13話 託されたもの 129項「神の血」
「うむ。まずはご苦労だったな! 皆のおかげでテロの被害は最小限に抑えられた!」
執務机に座った天宮が、部屋に集まったアイズホープメンバーにねぎらいの言葉をかける。
ブランケットを羽織る天宮の様子は至って普通、疑うことなんて何も無いはずの、いつも通りの光景。
しかし、そこに強烈な違和感を覚える者が一人いた。
「あの……なんで生きてるんですか?」
その言葉は、未來の口から発せられた。
あの日……未來は、確かに天宮が腹部に大穴を空けられたのを目撃していた。臓腑の半分を吹き飛ばされ、どう考えても助かるはずのない致命的なダメージを受けた彼女を。
だがしかし……千空との再会を果たした後。
彼女は、頭がどうにかなりそうなほどの衝撃を受けることとなった。
「……そうか。総帥さんが……」「うん……私を庇って……」そんな会話をしていた二人の元へ何事もなかったかのように天宮が現れたのは、紛れもなくあの日起こった事実であった。「勝手に殺すんじゃない」そんな彼女の言葉を、未來は忘れることが出来なかった。
そして、それだけではない。ツイストやボスによる襲撃を受けたはずのCBS本部の建物は、そんな襲撃は無かったとでも言うかのように完全に復元されていた。
この状況をどう理解すれば良いのか、彼女には皆目見当もつかない。そしてそれは、彼女から一連の話を聞いていた他のメンバーも同様だったことだろう。もっとも、襲撃の現場に居合わせた未來ほどではないだろうが。
「なんか、凄い致命傷を負ったらしいですけど……」
「見たところ、大きな負傷は無いわね……」
千空と優奈が眉をひそめて尋ねる。天宮の身体は健康そのものと言った様子で、傷一つ無いように見受けられる。負傷という負傷は一つも見当たらない。困惑しない道理も見つからない。
一体、彼女に何が起こったのだろうか。
「なかなかのパワーワードだな。何で生きてるんですか、というのは」
「実際、そう言う状況だからな。何も知らないこいつらとしては、当然の疑問だろう」
毒島がメンバーを一瞥しながら答える。どうやら彼は何か知っているらしい。
毒島と天宮を交互に見回すメンバーたち。
すると、天宮が「まあ、そうだな」と言っておもむろに立ち上がった。
そして、背中に羽織っていたブランケットを外して机の上へと放り投げる。
――そうして曝されたものに、メンバーは目を見開くことになった。
「総帥さん……背中のそれって……」
「……未來、お前と一緒だよ。もっとも、お前はそれを知らないだろうがな」
いち早くその疑問を言葉にした未來へ、意味ありげに答える天宮。
そんな彼女の背中には――まるで天使を思わせるかのような、白く輝く一対の羽があった。
あまりにも現実離れしたその姿。その場に居た毒島以外の人間は、その神々しさに呑み込まれてしまい驚きの言葉を発することも出来ない。
一体、彼女は何者なのだろうか。
そんなメンバーたちの様子を見て、天宮は羽を揺らしながら椅子へと座った。
慣れなさそうに一度だけ羽を羽ばたかせると、天宮は真面目な表情で口を開いた。
「うむ。まずはあの後、私がどうなったのかから説明しようか」
それは、あの日……天宮に何が起こったのか――天宮がどういう存在かに迫るものだった。
CBS本部襲撃の日。
天宮が死んだことを確認したボスは、未來を始末するため部屋を出ようとした。
だが、その時異変が起きた。
部屋の様子がおかしい。破壊されたものがどんどんと修復されていく。ランチャーの爆発によってバラバラになっていた家具も、氷塊によって粉々になっていた天窓も、その残骸が砂のように消えたかと思えば、元通りになって元の位置へと戻っていた。
「……なるほど、〝本物〟はひと味違うと言うことか」
そう呟くボスの視線の先には、たった今死んだ天宮の姿があった。その身体や周囲に散らばった肉片は、今まさに砂となって消滅し始め――そして、再構成を始めていた。
粒子状の肉体が天宮の身体を構成していく。そうして数秒が経過した頃には、彼女の身体はすっかりと元通りの状態になっていた。ただ一つ違う点があるとするのなら、その背中に羽のようなものが現れていることくらいだろう。
「……一層、お前がここに居ることが皮肉に思えるな」
「……それは……クリストフ・ルーラーズのことを言っているのだろうな」
「お前がどれだけ〝本物〟だろうと、所詮は人。この世界に存在している限り、運命という脚本に縛られた演者だ。お前がここに居ることが、何になる」
純粋な疑問とでも言った様子でボスが訪ねる。
そんなボスへと、復活した天宮は立ち上がりながら答えた。
「何になるのか……それを決めるのはお前じゃないな。あの男の罪をあがなうことも、一族の無念を晴らすことも、私がこうすることでしか果たせない」
真っ直ぐに仮面の奥を見据える天宮。そんな彼女に、ボスは何を思ったのだろうか。
数秒の逡巡の後、もう一度ランチャーを撃ち込むボス。しかし、一度見た攻撃を避けられない天宮ではない。攻撃は部屋を破壊するに留まり、その部屋もすぐさま修復されてしまった。
このまま戦っても、お互い決定打を見つけられないだろう。向かい合う二人は、すぐにそれを理解することが出来た。
だから、これ以上無駄な戦いはしない。
「しかたない。撤収だな」
それは、ボスが再び破壊した天窓から部屋を去る際に呟いた言葉であった。
「そういう感じで、ひとまずボスはいなくなった」
両肘を机に立てて口元で手を組む天宮。そこはかとない緊張感が部屋を満たす。
誰もが口を閉ざし、天宮の言葉を待っている。
沈黙を破ったのは未來だった。
「ま、待ってください。つまり、総帥さんは一度死んで復活したと言うことですか?」
それは当然の疑問だった。今の話が本当なのならば、致命傷を受けた天宮が今こうして無事で居られるのは、一度死んでから復活したからと言うことになる。
だが、未來は過去に毒島から聞かされていた。
――どんなキャストだろうと、人の魂をどうにかすることだけは叶わない。人の死を覆らせることは、絶対に叶わない。
それは、未來が千空の死を受け入れられなかったとき、毒島から告げられた言葉である。だがしかし、ならばどうして彼女は蘇ることが出来たのだろうか。あの言葉は、未來に現実を受け入れさせるための嘘だったのだろうか。
……いや、違う。毒島は嘘を言っていたわけではない。
――人の死を覆らせることは出来ない
その言葉が意味することは、もしかして……
決定的なことに気付きかける未來。
そんな彼女を肯定するように、天宮が口を開いた。
そして告げられたのは、誰にとってもにわかには信じられないような……それでも、信じるしかないというような、酷く現実離れした真実だった。
「私が生き返ることが出来たのは、私の祖母が天使だからだ。私は、天使の血を引いている」
皆が息を呑む音が聞こえる。天宮の背中の翼がバサリと動く。それ以外に、音はなかった。
果てしない静寂が続く。誰もが口を閉ざして、ただただ彼女の言葉を理解しようとする。
だが、こんな突飛な話を頭で理解することは端から不可能だったのだろう。
やがて、押しつぶされそうな質量を持った静寂を終わらせるように千空が声を上げた。
「天使って……それだけじゃ分かりませんよ!」
千空の言葉に、他のメンバーも続く。
「その、天使の血というのは本当の話なのかい?」
「簡単には信じられない話ね……」
「うんうん……なんか、話が壮大すぎて全然わかんないよ……」
「天使の血を引いている……つまり、天使は実在したということでしょうか?」
それぞれが思い思いに疑問を投げかける。そんなメンバーを、未來は黙って見守っていた。
天使の血を引いている――あまりにも奇想天外な話だ。理解できる人間の方が稀だろう。この世に、それを素直に信じることが出来る人間が一体どれ程いるのだろうか。
ただ一つ言えるのは、彼女の背中にその羽がある。たったひとつの事実だけだった。
彼らの質問を一斉に浴びた天宮。その顔からは、感情を読み取ることは出来なかった。
一度だけすーっと鼻で息を吐き、メンバーの顔を一人ずつ眺める天宮。
「そうだな。まずは、私の出自から話そうか」
そうして語られたのは、天宮がどのようにして生まれ、生きてきたのかだった。
天宮結心の母――天宮ユエは、アルメリカでとある天使と男の間に双子の姉として生まれた。彼女は、天宮結心の祖母となる母や双子の妹と共にアルメリカを守護していた。
そんな彼女たちの元へ、海賊のクリストフ・ルーラーズが現れた。彼は当時世界からは発見されていなかった未開の地であるアルメリカ大陸を発見し、残虐な方法で支配しようとした。
当然、天宮の一族はそれに抵抗したが……クリストフの率いる海賊団とアルメリカの民では圧倒的な文明力の差があった。一介の天使である天宮たちに、それを退けるほどの力はなかった。
そこで飛び出したのが、ユエだった。天使の力を持つ自分と引き換えに、この大陸には手を出さないで欲しい。そういう契約をクリストフに持ちかけた。
クリストフはそれを受け入れ、ユエはクリストフの妻になることとなった。これで、アルメリカは救われる……そのはずだった。クリストフが約束を違え、アルメリカの地へ侵攻を開始するまでは。
結果として、ユエを除く天宮の一族は大勢の民を連れて別の大陸へ逃れることとなった。しかし、アルメリカでは今でも「クリストフ特別区」として男の名が残っている。大陸の発見者はそんなに偉大なのか、ただの邪知暴虐であるにも関わらず。そこは、かつて天宮の一族が守っていた土地であった。
天宮の一族は、一体どれほどの無念を抱いていたのだろう。
天宮結心がクリストフ特別区でラヴビルダーとして活動しているのは、それを晴らす為。
それが、天宮たちの歩んできた道程だった。
「ここまでは理解できたかな?」
天宮が机から肘を離し、一度確認するように問いかける。未來が周囲を見回してみると、他のメンバーはそれぞれ色々な顔をしているが、ひとまずは彼女が天使の血を引いていることは理解できたようで、天宮の問いかけにこくこくと頷いていた。
だが、未來には確認しなければいけないことがあった。
「天宮総帥が天使の血を引いているということはよくわかりました。でも、それが復活できたこととどういう関係が……?」
天宮が天使の血を引くことと、復活できたことの関係性。未來は先ほど、天宮が〝人〟じゃないから生き返ることが出来たのではないかと推察した。
やはり、天使は生き返ることが出来るのだろうか?
そんな未來の質問に、天宮は逆に質問を返してきた。
「未來、どうして人が生き返ることが出来ないのかは知っているか?」
天宮に問われ首をかしげる未來。それは、考えたこともない質問だった。どうして死んだら生き返ることが出来ないのか、あまりにも当たり前すぎて、考えたことすらなかった。
「えっと……普通に死んだらそこで終わりなんじゃないですか……?」
「その通りだ。人は死ねばその魂が天へと還る。キャストならなんとかなりそうなものではあるが、魂に干渉することは天使であっても不可能だと母から聞いている。つまり、死んだ人間を蘇らせることは不可能だ」
「それじゃあ、天使だとどうして大丈夫なんですか?」
「それは、天使の魂が人の魂と違うからだ。天使は人と違い、記憶を含むあらゆる情報が魂に刻まれている。それは肉体の死後も、魂に精神や意志が維持されていると言うことだ。だから、天へ還ることに抵抗することも出来るし、肉体を用意できればそこに戻ることも出来る……天使の血を引いている私は、どうやら天使の魂を持っていたらしい」
そうして私は蘇ったのだと、天宮は自分の胸を叩いた。つまり彼女の話をまとめると、一度は死んでしまったが、天使の魂を持っていたため天に還ることを拒むことができ、その内に肉体を復活させられたため生き返ることが出来た、ということだろう。
天使の血を引く者という超常的な存在が目の前に居ることの実感は湧かないが、ひとまず納得することは出来たし、毒島の言葉の真意も理解することが出来た。それだけでも、天宮の話を聞けて良かったと未來は思う。
ただ……一つだけ、ずっと気になっていたことがあった。
「どうしてそんなに詳しく話してくれたんですか? 出自のことだって、すごく大事なことだと思いますし……それに、さっき――」
言いよどむ未來。先ほどの天宮の言葉が頭の中に残っている。
――未來、お前と一緒だよ。
その言葉と、天宮の話。
それが意味することは――
毒島が他のメンバーへ目配せして退室を促す。だが、天宮はそれを制した。
全員が知るべき……そういう判断なのだろう。
静かな緊張がメンバーの揃った部屋を支配し――
「さてと、単刀直入に言おうか。これだけ天使について詳しく話した理由を。」
続く天宮の言葉は、未來の想像を現実にするものだった。
「――それは未來、お前も天使の血を引いているからだ」




