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13話 託されたもの 130項「"鍵乃未來"」

「それは未來、お前も天使の血を引いているからだ」


 天宮が再び机に肘を立てる。口元で組まれた手が、その表情を隠す。


 自分が、天使の血を引いている……?


 一体、彼女は何を言っているのだろうか?


 ふと隣に居た千空と目が合うが、彼もまた首を横に振っていた。天宮が天使なのは納得できても、未來までもがそうだということを、そんな簡単に呑み込めるはずがない。


 もう一度、天宮の顔を見る。その眼は、真っ直ぐに未來を見つめている。


 嘘ではないんだ。


 彼女の顔を見て、それだけは理解できた。


「そんな……でも……」


 だから、そんな風に呟いてしまう。どう受け入れれば良いのか、分からない。


 そんな彼女に、天宮はとことん追い打ちをしてきた。


「未來、お前は生まれながらにしてキャストを持っていたらしいな。それは、天使の血を引く者の特徴だ。そして、お前がどうして宿街で生まれたのか……それは、お前が天使の家系だからだよ。血は薄いが、確かにそうだ」


 天宮の言葉は、とても単純だった。それなのに、点と点が繋がって止まない。


 どうして自分が宿街で生まれたのか。千空が宿街で生まれ育ったのは、父のことがあるから分かる。だが、自分はどうだ。考えてみれば、キャストを持って生まれるなんて事前に分かるわけがない。少し考えれば、気付くはずの違和感だ。


 全ては、自分が天使の家系だから――その一言で説明がつく。ついてしまう。


 私は、天使の血を引いていた。


「じゃあじゃあ……未來さんも天使ってこと……?」


「まあ、その血を引いてることは確かだろうさ……」


 他のメンバーが小さな声でやりとりするも、未來はその声に気付かない。


 だって、気付けるはずがないではないか。


 この場で一番に動揺しているのは、彼女だ。


「私が……天使の家系……」


 ぼそりと呟く未來。


 すると、天宮がまた新たな情報を披露した。


「もっとも、お前は〝人間と同じ因子〟を持って生まれたから、少しだけ事情が違うがな」


「人間と同じ因子……?」


「因子に違いがあるんですか?」


 未來が思わずオウム返しをすると、意外なことに千空も天宮へ疑問をぶつけた。千空は未來が「REAXTION」を失ったことを気にかけていたので、能力に関係する因子の話が出てきて、尋ねずには居られなかったのだろう。


 二人に尋ねられた天宮は、組んだ手の上に顎を置きながら答える。


「うむ。人が持つ因子と天使が持つ因子は少し違ってな。といっても、天使が持つ因子を人が使うことは避けた方が良いという、それくらいの話だ」


 私は使ってしまったがな、と自嘲気味に椅子へもたれかかる天宮。慣れていないのか翼が背中と椅子に挟まってしまい、いててと小さく呟いていた。


 それにしても……人が使うことは避けた方が良いというのは、一体どういうことだろうか。


 ふと楓を見る未來。思い出すのは、因子が変質した場合。その場合も、変質したキャストの使用によって存在そのものまで変質してしまうという理由で、キャストの使用が禁止されていた。


 天使の因子には、それと似たようなデメリットがあるのだろうか……?


「えっと、未來が人の因子を持って生まれたならそれで良いんじゃ?」


「そうだな。未來は本来天使の因子をもって生まれる筈だったが、人の因子を持って生まれた……そこで終わっていればそれで良かったのだがな。まあ、これも運命だったのかもしれん」


「運命……?」


「未來、思い当たることがあるはずだ。自分の能力がどうなったのかは、記憶に新しいだろ?」


「!」


 そう指摘され、未來はハッとして胸に手を当てる。


 ……まさか、そういうことなのだろうか?


 全くの別物になってしまい使うことが出来なくなった「REAXTION」。


 それは、ただ単に因子が変質して使えなくなってしまったというわけではなく……


「お前の因子は、天使の持つ因子『純因子』へと変化したのだ」


 やっぱり――未來は、自分が能力を失ったことにについて、やっと納得できた気がした。


 天宮の話だと、連れ去られたときになんらかの原因で天使の血が活性化し、因子が天使のものへと変化したのではないかとのことだった。自分は能力の過剰使用で数ヶ月意識不明だったようだし、その辺も関係しているかもしれないという。


 とにかくそれが、自分が能力を失ったことの顛末だった。


「……そうだったんですね」


 静かに答えて目を閉じる未來。それにしても……血筋だけでなく、因子まで、か。どうやら自分は、自分が思っていた以上に人とは違う存在になってしまっているらしい。


 思えば、キャストを持って生まれた――その時点で、自分はイレギュラーだったのかもしれない。自分が天使の血を引いていて、天使の因子を持っていると言われても、今更驚くことではないのかも知れなかった。


 瞳を閉じた暗闇の中で様々なことを反芻する未來。


 その時、ある一つの仮説が浮かんだ。


「もしかして、総帥の背中に羽が生えたのって……」


「うむ、その通りだ。天使の血を引いていて、天使の魂を持っている。それだけならば、存在としてはまだ人間の範疇だ。だが、天使の因子を使おうものならば、当然にその存在は天使そのものへと近づく。この羽が、今の私が人よりも天使に近いと言うことの証明だ」


 やはり、と未來は唇の端を結ぶ。つまりは、自分も今この胸の中にある変化した能力を使えば、血や魂だけでなく存在そのものさえも天使に近づいてしまうということだ。目の前の天宮と同じように、羽だって生えるのかも知れない。


「まあ、そんなすぐにという話ではないがな。私が天使化したのは、今までの蓄積と、この大規模な能力発動のせいだ。とはいえ、使えば使うほど人間ではいられなくなる」


 大規模な能力発動……なるほど確かに、これほど大きな施設全体を完璧に修復してしまったのだから、それが天使化に足るものであったというのは疑いようがないだろう。


「あの、少し良いでしょうか。天使になると、どうなるのでしょうか?」


「確かに、それは気になるわね……羽だけ……なんてことは無いわよね……」


 すると、真佳と優奈がそんなことを尋ねた。それは、未來にとっても気になる点だった。


 天宮を見た限り、外見上は羽が生えたこと以外に普通の人間と違いは見受けられない。


 だが、おそらくそれだけではないはずだ。一体、人とはどのくらいの違いがあるのだろうか。


 続く天宮の回答は、皆にとって予想だにしない内容だった。


「そうだな、天使化すると因子を持たない者からは認識されなくなる」


「認識されなく……?」


 認識……それは、一体どういうことだろうか?


「ああ。どういうわけか、天使は因子を持たない人間からは認識できなくなる。私自身も、お前らキャスター以外の人間からはもう視えていないはずだ。そして因子を持った人間からも、認識されこそするが影が薄いように思われる」


「そ、そんな……」


 天宮が語るそれは、あまりにも大きすぎるデメリットだった。人から認識されなくなる……それが一体どれ程の不都合を生み出すのか、未來たちには想像することすら出来ない。


 一つだけ救いがあると言うならば、影が薄くなるとは言え、因子を持つ者からは認識されると言うこと。それすらも不可能だったのなら、考えることすら恐ろしい孤独が彼女を襲っていただろう。


 とはいえ、これから彼女は大変だろう。普通に生活する上で、羽の存在もかなり厄介だ。


 せめて仕舞うことが出来れば……


「あとは、寿命が2000年くらい延びるな。もっとも、天使の血を引いている時点で寿命は長くなるが。お前の場合だと、おそらく150年くらいだろうな」


「え、ちょっと待って下さい」


「『あとは』って、そんなおまけみたいに話す内容じゃないんですが」


 突然の爆弾発言に息ぴったりの突っ込みをする未來と千空。


 寿命が……2000年?!


 というか、私自身も150年くらいあるって……?


 唐突に自分の身へ降りかかった衝撃的な事実に、かつて無いほどの驚きを受ける未來。


「それじゃあ……私……」


「ちなみに、私も元は500年から600年くらいってところだったぞ。天使化して、今は2000年くらいまで延びただろうけど」


「なんか、数字が凄すぎて頭に入ってこないんですけど……」


 千空が遠くを見つめながら苦笑いしている。周りのメンバーもただただ唖然としている。


 彼らは今、何を思っているのだろうか。


 未來には、もはや自分たちがどういう次元の話をしているのかさえわからなかった。


 もう、何が何だか分からなかった。


 それに、寿命が……


 するとその時、毒島がぼそりと呟いた。


「……まあ、こうなるよな」


 そこには、心配そうな目で首を振る毒島がいた。話の内容が内容だけに、皆が気をしっかり持てるか心配していたようだ。それが杞憂ではなかったので、ため息交じりにそう呟いてしまったのだろう。


「ぶっさんは知ってたんですか?」


 千空が疲れた顔で毒島に問いかけると、彼はガシガシと頭をかいてから、座っていた椅子にもたれかかった。今度はその手を首まで持って行き、わきわきと凝りをほぐすようにさする。


 一度ため息を吐くと、毒島は口を開いた。


「ああ。天使の血を引いてる奴は……他にもいるからな。気付かないか? 俺よりもずっと年上なのに若々しい見た目の奴が、お前らの身近にも一人いるだろう。そしてそいつは、人一倍影が薄くなかったか?」


「え、まさか……!」


 その時、千空がハッとしたような顔をする。未來も、千空がとある人間と初めて会ったときのことを思いだしていた。


 本当に、もういい加減にして欲しい。脳が追いつかない。彼女たちの脳は、とっくの昔にキャパオーバーを起こしていた。これ以上情報を詰め込もうものなら、空気を入れすぎた風船のように破裂してしまう。


 それでも、毒島は告げた。


 告げるときが来たのだとでも言うように、その事実を。


「天宮の母……その双子の妹は、風見の母親だよ」


 椅子に座りながら両膝に肘をつく毒島。


 そうだったのか――そう言うしかなかった。


 そんな未來とは対照的なのが、千空だ。


「風見さんも、天使化しているんですか?」


「あいつは半分ってとこだな。財団襲撃事件で派手に能力を使って、完全にではないが天使化した。初対面の人間からは認識されないが、面識があれば影が薄い程度で済んでいる。当然だが、因子を持っている奴なら初対面でも認識できるぞ。影は薄いかもしれんがな」


「そうなんですね……というか、考えてみれば風見さんには羽無かったですね」


 何も言えなくなってしまった未來とは正反対に、ガンガン毒島と会話を繰り広げる千空。彼は宿街に来たときからそう言うタイプだったが、未來も風見について気にはなっていたので、彼が踏み込んでくれたのはラッキーだった。


 それにしても……風見の影が薄いことが、まさか天使化によるものだったなんて。同じ天使の血を引く者なのに、全く考えたこともなかった。いや、血のことも天使化のことも知らなかったので、当然ではあるのだけれど。


「ちなみに、そのおかげと言っては何だが、芦宮が怪しいってことは分かってたんだ。宿街祭の日、あいつは初対面であるはずの風見をしっかりと認識していたからな。因子を持っていない人間に、風見は認識できない」


「なるほど……因子を持っているのに宿街に収容されてないということは、それだけでおかしいですから……」


「そうね。芦宮を怪しいと感じるのも納得だわ」


 真佳と優奈がうんうんと頷いている。話を聞く限り、どうやら芦宮はマスカレードのスパイだったらしい。あの日未來は気を失っていたので、実のところこれが初耳だった。


「でも、それじゃあ風見さんが『DIALOGER』を使うのって、リスクあったんですね」


 すると、千空がそんなことを呟いた。考えてみればそうだ。今まで何度か風見はキャストを使っていたが、あれは天使化を進行させる危険な行為だったわけだ。


 特に、千空は記憶が戻ったと聞いている。となれば、財団襲撃事件の日に風見が自分を守っていたことも知っている筈なので、余計に責任を感じているのかも知れない。


 ずしりとした重みを感じる二人。


 だが、続く天宮の台詞は、二人の意図しないものだった。


「いや、それは制御版の能力だから問題ない。私の『AGELESS』も同様だ。これらは、天使の因子のリスクを回避するために編み出した後天的な能力だからな」


 そう言って天宮が自慢げに鼻を鳴らす。


 リスクを……回避……?


「私の持つ真の能力は『OUROBOROS』。あらゆるものを輪廻させる、終わりを始まりに繋げる、天使の力そのものだ。その能力のおかげでこの施設は元通りになったし、私も復活できたのだ。あくまで『AGELESS』は、そこから派生して生み出しただけの能力というわけだ」


 そう語る天宮の背中で、羽がパタパタと動いている。能力を生み出すことによほど苦労したのだろうか、人に話せたことがかなり嬉しいようである。


「それじゃあ、私の能力も制御版を生み出せば……また使えるようになるってことですか?」


 閉ざしてしまっていた口を久々に開く未來。もしそれが可能ならば、自分はもう一度、アイズホープメンバーとして活躍できるかも知れない。


 だがしかし……天宮の語る現実はシビアだった。


「可能ではある。だが、その頃にはマスカレードとの戦いは終わっているだろうな」


「そう、ですか……」


 肩を落とす未來。つまるところ、制御版の能力を身につけるには相当長い時間がかかるのだろう。せっかく能力を身につけても、マスカレードとの戦いに使えないのではしかたない。


 結局、自分の能力はどうにもならないのだ。


 でも、落胆ばかりしていられない。


 全部全部を失ったと思っていたのに……その殆どは戻ってきたのだから。


 この手に、しっかりと戻ってきたのだから。


「能力が無いとしても……私はアイズホープです。私にできること、それを見つけます」


 それが、今の自分に言える精一杯だった。

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