13話 託されたもの 133項「辿り着いた真実」
ネオ・シティ――その港沿いにあるとある倉庫。組織の幹部「シェル」がかつて拠点として使用していたその場所で、その男はかつて無いほどの緊張と共に情報端末を操作していた。
薄暗い部屋で、画面の明かりだけが辺りを照らす。
(よし、あとはこのキーを差し込めば……)
懐から認証情報が入ったチップを取り出して端末へ挿入するアシュレイ。そうして画面に表示されたのは[認証ユーザー確認……成功――ダウンロード中……0.10%]の文字。それが表すのは、端末内データのアクセス権限が彼に与えられたと言うこと。
ついにアシュレイは、組織の幹部が持つ情報へのアクセスに成功したのである。
テロが行われたあの日――アシュレイはとあるアクセスコードを持ってカジノ「エアリアル・エクスペリエンス」を訪れていた。そして、もともと心愛が使用していた部屋の端末から、組織の認証データを管理しているネットワークへの接続を試みた。
当然、そんなネットワークに接続するにはアクセスコードが必要になる。だが、アシュレイが持参したコード――望月大地が彼に託したそのコードは、彼を組織の認証データ管理ネットワークへの接続を許してくれた。そのコードこそが、認証データ管理ネットワークへのアクセス権限が入ったアクセスコードだったのである。
そうして認証データ管理ネットワークへと入り込めたアシュレイは、とある端末へのアクセス権限をチップに移した。
それこそが、この倉庫にある端末へのフルアクセス権限だった。
(それにしても、こんなにも早くここを訪れることが出来るとは……)
思いもよらぬ展開だとばかりに息をつくアシュレイ。実は、彼が今ここに居るのはシェルの指示であった。なんと彼は、シェルから直接「旧拠点の管理」を委任されたのである。幹部が使用していた旧拠点の管理――それは、相当な信頼を得ていなければ任されるはずのない仕事であった。
確かに、アシュレイはシェルの部下である。そう言う点では、シェルが彼に任せたという点に不思議はない。だがしかし、アシュレイは既に組織から怪しまれている筈である。
それなのに、シェルがアシュレイへと重要な仕事を任せた。そこに一体どういう意図があるのか、アシュレイにも測りかねていた。
とはいえ、これはまたとないチャンスである。認証データ管理ネットワークへの接続は万全を期して行っており、アクセス権限をチップに移した事はまだバレていない。この端末へのアクセスも、シェル本人から管理を任されている以上、怪しまれることはない。どのデータへアクセスしたのかまでは、流石のシェルもチェックしていない。
それにしても凄いのは望月大地だ。ボスの正体を探るにはシェルの情報端末にアクセスするのが一番だと結論を出したのも彼だったのだが、まさか認証データ管理ネットワークへのアクセスコードまで手に入れてしまうとは思いもしなかった。確かに何年もかかっているが、動きづらいはずの彼がそこまでやってのけたことに、アシュレイは尊敬すら覚えていた。
(とにかく、これでいくつかの情報は手に入るはずだ……)
額に滲む汗を拭いつつ、手早く情報を探っていくアシュレイ。現状ボスの正体を知っているのは、幹部であるカール、ツイスト、シェルとシェルの技術班のみだが、逆に言えばシェルの使っていた端末にはボスへの手がかりが入っている可能性があるということ。
なんとしてでも……ここで大きな手がかりを――
(……ん?)
すると、アシュレイはとある情報を見つけた。
(……やはり、ノブナガ社か)
そこにあったのは、組織とノブナガ社に繋がりがあると言うことの証拠であった。データによると、組織はノブナガ社からバイオボット関係の支援を受けていたようである。
(前に瑞波千空がそのバッジを拾ったと天宮も言っていたが……考えてみれば、納得できるな。ノブナガ社は医療機器メーカーだ。組織のバイオボット技術を考えれば、繋がりがあっても不思議ではない)
ただの組織が、どうしてインナーローダーや多くのバイオボットを開発できたのか。インナーローダーについてはNIT社の存在も大きいが、組織はそれ以外にも多くのバイオボットを開発している。それを可能としていたのが、超大手医療機器メーカーのノブナガ社だったのだ。
(これも重要な情報だが……他にも何か情報は……)
別の情報を探るアシュレイ。ノブナガ社の情報も大きいが、一番欲しいのはボスに関しての情報だ。せめて、ボスの素性だけでも分かれば良いのだが……
そうして記録を読み進めること数分、アシュレイはとある情報を見つけた。
(これは……シェルがここに来たときの資料か。515年……6年前だな……天童命……それがシェルの本名か。隣の天童真は、顔立ちが似ているな。兄だろうか……って、これは……精神移植技術の記録!?)
シェルの情報に紛れて見つけたのは、いくつかのファイルに分かれた精神移植についての記録だった。精神移植と言えば、望月大地が素体としてヴェルミの意識を植え付けられたアレである。しかも、望月大地が目覚めたときに見たという経過観察記録なんかとは程遠い、もっと、技術や施術過程を詳しく記録した技術者側の記録である。
記録を読み進めていくアシュレイ。どうやら精神移植技術は、一度精神を情報化する過程を挟む関係上、存在そのものが大きく変化する危険性があるらしい。また、精神を情報化するため、時間が経過するごとに人間性を失っていくのだという。
人間性を失うというのがどういうことかは分からないが、記録によると、感情の喪失や倫理観の欠落が一番激しいらしい。信念だとか夢だとかそういったものは破壊され、罪悪感の消失から冷酷な性格にもなりかねない。
さらっと読んだだけでも、極めてリスクの高い行為であると考えられる。どうにも、これを行うメリットというものを感じられない。
一体、誰がこんな精神移植を受け――
(……え)
その時、記録を読み進めていたアシュレイは、ある記述を見つけて息を呑んだ。
アシュレイが見つけたのは、カルテとも呼べる記録――そこに記載されている名前は、望月大地へ誰の意識が移植されているのか……つまり、ヴェルミの正体を示していることになる。
だが……その名前にアシュレイは聞き覚えがあった。
(織田十郎……ノブナガ社の元CEO……)
それは、組織と繋がりがあるノブナガ社の最高経営責任者をしていた男であった。老衰によりこの世を去るその時まで、ノブナガ社を引っ張り上げた人物である。
それが、どうして組織の末端構成員のヴェルミとして、それも精神移植まで受けているのか。
組織に入ったとして、どうしてそれほどまでの男が末端の構成員で……
いや、違う。
まさか、そうなのか……?
自分はもしかしたら、もう答えを見つけてしまったのではないのか……?
ふと、側にあった資料が眼に入るアシュレイ。
(これは……CYBERSKYの資料……? そういえば、ノブナガ社を出入りしていた企業のリストに名前があったな……なるほど、CYBERSKYも組織とつながりがあるといったところ――お、おい……これは何だ?!)
ページを進め、目を見開くアシュレイ。
そこにあったのは、「SAICA」についての開発資料だった。
(まさか……SAICAの開発元はCYBERSKYだったのか……?! 全世界の重要機関に導入されたSAICA、その開発元であるCYBERSKYと組織の繋がり……ノブナガ社CEOの精神移植……)
全力で思考を巡らせるアシュレイ。もしかしたら、事態は自分の想像するよりも何倍も早く、邪悪に凶悪に、取り返しのつかないところまで進んでしまっているのではないだろうか。
そうして一つの結論を導き出したアシュレイは、覚悟を決めたように大きく深呼吸をした。
……もう、時間はない。
その時、それを見計らっていたかのようにデータのダウンロードが完了した。つまりこのメモリチップには、アクセス権限だけでなく、シェルが持っていた全てのデータが複製されたことになる。
渡さなくては。これを、天宮に渡さなくては……!!
アシュレイは急いで倉庫を飛び出し、外に止めてあった車に乗り込んでエンジンを吹かす。
目指すは、CBS本部。ネオ・シティからは車で4時間も掛らない。
だが……果たして4時間もの間、組織に感づかれることなく本部へ辿り着くことが出来るだろうか。自分には監視タグがついている。用もないのにCBS本部へ向かおうとして、組織がそれを怪しまないはずがない。とはいえ、監視タグを破壊すればその時点で裏切りが確定する。
ならば、データを直接天宮へ送信するのはどうだろうか。天宮への通信など一瞬で組織にバレるだろうが、データの送信は5分もあれば完了するため、自分の元へ組織の刺客が来る前に全ては片付く。
だが……良案に思えるそれも不可能だった。組織のデータには強力なアンチコードが入っており、認証された記録媒体以外へ転送すれば、端末そのものがオーバーロードさせられて破壊される。ルミナス回線に乗せようものなら、ルミナスネットワークそのものが壊滅するだろう。通信で渡すのは不可能だ。
つまり、このメモリチップを直接渡すしかないのだ。
早く、CBS本部へ……
アシュレイを乗せた車が、昼下がりのネオ・シティを駆け抜ける。
二時間ほどハイウェイを走った頃だろうか。
案の定といったところか、アシュレイの車を追う者がいた。
後方100メートル、高さ5メートル付近を維持しながら執拗に追いかけてくる人物。ステルス装置を使用しているため、一般人には視えてすら居ないだろう。
ルームミラーで様子を確認するアシュレイ。なるほど、あの仮面と体格には見覚えがある。恐らく幹部の一人「カール」だろう。キャストは「OSNOIR」……重力を操る能力である。
どうするか考えるアシュレイ。車を駐めて撃退するか……いや、それは無理だろう。自分に戦闘力は無い。護身用の拳銃はあるが、重力を操れる相手に通用するわけがない。
とはいえ、このままカールに自分を追いかけさせていてはいずれ追いつかれる。
どうしたものかと片手で髪の毛をかくアシュレイ。
しかし、どうやらその悩みは不要であったようだ。
直後、バンッという乾いた音が響く。
それは、紛れもなく車体に弾丸が命中した音。
カールが、アシュレイの車へ攻撃し始めたのだ。
(そうかよ……! 本当にもう、ギリギリの状況みたいだな……!)
アシュレイは車へのダメージを確認しながら、隠し持っていたスタナーを首元へ押し当て、自身に埋められた監視タグを破壊する。既に裏切りがバレているのであれば、律儀にタグを付けたままにしておく理由はない。
そして、ユーフォを開きルミナス回線を用いた緊急通信プロトコルを起動する。
通信先はCBS本部……そのエリアに存在する、すべてのユーフォである。
せめて、口頭で少しでも伝えるのだ。誰か一人でも、この通信を見てくれていればそれでいい。記録してくれれば、それでいい。
ユーフォが強制通信の準備に入る。通信が始まるまで、十数秒。
だが、アシュレイがタグを破壊したことで、カールの攻撃がさらに加速する。
諸に食らえばひとたまりも無いような連続射撃。左右に車体を振ってなんとかしのいでいるが、これはキツい。アシュレイの愛車は装甲仕様だが、それでも限界はある。
このまま通信が始まって全てを伝えるまでの時間を持ちこたえるのは、どうやら無理そうだ。
胸元のペンダントを握ってから、耳元のイヤリングに触れるアシュレイ。
「仕方ない……使うぞ、『PROFESSIONAL』!!」
アシュレイがそう宣言した次の瞬間、グォンと車体が揺れ、その制御が今までとは見違えるほどに変化した。まるで魚が水を得たかのように弾丸を躱し、高速でハイウェイを突き進む。
それこそが、彼の能力「PROFESSIONAL」であった。あらゆる物事においてその道のプロと同じレベルの技量を発揮することが出来るという、半ばチートじみた能力。モータースポーツの選手にも負けない車体制御で以て、彼はこの場を切り抜けるつもりなのである。
さらに、アシュレイはダメ押しで一本の電灯へと弾丸を撃ち込んだ。「PROFESSIONAL」を発動した彼は射撃の腕も一流だ。弾丸は支柱の真ん中付近に命中し、電灯を道路側へほぼ直角に折れ曲がらせる。
その後聞こえたのは、ゴンッという鈍い音。おそらく、高さ5メートル付近を追跡してきていたカールが、突然折れ曲がった電灯へ衝突したのだろう。これで、少しは時間稼ぎが出来るはずだ。時速100kmという速度で電灯へぶつかって、一体どれほどのダメージになるのだろうか。少なくとも、通信で最低限のことを伝える時間は手に入っている。
すると、手元のユーフォがアラートで通信準備完了を知らせてくれた。後は、言葉で全てを伝えるだけである。もしかしたら、応援に来てくれたメンバーにメモリチップを渡せるかも知れない。そうなったら……最高だ。
そして、CBS本部との通信が開始される。
アシュレイは、全てを伝えるべく言葉を紡ぎ始めた――
『誰かこの通信を記録しておいてくれ――』
その言葉と共に始まった彼の緊急連絡――ノブナガ社、CYBERSKY、それらとマスカレードとの繋がり……それは、その場に居る全ての人間を驚かせるに事足りた。
マスカレードがノブナガ社と繋がりがある可能性は、千空によって既に挙げられていた。
CYBERSKYについても、ノブナガ社を出入りしていたという記録があったらしい。
だが、まさかこんなにも巧妙に計画を進めているだなんて、想定できていなかった。
……いや、想定していなければいけなかったのかも知れない。
CYBERSKYは、CBSの調査対象に含まれていた企業だ。カジノで未來と一緒に調査を行った際、一応調べてくれと言う話になっていたはずだ。
ならば、ノブナガ社でその名前を見つけたそのときから、警戒しなければいけなかった。
だって、それが出来ていれば、この最悪の状況にはなっていなかったかもしれないのだから。
『ボスがテロを起こした目的は、セキュリティ強化の重要性を認識させ、全世界にSAICAを導入させることだったんだ!』
その「SAICA」とやらに、一体どのようなシステムが組み込まれているのか。組織がわざわざ全世界に導入させたのであるのならば、詳しくは分からずとも予想は出来る。
もしも、CYBERSKYの危険性を認識できていれば、評議会でそれを伝えることが出来ていれば……いや、そこまで考えて千空は空を仰いだ。どれだけ警戒できていたとして、どのみちそれは無理な話だったのかも知れない。
公安連合には、キャスター組織代表として天宮や風見が参加している。当然、発言権なども持っている。だがしかし、公安連合と評議会は違う。評議会に参加している自陣営はMES財団くらいのものであり、発言権も強くはない。そもそもの話、財団へCBS内の機密捜査情報を共有できるだろうか。いや、不可能だ。
起こるべくして起こった、敵の作戦勝ちと言わざるを得なかった。
「くそ……」
悔しげにつぶやく千空。見れば、皆も歯をかみしめていた。
絶望と悔恨がフロアを支配する。
その時、アシュレイの通信が不安定になった。
『……! もう追っ手が……!』
「! 父さん!」
「ちょ、大丈夫なのか!?」
通信が乱れ、激しい音が聞こえてくる。敵の強襲にあっているのだろうか、音声からは苦しげにハンドルを操作しているアシュレイの様子がうかがえる。
だが、どれほどこちらから声をかけてもそれが届くことはない。静也の心配する声も、安否を気にする声も、彼には聞こえてすらいない。これは、一方通行の緊急通信だ。
ただ、こんな状況でもアシュレイは真実を伝えてくる。
そして、最後に――
『せめて、これだけはッ……! いいか、聞いてくれ!』
皆が通信を見守る中、決定的な一言が告げられるのだった。
「ボスの正体は……元ノブナガ社CEO・織田十郎の意識を移植された望月大地だ――ッ――』
アシュレイの通信は、そこで途絶えた。
先ほどまでとは一転、本部内が静寂に包まれる。けたたましく通信内容を伝えていた全てのユーフォが、何事もなかったかのように黙りこくっている。
そんな中、千空はユーフォを眺めながら呆然と立ち尽くしていた。
望月大地――間違えることはない。
だってそれは、自分の父親の名前なのだから。
組織のボスが……自分の父親……?
……違う。アシュレイは、別の人物の意識が移植されていると言っていた。それはつまり、今の父は望月大地であって望月大地ではないということ。
自分の父は、もう…………
いや、本当にそうだろうか。
以前アシュレイは「父の意志は死んでいない」と言っていた。意識が移植されていると言うことは少なくとも肉体は死んでいないはずだし、意識も死んでいないというのなら、まだ父は無事だと考えることもできる。
とはいえ……これだけでは父の状態について情報が少なすぎる。
一体、何がどうなっているのかわからない。
苦しげに額を押さえる千空。そんな千空を、未來が心配そうに見つめていた。彼女は千空の父の名を知らなかったが、千空の旧名である望月愛緒という名前と今の反応を見て、すべてを察したようである。
場を沈黙が支配しようとする。
だが、その沈黙は長くは続かなかった。
「……助けに行くんだ。父さんを、早く助けにッ!!」
それは、静也であった。今の通信を行ってきたアシュレイの実の息子。父の通信が敵の強襲によって強制終了したというのに、ただ黙っているだけなんて彼に出来るはずがなかった。
彼にとっては、父がスパイとして組織に居ることさえも初耳だっただろう。
だが、彼は信じていた。自分の父の思う正義を。父の正義を信じる自分を。
だから、助けに行かないわけには行かない。
彼もまた、千空と同じだ。
「そういうでしょうね、あんたなら」
「毒島さん、場所はわかりますか?」
真っ先に反応したのは、優奈と真佳だった。千空の知らぬところではあるが、二人とも静也の想いを知る者の一人である。
「直属の上司である天宮ならもしくは――」
「わかるぞっ……アシュレイの居場所ならなっ!」
その時、珍しく天宮が焦った様子でメンバーの元へ走ってきた。背中の羽をバタバタと揺らしながら、テーブルに手をついて息を整えている。
「彼は今、直接こちらへ通信してきた。その位置なら既に探知できている。ネオ・シティからクリストフ特別区までを繋ぐ一本のハイウェイ――そこを通って彼はこちらへ向かってきていた! フレスヴェルグなら1時間も掛らない!」
天宮が叫ぶように告げる。フレスヴェルグとはCBSが所有する緊急航空機だ。アイズホープの八咫烏と似たようなものなので、現場へもすぐさま駆けつけることが出来る。
「よし、すぐに離陸の準備を!」
毒島の声で、バタバタと天宮や職員たちが動き出す。その声には、いつになく力がこもっていた。望月大地の名を聞いて、彼も動揺しているだろうというのに……いや、だからこそ、アシュレイまで犠牲にするわけにはいかないという強い意志があるのかもしれない。
「ボクたちも準備を!」
アイズホープのメンバーも駆け足でオフィスへと向かい、戦いの準備を行う。スタナー、拳銃、防御用のインナー、不備の無いよう一つずつ確認していく。
そんな中、ふと未來が千空の服の裾をつかむ。
「……大丈夫なの? 千空君」
千空の顔をのぞき込むようにして尋ねる未來。その心配は当然のものだった。今、彼の心情を一番理解しているのは他の誰でもない彼女だ。
だが、千空が弱気になるわけにはいかない。今、心配しなければいけないのは自分の父のことではなく静也の父のことだ。同じような境遇にいるからこそ、千空は今の静也の心情を理解できる。
だから、逆に尋ねる。
「……未來は、来れるのか?」
「私は…………」
口を一文字に結んで考え込む未來。彼女も一緒になって準備をしていたが、彼女に戦う力は無い。危険が分かっていながら、彼女が同行する意味など無い。能力だって使えないのだから、本当に何も出来ることはない。
でも、それでも……というように、未來は千空に答えた。
「今行かなかったら、一生後悔する気がするから」
「……わかった」
多くの言葉は必要なかった。ただ頷くだけで、二人は心を交わした。
後は……と、千空は静也へと向き直った。
「静也! お前の父さん、絶対救うぞ!」
「……ああ、キミが帰ってきたんだ! 何も心配なんてしてないさ!」
望月大地が千空の父だなんて知らぬ静也に、堂々とした態度で活を入れる。
それは、鼓舞。こんな時だからこそ、皆に勇気を与えるための。
勇気は力。どんなに辛い今をも乗り越えて、未来へ進む力となる。
「さあお前ら! フレスヴェルグの準備が出来たぞ! グラウンドへ来い! 早く乗り込め!」
毒島の言葉に従い、千空たちはバタバタとグラウンドへ出て行く。
そして、彼らは進んでゆく。
もう二度と戻れない、物語のその先へ。




