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最終話 再演の夜明け 150項「DESTROYER その2」

 一月ほど前――優奈は、とあるコンサート会場へ来ていた。アルメリカ国内でも最高と名高いコンサートホール……そこで開かれるこのコンサートは、ある演奏家のために開催されたものである。


 事前に受け取っていたチケットを手に受付を済ませ、指定されていた席へと向かう優奈。彼女が座るのはS席――楽器そのものの音と反響した音、そのバランスが最も理想的とされるスポットにある席である。


 そうして、席についてから二十分ほどが経過しただろうか。客席も埋まり、指揮者や演奏者が続々と舞台へと上がり始めた。そして……その最後尾をゆくのは、彼女もよく知る人物。


 相花咲――優奈の人生に大きな影響を与えた、親友以上の存在であった。


 そんな彼女のために開かれたこのコンサートは、当然ながらピアノを主体としたプログラムになっている。一流の演奏家と咲が織りなすピアノ協奏曲は、彼女の復帰コンサートに晴れ晴れしい花を咲かせてくれることだろう。


 演奏者たちが客席への挨拶を済ませ、演奏者用の椅子に座る。最後に咲がピアノの椅子に座ると、静寂を貫いていたホール内の緊張は最高潮に達し……小さな音色が一つ、二つ。咲のしなやかな指が、ピアノの鍵盤で踊り始める。


 そうして始まった演奏は、この場にいるもの全員の魂に響き渡る。一体どれほどの努力と才能が必要なのだろうか、彼女たちが作り出したこの空間は、まるで幻想の世界にいるかのように繊細で、高潔で、優雅だった。


 静かな興奮と熱に包まれながら、プログラムは順調に進んでいく。


 そうして最後を締めくくるのは――咲による独奏だ。彼女のために開かれたこのコンサート、その大トリを務めるのは、当然に彼女の得意曲。あの日――咲の病室で聞いたあの曲が、最高峰のコンサートホールで多くの観客を感動させていく。


 優奈は、涙を流さずには居られなかった。自分が奪ってしまったと思っていたものは、確かに戻ってきた。取り戻すことができた。泣かずになんて、居られない。


 演奏が終わる頃、優奈の目元は子供のように赤くなっていた。


(よかった……本当によかった……)


 心からの安堵と喜びが彼女の中を支配する。あの日、咲と再会できたこと……本当によかったと思える。気づけば優奈は、彼女の楽屋へと向かっていた。


「咲……!」


「ゆうちゃん!」


 楽屋の扉が開かれるのと同時、二人は抱擁を交わしていた。強く強く、その腕からぬくもりが逃げぬように。今この瞬間に、お互いが持つ過去の痛み……そのすべてが、優しく解け出していくような気がした。


 しばらくして二人が落ち着くと、咲は優奈を楽屋の中へと引き入れた。他の演奏家たちがニコニコと見守る中、楽屋の席で話を弾ませていると……いつしか二人は、未来のことについて話し合っていた。


「ねえ、ゆうちゃんは、いつか宿街に戻るんだよね」


「……ええ、まあ」


「宿街……普通の人は、入れないんだよね」


「……」


 できることなら、一緒に居たい。だが、宿街に入る方法は限られている。サリエルを発症する、国家公務員になる、財団の職員になる。どれも難しいものばかりだろう。


 ただ一つ……もう一つだけ、その方法が存在するのだとしたら……


 すると、咲が優奈に問いかける。


「ねえ、もしも。もしも、私も宿街に入る方法があるんだとすれば……」


 咲は唇をかむように口をつぐむと、一呼吸だけ置いてから彼女の名前を呼んだ。


「ねえ、ゆうちゃん」


「……うん?」


 優しく問い返す優奈に、彼女はゆっくりと告げた。


「私はこれから先、ゆうちゃんと一緒に歩みたい。だから、約束して欲しい。全部終わったら――」


 その時、優奈はなんと答えたのか。


 その約束に、どんな返事をしたのか。


 少なくとも、彼女が死ぬことは出来なくなった。






「静也。」


「……なんだい?」


 防火扉の向こうで、兵器がエネルギーを溜めているのを感じる。真佳は先ほど、極大レーザーがどうのとか言っていた。障害物が邪魔だからレーザーに切り替えたと言うことは、裏を返せばレーザーならば障害物を突破できると言うこと。防火扉まで貫通する極大レーザーを食らえば、人は原型など止めてはいられないだろう。ここは真っ直ぐな通路。逃げ場はない。


 だが、まだ一つ助かる方法は残されていた。


「……頼めるかしら」


 だから、優奈は尋ねる。その唯一の道へ進むために。


「……あたりまえさ。」


「……助かるわ」


 彼の答えを聞き、優奈はふっと柔らかな笑みを浮かべた。


 直後、防火扉の向こう側から激しい光が迸る。目を開けることすら困難なそれは、あっけなく防火扉を突き抜けて優奈たちへと迫る。コンマ一秒もない。それは、一瞬であった。


 遅れて届く轟音が、レーザー光の威力とエネルギーを知らしめる。この世のあらゆるものを貫通せんとするそれは「矛と盾」に出てくる矛と呼んで差し支えない存在だと言えた。


 全てを貫く光の矛が、地下シェルターの通路を一直線に貫く。


 そうして、数秒に渡るレーザーの照射が終わり――


「……上手くいったじゃあないか」


「上手くいかせたのよ、あんたが」


 彼女たちは、無傷で立ち尽くしていた。


 ――ただ一人、静也を除いて。


「くッ……」


 静也が膝をつき、鼻から血を垂らす。ポタポタと垂れ続ける深紅の雫は、彼が何をしていたのかを如実に物語っていた。


「『INTACT』……これを広範囲に使い続けるのは、きついな……」


「……でも、そのおかげでレーザーを食い止められたわ。あたしの『FLORA』は、あんたに護られた」


 優奈が静也に肩を貸す。二人がレーザーを防ぐためにしたこと……それは、「FLORA」で巨大植物へと変化させた優奈の全身に、静也の「INTACT」を発動することであった。


 優奈の身体には「INSIDE」が掛っている。つまり、彼女の身体に「FLORA」を使うことは妨害されていない。どれだけでも植物化させることが出来る。


 そして、植物化してもそれは彼女の肉体そのもの――つまり、「INTACT」の対象となる。 あらゆる影響から対象を護る「INTACT」ならば、レーザーから優奈を護ることも容易かったことだろう。


 しかし……通路を埋められるほど大きな対象への発動は流石に負荷が大きい。しかも、それを数秒間維持していたのだ。4人全員に発動するよりは圧倒的にマシだが、静也への負担がどれ程のものだったのか……見当もつかない。


「せ、静也君!? だだだ、大丈夫?!」


「ボクなら大丈夫さ……早く逃げようじゃないか」


 優奈に支えられながら立ち上がる静也。手の甲でゴシゴシと鼻血を拭いながら笑っているが、どう見ても平気ではない。鼻血を垂らすほどの精神負荷を受けて、大丈夫なはずがない。


「しかし……」


 アーロンも静也の容体を不安そうに観察している。次のレーザーが来る前に逃げなければいけないのも事実だが、この状態で果たして逃げられるのだろうか――


 すると、真佳が連絡を寄越してきた。


『皆さん無事で良かったです! すみません……一発目はこちらで防げなくて……でもたった今、物理機構へのアクセスが完了しました! レーザー照射機構も無効化できましたので、動力部へのオーバーヒートを開始します! 早く武装車両へ!』


 どうやら、向こうは順調に兵器への干渉が進んでいるらしい。レーザーによる攻撃の心配もなくなり、後はオーバーヒートさせた兵器へ武装車両の迎撃ミサイルをぶち込むだけである。


「すごいすごいまな君!」


『兵器がオーバーヒートすれば、電波や念波を妨害している機構も破壊できるはずです!』


「なるほどな……いよいよ、あいつもおしまいってわけだ……」


「よし、行くわよみんな!」


 そして、4人は通路をぐんぐんと進んでゆく。真佳の指示に従って抜け道を通ると、その先に元いた広場が見えてくる。兵器に落とされた、武装車両のある広場へと。


「後はシステムが復旧しているかですが……よし、復旧率95%! もう間もなく迎撃システムが再起動します!」


 アーロンの言葉に、みな安心した様子で息をつく。兵器はかなり引き離せている。静也に肩を貸しながらの移動ではあったが、まだまだ追いつかれてはいないはずだ。兵器がここに辿り着くまでに、迎撃システムは復活するだろう。


 ……そう、思っていたのだが。


 どうやら、まだ一悶着あるらしい。


 真佳の声が聞こえる。


『皆さん! 兵器が壁を破りながら最短距離で皆さんの所へ迫っていて、予想よりも早くそちらに着きそうです! 既にオーバーヒートは完了しているので、すぐに迎撃の準備を!』


「ええっ?! そんな……!?」


 先ほどまでとは一転、4人に戦慄が走る。兵器が、想定より早く接近している……?


 システムをアーロンが確認する。だがしかし、その復旧率は96%。残り4%が復旧するまでに兵器が到着したら、全てが水の泡になる。


 しかも、先ほどまでとは違い今は負傷した静也がいる。逃げることも難しい。


「真佳、残念だけど……まだシステムが復旧していないのよ」


『な、なんで?!』


「すみません、私の見立てが甘かったです。想像以上に、車両のダメージが大きかった……!」


「でもでも、どうしよう!? これ以上抵抗なんて……」


 車両内が不安で満ちてゆく。どうすれば兵器を抑えられるだろうか。再び優奈の「FLORA」でバリケードを張るか……? いや、静也の能力はもう頼れない。


 そうこうするうちに、兵器が壁を突き破って広間へと侵入してきた。


 いよいよ、後がなくなった。


「こうなったら一か八かよ!!」


 すると、優奈が声を上げて武装車両を飛び出した。


 そして、発動するのは彼女の奥義。


「FLORA――BE GLORY!!」


 それは、あらゆるものを植物へと変化させる「FLORA」の真髄。床も壁も、全てが彼女の思うままに植物へと生まれ変わってゆく、そんな能力だ。


 しかし、それは封じられているはずだった。外部への念波は兵器によって妨害されている。先ほども、ドアを植物化させることすら出来なかった。


 それなのに……今、彼女の願いに応えて、周囲の床や壁が大きな植物へと変わってゆく。生まれ変わった床と壁が、うねりをあげて兵器を取り囲む。


「やった……間に合っていたわ! オーバーヒートによる妨害機構の破壊は!!」


 それが答えだった。念波を妨害している機構が熱で壊れれば、当然のように念波は周囲の物質へと届くようになる。床や壁が植物化するというのも、自明の理である。


 流石に兵器には念波対策が施されているようで、そのものを植物化させることは出来なかったが、これでも十分時間を稼ぐことは出来る。


「あと3%くらいでしょ?! それまであたしが――」


 とその時、静也が叫ぶ。


「優奈! 危ない!!!」


「え……?」


 次の瞬間、ブチブチと何かが引きちぎられる音が響く。


 咄嗟に兵器へと振り返る優奈。


 ――そこで彼女が見たのは、自身に迫る〝破壊者〟の巨腕であった。





 その時、静也は勝手に身体が動いていた。


 優奈の植物が引きちぎられ、殺戮兵器の腕が彼女を押しつぶすまさにその瞬間、意識をするまでもなく、彼女に対して「INTACT」を発動していた。


「どうして……!」


 再び生み出した植物で兵器を抑えながら、優奈が尋ねる。


 だが、そんなことは自分でも分からなかった。


「…………」


 押し黙る静也。正直な話、この場で自分だけが助かるのは簡単だったから。


 先ほど通路で「INTACT」を使ったとき、彼は直感で分かった。どうやら自分は成長しているらしい。人という小さい範囲であれば、「INTACT」は思いのほか長時間発動できるようになっている。ならば、自身に「INTACT」を使えば、とりあえず自分が死ぬことはなくなる。


 だから、自分だけが助かることは簡単だったのだ。


 でも……


 それに、何の意味があるのだろうか。


「千空は……そうしなかったじゃあないか……」


「!!」


 それは、自分自身の中に眠っていた本心なのだろう。だから、こんなにもあっさりと口にでてしまう。隠していたわけではないが、それは彼への想いであり、敬意だった。


 千空はあの日、未來を救うために自分を犠牲にした。自分が助かることは簡単だというのに、能力を未來へと受け渡して、自身は致命傷を負った。そんなの、到底出来ることじゃあないじゃないか。相手への強い想いと、自分自身の強い精神がなければ、不可能だ。


(なあ、千空)


 そんな千空へと、彼は心の中で問いかける。


(ボクが気付いていることにキミは気付いていないだろうけど……望月大地は、キミの父さんなんだろう? あの時のキミの顔を見て、どういうわけか、本当になんとなく……そう思ったんだ。ああ、きっとボクもキミと同じ顔をしていたんだなって)


 静也は、気付いていた。千空が父のことを知ったとき、自分に気を遣っていたと言うことに。どこまでお人好しなんだと言いたくなるほど、彼は純粋で、強かった。静也の父すらも、救わせてくれるほどに。


 だからだろうか、静也も思う。


(ボスを倒して、キミの父さんも救って、皆で生きて帰る。全部叶ったら、最高じゃあないか)


 父から手渡された黒いペンダントを握りしめる。ボクは優奈への「INTACT」を解除するつもりはない。それをしてしまえば、この場にいるボクという存在の意味を失ってしまうから。


「きっと、お前にはわからないさ……ポンコツ兵器……」


 優奈の植物で縛られた兵器へと語りかける静也。先ほどとは違い、兵器が植物による拘束を破る気配がない。彼は、優奈本人だけではなく、彼女の生み出した植物にまで「INTACT」を発動していた。元が壁でも、今は植物……生物は能力の対象となる。これで、兵器は動くことも出来なくなった。


 当然だが、そんなことをすれば静也の命に関わる。人一人ならなんとかなっただろうが、大量の植物相手に「INTACT」を発動するのは、先ほど通路でやったことと何ら変わらない。既に、静也の口からは血が溢れ始めている。


 それでも、静也は能力を解除することをしない。


(キミはやってのけたんだ……ボクだって、良いところを見せてやるさ――)


 そして、遠くで声が聞こえる。


 それは、福音。


 システムが再起動し、迎撃ミサイルの準備が整ったらしい。


「優奈さん! 離れて!!」


 その言葉と同時、大きな射出音と共にミサイルが発射される。


 ミサイルが植物に縛られた兵器へと迫り――一足先に、植物が拘束を解除する。


 鎧になっていた植物がなくなり、全てのミサイルが無防備な兵器へと着弾してゆく。


 本来ならば、これくらいのミサイルではどうということはなかっただろう。


 だが……彼は今、オーバーヒートしている。


 そんな兵器にミサイルが撃ち込まれれば……向かう先は、一つだけである。



 ――ドゴオオオォォン!!



 激しい音を立てながら爆発炎上する殺戮兵器「DESTROYER」。余波で崩れた天井がその巨体へと落下し、下敷きにされた兵器が完全に崩壊する。


 人間vs殺戮兵器――


 この世の不条理を煮詰めたようなこの戦いは、彼らの勝利で幕を閉じたのだった。

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