最終話 再演の夜明け 145項「迫る悪意」
セキュリティールームにて、真佳はとあるカードホルダーを眺めていた。
「天童真……まさか、CYBERSKYのCEOが組織の幹部だったなんて……」
一人呟く真佳。彼が眺めているホルダーは、今さっき天童真と名乗る人物から渡されたもの。その中には、このCYBERSKYの中において絶対的な権限を持つ許可状が入っている。
どうして天童真がそんなものを真佳に渡したのか。
時は、千空たちがエレベーターへ向かった直後まで遡る。
「私の名は天童真。君に、話がある」
音もなくセキュリティールームに入り込んできた男は、開口一番そう名乗った。
天童真……その名は聞き覚えがある。確か、静也の父が入手した情報の中に、そんな名前があったはずだ。シェル――天童命の項目に、その名前はタグ付けされていた。
「何が目的ですか?」
スタナーを構えつつ、服に仕込まれた金属でワイヤーを作り、部屋全体へ張り巡らせる真佳。どんな移動手段を持っているのかは分からないが、これなら動きが手に取るように分かる。
すると、天童は少しだけ首を振ると、静かに答えた。
「私は……組織の幹部だ。でも、ボスを倒そうとしている」
「どうしてですか?」
「……家族の問題とでも言っておこうか」
「……そうですか」
目を細めて真佳の質問に答える天童。彼の答えに納得できた訳ではないが、その表情には何か無視しがたいものがあった。少しくらい話を聞いても、まあ問題は無いだろう。
「話って言うのは」
「ああ……これから、私はすべきことをするために最上階へ向かう。……中村君の様子を見る限り、君の仲間たちも最上階へ向かっている、そうだね?」
「……そこまで見破られてたら、嘘をつく必要も無いですね」
肩をすくめて答える真佳。この部屋の様子を見られているのだから、嘘をついたところですぐにバレるだろう。既に100点の答えを出している相手に、その場しのぎの嘘は通用しない。
「そうか。やはり、時間がもう無いな……君に渡したいものがある」
そう言って、天童はとあるカードホルダーを手渡してきた。入っているカードに書かれていたのは、CYBERSKYのロゴとCEOの名前――そして、このカードの所有者にCEOと同等の権限を与えるというもの。このカードさえあれば、CYBERSKY内であらゆる融通が利くことになる。
「警備員を起こして、そのカードを見せると良い。何かあったとき、そうだな、セキュリティの制御が必要になったときなど、きっと助けになってくれるはずだ」
「でも、どうして……」
「言っただろう。今の私たちと君たちの目的は同じ……それだけだ。ではな」
それだけ真佳に伝えると、天童はその場から姿を消した。文字通り一切の予備動作もなく一瞬でその場から消え去ったことを考えると、彼は瞬間移動系の能力者なのかも知れない。
とにかく彼は、真佳に言うだけ言って、カードを渡すだけ渡して去って行った。
それが、真佳と天童のやりとりの全てだった。
「とにかく、このことをサポートチームの皆に伝えないと……」
貰ったカードを首から下げると、真佳は楓の「ARIA」を通して静也たちへ連絡することにした。
「皆さん、聞こえますか? たった今、天童真を名乗る人物から接触されました」
『その声は真佳ね……って、天童真って言ったかしら?!』
『確か……父さんのデータにあったよな?!』
真佳の言葉を受け、サポートチームの皆が慌てて情報を確認している気配が感じられる。武装車両の中には瀬城玲二がもたらした情報端末がある。すぐに真実は分かるだろう。
一分ほどが経った頃だろうか、彼らから言葉が返ってきた。
『やっぱりそうね。天童命と同じ項目に記載があるわ。名字が同じってことは兄妹かしら』
『ここに居たってことはやっぱり組織のメンバーなのか? ぶっさんには伝えたのかい?』
「いえ……ぶっさんたちは既に最上階に向かいましたから……」
『でしたらその判断で問題ないと思います。余計な情報を与えても混乱させてしまいますから。それで、天童真はなんと?』
「ボスを倒そうとしている、そう言っていました」
『なるほどね……』
情報のすりあわせをしていく真佳とサポートチーム。ちなみに、楓は「ジャスリーンとの通信内容をそのまま千空たちへ送る」という神経を使う役割を担当しているので、殆ど会話には参加していない。参加する余裕がない。ただ脳内で会話をするのとはワケが違うのだから。
『信用できるのかい?』
「わかりません。ただ、嘘を言っている目では無かったと思います」
『目は口ほどにものを言う、とも言うしね。もし天童真が騙すつもりだったのだとしても、真佳ならきっと見抜けるわ』
『なら、協力した方がいいんじゃあ……?』
『ただ、真佳君の情報だけだと不確定要素が多いのは確かです。もう少し玲二さんの情報を吟味してみましょう。天童真そのものの情報もあるはずです』
そして、しばらくの沈黙が訪れる。真佳は「ARIA」越しに会話していたため、相手が「ARIA」に会話を送る意志を失った時点で蚊帳の外にされてしまう。
することがなくなってしまったので、適当にモニターを眺める真佳。特に異常は無いように思える。いや、そもそもどうなっていたら異常なのか分からないのだが。
そんなふうに時間をつぶして、少し経った頃だろうか。
サポートチームの様子に異変が起こった。
それも、何やら切迫した様子である。
『お、おいおい……あれってエルフォードの「焼却」じゃないか?!』
『それって彼の最終奥義みたいなやつよね?! なんでそれが発動してるのよ!?』
『って、あれあれ?! ジャスリーンさんたちとの通信が途切れちゃった!?』
『待ってください、何か音が聞こえませんか?!』
『な、なんだよ……これ……?!』
武装車両で一体何が起こっているのか。だが、真佳との会話ではない言葉まで送られて来ているということは、よほどの事態であることに間違いは無い。楓は、意味も無く無許可で人の声を他人に送ることはしない。
ARIA越しの言葉しか聞こえない真佳だが、とにかく彼らが何かヤバい状況に陥ったと言うことだけは理解することが出来た。
「そ、そうだ! モニターを!!」
自分の側で青白い光を放っているセキュリティーモニターに目を向ける真佳。先ほどまで見ていて、異常は特に見つからなかったはずなのに、どうしてこんなことになっているのか。
「なんっ……これは!!」
セキュリティ情報を色々とまさぐった真佳が、ある情報を見つけ目を見開く。
見つけた情報は、とある兵器の稼働ステータスについて。
……いつの間にこんなものが起動していたのだろうか。
モニターの表示は、「DESTROYER」と名付けられた破壊兵器が、セキュリティ範囲内にて侵入者を発見し、完全排除モードに移行したという事実を報せていた。
すぐさま兵器の情報を確認する真佳。だが、確認すれば確認するほど、その絶望は大きくなってゆく。こんな兵器に襲われて、彼らはどのくらい生き延びることが出来るのだろうか。
早く停止させなければいけない。でも、どうすれば良いのか分からない。「SUBMARINE」でシステムに侵入している財団のキャスターならばなんとか出来るのだろうか。
(どうすれば……静也さんに優奈さん、アーロンさん……)
武装車両には大切な仲間たちが乗っている。
それに、仲間だけでなく……
(楓姉ちゃん――!)
突然に訪れた緊急事態。
真佳はかつて無いほど脳をフル回転させ、彼女たちを救う術を模索するのだった。




