからである。
ガキンという金属音を鳴らしながら織田の腕が左に逸れ、発射されたランチャーが未來を通り過ぎる。その0.5秒後、ランチャーが壁へと着弾し激しい爆発音を立てる。
「ちっ……」
「ほら、どうした。俺はこっちだぞ」
織田を煽る千空。すると、今度は織田が千空へとランチャーを向けた。未來や毒島を狙っても千空が軌道を逸らしてくる。ならば、先に千空を狙った方が確実と判断したのだろう。
だが、それは狙い通りだ。
千空へ意識が向いた織田の首筋へ、毒島が数発の弾丸を撃ち込む。
一発、二発、三発――毒島の義眼には、銃のエイム力を向上させる機能でも搭載されているのだろうか。彼の放った弾丸は、狙うべき急所へと確かに命中した。
「どうだ……!?」
毒島が織田の様子を確認する。後ろから首筋をかすめるように三発。その弾丸は、織田の精神移植バイオボットを破壊するはずだ。……破壊するはずなのだ。
……しかし、現実はそう甘くなかった。
「……先ほどシェルに首筋を狙われたときは肝を冷やしたよ。だから、その経験は生かすべきだと考えてな。このアーマーシートは、無駄ではなかったようだ」
「まさか……首回りに防護アーマーがあるのか?!」
バイオボットへ直撃したかに見えた弾丸は、どうやら皮膚をかすめただけだったらしい。少し血が流れる程度で、そこにバイオボットが破壊された様子など微塵もなかった。
「さて……」
しかも、織田が千空へ向けてランチャーを放とうとする。
「そうはいかな……なにッ?!」
再び波動パンチで軌道を逸らそうとする千空。だがしかし、角度が悪かった。未來の時とは違い、千空はランチャーの射線上にいる。この位置から突きを放っても、左右方向へのベクトルは弱い。千空の突きを食らっても、ランチャーは殆ど逸れることなく千空へと発射されてしまった。
とにかく、あれは避けなければならない。
「……ってうおぁッ!」
「千空君?!」
それなのに、足下の瓦礫に躓いてよろけてしまう千空。先ほど機械を破壊した時、残骸をそのままにしていたのが悪かった。でも、この戦いの中で片付ける暇なんてないじゃないか。
だが、千空がそんな一人問答をしている間にも、ランチャーは迫ってくる。
「ぼ、防御を!!」
咄嗟に腕を目の前に出して防御をする千空。だが、果たしてそれで身を守ることは出来るだろうか。あのランチャーの威力は、自分の目で確かめている。
そんな千空の腕にランチャーが命中し……ズドォンという音を立てて爆風をまき散らす。
部屋の中に煙が立ちこめる。
「こ……これはッ…………!!」
煙が晴れ、自分の様子を確認する千空。なんとかランチャーを防ぐことは出来たが、その結果は悲惨だった。どうやら、これまでの戦いで自分は想像以上に消耗していたらしい。ランチャーを弾いた千空の拳は、皮膚と肉が裂け、全体が血まみれになっていた。骨にまでは達していないが、皮膚はかなりの損傷である。
防ぎきれるとは微塵も思っていなかったが……想像以上のダメージだった。
「ぐ……ッ」
痛みに耐える千空。こんなダメージだというのに、千空は怯むことをしなかった。こんなもの、これくらいって範疇だ。これくらいで、怯んでなるものかと、自分を奮い立たせるように。
再び拳を握りしめ、ボスを睨む千空。
だがしかし、打つ手がない。
(くそ……どうする……父さんを助けるには、バイオボットを破壊するしかないのに……!)
唇を噛む千空。父を助けたい思いはあるが、そうも言っていられないのが現実だった。残り時間は僅かだというのに、ボスに対して有効打を与えられていない。ボスの身体に仕込まれた兵器は、想像以上に凶悪だ。
……それは、一瞬の逡巡だった。
(……優先すべきは、こいつを倒すことだ……!)
こいつは倒さなければいけない。でも、バイオボットを破壊する力はもう残っていない。
だったら、せめてこいつを殺さなければ……殺すことの方が、よっぽど簡単だ。
こいつの身体は父の身体……ならば、父の身体を乗っ取った相手を、息子が父の身体ごと倒す。そういうストーリーも、まあ悪くはないのかもしれない。
「お前は……ここで倒す……!」
ボロボロになった拳に力を込めていく千空。それは、コンクリートの壁すら破壊する威力……最大パワーで繰り出したパンチならば、織田にだって届くはずだ。
そして、千空が最大パワーのパンチを繰り出そうとして――
その時、織田が残酷な現実を告げた。
「……時間切れだ。次元ホールが……完成した」
そう言って、ボスが巨大装置へと振り返る。
……そこには、完成した次元ホールの姿があった。
「これは……」
「そんな……こんなのが……」
「……ふむ」
次元ホールを見て、思わずため息を漏らす千空たち。そこにあったのは、先ほどまでの空間のゆがみとはまるで別物……言うなれば、この世の神秘を全てかき集めたかのような、幻想的な風景だった。
鏡のように綺麗な円形のホール――その輪郭を、霧のような光がおぼろげに包んでいる。そして、ホールそのものはその向こう側の景色を写しだし――これが真の世界だというのか、その先には、自然と文明が調和した理想郷のような風景が広がっていた。
「ついに……この時が……!!」
ボスが階段に足をかけ……一段、また一段と上ってゆく。だが、それを止めなければ……この世界は終わってしまう。解き放たれた「SAICA」が、全てを終わらせてしまう……!
「待て……!!」
ボスを追いかけるように走り出す千空。もう殆ど力は残っていない。それでも、今ボスを止められるのは自分だけだ。今この一瞬に、残りの全ての力を――
そして、階段を駆け上がる千空。
ボスの身体を掴もうと腕を伸ばし――
その時、ボスが振り返りながら肘を突き出した。
「えっ」
ザシュッ――
それは、一瞬の出来事だった。
一体、何が起こったのか。
ボスは千空に構うことなく階段を上っていく。
だが、その場に居た3人はすぐに理解することになる。
視界の端で、何かが宙を舞っている。
――それは、先ほどまで千空の右腕だったもの。
ボスが肘からブレードを繰り出し、迫り来る千空の腕を切り飛ばしたのである。
「千空君!!?」
「ぐっ……ああぁ…………!!!」
未來が一目散に駆け寄ってくる。切り飛ばされた腕を拾ってきているので、その能力で繋げてくれるつもりなのだろう。未來の能力ならば、きっとそういうことも出来る。
「織田十郎ォ……貴様ァ!!!」
毒島が織田に銃弾の嵐を浴びせている。毒島は織田を何としてでも止めるつもりなのだろう。その銃弾には、激しい怒りと、強い意志が込められている。
だがしかし、そのどちらも意味をなさない。
「くそっ……クソッ!!」
毒島が激しく舌打ちをする。毒島が放った弾丸は、先ほどと同じくボスが少し腕を振るだけで全て弾かれてしまった。どれだけの想いが込められていようとも、弾丸はただの弾丸でしかない。体中を機械へ換装している織田に通用するはずがない。
そして、未來の行動についても。
「だめだ……未來……! 使っちゃダメだ……!」
「でも!!」
未來が必死に訴えてくる。腕から流れる血が止まらない。今ここで処置をしなければ、失血によるショックで死ぬことも考えられる。未來の言うことはもっともだ。
だが、止まらないのは血だけではない。
こうしている間にも……織田は階段を登り切って、次元ホールへ到着してしまう。
「織田十郎を……止めないと……!」
腕を押さえながらも立ち上がる千空。しかし、既に相当な血を失ってしまったらしい。身体が言うことを聞かず、未來へ身体を預けるように倒れ込む千空。血を失うというのがこんなにも深刻なこととは思いもしなかった。血圧も大きく低下しているのだろう。
「くそッ! せめて俺が……!」
「ぶっさん?! だめ、やめて!」
毒島が走り出し、階段を駆け上る。だが、あまりにも無謀すぎる。万全状態の千空ならまだしも、毒島は生身の人間だ。織田が彼の身体を切り刻むことなど、千空にやったときよりも容易いことだろう。
それでも、毒島は止まらない。少しでも時間を稼ぐつもりなのだ。
(くそ……くそ……くそぉッ!!!)
ダメだ。毒島が殺される。自分と未來も、どうなることか分からない。仮に生き残ったとしても、「SAICA」によって世界は終わる。未来なんて、残されていない。
目の前に諸悪の根源が居るのに、何も出来ない。
自分たちは、なんて無力なんだろうか。
目の前の空間が歪んでいくのを感じる。どうやら、意識も混濁してきたらしい。
いよいよ、自分たちは終わりなんだ……
そう思い、千空は静かに目を閉じ――
……いや、違う。
この空間のゆがみ、そして空気感……この感覚には、身に覚えがある。
それは、中村と戦ったときの――
「不夜の光!!」
その時……千空の耳には、聞こえるはずのない人物の声が聞こえた。
「え、ど、どうして?!」
「お前、なんでここに?!」
未來と毒島が目を丸くして驚いているのが分かる。
だが、それは千空も同じだった。
どうしてここに居るのだろうか。
どうやってここに来たのだろうか。
どうして、その能力を使っているのだろうか。
「……お前……なんで…………」
「ギリギリ間に合ってマジ良かった! それに、ウチだけじゃないよ!」
そう言って眩しいほどの笑顔を見せる。
そこに現れたのは、かつてファル・ファリ―ナと呼ばれていた少女。
紛うことなき、宇津峰心愛であった。




