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最終話 再演の夜明け 136項「月夜の大地を征く」

 セント・ジョゼについた千空たちは、エルフォードたちと合流し、CYBERSKY本社があるセント・ジョバンニを目指すべく陸路の準備をしていた。


「……大変だったみたいだな。無事で良かった」


「ほんとだぜ! 通信が途絶えたときはもう終わったかと思ったんだぜ?」


「僕もかなり冷や冷やしました……本当に……」


 合流早々、ラヴビルダーの三人――エルフォード、レオーネ、サンディが千空たちを労う。フレスヴェルグ視点では割と冷静に対応できていたが、通信相手からすれば空を行く機体からの通信が突然途絶えたわけで、落ち着いてなど居られなかったことだろう。


 そして、今の三人に加えて、千空たちを心配していたメンバーの中には懐かしい顔もあった。


「お久しぶりです皆さん。ちゃんと一緒に行動するのは入国以来ですね」


「アーロンさん!」


「本当に無事で良かったです」


 それは、千空たちがアルメリカへ渡ってきた際に世話になったアーロンであった。一応CBS本部では顔を合わせることもあるが、こうやって作戦に参加することは初めてである。


 あの時は静也が連れ去られて色々と迷惑を掛けてしまっているので、今回も同じようなことにならないことを願うばかりだ。


「まあ、なんだ。無事だったんだからそれで十分だろう。それで、この後の流れだが……」


 皆が一様にユーフォの画面へと目を向ける。そこに映し出されているのは天宮の顔。今まさに彼らへ作戦を説明しようとしている彼女は、一呼吸置いてから「それでは、説明を始めるぞ」と口を開いた。


『まず、CYBERSKYの車に乗る者……つまり、直接施設内へ侵入するメンバーだが……エルフォード、毒島、千空、真佳の4名だ。武装車両でサポートをするのは、レオーネ、静也、優奈、楓、未來、そしてアーロンの6名になる』


「あたしも武装車両側ということは、戦力を分散させるわけね。武装車両側が攻撃される可能性もあるし、当然ではあるわ」


「サンディさんはここでお別れなんですね」


「僕はラヴビルダーの変装の要ですからね。危険な現地に赴くことは本来無いんです」


『まあな。さて、サポートチームについては敷地の近くで待機するだけだから特に話すことはない。問題は侵入チームだ。まずはこの図面を見てくれ』


 そうして天宮から送られてきたのは、CYBERSKY本社の敷地内にある全ての建物の図面。単なる地図ではなく、排気口だとか、ダストシュートだとか、そういうものの設計まで網羅されている。おそらくCYBERSKYを調べていたときに入手していたのだろうが、よくこんなものを手に入れたものである。


『図面上、このメインビルの最上階にそれらしい部屋があるのが分かるだろう。しかも、この部屋から直接地下まで繋がっている謎のエレベーターまであるときた。だが、色々と調べたにも関わらずこの部屋についての情報は何も得られなかった。つまり、この部屋には何かがある』


「なるほど……確かに、怪しいですね。図面を見る限り……非常階段で侵入する感じですか? エレベーターは流石に使えないですよね」


 天宮に問いかける千空。見た目を偽っているとは言え、自分たちは客人ではなく侵入者だ。堂々とエレベーターを使うにはリスクがあるので、おそらく非常用階段などを使って最上階まで向かうことになるのだろう。


 すると、それを聞いていたラトゥーナが意外なことを口にした。


『あの、えっと……メインビルの真ん中に最上階まで通じるエレベーターがあるので、それを使ってもらいます』


「え……? ちょっと待ってください、僕たちは侵入者です。流石に監視カメラとかもあると思いますし、ちょっとでも変な動きでもしたら……」


「そうだよな……いくら何でも……」


 ラトゥーナの発言に堪らず真佳が口を挟み、千空も追随する。実際に現場で侵入を行うのは自分たちなので、あまりにも無謀な作戦には待ったをかけずにはいられない。


 だが、続くラトゥーナの言葉は、そんな千空たちを納得させるに足るものだった。


『えっと……この図面、よく見てください。ここ、今は使われていない下水道があるんです。出入口は埋められちゃってるんですけど、メインビル地下の通気口が近くを通っているんです。真佳さんなら、その通気口からビル内部に侵入できるはずです』


「確かに『NEUTRON』ならそれも可能ですが…………あ、もしかして!」


『は、はい……真佳さんには、通気口を通ってセキュリティールームに侵入してもらいます』


「ふむ、なるほどな。そういうことか」


 真佳と毒島は何かに気付いたらしく、二人揃って納得したような顔をしている。当然、その話を聞いていた千空も、なんとなくだが作戦の全貌が見えてきたような気がした。


「つまり、真佳がセキュリティールームを掌握して、監視カメラとか、防衛機構とか、そういうのを無効化するって話ですね。そうすれば、俺たちも堂々とエレベーターに乗れる、と」


「敷地内に入るための偽造認証パスも、そこでアップロードするわけだな」


『そ、その通りです……!』


 きっと、それがラトゥーナの出した最適解なのだろう。千空たちにちゃんと作戦が伝わったことで、彼女の声は少しだけ嬉しそうにうわずっていた。


『ただ、偽造できるパスはあくまで搭乗者の認証パスだけだ。つまり、ビル内にある生体認証を突破できるわけではない。もちろん、真佳にはその辺りの操作をしてもらうから、生体認証をスルーすることはできる。が、生体認証を受けていないのにドアが開いたりするのは怪しまれる。だから、その場面を人に見られるわけにはいかない』


 天宮が念を押す。偽造するパスは車の搭乗者としての認証パスなので、ビル内の通路を通ったりエレベーターを使ったりするための生体認証は突破できないらしい。生体認証は所定位置に立って光学レーザーによるスキャンを受けることで行うようなので、スキャンを受けたかどうかは見ていれば一発で分かるらしい。


 つまり、エレベーターで最上階を目指すにしても、生体認証をズルしたことがバレないルートで向かう必要があるわけだ。


『そこでぇ、あたしの出番ってわけぇ。あたしの千里眼ならぁ、どこで誰が何を監視してるのかバッチリ分かるからねぇ。人形は持ってるわよねぇ?』


「あ、はい」


 エルフォードから預かった人形を確認する千空たち。この人形はキャストの拡張装置だ。この人形があれば、ジャスリーン本人がその場に居なくても、彼女は人形から半径2kmを千里眼で透視することが出来る。


『周囲の状況は楓ちゃんを通して伝えるわねぇ』


「……避けられない場所を監視している者はどうする」


『うむ、絶対に気付かれないように、静かにテイクダウンしろ』


「……わかった」


 エルフォードたちが何やら物騒な会話をしているが、正直それは仕方ないと言わざるを得なかった。純粋な警備員には悪いが、CYBERSKYは犯罪組織である。それに、カールがボスに色々と伝えているのであれば、組織の人間もビル内を監視しているかも知れない。ある程度の実力行使はやむを得ないだろう。


 さて、ここまでの話をまとめる。まず、真佳が地下の通気口経由でセキュリティールームへ侵入して、各種セキュリティを解除。千空たちは盗んだ車で敷地内へ入れるようになり、堂々とメインビルへと侵入できるので、そのままエレベーターで最上階へ向かう。ただし、セキュリティをズルして突破した場面は見られてはいけない。これが、作戦の全体像だった。


『大まかにはそんなところだ。それと、最上階の部屋と地下に何もなかった場合は、真佳の居るセキュリティールームを目指してくれ。ビル内を歩き回る「行き」はともかく「帰り」はどれだけ汚れても問題ないからな。真佳が侵入した経路で脱出してくれ。後は、その場その場で臨機応変に行動してもらう』


 ユーフォ越しの彼女の言葉に、その場のメンバー全員が黙って頷く。これで作戦は全てだが、本当に上手くいくか、それは時の運である。ラトゥーナが出した最適解とはいえ、あくまでそれは一番上手くいく確率が高い答えというだけで、ダメなときはダメなのだから。


「それでは、それぞれの車に乗り込むぞ」


 毒島の言葉で、各々が車両へと向かう。侵入チームはサンディの「SIMPLE」を受けることも忘れない。ビル内には堂々と入るので、これを受けなければ始まらない。


 するとその時、武装車両に乗るはずだった未來が口を開いた。


「……私も、CYBERSKYの車両に乗りたいです」


「「はぁっ?!」」


 あまりに突然すぎる要望に、その場の殆どの人間が目を丸くしていた。戦闘能力を持たない未來が、どうして侵入チームに入りたいというのか。分かるはずもないだろう。


 だが……千空は、なんとなく理由に察しがついていた。


「未來……そう、だよな……」


 彼女は数時間前――アシュレイの救出に向かうとき、こう言っていた。今行かなかったら、一生後悔する気がするから、と。だからこそ、彼女は今この場にいることが出来ている。


 そして、ずっとずっと前に二人で交わした言葉。彼女は、千空が父を捜すことを手伝ってくれると言った。能力を失っても、彼女はその言葉を嘘にしたくないのだろう。


 交わした言葉を嘘にしたくない――その気持ちは、痛いほど理解できる。


 だったら、自分もそれに答えなければならない。


「ぶっさん、天宮さん。俺からもお願いします。未來を、俺たちのチームへ。大丈夫、俺がいて、死なせやしませんよ」


 千空の言葉を聞き、毒島が未來の瞳をのぞき込む。


 その問いは、真剣だった。


「……未來。最悪、お前の行動が千空の命を奪うことになる。それは理解しているな」


「それは……」


 毒島に問われ、未來が一瞬、尻込みしてしまう。千空が致命傷を負ったこと、千空が死んだと思って絶望したことは記憶に新しいだろう。彼女の行動は、その再来を招きかねない。


 それでも、千空は彼女の背中を押す。


「気にすんな、未來。それに……お前が死んだら、あの約束は果たせないだろ」


「!!」


 千空の言葉に、未來はハッとしたような顔をした。


 彼女の気持ちを尊重する。そんでもって、彼女を死なせずに守り切る。


 二者択一? トレードオフ? そんな言葉、千空には存在しない。


 両方やってのけるのが〝瑞波千空〟という人間である。


 そんな二人の様子を見て、天宮はハハハと笑った。


『いいじゃないか、気に入った! ラトゥーナ、未來が入った場合の作戦成功率はどんなもんだ?』


『えっと……未來さんがどっちのチームに入っても、作戦の成功率は変わらないです』


『ならよし! 未來、千空たちと一緒に、マスカレードをぶっ潰してこい!』


「は、はい! ありがとうございます!」


 天宮から許可を得た未來が、画面に向かって深々とお辞儀をする。


 そして、サンディから「SIMPLE」を受けた未來がCYBERSKYの車へと乗り込み――


 ついに、二つの車両は動き出した。


 目的地は、セント・ジョバンニ――CYBERSKY本社。


 きっとこれが、最後の戦いになるのだろう。


 沢山の人間の決意を載せて、二つの車は月夜に照らされた道を進む。


 もう戻れぬ道を、勇者たちは征く。

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