最終話 再演の夜明け 141項「邂逅と逆心」
エレベーターに乗った4人は、最上階への到着を静かに待っていた。
地上120階。600メートルという高さを超える最上階へは、エレベーターを使っても2分弱はかかる。高さが高さなので、耳も痛くなってくる。
ふと未來が千空の方へ視線を向けると、彼は手に持ったインナーローダーのケースを眺めていた。その中には、中村から回収した「不夜の光」が収納されている。
親友とこんなことになって、彼の胸中はどうなっているのだろうか。ただ一つ確かなことは、彼は友を救うことが出来たと言うこと。千空に敗北したことで、彼は真の意味で解放されたのだと思う。
それにしても驚いたのは、中村が無事だったことだ。
先ほど、中村は確かに千空の腕に胸を貫かれたように見えた。周囲に血をまき散らし、口からも大量の血を吐いていたように思う。内臓なんか壊滅的だっただろう。
それなのに、中村からインナーローダーを回収した途端、それらは無かったことになった。周囲を染めていた血も、中村の胸に開いた大穴も、全てが綺麗さっぱり消えていた。
あれは一体何だったのだろうか。
「ねえ……さっき、中村君……の胸を貫通していたように見えたけど……」
「え? ああ、あれな。俺も驚いたよ。俺もそんなつもりで攻撃してないからな」
「そうなの?」
意外な答えが返ってきて思わず面食らう未來。千空は本気で中村に挑んでいたと思っていたのだが、そういうわけではなかったのだろうか。でなければ、彼は救われないと思っていた。
だが、それはあくまでも未來の視点に過ぎない。
「本気で向き合ったさ。あいつが心の底に抱えていた〝助けてくれ〟って想いにな。だから、俺は本気であいつを助けるために戦った。殺すつもりがないってのと、本気で向き合うってのは、両立できるからな」
中村のことを知る千空は、彼のもっと深いところまで理解していたようである。中村のことを殆ど知らない未來では絶対に分からないような彼の心情を、千空はよく知っている。
「あいつが死んだように見えたのは……多分、不夜の光だろうな。俺の拳を受けて、無意識に発動したんだと思う。あの様子を見る限り、自分自身に痛みの幻覚まで見せてたみたいだな。あいつは本気で、自分が死んだと思ってるよ」
「そっか……実際あのあと気を失ってたもんね。でも、自分自身に痛みまで……」
すると、毒島がぼそりと呟いた。
「インナーローダーで得た能力だとしても、その発動には本人の精神が関係している。きっと、あいつの中にあった罪の意識が、無意識のうちに幻覚の痛みという形でけじめを付けさせたのだろう」
「言いたいこと全部言ってくれましたね、ぶっさん」
「でも、私もなんとなくわかるかも」
自分のしてしまったことに対して筋を通し、けじめを付けたかったから。
自分が犯した罪は、千空に引導を渡されることでしか癒やされない。
そういう風に考えていたからこそ、千空の拳を受けたとき、赦される夢を見たのだろう。
千空が彼と親友になれた理由が、なんとなく分かった気がする。
「……もうすぐ最上階だ。引き締めよう」
すると、エルフォードがぼそりと呟いた。
エレベーターは現在100階。最上階の120階は、もう目と鼻の先である。
「居るかな、ボス」
「さあな」
ジャスリーンの千里眼は、範囲こそ広いが視点の移動に時間が掛る。エレベーターの上昇速度の方がよほど速いので、彼女の能力で最上階の様子を確認することは出来なかった。
千空がインナーローダーを握りしめている。この先にボスがいるのだとしたら、千空はその手で自分の父親の身体を持つボスを倒すことになる。
(私なら……どうにか出来るのかな)
千空との約束を思い出す。父を見つける、そして父を見つけた後に……そう言う約束だ。だから、出来ることなら生きたまま助けたい。千空の大切な人を死なせたくはない。
でも……ふと視界に入った千空の顔を見て、未來はそれが独りよがりな考え方だと知った。
彼は――覚悟できているのだ。
ならば、自分が無理にどうこうすることはない。彼は、未來が何かを失ってまで父の救出に力を貸してくれることを良しとはしない。未來ならそれくらい理解できるから。
すると、エレベーターからチャイムの音がなった。どうやら到着したみたいである。
「さあ、いよいよだぞ」
毒島がスタナーへ手をかける。この先は、これまで以上に何が起こるか分からない。
未來も胸の前で拳を握りしめて覚悟を決める。もう、右腕はうずかない。
そして、静かにエレベーターのドアが開き――
そこには、初めて見る女の姿があった。
「初めまして。私はシェル。この組織の幹部の一人です」
「そいつはどうも」
丁寧に名乗った女に、毒島が警戒しながら返す。組織の幹部が、仮面も付けずにわざわざ出迎えてきたのだ。これを胡散臭いと言わずしてなんというのだろうか。
いきなり現れたシェルと名乗る女に怪訝な顔を向ける千空たち。
すると、千空の左手を見たシェルが「なるほど」と呟いた。
「……彼は私の部下だったんです。それ……ファル・ファローネ――中村君のインナーローダーですね」
「……ああ。その通りだよ」
悲しげな顔で告げるシェルに、千空は憎しみを込めた目で答えた。お前らのせいでこうなったんだろうが、とでも言うように。お前らが悲しむな、そんな怒りがこみ上げてくる。
それでも、周囲への警戒は怠らない。これは何かの罠だ。シェルと名乗った女に気を取られている隙に、何かしらの攻撃をされるかもしれない。
「まあ、警戒されますよね。実際、私は貴方たちを倒せという命令を受けていますから」
「「!!」」
その言葉を聞き、一斉にエレベーターから通路へと飛び出す千空たち。毒島、エルフォード、千空のそれぞれが、どう攻撃されても良いように戦闘態勢をとる。やはりこいつは不意討ちを狙っていたのか。
シェルを囲うように散開する千空たち。毒島はスタナーを、千空は拳を構え、エルフォードは火炎弾の準備をしている。
だが、そんな彼らの様子を見ても、シェルは落ち着いた様子で言葉を続けた。
「落ち着いてください。今すぐに攻撃するつもりはありません。だって……」
そして、シェルが後方のとある扉へと振り返る。
「……!」
その扉……というか、部屋には覚えがあった。最上階にいくつかある内の一つ……それは、自分たちの作戦の目的地となる部屋だったのだから。
作戦会議の時にジャスリーンが言っていた、いかにも怪しい部屋。
果たして、その扉の向こうには一体何が――
とその時、扉が音もなく静かに開いた。
次いで、声がする。
「やはり、ここまで来たか。ファル・ファローネも使えんな」
そうして、部屋の中から一人の男が出てくる。
――ずっとずっと、追い求めていた。
ビシッとしたハイブランドスーツに身を包み、コツコツと足音を鳴らし近づいてくる男。
顔つきは全く違うのに、そのパーツはどことなく千空に似た雰囲気を感じさせる。
中身は違えど、やはり血の繋がりというものは強固なものだ。
その姿こそ、千空がずっと探し求めていた人物のものであった。
「やっと会えたな、ボス。返して貰うぞ、父さんの身体」
シェルに向けて構えていた拳を、より一層強く握りしめる。
部屋から出てきた男――そいつこそが、マスカレードのボス。
元ノブナガ社CEO・織田十郎――
千空の父〝望月大地〟の身体を奪った張本人であった。
「父……なるほど、驚いたな。貴様、生きていたのか。望月愛緒」
千空の言葉を聞き、ボスはその正体に気付いたらしい。やはり望月大地の息子が目覚めるだろう能力も狙っていたのだろう。でなければ、千空のことなど覚えておく必要など無い。
「俺も父さんと同じ能力を手に入れたぞ。残念だったな、俺のこと見つけられなくて」
「ああ。お前を手に入れられていれば、私の計画はもっと早く進んでいたからな」
そうってボスが肩をすくめるが、その顔は全く残念そうではない。その態度は、どうにも腹立たしかった。お前が余裕でいられるは、俺の父さんをこんな風に利用しているからだろ、と。
「さて……お前がただ自分の目的のために利用していた望月大地は、俺にとっても友人でな」
毒島が拳銃を構える。先ほどまで構えていたスタナーではなく拳銃を構えているところから、彼の怒りや憎しみを感じ取ることができた。毒島にとって千空の父は、恩人の弟でもあり、親友でもある。
張り詰めた空気が徐々に緊張を増してゆく。
先に動いたのは、ボスだった。
「シェル」
「はいッ!」
ボスの指令を受け、すかさずシェルが跳躍する。どんな能力を持っているのかは分からないが、ボスはシェルに千空たちの始末を託したらしい。
「俺は未來の護衛を!」
「うむ! エルフォード君は――」
「……既に!」
すると、シェルの前方に炎の柱が上がった。毒島の指示を待たずしてエルフォードが能力を発動したようだ。さらに周囲へと炎は波及していき、シェルの足を止める。これだけ相手が動きづらければ、未來も守りやすい。
「さあ、どう出る……!」
炎に囲まれたシェル。周囲を見回し突破口を探しているようだが、残念ながらエルフォードの炎はシェルの全方位を囲っている。逃げ場は最早ない。
とはいえ、相手は組織の幹部。この程度でどうにかなる相手ではないのは確かだ。
さあ、どうする……!
「……なるほど。炎の能力者……」
すると、シェルがぽつりと呟いた。
……ただ呟いただけなら、それで良かった。
シェルはその瞬間……ほんの少しだけ、ほんのちょっぴりだけだが、嬉しそうな顔をしたように見えた。まるで、炎の能力者が居ることが、自分にとって良いことだとでも言うように。
今の反応は何だったのかと眉をひそめる千空。
とその時、シェルが炎の壁に突っ込み、千空の方へと一点突破で突撃してきた。
しまった! 今のは油断を誘うための罠だったのか?!
一瞬だけ反応が遅れてしまった千空。
その瞬間を逃さず、シェルは千空の左手からインナーローダーのケースを奪いとった。
「な、返せ!」
千空が手を伸ばすも、取り返す間などなかった。シェルが、奪い取ったそばからインナーローダーを自分の頭部へと差し込んだのだから。
あまりにも一瞬の出来事。油断してはいけないと分かっていたのにこの始末。
だがしかし、予想外なのはそれだけではなかった。
能力をインストールし終えたシェルが叫ぶ。
「この時を、ずっと待っていたんだ!」
そして、拳を握りしめて相手へと向かい合う。
ただならぬ殺意と憎しみを込めて、向かい合う。
その視線の先にあったのは――千空たちではなく、ボスの姿であった。




