12話 革命のプレリュード 122項「天命の獄と泡沫の衝波 その3」
静也自身、自分がどうして無事だったのか理解できなかった。
いや、理解できなかったのはほんの一瞬で、心の奥底では感覚として理解できていた。
自分は、咄嗟に能力を発動していたのだ。
それも、「INSIDE」ではなく……進化した能力を、無意識のうちに。
今こうして敵に対して向かい合うことができているのは、それが理由。
「お前が能力を解除してボクから離れてくれたのは……砂煙が晴れてボクが生きていることが知られる前に離れてくれたのは、本当にラッキーだった。おかげで、スタナーでお前を撃ち抜くことができたんだからな」
酷く動揺するホイールに告げる。静也が放ったのは、紛うこと無きデキャストモードの光弾。頭部に当てることができれば対象の能力を完全に封じることができる、起死回生の一発。
飛行機に視線を移す静也。そこでは、足が地面から離れることに気付いた関係者たちによって、乗客の救出が開始されようとしていた。どうやら結合の能力は完全に解除されたようで、もう心配は要らないだろう。
「静也さん! 良かった、無事だったんですね!」
「……無事とは言いづらいけどな。ま、心配する必要が無いのは確かさ」
爽やかに笑う静也。ダメージを負っているので無事とは言えないが、致命傷は負っていないので、真佳に心配させるほどのことではないのも事実であった。
「ホイール、こっちへ来い!」
「あ、ああ!」
オレキに呼ばれ、静也に背を向けるホイール。オレキの能力は健在なので、彼がシャボンを発動している限り、ホイールにとって一番安全なのは彼の側であろう。
だが、静也はそれを許さなかった。
背を向けたホイールに対し、後ろからスタンモードの光弾を撃ち込む静也。電流を通さないローブを来ていたようだが、それは先ほどのシャボンでボロボロに崩れ落ちていた。
「残念だったね。悪いけど、ホイール君の身柄は確保させてもらうよ」
どさっと倒れるホイールの後ろに立ち、スタナーのバッテリーを交換しつつ宣言する静也。
武器も失った。能力も封じられた。そして、スタナーで気絶させられた。
もう、ホイールにはどうすることもできないだろう。
「くそ……ポンコツがよぉ!」
顔をしかめ悪態をつくオレキ。だが、そういうオレキはオレキで足を破壊され動けない状態になっている。この二人に、ここから逆転するプランなどもう残されていなかった。
さらに、オレキに追い打ちをかけることが。
「静也さん、シャボンは全て喰い尽くしました。先ほどのように拡散型のシャボンが来ても、おそらく対応できるはずです」
「本当かい?! さすがは真佳だな!」
オレキにとって頼みの綱だっただろうシャボンも、真佳が既に対策を見つけたらしい。
完全に、詰みである。
「それじゃ――」
スタスタと歩き、床に這いつくばるオレキへと詰め寄る二人。
「さあ、どうするんだ?」
見下ろすように問いかける静也。真佳も、そのドラゴンアームをオレキの首元へ迫らせる。
孤立無援。満身創痍とは、まさにこの男のことを言うのだろう。
「……」
二人に詰め寄られ、沈黙するオレキ。先ほどまでの威勢は、もう何処にもない。
「改めてキミには礼を言うよ。動けないボクの代わりに、シャボンで皮膜を破壊してくれたんだからね」
追い打ちをかけるように告げる静也。事実、先ほど静也が動くことが出来たのは、破壊のシャボンにより身体と結合している皮膜が破壊されたからであった。
「さあ、抵抗する気が無いなら終わらせようじゃないか」
喋らなくなってしまったオレキに静也が手を伸ばす。
仮面を外せば、デキャストモードのスタナーを撃ち込めるだろう。
そうして、オレキの素顔が顕わになり――
静也と真佳は、背筋が凍るような感覚に襲われた。
仮面を外されたオレキが――笑っていたのである。
「「?!」」
何かただならぬものを感じ、咄嗟に後ろへ飛び退く二人。
こんな状況で、どうして笑っているのだろうか。
すると、真佳が思い出したように口を開く。
「そういえば……! この男は、宿街に攻めてきたときもこんな感じでした……!」
「どういうことだい?」
「はい。実は――」
静也に事情を説明する真佳。宿街にオレキが攻めてきたとき、こいつはとんでもない方法で逃げ延びたと言うことを。絶体絶命の状態から、末恐ろしい覚悟と精神力で生還したことを。
そして、その精神力は――今だって健在だろうと言うことを。
真佳の説明に顔をしかめる静也。こいつは、想像以上に底が知れない奴のようだ。
「一体、今度は何をするつもりなんだ……?」
オレキへの警戒を強める静也と真佳。
その時、地面の上で不敵に笑うオレキが能力を発動した。
それは二人にとって、あまりにも想定外で衝撃的なものであった。
「泡沫の衝波――壊れて消えろ!」
オレキが叫ぶと同時、奴を囲うようにしてシャボンが生成された。シャボンに人が入っているという、およそテロの現場にはそぐわないようなメルヘンチックな光景になっているが……どうやら、現実はそうふわふわしたものではないらしい。
オレキを包んだシャボンが、周囲を破壊しながらどんどんと巨大化していく。
「おいおい……マジか」
「まさか、無差別に空港を破壊するつもりでしょうか?!」
半径2m、3m……シャボンが広がる速度がかなり早い。しかも、どうやら破壊力までかなり強化されているらしい。真佳がドラゴンアームで攻撃するも、最強と呼べるその腕は一秒とせずバラバラに崩壊してしまった。
スタナーによる光弾やホイールから奪った拳銃も試してみるが……やはりダメである。真佳のドラゴンアームでさえも一瞬だったのに、それらが能力に耐えうる道理はなかった。苦し紛れに撃ったそれらの弾は、シャボンの膜に触れた瞬間、水に落ちた綿飴のように消え去ってしまった。
「くっ……」
地面に膝を突く静也。致命傷ではなかったとはいえ、やはり先ほどのダメージは大きかったようである。今になって、体が思うように動かなくなってきた。
「ま、まずいです……このままじゃ、空港が……!」
珍しく真佳も冷や汗を流している。ドラゴンアームが通用しなかった以上、彼に打つ手はない。静也も、もう動けそうにない。
このまま空港を破壊されるのを見ていることしか出来ないのだろうか。
……いや。まだだ。
まだ一つ、可能性は残されていた。
「静也さん……先ほど、静也さんはシャボンの破壊から逃れていましたよね……?」
真佳が静也に尋ねる。
それは、先ほど無意識に発動した彼の能力についてだった。
「それは……ボクの進化した能力のことかい?」
「あれを、僕にかけて下さい。いつも、『INSIDE』をかけてくれるように」
真剣な目で静也に訴えかける真佳。その目には、一切の曇りのない覚悟が現れていた。
静也は考える。果たして、彼の願いを聞き入れても良いのだろうかと。
(ボクの新しい能力ならば……もしかしたら、あの攻撃にも耐えられるかも知れない。だが……完璧には成長し切れていない能力をぶっつけ本番で使うなんて……もしダメだったとき、真佳は死ぬんだぞ……?)
逡巡する静也。確かに先ほど自分は能力で生き残ることができたが、同じ事がもう一度できるとは限らないし、そもそも威力が上がった今のシャボンを防げるかも未知数だ。
どうする……心の中で自分自身に問いかける静也。
本当に、自分にできるのだろうか――
その時、静也は思い出した。
いや……違うだろと。
カジノで心愛と戦ったとき、自分は見つけたじゃあないかと。
だから、静也は問う。
「ボクを、信じるというのかい?」
「あたりまえです」
一瞬の迷いもなく答える真佳。そんな彼に、静也はふっと笑いかけた。
やわらかい笑みと共に、告げる。
「なら、ボクも信じよう」
自分のことを信じてくれる真佳を、そして、真佳が信じてくれた自分自身を。
静也は、信じることにしたのである。
「いくぞ、真佳。発動できるのはまだまだ一瞬が限界だ。タイミングを合わせるんだ」
「はい!」
新たにドラゴンアームを作り出し、オレキに対して構える真佳。シャボンは半径10メートルほどの大きさまで膨張しており、既に建物の一部は球状にえぐり取られていた。
一刻の猶予も、残されてはいない。
「よし……準備はできたぞ!」
「行きます!」
静也の合図を受け、真佳が走り出す。目指すはシャボンの内部――オレキにスタナーを撃ち込むことができれば、全てが終わる。
だが、静也が能力を発動するタイミングを誤れば……真佳はその痕跡を一切残さずに、粉微塵になって死ぬだろう。膨張を続けるシャボンまでの距離は20メートルもない。運命の瞬間は、ほんの2、3秒でやってくる。
それでも……二人にできることは一つだけ。
自分と仲間を信じ、ただ自分の役割を果たす。
ただ、それだけだった。
真佳の身体がシャボンへと急速に近づいてゆく。10数メートル先に居る真佳とシャボンの距離感など、本来ならば静也に分かるはずはないだろう。コンマ数秒という単位でそのタイミングを計れるなど、ありえない話だ。
しかし――静也は理解できた。
魂が「今だ」と教えてくれたかのように、そのタイミングが手に取るように。
「『INTACT』!!」
静也が叫ぶと同時、真佳の身体が淡い光に包まれる。
見たこともないような柔らかい光が、真佳を覆うようにして照らしてゆく。
それはまるで、女神がその繊手で優しく包み込むかのようで――
――真佳の身体は、シャボンの内部へと到達していた。
「!?」
オレキが驚愕の表情を浮かべつつも、真佳へシャボンを飛ばそうとする。
だが、それは叶わなかった。
「し、しまった……ここはシャボンの中……ッ!」
自分を囲むシャボンドームを見て、焦りの声を漏らすオレキ。
能力は精神の力。こうしたいという願いが、その力の源だ。
ならば、シャボンの中でシャボンを使いたい――そう言う願いが能力に定着していなければ、それは叶わない。日頃からそう願っていなければ、叶わない。
シャボン内に敵が入ってくると言う状況を想定していなかったオレキにとって、シャボン内でシャボンを使うということは不可能なことだったのである。
「ならば――」
「いいえ。これで、終わりです」
懐から何かを取り出そうとしたオレキに、何の慈悲もなくスタンモードのスタナーを撃ち込む真佳。すると、地面に崩れ落ちるオレキの手から携帯爆弾が転がり落ちた。この期に及んで爆弾は持ち歩いていたらしい。先にスタンモードで撃ち抜いたのは正解だったようだ。
次いで、デキャストモードの弾丸を頭に撃ち込む真佳。直後、周囲を破壊していた巨大なシャボンドームが消滅する。これで、完全に終わったようである。
「終わりました。静也さん」
ドラゴンアームでオレキとホイールを鷲づかみにしながら、にこやかに告げる真佳。その表情からは、直前まで生きるか死ぬかの賭けに出ていたことなど微塵も感じられなかった。
それはきっと、真佳が静也のことを信じていたから。
彼が静也の能力を疑い、少しでも躊躇し、シャボンに触れるタイミングが一瞬でも遅れたのなら……彼は今、ここには居ないだろう。
この結果は、仲間を信じることができたからこそのものであった。
「後は、こいつらを引き渡すだけってわけだな……っと、流石にまだ無理そうか」
デッキのフェンスに掴まりながら立ち上がろうとしていた静也が、よろけて座り込む。シャボンのダメージだけでなく、彼は新しい能力を発動している。それも「あらゆる影響から対象を守る」という、負荷の大きそうな能力だ。しばらくは動けなくても無理はないだろう。
「周囲に敵の気配はありません。静也さんは少し休んでいて下さい」
それに……と、真佳が炎上している飛行機へと視線を移す。そこでは懸命な消火活動が行われているが、どうにも慌ただしい様子はない。機内に人が居る様子も……既に無かった。
「脱出は完了したみたいですよ。見たところ、犠牲者もいなさそうです」
落ち着いた声で静也に伝える。どうやら、二人はタイムリミットに間に合ったようである。
「飛行機が一機と、このデッキ周辺か。これは、被害を抑えられたと言えるのかい?」
「どうでしょうね」
肩をすくめる二人。デッキはともかく、大型旅客機を一機まるまる炎上させられているので、被害額は数百億円という額になるだろう。軽微な被害で済んだネオ・シティと比べると、ニューアンジェルスでの防衛は成功と言いづらかった。
とはいえ、飛行機への攻撃については対策のしようなど無かったのも事実。敵の能力が分からない状態で、先制攻撃されているのだから。
静也と真佳は、十分与えられた役割を果たした。そう考えても、問題は無いだろう。
「あ、ぶっさんから連絡です」
すると、タイミングの良いことに毒島から連絡が入った。もしかしたら向こうも敵を撃退できたのかもしれないと、目で静也に合図をしてから通話に出る真佳。
とにかく、これでひとまずは一息つくことが出来るだろう。
そんな考えで連絡を聞く真佳たち。
……しかし、どうやらそれは少し楽観的すぎたらしい。
毒島からの連絡――それは、敵との戦いに勝利したばかりの二人に対して、あまりにも大きな絶望を与えることになった。




