13話 託されたもの 128項「命の力」
致命傷を負った自分がどうして生きているのか、その説明のために連れてこられた病室。
そこに居たのは、昏睡状態の三崎であった。
「三崎さん……?! 一体、何が……」
ベッドの横まで駆け寄り、その姿を確認する千空。安らかな顔をしているが、千空たちが入ってきたというのに目を覚ます様子はない。
「大丈夫ですよ。眠っているだけです」
「そ、そうですか……」
口ではそう言うが、心の中の動揺や不安まで拭えたわけではない。
どうして、三崎はこんな状態になっているのだろうか。
自分が助かったことと、どんな関係があるのだろうか。
彼女は、自分のせいでこうなってしまったのではないのだろうか。
押し寄せる不安に、心をつぶされそうになる。
「それで……三崎さんのおかげって言うのは、一体……?」
やっとの思いで口にしたその問いかけには、神木が答えてくれた。
「彼女に目覚めたキャストが、千空さんを救ってくれたんです。驚くことに」
「キャスト……?」
思わず神木の顔を見る千空。彼女の表情は、どこか寂しさに包まれていた。
一度だけすーっと息を吐き出してから、神木は続ける。
「彼女の目覚めたキャストは『i4U』。自身の生命力を他人に分け与える能力です」
「生命力を……まさか……!」
「はい。千空さんが助かるのに必要な生命力は、彼女を昏睡状態に陥らせるには十分すぎるものでした」
「そんな……」
今もなお安らかな顔を浮かべている三崎を見て、千空は力なく首を垂れた。つまり彼女は、彼女自身と引き換えに千空を救ってくれたと言うことになる。項垂れずには居られなかった。
唇を噛む千空。そんな彼の肩をトントンと叩く神木。
心拍数を示す電子音が、沈黙を許さないとでも言うように部屋に響く。
それに対抗したのは、毒島だった。
『楓が回復できたのも、おそらく三崎君のおかげだったのだろう。楓が復活するのと入れ替わりに、彼女は身体を崩した』
ユーフォの向こうに顎をさする毒島が見える。彼の言うとおりだと、千空は思った。
楓は、爆弾から真佳を庇い致命的な重症を負った。優奈の応急処置が良かったというのもあるみたいだが、それにしたって後遺症もなく快復できたのは奇跡に近い。
あの時は単純に奇跡が起きたんだと納得していた。だが、三崎の能力、そして楓の回復と同時期に三崎が体調を崩し始めたことを考えると、それが無意識の能力によるものだったと結論づけることはそう難しくはなかった。
「俺も楓さんも、三崎さんに感謝しないとですね」
『ああ、一生分感謝しとけ』
色々な感情を込めながら細い目をする千空。この恩は、絶対に忘れてはいけなかった。
その後、三崎の病室を出て自分の自室に戻ることになった千空。
部屋へ戻る途中、ふと気になったことを口にする。
「そういえば、未來とは話せないんですか?」
それは、千空が今一番話さなければいけない相手であった。
『未來か?』
「はい。一応俺も無事……とは言えないかもですけど、復帰は出来そうですし。あの日のことも謝らないとだし」
記憶の中の光景が鮮明に浮かび上がってくる。あの日、自分たちは喧嘩したままに離ればなれになってしまった。仲直りはおろか、謝ることさえ出来ていない。
この状態は本当に辛い。一刻も早く、言葉を伝えたい。
それなのに……
毒島の返事は、無情なものだった。
『……まあ、さっきは無事と言ったんだがな。実は、あいつも昏睡状態だ』
「え……」
毒島の口から出た言葉に、またしても立ち止まってしまう千空。
未來が……昏睡状態…………?
「ぜ、全然無事じゃないじゃないですか!! 騙したんですか?!」
病院の廊下だと言うことも忘れて声を荒らげる千空。まさか、このままずっと誤魔化せるとでも思っていたのだろうか。
毒島に対して、珍しく顔を赤くして本気の怒りを顕わにする千空。
だが、おそらくその奥底にあるのは、騙していた毒島への怒りだけではなかった。
「俺は……クソ…………」
左の手のひらに右拳をたたきつける。
自分は彼女を守り切ることが出来なかった。自分のせいで彼女は攫われたというのに、あまつさえ自分だけ皆に助けてもらった。
止めどない無力感が津波のように押し寄せて、どうにかなってしまいそうだ。
「…………っ」
顔を伏せて身体を震わせる千空。かみしめた唇の端から血が滲み始め、ツーっと顎まで伝う。
その時、毒島が千空の肩に手を置いたような気がした。
『そう悔しがることでもない。お前の命を賭した行動がなければ、彼女は死んでいた。そう言う意味では、お前はしっかり彼女を守ったんだ』
通話だというのに、その言葉には毒島本人の温かさを強く感じた。
ゆっくりと顔を上げる千空。
『それにだな。何か早とちりしているようだが、彼女に外傷はない。ただマスカレードの連中に能力を無理矢理使わされて、精神力がやられただけだ。しばらくすればバッチリ回復するさ』
「そう……なんですね……なら、良かったです」
毒島の言葉を聞いて、ひとまずは胸をなで下ろす千空。外傷が無いのであれば、本当に心配は要らないのだろう。自分の行動は、無駄ではなかったようである。
だが、全て納得できたわけではない。
自分が、もっとちゃんとしていれば。
自分に、もっと力があれば――
『……悔しそうだな』
そんな千空の心情を察したのか、毒島がぽつりと呟く。
「あたりまえですよ。だって、俺が――」
その言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。
『なら、もっと強くならないとな』
意味深に告げる毒島。千空が「強く……?」と問い返すと、彼はにやりと口の端を歪めた。
……なるほど、そういうことかと、千空は直感した。
毒島が、一体何を言おうとしているのか。
千空に、一体何をさせようとしているのか。
だが、それは今の千空にとって一番必要なことかも知れなかった。
だから、千空も受け入れられる。
『ということで、復活早々悪いが、お前には毒島印の超スペシャル特訓を受けてもらう』
どこまでも真っ直ぐで、強い輝きを放つ瞳で。
どれだけ過酷かも分からないその言葉を、真っ正面から受け止めることができたのだった。
「そういうわけで、訓練受けて帰ってきたって感じだな」
CBSのオフィスに集まったメンバーに、悠々と語る千空。
それは、彼が目覚めてから今に至るまでの過程、その全てであった。
千空の席を囲みながら、三者三様の反応をするメンバーたち。
口元に指を当て、神妙な顔で頷く真佳。
腕を組んでゆっくりと目をつむる優奈。
何故かずっと優しげな笑みを浮かべている未來。
そして……
「ま、ボクはキミが死んだなんて信じていなかったさ! まあでも、こうしてまた会えたというのはうれしい限りじゃないか!」
「ゔんゔん……! ぼんどによがっだよおーーー!」
凄い力で肩を組んでくる静也と、涙と鼻水を垂らしながら千空にしがみつく楓。
それが、千空が帰ってきたことに対するアイズホープメンバーの反応であった。
「っていうか、そろそろ離れろ!」
ゼロ距離でぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を、身をよじらせて引き剥がす千空。この温度感は帰ってきた感じがあって嫌いではないが、流石にこのままでは鬱陶しかった。
千空に怒られた二人は「ああ、悪い悪い」「ほんとにほんとによかったよ」などと言いながら、近くに持ってきていた自分の椅子に座り直す。だが、その顔に反省した様子はなかった。
「ったく、あなたたちは本当に子どもね……」
「そう言う優奈も、目元が赤くないかい?」
「うるさいわね」
椅子に座った静也と優奈がそんなやりとりをする。済ました表情をしているが、優奈も心配してくれていたのだろう。感情を表に出すタイプではないが、痕跡とは残るものである。
本当に、自分は多くの人に心配をかけてしまったようだ。皆には、本当に悪いことをした。
己の情けなさを痛感する千空。
「でもでも……三崎さんがそんなことになってたなんて……」
目の端を拭いながら楓が呟く。三崎の現状については楓にも大いに関係あるので、少し責任を感じてしまっているのだろう。
だが、楓のことがあったおかげで三崎が「i4U」に目覚めたとも言えなくもない。それがなければ千空は復活できなかったので、楓が責任を感じることではなかった。
「きっと三崎さんは大丈夫だよ。未來だって目覚めたわけだしさ」
楓に気にしすぎないよう声をかける。仮に楓が三崎のことに対して責任を感じる必要があるのだとすれば、そのうちの9割は千空が負うべき責任である。
少なくとも、楓が気にする必要は無かった。
しんみりとした空気が流れる。
すると、真佳がこんなことを口にした。
「それにしても、見事に僕たち騙されましたね。まさか、こんな隠し方をされるとは思いませんでした」
それは、千空が生きており特訓を受けているということが隠されていたことについてだった。メンバーは皆、千空が死んだと思い込んでいたわけだが、それは意図的に隠されてのことだった。
「まあ、それについては一応ちゃんとした理由があってさ」
頭をかきながら皆に答える千空。
千空の生存が隠されていたその理由。
それは、千空が安全に、邪魔されず、確実に成長できるようにであった。
「ほら、財団で超絶ハード訓練をするってことは、CBSには居られないだろ? でも、俺が生きてることがマスカレードにバレたら、どうしてCBSに居ないんだってことになる」
「まあ、そうなるだろうね」
「俺が生きているのにCBSに居ない……俺がいる所なんて限られてるだろ? なら、財団で超絶訓練してるってことも、まあすぐバレる。となると、奴らは絶対に邪魔してくるだろ? でも、それは困る」
「そうね。テロを撃退できたみたいだし、財団の戦力は疑っていないけど……財団襲撃事件のこともあったし、そこは慎重にならざるを得ないわね」
「もしかしたら、お父さんと同じ能力を持ってるってこともバレちゃうかも……」
「そうですね……組織が千空さんの能力に気付いたら、お父さんや未來さんの時のように攫われる可能性も否定できませんし」
「ああ、だから偽装したんだ。俺が死んだと組織に思わせることが出来れば、俺も財団の人たちも安全に訓練することが出来るからな」
それが、千空の生存がメンバーに伝えられなかった理由であった。アイズホープのメンバーさえもが千空が死んだと認識していれば、マスカレードは千空の死を疑わないだろう。
マスカレードの情報収集能力を逆に利用し、千空の生存を確実に隠蔽したのである。
「ま、でもこうして訓練はしっかり終えられたんだろ? 結果的には大成功じゃないか」
「すげえ心配かけたみたいで、それは申し訳なかったけど」
「まあ、それはそうね。未來が本当に可哀想だったわ」
「あー……それは、ぶっさんから聞かされてたよ」
苦虫をかみしめたような顔をする千空。
実は、未來が目覚めて数日、千空はその様子について毒島から連絡を受けていた。
――未來が千空だけでなく「REAXTION」までをも失い、完全に絶望してしまっている。
毒島から知らされたその情報は、大いに千空を焦らせた。自分は訓練なんかしている場合ではないのではないか、もっと強くなろうと決意した千空にそう思わせるほどに。
だが、訓練を止めるわけには行かない。強くならなければ、救えない。
だから、もっと早く早く強くならなければ。
少しでも、彼女の苦しむ時間が減らせるように。
「実は、訓練ってもう少しかかる予定だったんだけど……未來のこと聞いて早く終わらせないとって。そう思ったらなんか、急に成長ペース上がってさ。なんとかテロの日に間に合った感じだ」
「そうだったんだね……じゃあ、そのおかげで私は助かったんだ」
胸に手を当てて瞳を閉じる未來。あの日、千空がCBS本部に向かえていなかったら、彼女は確実に死んでいた。かといって、千空が訓練を中断してこちらへ来ていてもツイストは撃退できなかった。
苦しむ未來を救いたい。救うには強くならなければいけない。キャストは精神力の表れだ。その思いを両立できたからこそ急成長を果たすことができ、今の結果があるのだった。
「とにかく、キミも生きてたわけだし、なんだかんだなるようになったというわけだ」
「だな。これだけ大規模なテロだったのに、ほんとすげえよ」
静也の言葉に頷く千空。本当に、これだけの大事件でよく犠牲者ゼロを果たせたものである。
二人のやりとりに皆が一様に頷く。これは、ここに居るメンバーだけでなく、今回のテロ対策に関わった全ての人間が同じ信念の元に動いた結果である。
物的、経済的な被害はあったが、大勝利と言っても過言ではなかった。
ただ、一つ気になる点があるのだとすれば――
するとその時、オフィスの入口から声が聞こえてきた。
そしてそれは……まさにその気になる点に関することであった。
「お前ら、総帥の準備が出来たらしい。部屋に来い」




