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2話 Eyes’Hope 12項「捜査から戻ると」

 センターに戻ってきた一行は、取り敢えずオフィスに戻ることにした。報告書なんかの書類をいくつか書かないといけないみたいなので、まずはそれを完成させることになったのだ。


 ちなみに千空は初めて書くことになるので、他のメンバーに色々と教えて貰いながらになる。


 学校でもたまにこういう書類書かされたよなーと懐かしく思いながらオフィスがあるE棟を目指していると、メンバーの一人である薬師寺真佳とばったり出くわした。


「あれ? 真佳君」


「あ、皆さんお帰りなさい」


 未來が声をかけると、真佳は帰還したメンバーに挨拶してきた。最初の印象通り、やっぱり真面目そうだ。


 でも、どうしてこんなところに居るんだろう。朝に聞いた話だと、真佳はセンターにいる間基本オフィスに居るとのことだった。だったら、その棟から出ることも無いはずなのに。


「君が外にいるなんて珍しいな。なにかあったのか?」


「少し仕事を頼まれまして」


 どうやら、真佳はなにかの仕事を頼まれ外に出てきたようだった。捜査以外でも仕事を頼まれるなんて結構意外だが、一体何を頼まれたのだろう。


「捜査ってわけでもないよな……一体何を頼まれたんだ?」


「娯楽棟の扉が壊れてしまったみたいなので、それの修復です」


 そう言って真佳が娯楽棟の方を指さす。


 娯楽棟とは、センターにある娯楽を目的とした棟だ。カラオケやゲームセンターなどが入っており、検査のためにセンターを訪れた人が、空いた時間も楽しめるように作られたのだった。


 その棟の扉がかなり劣化していたので業者に修理を依頼していたらしいのだが、業者が修理に来る前に一部の扉が完全に壊れてしまったらしい。それで、真佳に修理を依頼したとのことだった。


「すごいじゃん、扉なんか直せるんだ」


 業者が修理するような大きな扉を直せるなんて凄いじゃないかと、と千空は素直に感心した。彼自身あまり器用では無かったので、余計に凄く感じたのだった。


 しかしそんな彼の様子を見て、何故か未來や静也が顔を見合わせて笑った。毒島も「ま、そう思うわな」と表情を緩めているし、一体何が面白かったのだろうか。


「よかったら、着いてきてもいいですよ。僕がどうやって直すか分かると思いますし」


 千空の様子に、真佳が提案する。確かに気にはなるのだが……千空たちはオフィスに戻って書類を書かないといけなかったし、どうしたものか……


 千空が迷っていると、毒島が声をかけてくれた。


「せっかくだ、行ってこい。あと、二人もついて行ってやれ」


 と、なんとあの堅そうな毒島からそんな風に許可が出たのだ。いや、まだ半日しか一緒に居ないから実際堅い性格なのかは知らないけど、ともかく真佳について行っても良さそうだった。


 書類は大丈夫なのか聞くと「それぐらい後でも書けるさ」と気にしていないようだったので、せっかくだし千空は真佳の扉の修理について行くことにしたのだった。




「それでね、今回の現場はかなりボロボロの廃墟だったんだ」


 娯楽棟に着くと、4人は先ほどの捜査のことを話しながら壊れた扉まで向かっていた。


 一般の患者もいるのに大丈夫なのかと言う疑問もあるが、それに関しては大丈夫だった。


 というのも、娯楽棟は既に関係者以外立ち入り禁止となっていたのだ。壊れている扉があるだけで立ち入り禁止はどうかとも思うが、ともかくこれなら一般の患者は入ってこないので、いくら能力や捜査の話をしても問題なかったのだ。


「それでな、とにかく瓦礫が酷かったんだよ。ボクも何度転びかけたことか……」


「転びかけたのは静也だけだろ……てかむしろ転んでただろ」


 千空が細い目で静也を眺めると、「いや、あれは違うんだ」とかなんとか色々言い訳していた。しかし悲しいかな、必死の弁明も虚しく真佳は「まあそうでしょうね」と千空の言葉を信じていた。きっと静也は普段からドジなのだろう。


「でも、今回の捜査は静也君が居ないとどうしようも無かったから、MVPは静也君だよね」


「おお! そうだよな、そうだよな! 流石は未來、わかっているじゃないか!」


 静也がぱぁっと顔を輝かせる。めちゃくちゃ調子に乗っているが、実際未來の言うとおりなので、千空は何も言えなかった。


 そんな風に会話をしながら歩いていると、目的の扉の前に到着した。


「これは……完全に開かなくなっているみたいですね」


 真佳が扉の状態を確認する。両開きの自動ドアなのだが、扉自体が歪んでしまい上手く開閉できなくなっているようだった。他にもぎこちない動作のドアはいくつかあったが、ここの扉は特に酷く、完全に動かなくなってしまっていた。


「確かに、ボクも最近ドアの動きがおかしいなとは思っていたんだ」


 腕を組み、ため息をつく静也。どうやら前々から扉の異変には気付いていたようだ。


「私はこんなことになってたなんて、全然知らなかったよ」


「そういや、いつもオフィスにいるって言ってたもんな」


 未來は扉についてはなにも知らないようだった。彼女はこういう場所にはあまり興味がなさそうだし、来なければ分かるはずもないので当然である。


「未來、君もたまにはこういう所で遊んだらどうだい?」


「静也君が知らないだけで、私もたまには来てるよ」


 静也が未來に提案すると、意外にも彼女はそんな風に答えた。こういう場所には全く来ないのかと思っていたが、来るときは来るみたいだ。結構意外である。


「静也君は遊びすぎなんだよ。暇さえあればこっち来てるでしょ?」


「え、マジかよ静也」


「別にさぼってるわけじゃ無いんだし、いいじゃないか」


「あの、そろそろ直したいんですけど……」


 三人が会話を盛り上げていると、真佳から苦言を呈されてしまった。そうだった、扉の修理に来ていたのに、思わず話が脱線してしまった。


 そもそも仕事を任されたのは真佳だし、着いてきただけの自分たちがこれ以上邪魔するのは流石に申し訳ない。ということで、三人はすぐに会話を切り上げ修理を見守ることにした。


「そうだな、それじゃあこの新入りにお前の力を見せてやるんだ!」


「なんで静也さんが仕切ってるんですか……まあ、そうですね。見ていて下さい、これが僕の力です」


 そう言って真佳が扉の方へ向き直り、右手で扉に触れた。どうやって直すのだろうと千空が興味津々に眺めていると、予想だにしないことが起こった。


 なんと、真佳が触れている部分から扉がぐにゃぐにゃと融け出し、姿を変えていったのだ。千空が驚いている間にも扉は形を整えていき、数秒で元の状態に戻ってしまった。


「これで大丈夫だと思います」


 真佳が試しに自動ドアを作動させてみる。すると、先ほどまでうんともすんとも言わなかった扉が、何事も無かったかのようにスムーズに動き出したのだ。


 というかこれって……


「いや直すって、能力で直すってことだったのか!」


「はい。せっかくですし、ここで僕の『NEUTRINO』を披露しようと思って」


 真佳が真面目な顔で答える。まさかこんなに自然な流れで能力を紹介されるとは、思いもしなかった。


「まあでも、確かにこの能力ならあの写真の説明も付くな」


 千空はそう言って、UMC特集で見た真佳の写真を思い出した。特集で見た写真では、真佳の服の右袖が意思を持ったロープのように変形していた。ネット上では最新技術を用いたスーツとか考察されていたが、実際には服では無く人の方に秘密があったのだ。


「ちなみにこんなこともできますよ」


 ポケットからボール状のなにかを取り出す真佳。何だろうと千空がのぞき込むと、次の瞬間それは激しく変形し、あっという間にペットボトルへと姿を変えてしまった。


 さらに真佳は手のひらでペットボトルをいじり続ける。ぺらっぺらの紙みたいにしたり、とげとげのウニみたいにしたり、それはもう自由自在であった。


「どう、千空君? これがアイズホープの力だよ」


「いや、みんな思ってた以上に凄い力でびっくりしてるよ!」


 未來の問いに、千空は興奮気味に答える。静也や未來も凄かったが、真佳の能力もかなり凄い。だって、目の前で物が非現実的な変形をしていくのだ。それも、さも当然のように。


 これがアイズホープの力なのか……千空はそんな組織に自分が所属していることが、なんか凄いことのように思えてきた。


「この感じだと、優奈さんの能力も凄そうだな」


「あー……うん、そうだね」


 ん? なんか歯切れの悪い言い方だな……まあ、いいか。


「さて、君たち。仕事も終わったし、そろそろオフィスに戻ろうか」


「ああ、そうだな」


 静也の言葉に、千空も頷く。


 そういえば、まだ報告書とやらを書いていなかった。毒島は後でも良いと言っていたが、多分ああいう物は早めに書かないといけないので、静也の言う通り早めに帰った方が良さそうだ。


 取り敢えず真佳の仕事も終わったみたいだし、4人はさっさとオフィスに戻ることにした。




 オフィスのあるE棟に入ると、またまた偶然にも三崎と出会った。


「あれ、三崎さん。この時間はまだ訓練じゃ?」


 現在の時刻は午後2時半。平日は午後4時まで能力の訓練があったので、この時間はまだ楓の訓練に付き合っているはずだった。


 神木は忙しそうだし、千空がいない今、訓練は三崎が担当していると思ったのだが……


「途中で抜けてきたのですよ。用事もありましたし」


「あ、そうなんですね」 


 どうやら、三崎は訓練の途中で抜けてきたようだった。千空の訓練の時は一度もそんなことなかったので、てっきり抜けられないものだと思っていた。


「あれって抜けられたんですねー」


 なので千空がそう声をかけると、それは違いますよと三崎が訂正した。


「抜けられるのは、あくまでも彼女の時のみなんです。だから、千空君の時は最初から最後まで付き添わないといけなかったんですよ?」


 なんだ、千空の時は無理だったのか。ならば、彼の訓練の時に神木も三崎も一度として抜けなかったのも納得だ。


 なんで抜けられないのかは謎だが、多分能力の種類によっていろいろあるんだろう。その辺りの理由は千空が知ったところで意味は無いので、これ以上は聞かないでおいた。


 ちなみに静也が「彼女……ということは、もう一人の子は女の子か?!」となにやら一人で盛り上がっていたが、残念ながら誰からも相手にされていなかった。


「そういえば、みんなの能力見ましたよ。俺の能力も凄いと思ってましたけど、上には上がいますね」


 悔しげに頭をかく千空。結構自信はあったのだが、他のメンバーの能力を見ると、なんとなく自分の能力が地味に感じてしまったのだ。静也とは同じくらいかもしれないが、使いどころ的には彼の能力の方が便利そうだった。なにせ、千空の場合範囲が自分だけなのだから。


「能力に上も下もありませんよ。前に言ったじゃないですか、もっと自分を誇って下さいって」


「あっ……!」


 そうだった。前にも似たようなことを言って、三崎にそう諭されていたんだった。どうも自分は人から言われたことを忘れてしまいがちだと、反省する千空。


 そもそも、能力者になれた時点で凄いのだ。他のメンバーの能力と比べてどうこう話すのは、実にナンセンスなことであった。


 千空はそう考え、一人納得するのだった。


「ところで、扉の修復は上手くいきましたか?」


 すると、三崎からそんな風に聞かれた。どうやら真佳に扉の修復を依頼したのは三崎だったようで、真佳が「丁度今終わったところです」と答えていた。


「それが凄いんですよ。真佳君が触れた瞬間に扉がみるみる直っていって。あれならもう修理とか必要ないですね」


 腕を組みうんうんと頷く千空。あれだけきれいに直ったのだから、修理業者が来てももう直す所なんて無いだろう。なんなら、業者よりもきれいに直せているのでは無かろうか?


 そう思っての発言だったのだが、それは真佳に否定された。


「いえ、僕の能力は時間が経つと元に戻ってしまうので……」


 真佳が申し訳なさそうに首を振る。


 話によると、真佳の能力で変形した物質は、時間が経てば元に戻ってしまうのだとか。だから、今は扉は正常に動いているが、業者が来る頃にはまた壊れた状態に戻っているらしい。


「ま、真佳の能力も万能ではないってことさ。ボクの能力は使いどころが少ないし、未來の能力も体力の消耗が激しいっていう欠点がある。だからだな千空、能力には上も下もないのさ」


 そう言って、静也は千空に笑いかける。どうやら先ほどの千空の言葉を気にしてくれていたようで、彼の言葉に未来も頷いていた。


 車の中でも思ったが、やはりアイズホープ、みんな優しくて温かかった。


「じゃ、俺も頑張んないとな」


 二人の言葉に、千空はもう一度自分を鼓舞した。


「それじゃあ、私は訓練の方に戻りますね」


 そう言って三崎が訓練に戻っていったので、千空達は今度こそオフィスへ戻ることにした。




 オフィスに戻ると、優奈がソファのまま「おかえり」と出迎えてくれた。


 しかし、神木のことがあったからか、かなり元気が無さそうだった。初めて会ったばかりで普段どうなのかは知らないが、自己紹介の時は静也にツッコミを入れるくらい元気があったし、多分じゃ無くてもこれは落ち込んでいる感じである。


「おいおい、まだ落ち込んでいたのかい?」


「うるさいわね。あたしだって落ち込むことくらいあるわよ」


 膝を抱えて俯く優奈。未來が「急だったもんね……」と声をかけるも、帰ってきたのは無言の頷きのみ。かなり重症っぽい感じで、みんな困ってしまっていた。


 かける言葉も見つからずメンバー達が黙っていると、毒島が口を開いた。


「優奈、神木が言っていたこと、覚えているか?」


「言っていたこと?」


 優奈が首を上げ毒島を見た。その様子を見て毒島が続ける。


「後ろを向いて歩いたならば、いずれ何かにぶつかってしまう。だから、宿街に来る人にそれを伝えるのが私の仕事だと。お前がそんなようでは、彼女は仕事を達成できなかったことになるぞ?」


「……!」


 毒島の言葉に、はっと何かに気付く優奈。そしてその言葉は、千空にも当てはまるものだった。


 辛いことをいつまでも引きずっていては、前に進めない。例え前に進めたとしても、絶対にどこかでつまづいたり壁にぶち当たったりするものだ。


 ならば、辛いことがあったときこそ前を向いて歩くのだ。それが絶対に正解とまでは言えないが、きっと殆どの場合それが一番良い答えになるはずだ。だって、千空もここに来たとき自然とそうしていたのだから。


「……そうね、ぶっさんの言うとおりだわ。明るく送り出してあげないと」


「お、ちょっとは気が楽になったかい?」


「……まあね」


 優奈も元気を取り戻したみたいで、そんな風に返事をしていた。まだ完全とまでは行かないが、これならもう大丈夫そうである。


「それじゃ、お前達は報告書な」


「あ、はい」


 そんなこんなで、オフィスに戻ってきた千空たちは先の捜査の報告書を作成するのだった。



 ……ちなみに、千空は毒島が「ぶっさん」と呼ばれたことに困惑していたのだが、それはまた別のお話である。


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