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最終話 再演の夜明け 139項「友」

「中村……」


 友の名を呼ぶ。そうしたところで、何になるわけでもないというのに。ただ、再会したのに名前すら呼び合わないだなんて、あまりにもさみしい。


「ボスがよー。多分千空たちがここに来るって。なんつーか、お前のことよく知ってる俺に任せてきたっつー感じだな」


 中村が事情を話す。どうやらボスはカールの報告を聞いた後、千空たちがCYBERSKY本社にやってくると予測し、千空が変装していてもその所作で見抜くことが出来る中村に警戒を任せたようである。中村の千空に対する理解度の高さは、未來を完璧に騙せた時点で証明されている。


「そっか……千空君の友達の……もしかして、あの日、千空君に化けてたのって……」


「未來ちゃんだっけ。そう、君を騙して攫ったのが俺だ」


「!」


 未來が少しだけ怯えた表情を見せる。当然だろう。自分があんな目に遭ったのも、千空が死にかけたのも、その直接的な原因となったのは目の前にいる中村なのだから。


『ジャスリーンさんに連絡を! 周りの状況を知りたい!』


 急いで楓たちへと伝える千空。とにかく、ジャスリーンに周囲の状況を確認して貰う必要がある。ジャスリーンは毒島たちの支援で忙しいはずだが、流石にこちらの状況が切迫しすぎているので、こちらの支援を優先して貰うことにする。警備員の無力化は、いくらでも中断できる。


 そして、ジャスリーンからの返事は数秒で返ってきた。内容を聞き、やはりと納得する千空。どうやら千空たちは幻影を見せられていたらしい。彼女が千里眼で確認したところ、千空たちは本来向かうべき場所とは別の場所に居たようだ。


 だがしかし、悪い話ばかりでもない。ジャスリーンによると、中村は単独行動のようである。周囲に敵は居ないので、中村だけに集中すれば騒ぎにならずに済むかも知れない。もっとも、それは中村が仲間に連絡しなければの話だが。


「未來、下がってろ」


「う、うん……」


 未來を少し離れたところまで下がらせる千空。他の敵が現れるまでは、とにかく未來を中村から遠ざけておきたい。


 未來が十分離れたのを確認し、千空は中村へ声をかけた。


「なあ、中村――」


「俺さ、お前の考えてること、わかんだよなー」


 すると、中村は千空の言葉を思い切り遮った。いつも通りの飄々とした態度だが、その瞳からは、奥に押し込めた感情の強さを感じる。迷いを振り切ってなお消えることのない思いが、そこに閉じ込められているのだ。


 中村は続ける。


「なあ、千空。お前はよー、今でも俺を助けてーって思ってんだろ?」


「……あたりまえだろ」


「でも、それは難しいだろうなー」


 吹き抜けを見上げ、天を仰ぐ中村。そのまま後ろに倒れてしまいそうなほど、遠く遠く上を見つめる。まるで天井を通り越して、この120階にもなるビルのてっぺんすら通り越して、星を眺めているかのように。


 だが、星は気まぐれだ。願いを叶えてくれるかは、誰にも分からない。


「だから、こうするしかないってわけか?」


「……そうだ。そーなんだ。俺たちはもう、こーするしかねーんだ!」


 次の瞬間、中村の姿が消え――瞬きの後には、彼の姿が二つに増えていた。いや、二つどころではない。瞬きをするほどに、三人、四人と、どんどん中村の数が増えていく。


(そうか……それが、お前の答えか……)


 だったら、千空もすべきことをするだけだ。


「食らえ! ただのパンチ!」


 増えた中村の一人を攻撃してみる千空。避ける素振りも見せないそいつは、どうやら外れだったようだ。千空の拳が当たった瞬間、中村の幻影は煙のように霧散する。


 不夜の光――それは、偽りの能力だと心愛は言っていた。そんな偽りの能力を応用すれば、こういうことも出来るのか。千空の拳が他の中村にヒットし、また一つ霧となって消える。


(それでも、あいつが銃とかそういう武器を使う様子はない。卑怯かも知れないけど、俺が「UNISON」を使い続けている限り、あいつは為す術がないはずだ)


 勝機はこちらにある……というよりも、中村は時間稼ぎしか出来ない。今まさに三体目の幻影が消えた。残るは本体一人である。こいつにパンチをたたき込めば、一瞬でけりはつく。


「そこだぁ!!」


 力強く床を蹴り、中村との距離を一気に詰める千空。そして繰り出すのは必殺のパンチ。


 千空の拳が中村の胴に迫り――その時、中村はそれを避けるでもなく、ただ蹴りを繰り出してきた。攻撃を止めようとして足が出るというのは、人間の防衛本能としてはよくある話だ。何もおかしいことではない。


 だが、中村のそれは違った。


「!? このパワーはッ!?」


 蹴りを受けた瞬間、千空は色々な意味で強烈な衝撃を受けた。中村の回し蹴りを真横から脇腹に食らった千空は、その威力を消しきることが出来ずに数メートル吹き飛ばされたのだ。


 本来、人の蹴りごときで千空を傷つけることは出来ない。特に千空の「UNISON」は毒島の超スペシャル特訓によって強化されて、今では銃弾を食らったとしても内出血するかしないかというところまで威力を殺せる。ただの蹴りでこんなことになるのは明らかに異常だ。


「千空君っ!?」


 未來が慌てて駆け寄ってこようとするが、手のひらを突き出してそれを静止する。大丈夫、吹き飛ばされはしたが、ダメージを受けたわけではない。彼の蹴りは、千空に脚が触れてから力を入れた、押し出すような蹴りだった。


 だが……明らかにおかしい。中村は運動神経が悪いわけではなかったが、こんな蹴りを放てるようなごつい奴ではないはずだ。


 とその時、あることに気付く。


「中村……その脚、どうしたんだよ」


 今の蹴りでズボンに穴が開いたらしく、その隙間から彼の脚が覗いていた。


 だが、そこから見えたのは――


「……インナーローダーが作れるならよー、他のバイオボットも作れるってことみてーだな」


「……ざけんなよ」


 握りしめた拳を振るわせながら呟く千空。どうしてこんなことが出来るのか、組織の人間に心はない。あるのは、ただ利用できる人間を利用し尽くすという非道な本能のみなのだ。


 ……中村の脚は、バイオボットによって半分機械へと作り替えられていた。


 もう戻すことは……出来ないだろう。


「来ねーならよー、俺から行くぜー?」


 そして、再び中村の姿が増えていく。二人、四人、八人――先ほどの倍以上に増えていく中村の姿は、もはや肉眼で追える範疇にはない。このままでは為す術なく翻弄される未来しか見えない。


 だが、それはあくまで千空一人で戦おうとした場合の話。


『千空ちゃん? 分身の姿はこっちにも見えてるわぁ! あたしが指示を出すわねぇ!』


『助かりますジャスリーンさん!』


 現場の様子を千里眼で俯瞰して眺められるジャスリーンならば、見下ろし型ゲームの画面みたいに状況を把握できる。どの方向から攻撃されているのか、どこに敵が居るのか、それを千空にリアルタイムで伝えることができるのであれば、1対8だろうと圧されはしない。


「いいぜ中村。俺がお前を分かってやる。そんでもって、救ってやるよ!」


 そして、再び千空も攻撃に移る。


 千空と中村の、初めての喧嘩が始まる。





 中村の分身が千空へ迫り、それに千空が一つずつ対処していく。見えない角度や方向からの攻撃だろうと、千空はジャスリーンの指示に従って的確に捌いていく。


 だが、本命の攻撃は一つ。如何にジャスリーンの指示を受けているとしても、分身と本体の同時攻撃を受ければ、完全無傷で対処することは難しい。


(私に……私に出来ることは…………)


 二人の攻防を見守っていた未來は、いつになくもどかしさを覚えていた。


 今の未來には、自由に使えるキャストが無い。いや、この状況では「REAXTION」が健在だったとしてもどうしようもないのだが……過去が視られれば、何かはできたかもしれない。過去の中村の動きから本命を見つけ出すとか、そういうことができたかもしれない。


 当然、能力が使えないなら使えないで、スタナーで攻撃するということも考えた。だがしかし、たくさん居る分身の中で本体は一人。対して、スタナーは一度に3発までしかチャージできない。相手は動き回っていて命中させるのも難しいし、千空に流れ弾が当たるという最悪の展開も想像できてしまう。


 出来ることがない。それが、未來の導き出した答え。


 正攻法では、未來に出来ることは存在しなかった。


 ……嘘。


 本当は、今の未來に出来ることはある。どうしようもない状況を切り抜けるための手段を、未來は確かに持っている。そうでなければ、千空たちについてくるなんて言っていない。


 だから、もどかしさを感じたのは戦う術がないからではない。


 その本当の理由は……戦っている二人の顔を見れば、嫌でも分かった。


 二人とも……真剣だ。


 親友として、どうしようもないこの状況で、本気でぶつかり合っている。


 中村は、不可抗力だとしても悪い組織に加担してしまった。未來を攫い、千空が死にかける原因も作ってしまった。今になって組織から逃げたいだなんて、言えるわけないのだろう。


 一方で千空は、そんな中村の想いを理解している。彼は、きっと理解している。だから、最期まで筋を通そうとする中村に、本気で挑んでいる。


 これでもし、他の誰かに手出しされて決着がついてしまえば、どれほど虚しいことだろうか。


 未來が横やりを入れることなんて、出来るわけがない。


 きっと、未來が手を出したら中村は救われない。


 彼が救われることがあるのだとすれば、それは千空の手によって敗北した時。


 彼を救えるのは、千空だけなのだ。


 だから、未來はもどかしく思いつつも静観する。


 そして……


 運命というものが彼女の考えをくみ取ったのか、二人の戦況が大きく変わった。


 拮抗していたかに思えた二人の勝負――だが、やはり戦闘に向いているのは彼の方だった。


「ぐあああぁぁあ――――!!」


 中村の絶叫が聞こえる。


 何が起こったのか。


 それは、遠巻きに見守っていた未來でさえも、一目で理解することが出来た。

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