12話 革命のプレリュード 126項「降る雨は後なく晴れて」
目の前に現れた青年が、ツイストへと攻撃を仕掛ける。
それは、単純なパンチ。ただただ拳を握りしめ、殴りかかるだけの攻撃だ。
それなのに――彼の攻撃は、敵の片腕をへし折るほどの威力を秘めていた。
「!」
圧倒的な強さを誇っていた敵が、僅かに後退した。弾丸で撃ち抜かれても平気だった敵が、彼の攻撃には反応したのである。
いや……敵が反応したのは、恐らく威力に対してではない。真に反応したのは、何故凍らないのかという一点のみであろう。
それも、凍らないというのは青年の話だけではない。先ほど氷漬にされたはずのCBS職員や警備員たちが、いつの間にか解凍されていたのだ。何が起こったのか分からないという様子だが、確かに彼らは自由になっていた。
「アイシクル」
敵が再び氷の弾丸を作り、青年へと発射する。直接凍らせることが出来なくても、奴の能力なら幾らでもやりようはある。
必殺の威力を秘めた弾丸が彼の身体へと直撃する。
しかし、弾丸が彼の身体を穿つことはなかった。
さらに、青年は身体の表面で止まった弾丸をつかみ取り、仕返しとばかりに投げ返す。ただ手で掴んで投擲しただけだというのに、その速度は弾丸にも迫る速さであった。
氷の弾丸が敵に着弾し、その胴体に穴を開けてゆく。
「……面倒だな」
小さく呟き、一瞬よろける敵。痛みは感じていないようだが、着実にダメージは与えられているらしい。このまま押せば、もしかしたら倒せるかも知れない。
青年もそう感じたのか、一気にたたみかける。
「さあ、次は俺の番――」
その時、敵が大きく飛び退いた。青年から距離を取り、なにか通話に出ている様子である。
「時間切れか……私の任務は、失敗だな」
何を告げられたのか、背中のホバリング装置を起動する敵。
そして、能力を発動して周囲に極低温の冷気を放つ。
「くっ!」
青年が未來を守るように抱え込む。それは、まるで大切なものを絶対に傷つけさせはしないとでも言うような、優しい力強さだった。
冷気が白い霧を生み出し、通路一体がホワイトアウトする。
数秒の後、放たれた冷気が収まり……辺りには雨の音だけが響いていた。
「……とりあえずは乗り切った……のか?」
青年が状況を確認しようと、未來から離れようとする。
だが――
ぎゅわしっ。
未來は、気付けば彼に抱きついていた。
この温かさをもっと感じていたい、そう思う自分がいたのだろうか。身体が勝手にとでも言うように、未來は自分を守る青年の身体にしがみついていた。
一体、どれほど望んだことだろうか。
鼓動を感じる。
凍えきっていた筈の心に、彼の温度が流れ込んでくる。
生きている。
彼は、生きているんだ。
数秒の間に、そう実感することが出来た。
「私……ごめん」
その言葉は、口をついて出ていた。
ずっと言いたかったこと。ずっと伝えたかったこと。
それを、やっと伝えられたかのように。
「えへへ……私から言いたかったのに、先越されちゃった」
ぐしゃぐしゃになった顔で、青年に笑みを浮かべる未來。
どうして生きているのかとか、どうしてここに居るのかとか。
そんなことはどうでも良かった。
彼は、確かにここに居るのだから。
青年にしがみつきながら泣きじゃくる未來。
そんな彼女を、青年は優しく抱き返してくれた。
「……ただいま」
「うん……おかえり、千空君」
そして訪れるのは、静寂。
長く続いていた雨が晴れ――久しぶりに空が顔を見せる。
まるで、太陽もこの再会を祝福してくれているかのように。
ただ、暖かい日差しが二人を照らしていた。
(テロ計画は失敗に終わったみたいだな)
暗闇で情報端末を操作する一人の男。組織が起こしたテロ――その成否を確認し、ふんと鼻を鳴らす。公安に喧嘩を売ったのだから、当然だろうとでもいうように。
名は瀬城玲二。組織において、ナポリというコードネームを与えられた人物。
だが……その仮面の下には、もう一つの顔があった。
(総帥は上手くやってくれたみたいだな)
端末内の情報を漁りながら、にやりと口角を上げる男。
――アシュレイ。
それが、彼のもう一つのコードネーム。ナポリというコードネームを与えられるずっとずっと前から、彼が呼ばれていた名前。
そう。彼こそが天宮直属の部下――組織にスパイとして潜入し、内部情報を天宮に伝えていた人物だったのである。
「それにしても……ここまで来るのに十年近くも掛るとはな」
首から提げたペンダントを眺め、哀愁を漂わせるアシュレイ。暗闇の中、過去のデータが明るく照らし出される。
思い返すのは、初めて望月大地に出会ったときのこと。
それは、9年前の話であった。
――――
――
「つまり……ヴェルミ、貴方は日ノ和のMES財団襲撃事件で拉致された望月大地であり、そこにヴェルミとしての意識が植え付けられている――そういうことですね?」
豪華絢爛なカジノの一室。アシュレイがあごに手を当てながら問う。
そんなアシュレイに、望月は「ははは」と笑って答えた。
「ああ、そうだ、その通りだ! まさかこんなにも早くバレるとはな! まあ、相手が公安のスパイなら仕方ないか!」
馬鹿みたいに笑う望月。そんな望月にアシュレイは苦言を呈す。誰かに聞かれていても困るので、もう少し音量を下げて欲しい、と。
「ああ、そうだな」
悪いと言って咳払いをする望月。ひとまず、彼の意識が目覚めていることは、絶対に組織に漏らしてはいけない。それがバレれば、彼は始末されるだろう。
だが……情報を漏らしてはいけないというのは、ラヴビルダーに対しても同様であった。
仮に、アシュレイが望月のことを天宮に伝えたとする。そうすれば、ラヴビルダーは望月に関しての捜査を秘密裏に開始するだろう。
しかし……どれだけ注意していても、ちょっとしたことでボロは出るものだ。一瞬でも組織に捜査のことを悟られれば、なぜ望月のことを調べているのか調査され――彼の意識が目覚めていることもすぐにバレてしまうだろう。
ほんのちょっとしたきっかけで全てが終わってしまうのならば、彼の意識のことは自分の胸の内だけに秘めておいた方が良い。アシュレイはそう考えたのである。
その後、周囲に注意しつつ話を進めた二人。
結果として、二人は組織についての捜査に協力するということで話がまとまった。
アシュレイはスパイとして組織の情報を。
望月は意識を隠しながら組織の情報を。
それぞれに出来ることを、それぞれで行うことになったのである。
そういうわけで、その日の話し合いはそれでお開きとなった。
ヴェルミの意識が目覚める前にその場を去ろうとするアシュレイ。
すると、望月が「あ」とアシュレイを引き留めた。
そして、至極真面目な表情でアシュレイに向き直る。
「調べて欲しいことがある」
「……それは?」
「息子のことだ」
空気が凍り付いたのを覚えている。
その時、アシュレイは「わかった、調べてみよう」と答えた。
だが、彼は知っていた。
望月大地の息子――望月愛緒が、財団襲撃事件で死亡しているという情報を。
貴方の息子は既に死んでいる……そんなこと、言えるはずがなかった。
これが、望月大地と始めて会ったときの記憶である。
――――
――
9年。その間に、色々な情報が手に入った。組織に3人居る最高幹部のコードネームや、幹部の一人「シェル」の拠点のこと。他にも、細かい情報がいくつか。
だが、望月のことと同じく、それを安易にラヴビルダーに伝えることは出来なかった。ラヴビルダーが捜査に乗り出せば、誰が組織の情報を漏らしたのかはすぐにバレる。となれば、スパイ活動も終わりだ。
ボスの情報が手に入るまでは、大きな動きは出来ない。それが、いままでアシュレイが慎重に慎重を重ねて行動していた理由である。
だが……苦節9年、ついに状況は変わった。
望月のおかげで、ついに〝ある〟アクセスコードを手にすることが出来たのだから。
過去を思い返しながら、アシュレイは思う。
あの時、真実を伝えなくて良かったと。
(実際に会ってみて分かった。瑞波千空は、間違いなく君の息子だ)
カジノで初めてアシュレイが千空たちと会ったとき……アシュレイは、彼が望月の息子〝愛緒〟であると一瞬で見抜くことが出来た。だからこそ、あの日――千空たちが未來の救出に来た日、アシュレイは一番崩落の可能性が低い場所を選んで彼らを追い詰めたのである。
望月と初めて会ったあの日、息子が死んでいるなどと告げていれば……望月は生きる力を失い、捜査に協力してくれることも無かったかもしれない。本当は死んでいなかったと9年越しの今告げたところで、どうにもならなかっただろう。
(まあ、施設崩壊の時に瀕死の重傷を負ってしまったのは想定外だったが……本当に生きていてくれて良かったよ)
ふっと笑うアシュレイ。彼は天宮から瑞波千空が生きているという真実を知らされていたので、組織が「瑞波千空――死亡」という確認をしても、特に焦ると言うことはなかったのだが……もしも本当に死んでいたと考えると、背筋が凍る思いであった。
とはいえ、生きていたのだから問題は無い。無事に過ぎたことに対して「あの時ああだったらやばかったな」なんて考えるのは、この世で一番無駄なことである。
それに、先ほど千空が復帰したと天宮から連絡があった。CBS本部の方も無事とのことで、もう心配する必要すら無いだろう。
(さて……)
端末を操作する手を止めるアシュレイ。
希望とは、存在するだけで力になる。
望月大地の信じたとおり、望月愛緒は生きていた。
希望を失わなかった彼によって、アクセスコードが手に入った。
そして今、コードをアップロードする画面が端末のディスプレイに映し出された。
「ついに、この時が――」
メモリチップを接続するアシュレイ。
0と1の電子の世界で、あらゆる認証手続きが完了していき――
[アクセス権限取得――Target:J-1927/cd:"Napoli"/R]
彼らの物語は――佳境を迎える。
次回投稿は 2025/1/1 です。




