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12話 革命のプレリュード 125項「HERO」

 未來は走る。


 自分に何ができるのかを考えながら。


 CBS本部の本棟は、かつて無いほどの慌ただしさを見せていた。


「とにかく、全棟のセキュリティレベルを最大に!」


「私は寮の様子を見てきます!」


「まて! 今外に出るな!」


 阿鼻叫喚、地獄絵図がそこには広がっていた。本部がこれほどの強襲を受けるなど、前代未聞だったのだろう。天井を打つ氷の音が本部内を恐怖に陥れてゆく。防音性能が高いのは、総帥の部屋など一部のみである。


(私に……私にできることは……)


 走りながら、心の中で天宮の言葉を反芻する。


 この状況は……例えるなら、MES財団襲撃事件の再来だ。圧倒的な力を持つマスカレードに為す術無く蹂躙される――一つ違うことと言えば、今回は抵抗する戦力が居ないと言うこと。


 どう頑張ったって、戦って勝つことは無理。


 だったら、どうすれば良いのか。


(この場を生き延びるんだ。生きていれば、次に繋げられる――!)


 未來は、その結論に至った。


 確かに、現在のCBS本部には戦力が残っておらず、敵に抵抗する力は残っていない。


 だが、こうとも考えられる。


 ――この強襲で戦力を失うことも殆ど無い、と。


 ならば、状況を知る者が生き残りさえすれば……後に帰還した仲間たちに何が起こったのかを伝えることができれば……


 それが、この場においての彼女の役割であった。


(とにかく……総帥が言ってたキャスターが来るまでシェルターに隠れないと……!)


 目的地を目指し、本部内を走る未來。シェルターに逃れることができれば、自分の生存確立は大幅に上昇する。自分に与えられた役割を果たすには、それしかない。


 絶対に、合流しなくては。


 そして、とあるガラス張りの通路を渡りきるというまさにその時――


 天井を打つ氷の音が消えた。


「えっ……?!」


 なにがおきたのかと、少し引き返して通路のガラスから外を確認する。そんな彼女の眼には、何事もなかったかのようにただ降りしきる雨が映り込んできた。どうやら、氷の能力は解除されたらしい。


(もしかして、総帥が――)


 総帥があの敵を倒してくれたのかも――未來は、その一瞬でそう考えようとした。


 だが、それはあまりにも甘い考えだったようである。


 次の瞬間、今まさに未來が向かおうとしていた通路の奥から人がやってきた。


 ……いつもの、仮面を被った人物が。


「ま、まさか……こっちが氷の……!」


 後ずさる未來。あのフルフェイスが氷の能力者かと思っていたが、その認識すらも間違っていたらしい。まさか、これほどの強敵が二人も居るとは……状況は想像以上に最悪らしい。


 戦う術はない。後ろからは奴も迫ってきているだろう。


 孤立無援。一体、どうすれば良いのだろうか。


 必至に思考を巡らせる未來。


 すると、敵の背後に複数の人影が迫った。


 それは、CBSの職員と警備員たちだった。


「うおおおおお!」


「喰らええ!!」


 金属製の杖を振りかぶり、敵に突撃する職員たち。総勢7名による一斉攻撃が仮面の敵を襲う。如何に能力者といえど、これほどの集中攻撃を受けてはひとたまりも――


「ふッ……」


 その時、微かに笑うような声が聞こえ――


 次の瞬間、辺りに強力な冷気が吹き荒れた。


「ッ!!?」


 咄嗟に通路中央まで飛び退く未來。今の冷気を諸に浴びるのは……何かマズい気がした。


 そして、冷気が収まり……未來は、目の前の光景に目を疑った。


 時として人の直感は本人の命をも救う。


 どうやら、彼女のそれは正しかったようだ。


 敵に迫った職員と警備員……その全員は、今の一瞬で氷像のように氷漬にされていた。


「っ……だったらっ!」


 未來が拳銃を構えて敵へと発砲する。スタナーとは比較にならない攻撃力を秘めたそれは、この敵に対しても致命的なダメージを与えるはずだ。未來も、射撃の訓練は受けている。


 敵に弾丸が命中する。一発、二発。未來が不意討ちで放った弾丸が、確かにその胴体に風穴を開ける。


 だが……おかしい。


 弾丸をその身に受けたはずなのに、敵が怯む様子も、倒れる様子もない。


「まだ!」


 追加で弾丸を撃ち込む未來。しかし、同じ手を喰らうつもりはないらしい。敵は能力を発動して弾丸を凍らせてしまった。速度を失った弾丸が地面に落ち、パリンと言う音と共に砕け散る。


「くっ……」


 カチカチと拳銃のトリガーを鳴らす未來。無我夢中で撃っていたため、すでにカートリッジの中身が空になってしまったようである。これで、完全に抵抗する力は失ってしまった。


 頬を汗が伝う。依然として、敵は通路の奥に立ち尽くしている。やはり、こいつと戦うことは不可能だ。せめて、因子が戦闘タイプのものに変化していれば――


 と、その時。未來はあることに気付いた。


 何か、異様だ。


 目の前の敵からは……何も感じ取ることができない。


 殺意、苦痛――そういった感情や意志、覇気のようなものが、全く感じられない。


 先ほど遭遇したフルフェイスの敵とはまた違う意味で、化け物じみた……言うなれば、人間性がそぎ落とされたかのような、そんな雰囲気を放っている。


「……っ!」 


 踵を返して通路入口まで駆け戻ろうとする未來。このままでは絶対に殺されてしまう……そんな確信があった。逃げるにしたって、あいつを自分に近づけてはいけない。距離が必要だ。


 未來は通路入口を目指して必至に駆ける。


 だが、敵はそれを許してはくれなかった。


「クラッシュド・アイス」


 敵がドッジボール大の氷塊を手元で生成し、未來へと発射する。巨大な氷塊が未來の背中へと迫り――彼女の背中に到達する直前で、大破裂を起こす。


「きゃあ!!」


 全方向へショットガンの如く飛び散った氷の破片が、その場にあるもの全てを破壊してゆく。綺麗なガラス張りだった通路側面は跡形もなく砕け散り、通路の天井もどこかに吹き飛んで行ってしまった。


 床に倒れ伏す未來。彼女の背中に、冷たい雨が降り注ぐ。


 早く起き上がらなければ、敵に追いつかれてしまう。早く、逃げなければ――


 なのに……頭では分かっているのに、身体が動かない。


 動こうと、してくれない。


(……なんだ……私は……なんなんだ……?)


 割れたガラスを踏みしめながら、敵が近づいてくる。


 雨に打たれながら俯く未來。幸運なことに氷の破片は一つも未來を穿たなかったようだが……その心を穿つには十分すぎるものであった。


 逃げること――それすらも、自分にはもう無理なのだろう。


 未來は、頭ではなく心で理解してしまったのだ。


 ゆっくりと立ち上がる未來。


 ふと空を見上げる。


 頬を伝うこの雫は、果たして雨なのだろうか。


(私は――)


 その時……未來は、自然と口を開いていた。


「信じた運命の……今を壊して未来へ歌う――」


 それは、宿街祭の時……千空が作った曲だった。


 初めて未來が歌った、千空の曲。


 とっくに理由を失ったはずなのに……身体の奥底から、歌があふれ出る。


「いきなり目の前を塞がれて 敷かれたレールの理不尽に」


 自分はもう、死ぬのだろう。戦闘向けキャストを持たない自分では、この土壇場で逆転劇を見せるなんてことは不可能だ。そんな可能性は、一ミリだって無い。


「泣いて叫んで 己の無力を知った」


 それなのに――逃げることすらもできない自分は、どうして歌ってしまうのか。


 気づかせてくれたのは、脳裏に浮かぶ彼の姿だった。


(……そっか、そうだったんだ)


 どうしてこんな簡単なことにも気づけなかったのだろう。


 歌うことに、理由なんて必要なかったというのに。


 ただ、私は心から歌うことが好きだった。


「たどり着いたレールの先で 折れずに生きる輝きに」


 快復した喉が奏でるメロディは、とても綺麗で透き通っていて……ああ、この歌を最期に彼に聞かせることが出来ていたら、どれだけ私は幸せだったことだろう。これが、私が私なりに考えた、私らしい最後だった。


「ひどく奮えて 立ち向かう勇気を知った」


 歌いながら目の前の敵を泰然と見据える。そんな未來を不思議そうに眺めていた敵は、おもむろに腕を広げ始めた。きっと、能力を発動するつもりなのだろう。


「何もかもを失って 光も届かぬ奈落の底」


 それでも、心はもう揺れ動かない。


「ならば 今を変えろ 未来を変えたいなら」


 最後の一瞬は、強くあろう。


「自分をも超えろ 運命すら超えたいのだろう?」


 これは、私という名の終楽章(フィナーレ)――


「今、迷いも弱さも捨てて 一等兵のように」


 自分の人生に、誇りを持てるように。


「僕らはもう 戦ってるんだ」


 向こうで、笑って再会できるように。


「ほら、くすんだ運命だって 一等星のように」


 敵が氷の弾丸を作り始めた。


 サビももう、終わる。


「僕らこそが――」


 そして、最後の一フレーズを歌おうとするのと同時、弾丸が発射され――



「「あらがう勇者だ」」



 その時、二つ歌声がハーモニーを奏でた。安定した6度下の追走――だが、宿街という閉ざされた場所で公開されたこの曲に対して、そんなことが出来る人間なんて居るだろうか。


 彼女がそんな疑問を抱いている間にも、目の前の敵がぶっ飛ばされる。ただ一発の、なんてことのないパンチによって。


 そして、敵の前に一人の人物が立ちはだかる。


 フードとマスクで顔を隠した人物。


 でも、その背中は懐かしい雰囲気と頼もしさを纏っていて――


「まさか……そんなはずは…………」


 そう口にしつつも、胸が激しく高鳴る。


 間違えるはずがない。偽物なんかじゃあない。


 だって――


 身体が震える。心臓がはち切れそうなほど脈動している。


 そんな彼女に……その人物は優しく答えた。


「ごめん。やっと、やっと言えた」


 その声は紛れもなく――〝彼〟のものだった。

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