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12話 革命のプレリュード 123項「意志の力」

 優奈が敵を追ってビルを飛び出してから数分。インペリアル・シティ・ビル――腐蝕による甚大な被害を受けていたこのビルでは、非常に落ち着いた避難が行われていた。


 優秀な指揮役の楓が優奈のサポートに付いたため、本来ならばこの現場は相当な混乱を極めるはずであった。いかに公安の校章を持つ毒島が居たとしても、この規模のパニックをどうにかできる道理はない。


 だが、そうはならなかった。


 それは、毒島が〝奥の手〟を使ったから。


 腐蝕による浸食が止まったビル。


 その代償は、大きかった。


「あ、居た! ぶっさん!」


 二階通路の壁にもたれながら一階ロビーを眺める毒島に、腐蝕の敵を引きずりながら優奈が歩み寄る。彼女もかなりのダメージを受けており、服の至る所が血で滲んでいた。


「おう、ビルの腐蝕はなんとか食い止めたぞ」


「ええ、そうみたいね」


 優奈が周囲に目をやる。腐蝕によるビルのダメージは、彼女がこの場を離れてからあまり変わっていないように見える。それは、彼が腐蝕を食い止めたのだと言うことを如実に物語っていた。腐蝕の敵が倒れるのを待っていたら、この程度の被害では済んでいない。


『外の様子も大丈夫そうだよ! 道路も車も殆ど無事みたいだし、怪しいやつもいないよ!』


 ドローンで街中を確認していた楓からも嬉しい連絡が届く。腐蝕を受けた車も殆どがタイヤの部分で浸食が止まっているらしく、廃車になることはまずなさそうとのことだ。


 無人車が突っ込んだ店舗についても、既にCBSのメンバーが事後処理にあたっている。今のところ怪我人が出たという報告もない。


 付近に怪しいやつも居ないようだし、ひとまずは安心しても良さそうである。


 通路脇の壁にもたれかかって一息つく優奈。


「それにしても、一体どうやって腐蝕を止めたのかしら?」


 優奈が尋ねる。それは、あの後の毒島の行動を知らぬ彼女にとっては当然の疑問であった。


 だから、そんな彼女の疑問に毒島は静かに答える。


「……『BANISH』。伝子へ干渉するあらゆる意志を消失させる――これが俺の能力だ」


「そうだったのね……」


『うそうそ、ぶっさんってキャスト持ってたんだ!?』


 衝撃的な告白に、対照的な反応をする二人。楓は寝耳に水だったようだが、優奈はなんとなく予想できていたような素振りである。


 その時、優奈が毒島のとある異変に気付いた。


「ぶっさん、その腕……」


 目を丸くする優奈。布に覆われていて気付かなかったが……彼の腕、何かがおかしい。


「気付いたか」


 毒島が布を取り払い――現れたのは、この世に存在するにはあまりにも現実味のない風貌。


 それは――白い毛に覆われた獣のような腕。


 失われていたはずの彼の右腕が、異形の形となってそこに存在していた。


「……そういうことね」


「理解が早くて助かる」


『え、なになに? なにがあったの?』


 焦りながら尋ねる楓の心配をよそに、優奈はとあることを思い出していた。


 それは、楓が入院したときに聞いた話――因子の変化にまつわる話であった。


 因子は「存在としての本質」である。そして、因子が変質している状態でキャストを使えば、使用者本人の「存在そのもの」すらも変化してしまう。だから、因子が変化した者はキャストを使うことを禁止されるのだという。


 ――もしも、キャストの使用を禁止されている者がそれを発動してしまったら……存在そのものが変化してしまったら、どうなってしまうのか。


 今の毒島がその答えであることは、火を見るよりも明らかだった。


「俺が元々持っていた能力は『意志の阻害』だった。どれだけ対象が動こうという意志を持っていても、体にその意志が伝わらなくなり、動くことができなくなるというものだ」


 もっとも、財団に入る前に因子が変化しちまったがなと付け加える毒島。


「それで、今の能力が『意志の消失』ってわけだ。意志そのものを消しちまうもんだから、キャストの影響も消え去るってワケだ」


 毒島がやれやれと一階ロビーを見下ろす。彼自身の精神性が変わっていないため似たような能力になっているが、その本質は『阻害』と『消失』であり、随分と違うものであった。


 キャストとは、意志が念波として伝子に伝わることで効果を発揮する。伝子は意志を反映する性質を持つため、念波によって伝えられた意志にあわせて現実を変化させる。


 では、毒島のキャストによって意志そのものが消失してしまった場合どうなるのか。答えは単純で、伝子が意志を受け取ることはなくなり、既に受け取った意志も消失する。つまり、あらゆるキャストの影響がきれいさっぱり無くなるということである。


 今まさに、このビルで腐蝕が食い止められたように。


 それが、毒島のキャスト「BANISH」の正体であった。


『ってことは……私も因子が変化してたら大変だったってこと?』


「そういうことだ。だからこそ、検査結果が確定するまでキツく禁止してただろ?」


『そっか……でも、こんなにも重大なことだなんて思わなかった』


 しゅんとする楓。自分も今の毒島と紙一重の状況にあったわけなので、そうなるのも無理はないだろう。その声だけで、彼女がどういう顔をしているのかは容易に想像できた。


 ふと、優奈が尋ねる。


「ぶっさん……その能力、使うの初めてじゃないわよね」


 あまりにも突飛な質問。この状況で、どうしてそのような問いが生まれるのだろうか。


 だが、そんな質問を突きつけられても、毒島は表情一つ変えなかった。


「……というと?」


 まるでそう尋ねられると分かっていたかのように、落ち着いて問い返す毒島。


 そんな彼に、彼女は答える。


 この短時間で気付いた、ある可能性を。


「財団襲撃事件で、この能力を使ったんじゃないかしら」


 彼女の言葉に、毒島はふっと鼻息を漏らした。先ほど「BANISH」を発動したときのように、その顔は安らかで――


「よく分かったな。ああ、使ったよ。それで、異形化した右腕と右目を失ったわけだ」


 それこそが、真実だった。


 財団襲撃事件が起こったあの日――毒島は望月大地を助けるため「BANISH」を発動した。結果として彼を助けることはできなかったが、毒島は望月を助けるために自分を犠牲にしてでも能力を発動したのだ。


 もちろん、彼がキャストを持っているという情報は厳重に管理されていたので、彼が能力を使ったことにマスカレードが気付くことはなかった。


 だが、財団の人間は違う。


 財団の人間は、毒島が変質した因子を持っているからこそ彼を財団に引き入れた。だから彼らは、毒島が能力を使ったこと、それによって毒島の身に起こったこと、それらを十分に理解することができた。


 そして彼らは、異形化した部位を彼の体から切除したのである。そのままでは、彼は外を出歩くことすら困難なのだから。


『でも、財団襲撃事件で失ったって……』


「敵の攻撃で失ったとは一言も言ってないぞ」


「襲撃事件で失ったと聞いたら、大概の人間はそう思うでしょうけどね」


 肩をすくめて苦笑する優奈。


 そんな彼女を見て、思うところがあるのか毒島は神妙な顔で口をつぐんだ。


 少しのあいだ唇を噛み……ほどなくして口を開く。


「俺は今日、もっと早く能力を使う決断をするべきだった。俺の責任だ」


 その視線の先には、優奈の右腕があった。腐蝕を回避するために、上腕から先が切り落とされた腕が。あの時、すぐに毒島が「BANISH」を発動していれば……彼女の腕は、無事だったかも知れない。


『そっか……優奈さんの腕……』


「……」


 深く頭を下げようとする毒島。


 しかし、優奈はそれを遮った。


「それは違うわ、ぶっさん。むしろ、これで良かったのよ」


 どういうことだと頭を上げる毒島。


 そんな彼に、優奈は袖をまくり右腕の上腕部分を見せた。


「これは……やけに節が多いが、竹のようだな。いや、まて……その竹、さっきよりも伸びていないか?」


 驚いたことに、彼女の腕――もとい竹は、先ほど優奈が切り落とした地点よりも長くなっていた。確かに竹は成長が早いと言うが、こんなにも早く伸びる竹など現実には存在しない。おそらく、節を多く作られた彼女の竹独自の性質なのだろう。


 だが、驚くのはまだ早かった。


「まてよ……竹になっていても、それはお前の腕そのもの……まさか!」


「ええ、その通りよ。この竹はあたしの腕そのもの。そしてこの竹は『腕の本来の状態』を知っている。だから、この竹には元の状態まで再生しようとする意志がある」


「!!」


 仮に切断された腕を竹にしたところで、自己修復の意志は無い。その竹にとっては、腕が欠損した状態こそが本来の状態なのだから。


 しかし、この竹は欠損していない状態の腕から作られた。この竹にとっては、欠損していない状態こそが本来の姿なのだ。ならば、この竹には、切断されても元の状態に戻ろうとする意志がある。健康な腕がある状態まで生長しようとする力がある。


 つまり、彼女の腕そのものである竹が生長したのならば……この竹が生長しきったのならば、彼女の腕は完全な復活を遂げると言うことである。


『じゃあじゃあ、優奈さんの腕は元に戻るんだ!』


「ええ。あの時、ぶっさんが能力を発動していたら――この竹が生長することはなかった。完全な状態で復活させることは不可能になっていたわ。だから、これが一番良かったのよ」


 毒島が能力を発動して腐蝕を食い止めたとしても、直触りによる腐蝕を受けていた彼女の腕は既にボロボロだった。切断は免れたとしても、快復不能なレベルのダメージであったことに間違いは無い。


 毒島が能力の発動に二の足を踏んでいたからこそ、竹の「生長する」という意志が消えずに残り、結果として優奈の腕は快復することができるのである。


「それに、その能力は一度使えばそうなるのでしょう? 敵の数も分からなかったあの状況で、切り札を敵に見せるようなことはするべきじゃないわ」


「……それもそうだな」


 納得したように答える毒島。


「ビルの損害は大きかったが……うむ、一般人からも俺たちからも犠牲は出なかった。今回は十分の成果と言っても良いだろう」


 毒島が満足げに腕を組んでうなずく。そういう彼の腕は著しいダメージを受けているのだが、自分のことをあまり気にしないところは、むしろ彼らしいと言えた。


「さて、こいつが起きたら色々と尋問してみましょう。インナーローダーを破壊したから、記憶も消されずに残っているはずよ」


「うむ、貴重な情報源だからな。とりあえず、場所を移動するか」


 そうして、楓が待機しているCBS特殊護送車両へと向かう毒島たち。現場の後処理はCBSメンバーに任せれば良いので、あとは気楽なものであった。


 かくして、アルメリカ――ネオ・シティでの戦いは幕を下ろした。街への被害は多少あったが、その殆どが軽微なもの。テロへの対応としては、十分すぎるものであった。


 だが、テロの標的はここだけではない。


 他の戦場では、未だ激しい戦いが継続していることだろう。


 そして――


 各地で戦う公安の一員たち。


 彼らは、誰一人として重大な見落としに気がついていなかった――

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