13話 託されたもの 134項「繋がれたバトン」
アシュレイの乗った車がハイウェイの遮音壁へと激突する。タイヤを破壊され制御を失った車は、どうすることも出来ずにそのまま壁に車体をこすり続けて大破した。
もくもくと煙を発しながら炎上する車体へとカールが近づいてゆく。
その時、カールにとって想定外の事態が起こった。
煙を発する車の中から、何かが飛んできたのだ。避ける暇も無く飛んできたそれは、カールの首元と手首のユーフォ、そして胴体に装備していたステルス装置へと着弾し……次の瞬間、カールのステルス装置が機能停止した。
「まさか、スタナーか……!」
それは、先ほどアシュレイが監視タグを破壊するのにも使ったスタナーの弾であった。しっかりと電圧が調整されたそれは、ステルス装置をショートさせて完全に破壊したのである。
まさかと思い、カールがユーフォを確認する。だがしかし、結果は言うまでも無かった。これでは、アシュレイのことをボスや他の幹部に連絡することも不可能だろう。首筋にも着弾していることを考えると、おそらく位置情報タグも破壊されているはずだ。
カールが接地した所を狙い、電流によるデバイス破壊攻撃。それも、能力を活用し超正確な射撃。スタナーという弾数に制約がある武器でここまで立ち回れるのは、腐っても組織のスパイと言うことか。
「チッ……先に報告しておくべきだったか……早くナポリを始末して本部に戻らなくては……ん、車内に居ないだと……?」
周囲を見回すカール。恐らく自分がデバイスの確認をしている隙に車内から逃げ出したのだろうが、そう遠くへ行けるわけもない。
そうしてカールが周囲を探すと、ハイウェイの少し先にバイクを走らせるアシュレイの姿が見えた。なるほど、どうやら事故を受けて止まっていた後続車の列からバイクを一台拝借したらしい。
「それで逃げたつもりか」
アシュレイのバイクをロックオンしたカールは、再び追跡を開始する。その体が宙へ浮かび上がり、アシュレイへ向けて加速を始める。重力を操る能力を持つカールにとって、ホバリング装置などなくても空は彼のものだった。
そうしてアシュレイの追跡を続けるカール。30分ほど経った頃だろうか、大きな橋にさしかかったところでカールの撃った弾がバイクに命中し、激しく転倒した。
ボロボロになりながらも立ち上がろうとするアシュレイ。だが、その体に力は入っていない。完全に満身創痍、抵抗する力も最早ないだろう。
「残念だったな、ナポリ。おまえの物語はここで終了だ」
そう言ってアシュレイの元まで行き、服を物色するカール。一つのメモリチップを奪い取ると、その場でぐしゃりと握りつぶす。これでもう、データが公安に渡ることはない。
「……終わりはしないさ」
力強くカールをにらむアシュレイ。
だが、カールは冷酷だった。
アシュレイの胸ぐらをつかんで立ち上がらせると、そのまま橋の端へと突き飛ばす。
そして――
ダンッダンッダンッダンッダンッカチッカチッ……
五発、その胴体に弾丸を撃ち込んだ。
アシュレイが力なく後ろへ倒れ込み――その先に地面はない。
橋から落ちてゆくアシュレイを眺めながら、カールはつぶやく。
「まさか全部バラしてくれるとはな、ナポリ。見くびっていたよ。だが、もう遅い。ノブナガ社やCYBERSKYとの繋がりを今更バラされたところで、もうすべては完了する」
そうして、橋の下に横たわるアシュレイを見下ろしてからカールは空へと舞い上がった。すべてのデバイスを破壊されているため、組織への通信手段はない。早くボスの下へと向かわなければいけない。
「OSNOIR」
能力を発動したカールは、高度100メートルという高さを水平方向へ自由落下してゆく。
ハイウェイの橋には、大破したバイクのみが残されていた。
「……よく、弾丸を防いでくれたな……静也」
「ああ、父さん……」
カールが去ってから数分。
橋の下では、アイズホープのメンバーによってアシュレイの保護が行われていた。確実に死んだと思われたアシュレイは、まだこの世にしがみついていたのである。
たった今、何が起こっていたのか。
それは、アシュレイの持つユーフォが示していた。
ユーフォの画面に示された「通話中」の文字――アシュレイは、一度目の強襲でカールにEMPを投げつけた後、再びユーフォで通話を始めていたのである。アシュレイの持つユーフォは彼の持っていたEMPへの対策がされているため、破壊されることはなかったのだ。
そして、バイクで逃げながらも情報をメンバーへ伝え、この橋に先回りしたメンバーたちの支援の元わざと被弾して転倒、そのまま橋下まで逃れたというわけである。当然、アシュレイが被弾する瞬間と射殺されそうになった瞬間には静也が「INTACT」を発動していたため、それによるダメージはない。
とはいえ……先の強襲で負ったダメージがあまりにも大きい。優奈が応急処置をしているものの、あばらが折れて肺に刺さっているし、腹部を貫通した傷もある。すでに生きていることが奇跡といえるような状態であった。
「それで……チップは回収できたか……?」
「ああ……」
橋下の壁にもたれかかるアシュレイが尋ね、そんな彼に、静也はその手の平を差し出した。そこには、しっかりとアシュレイのメモリチップが乗っていた。
「なら、いい」
ふうと笑うアシュレイ。彼はカールがメモリチップを破壊するだろうことを察し、バイクでの転倒時、カールにばれないようにメモリチップを橋の下へと投げ捨てていたのだ。つまり、カールが破壊したチップはダミーだったというわけだ。
「父さん……ボクは、父さんがいなくなったあの日から、ずっと恨んでたんだと思う。でも、カジノで会ったあの日から、信じることができたんだ。ボクは、父さんがちゃんと正義にいるんだって、信じてたよ」
「……それは、父親冥利に尽きるな」
「だったら……その流れる血を止めてくれよ……父さん……」
アシュレイの腹部からあふれる血が止まらない。呼吸もすでに浅い。早く適切な治療を施さなければ死んでしまうだろう。事前に呼んでいたハーピィがこちらへ向かってくるのは視界に入っているのに、到着までの時間が無限のように感じる。
「そうだ……これも。カールの奴につけたタグを追跡できる」
そう言って、アシュレイがユーフォを差し出す。メモリチップを唯一読み込めるのもこのユーフォだが、どうやらアシュレイは土壇場でカールに追跡タグをつけていたらしい。
そのとき、ストレッチャーから何かがぽろっと落ちた。
未來が拾い「これは……?」とつぶやくと、アシュレイがにこりと答えた。
「それは……インナーローダーのケースだ……持って行くといい」
もしかしたら使うことがあるかもしれない……アシュレイはそう言いたかったのだろうか。彼が中村と千空の関係を知っているかはわからないが、もしも千空が中村と会うことがあるのなら、確かに使う機会はあるのかもしれない。
未來が千空へとケースを渡そうとして、それを握りしめる。彼は表には出していないが、今、ものすごい葛藤の中にいる。今、渡すべきではないだろう。
行き場を失った拳ごとケースをポケットに入れる未來。
そのとき、ハーピィが到着した。近くへと着陸し、救命士たちがぞろぞろと降りてくる。
そうして、ストレッチャーで機内へと運び込まれるアシュレイ。
そんな彼に、静也が言葉をかけた。
「父さん……せっかく長い誤解が解けたのに、結局ボクは……」
声を震わせながら拳を握りしめる静也。耳につけたイヤリングがかすかに揺れる。
そんな彼に、アシュレイは優しく声をかけた。
「……静也、お前のおかげで……組織のデータを、皆に渡すことができた。それに、カールの奴は、まだ俺たちのことを組織に報告できていない……今が……大きなチャンスだ。未来を切り開く……チャンスなんだ」
そして、アシュレイは胸から下げていたペンダントを静也の手に握らせる。
「これは……きっとお前を守ってくれる。それは……俺が保障する」
「……!」
「……大きくなったな、静也」
そう言って笑顔を送るアシュレイ。
そこにあったのは、ラヴビルダーのメンバーとしての矜持だけではなかった。
スパイとして、家族を想いながらもその家族を欺いて生きてきたアシュレイ。
そんな父を恨み、けれども、その想いを信じることができた静也。
家族の絆や温かさ――そんな尊いものが、二人の間にはあったように思う。
静也とアシュレイは、確かに家族だった。
「それと……千空君。君は特に苦しいだろうけど……私は、君のことも信じているよ。君は、私の自慢の息子の……友達だから」
「!」
アシュレイがそう言い残すと、ハーピィのハッチが閉まり、離陸を開始する。
彼を乗せたハーピィが遠ざかってゆく。きっと彼は治療を受け、無事生き延びることだろう。
ふと静也を見ると、先ほどまでとは打って変わって凜とした表情を取り戻していた。
ならば、自分たちがすることはたった一つだった。
「カールを逃した以上、組織は俺たちが情報を得たことにすぐ気づくだろう。だが……」
毒島が腕を組みながら、力強い目でメンバーを見回す。
アシュレイが命からがら知らせてくれた情報。
ノブナガ社やCYBERSKYとの関係、ボスの正体。
そして――ボスの下へと向かっているであろうカールの追跡情報。
期は、熟したといえた。
「奴らが十分な対策をする前に……このままの勢いで乗り込むぞ!!」
彼らは、戦いを挑む。
かつてないほど、大きな敵へと。
それはきっと、途方もないほど壮大な物語となるのだろう。
それでも、彼らは止まらない。
だって、彼らは一等星のように輝く勇者なのだから。
次回、"最終話" 突入――
3/14(金)より、毎週 金曜 17:00 更新予定




