最終話 再演の夜明け 154項「深淵へ」
地下トンネル最奥の大部屋前まで戻ってきた千空たちは、さっそく部屋への侵入を試みた。
「よし、いくぞ…………ぅぉおおおおおおおおお!!」
シャッターの隙間に指を掛け、力の限り下へと押し込む千空。シャッターは、カメラの絞りのように円を描きながら閉じている。ならば、どこか一カ所を押し込めば、連動して全体が開くはずである。
……が、ダメだ。
「くそ……開かねぇ……」
膝に手をついて息を切らす千空。能力を最大限に活用して全力で押し込んだというのに、目の前のシャッターは微動だにしなかった。先ほど20倍の重力にも耐えられたというのに、こんなシャッターすら開けられないとは……これは流石に大誤算である。
「ふむ……流石にダメか……ま、考えてみれば納得だがな」
「まあ、そうだよね……」
毒島が顎をさすり、未來も肩を落とす。このシャッターは直径15メートル、厚さ1メートルはあるコンクリート製の円盤――つまり、数百トンの重さがある。それを動かそうだなんて、端から無理な話だったのである。たとえ、千空の成長した「UNISON」を駆使したのだとしても。
「とはいえ、真佳に開けて貰うことも出来ないし……」
腕を組んで考え込む千空。実は、千空が開けようとする前に、3人は一度セキュリティールームの真佳にシャッターを開けられないか確認を取っていた。
しかし、帰ってきた返事はノー。この地下トンネルはセキュリティールームとネットワークで繋がっていないらしく、真佳でも開けることは不可能だったのだ。残念すぎて涙が出るところだったのを辛うじて耐えられたのは、静也たちを襲っていた兵器を破壊できたという報せがあったからだろう。
「私の能力なら、多分だけど開けれるかも……」
「ダメだ未來。これ以上、能力は使わせられない」
確かに未來の能力ならば、こんなコンクリートの円盤どうとでも出来るだろう。先ほどドローンを破壊した力は、相当に凄まじかった。
だが、未來には人々に歌を届けるという未来がある。これ以上、彼女の天使化が進んでしまえば……もしかしたら、彼女は人々に一切認識されなくなるかも知れない。そうなったら、千空の夢も未來の夢も、おしまいだ。
「開けられないか……いや、待てよ。おい、千空」
すると、毒島がとあることを千空に提案する。
「別に、開けなくてもいいんじゃないか?」
「それはどういう……って、あ、そうか……!」
シャッターに向けて顎をクイクイっとする毒島を見て、千空は彼の言いたいことを十全に理解した。なるほど、確かにそうだ。なぜ開けることに拘っていたのか、もっと簡単な方法があったではないか。
「最初から、こうしていれば良かったんですね」
千空が両手に力を溜める。「UNISON」を発動し、普通の人間の何十倍、いや、何百倍というところまで力を込めていく。この拳から繰り出されるパンチは、その一つ一つが無類の力を誇るだろう。
そして……その力を一気に解き放つ。
「ぅおららららららららぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ――――!!!」
連打、連打、連打――――連打に次ぐ連打。その一撃一撃が、目の前にそびえるコンクリートの壁を抉っていく。一発で壊すことは出来なくても、その障壁を着実に破壊していく。
「そっか……! シャッターがコンクリートで出来てるなら、単純に壊す方が簡単なんだ……! 数百トンをそのまま動かすよりも、必要な力は圧倒的に少ない……!」
未來が手のひらを打って感心する。シャッターを動かそうとすればその全体の重量をなんとかする必要があるが、破壊するのならば、一部分のコンクリートを破壊するだけで済む。
それに、目の前のこれは回転シャッターだ。一番下に来ている一枚を壊すだけで、部屋の奥へ進むことが出来る。
「よし……もうすこしだ……!!」
そうこうするうちに、一番下のシャッターがかなり薄くなってきた。あと十発も撃ち込めば、向こう側が見えることだろう。その先には、ボスが待っている。
「いくぞ……最大パワーーー――――!!!」
そして、千空はありったけの力を込めて、最後の一撃をシャッターへとたたき込み――
ズドオオオォォォォン――!!
轟音――それは、巨人が大地に拳を突き刺したのか、はたまた巨人が山を蹴り飛ばしたのか、形容するならば、まさにそんな音だった。
千空の拳は、難攻不落と思われた巨大シャッターを突破したのである。
「よし、行くぞお前ら!」
「はい! 突撃だーーーッ!」
「うん!」
そして、その勢いのまま千空たちは大部屋へと突入する。これが本当に最後となる。この長い戦いを締めくくるのならば、これくらい騒々しい方が相応しい。
そうして、騒がしくも部屋の中へと踏み込んだ3人。
彼らを迎えたのは、落ち着いて椅子に座るボスの姿であった。
「シャッターを破壊するか。凄まじい能力だな。部屋の中まで殴っている音が聞こえたぞ」
「そいつはどうも」
無愛想な返事をする千空。自分でも凄い能力だとは思っているが、こんな奴に褒められたところで一ミリも嬉しくはない。姿は父でも、中身はただの極悪人だ。
そんな千空の態度にムッとすることもなく、ボスは「さて」と話を切り出す。
「カールは死んだか。既に知っていると思うが、君たちの仲間を襲っていた『DESTROYER』も破壊されたようだ」
「うむ。俺たちは強いからな」
「それで、いよいよ私と戦うというわけか」
「うん。千空君のお父さんの身体、返して貰わないと」
ボスに答えるように、毒島や未來も拳銃を構える。未來は言わずもがな、毒島も先ほどスタナーを食らっており能力が使えない。攻撃手段は、これしかない。
「ところで……」
突如、毒島が銃口をボスから外し、部屋の中にある機械を撃ちまくった。あまりにも流れを無視した一方的な行動だが……今もなお動作を続ける巨大装置を前に、無駄話をしている余裕などない。彼の行動は正しかった。
しかし、行動が正しいからと言って、結果が実を結ぶわけではない。
ボスが告げる。
「無駄だ。あれを制御している機器はここにない。あくまでこの部屋にあるのは、状態をモニターするための機器だけだ。そして……」
後方の壁に埋められた巨大装置へと視線を移すボス。直径50メートルはある円盤状の装置……その中心には、空間が歪んでいるのか、先ほどよりも大きな何かが揺らめいていた。
「一分。あと一分で、次元ホールは完成する」
「「「!?」」」
ボスの言葉に、いよいよ焦りが隠せなくなってきた3人。あと一分だって……? ボスを止めるタイムリミットは、あと一分しかないのか……?
さらに、ドドドドという音と共に装置周辺の床がせり上がり、円盤の中心へと至る階段が現れた。これを登り切ったとき、ボスは「正しい世界へ還る」ことを果たすのだろう。そしてそれは、この世界が終わることを意味する。
「止めてみるか、この私を。この織田十郎を止めてみせるのか?」
止めるしかないだろ――そんなこと、口にするまでもない。
「俺は〝瑞波千空〟だ。お前を止める。そんで、父さんも返して貰う……!」
力強く宣言する千空。こいつを倒さなければ、この世界に明日はない。
未來と毒島も拳銃を構える。狙うは首筋……バイオボットだ。
そうして始まるのは、正真正銘、最後の戦い。
二つの巨大な波が、ぶつかる。




