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12話 革命のプレリュード 117項「テロ対策本部」

 CBS本部――大会議室。


 CBS内でもっとも厳正とされるこの部屋では、今まさに、過去に例を見ないほどの作戦会議が行われようとしていた。


「よしよし、皆、集まってくれたな」


 ラヴビルダー総帥が腕を組みながらうんうんと頷く。そんな彼女に注目するのは、マスカレードへの対策として選び抜かれた戦士たち――CBSおよびラヴビルダーの精鋭、そしてアイズホープのメンバーである。


 CBSより、幹部3名。


 ラヴビルダー総帥〝天宮(あまみや) 結心(ゆい)〟率いるチームより、総帥含め全5名。


 アイズホープより、全6名。


 コの字型の会議机を埋め尽くすほどの人員が、静かに天宮を見据えている。


 それが、この場に集った戦力の全てであった。


 全員の意識が自分に向いたのを確認すると、総帥――天宮は会議を開始した。


「端的に伝える。私の部下アシュレイが、マスカレードが起こそうとしている全世界同時テロについての情報を送ってくれた」


「「!?」」


 天宮の言葉に会議室がざわつく。彼女の言葉が本当ならば、ここにいる者たちはこれから現実離れした難易度の任務を開始することになる。


 全世界同時テロ――マスカレードは、一体何を起こそうとしているのだろうか。


 顔を見合わせる参加者たち。組織の意図を、全く読むことが出来ない。


 だが、気になるのはそれだけではなかった。


 組織の機密情報を送ってくれたアシュレイ――それは一体、何者なのだろうか。どうして、そんな情報をここへ送ることが出来たのだろうか。


 ラヴビルダーメンバー以外の誰もが、そんな疑問を抱いたことだろう。


 しかし、その人物に心当たりのある者がいた。


「もしかして、この間停止コードを送ってくれた……」


 その発言者は、真佳だった。彼は覚えていたのだ。宿街でSCが暴走したあの日――SCを暴走させている端末の停止コードを送ってくれた人物が、確かにいたことを。


 そして、その推測は正しかったらしい。


「うむ、その通りだ」


 天宮がもったいぶることもせず肯定する。つまり……アシュレイという人物は、組織に気付かれることなくSC暴走の計画を知り、端末の停止コードを入手することができる人物であるということ。そして、組織に気付かれることなくテロの計画を知ることが出来る人物であるということ。


 どう考えても、普通のメンバーではそこまでのことは出来ない。マスカレードの内情をそこまで知ることは、草食動物が肉食動物に勝つことと同じくらい不可能である。


 であれば、考えられる答えは一つ。


「つまり……スパイということですね」


 優奈がぽつりと呟く。彼女も停止コードの件はよく知っているので、真佳と同じく真相をすぐに理解することが出来たようだ。


「そうなのよぉ。でもぉ、今回は結構焦ってるみたいだったのよねぇ」


「そうなのかい?」


 様子がおかしかったと話すジャスリーンに静也が尋ねる。彼女が言うには、今回のアシュレイは少し焦っているような雰囲気があったのだという。


 というのも、いつも送ってくる書簡は丁寧に情報が整理されているらしいのだが……今回はかなりの殴り書き、それも必要な情報だけを急いでまとめたような感じだったのだという。


「おそらく、停止コードを送ってくれたときに怪しまれたんだろう」


 申し訳なさそうに天宮が見解を示す。停止コードを入手するには組織の端末にアクセスしてダウンロードする必要があるので、アシュレイはかなり危険なアクションをしたことになる。


 そこまで大胆な行動をすれば当然、組織にも何かしら感づかれる可能性がある。これ以上怪しい動きを見せるのは自殺にも等しいわけだが、テロの情報はこちらへ送らなければならないわけで……今回の書簡に焦りの色が現れていたのは、それが理由だろう。


「書簡以外で連絡できれば、多少は楽になるかもしれんが……」


 書簡の受け渡しも、組織の目を確実に盗んで行う必要がある。口で言うのは簡単だがそれは極めて困難なことなので、情報の入手以前にそもそも連絡すること自体が大変なのである。


「でもよぉ、連絡手段はそれくらいしかねぇだろ」


「うむ」


「じゃあじゃあ、ルミナス回線で通話するっていうのは?」


「あ、えっと……それは多分一番危険です……」


 楓の出した意見も、「最適解」の力を持つラトゥーナがすぐさま否定する。


 まず前提として、マスカレードはかなり周到に部下の監視を行っている。それは、カジノでアイズホープを逃がそうとした心愛がすぐさま感知されたという例から考えても明らかである。プライバシーなど関係ないと言わんばかりの監視が、マスカレードのメンバーに対しては行われているのである。


 ならば、マスカレードはメンバーがいつどういった通信を行ったかなど確実に把握しているはずだ。たとえルミナス回線を使用していたとしても、そもそも「ルミナス回線」を使用したという事実が、裏切りを裏付ける証拠となるのである。そしてそれは、書簡などの物理的なやりとりよりも確実にデータとして残る。


 アシュレイがあくまでも物理的な手段で情報を送ってくるのは、そう言う理由があるからなのであった。


「ともかく、アシュレイのことを心配していても仕方が無い。彼は優秀だ、心配は要らん」


 そう告げる天宮の瞳は、彼への絶対的な信頼に満ちていた。きっとアシュレイは、これまでもずっと天宮の期待に応え続けてきたのだろう。


 ならば、この場にいる皆も彼を信じるしかなかった。


「それで、テロの予定日時と場所は分かっているのでしょうか?」


 CBS幹部の一人――赤髪の女性が天宮に問う。


「時刻までは分からないが、日付はアルメリカ時間の6月10日。場所はアルメリカのニューアンジェルスとネオ・シティ、日ノ和の杏都、ユーロピアのブロード・リバー、そしてシンガロールだ」


 天宮が手元の端末を操作すると、スクリーン上の世界地図にテロの攻撃対象を示す赤いピンが散らばった。東西南北、綺麗に分散している。


「見事に大都市だらけですね。現地への避難勧告等はどうしましょう」


 茶髪のCBS幹部が訪ねる。大都市となれば当然のように人も大勢いるので、事前にある程度の対策はしておきたいところだが……残念ながら、それは不可能らしい。


「えっと…………しないほうが良さそうです……」


 ラトゥーナが答える。それは、ぱっと聞いた感じでは、一般人への危険が大きい判断であるように思えた。


 だが、彼女の答えは絶対だ。彼女の最適解の能力がそうだと告げたのならば、数ある選択の中で最も確実なものなのである。


 その証拠に、彼女の判断が合理的であることは少し考えれば簡単に理解することが出来る。


 組織は現在、テロの情報が公安組織に洩れていることを知らない。そんな状態で各国がピンポイントでテロの対策を行えば、組織はテロの攻撃対象を変更する可能性がある。そうなれば、アシュレイがリスクを冒して送ってくれた情報が無意味になってしまう。


 一方、あえてテロ起こす直前で撃退するという方法を取れば、テロを起こすためのリソースを潰すことができる。リソース自体を奪えるので、組織が次のテロを起こす可能性も最小限まで減らすことが出来る。


 まさに、現時点で公安が取ることの出来る最適解であった。


「ふむ。少数精鋭で迎え撃つという形だな……配置はどうするんだ?」


「アルメリカの攻撃対象はニューアンジェルス国際空港とインペリアル・シティ・ビルだ。空港には静也と真佳を回したい」


 天宮が答える。ニューアンジェルス国際空港は一日に20万人以上が利用する施設だ。流石にこれだけの人間がいるところで化学兵器などという非人道的なものは使わないだろうが、万が一と言うこともある。最悪の事態を想定するのであれば、静也の配置は必至であった。


 また、真佳の配置についても理由がある。これだけ人が多いところで行動させるとなると、どうしてもキャストを使っているところを誰かには目撃されてしまうわけだが……UMCとして公開していた彼ならば、目撃されたときのダメージが少ない。


「わかった。二人も問題ないな」


「もちろんさ」


「はい、大丈夫です」


 担当を告げられた静也と真佳が頷いたところで、天宮は次なる配置を告げる。


「次に、インペリアル・シティ・ビルについてだが……こっちは優奈と楓に任せたい。余り派手な動きは出来ないしな。毒島殿も補佐に回ってくれ」


「わかったわ」


「うんうん、頑張ります!」


「うむ、妥当だろうな」


 天宮の指名にそれぞれ返事をする三人。


 優奈の能力は物質の植物化。真佳と同じく攻守優れており、加えて発動時に音がしないので静かに行動する任務にも適している。当日は騒がしいロビーや展望台だけでなく静かなオフィスフロアでも行動することになるので、エルフォードやレオーネたちよりも適任だろう。


 楓についても同じ事が言える。静かな現場で通話を行えば音で警戒されてしまう恐れがあるので、「ARIA」による無音コミュニケーションが出来る楓は真価を発揮してくれるだろう。


 インペリアル・シティ・ビルに二人が配置されたのは、やはり合理的と言えた。


「後はブロード・リバーとシンガロールだな。前者の攻撃対象は国会議事堂、後者の攻撃対象はクロワッサンズ・ラグーンとなっているが……ここは現地のキャスター組織に任せることにする」


 スクリーンから離れ、空いていた真後ろの議長席に戻る天宮。これでコの字型の机全ての席が埋まったことになる。


「ということは……公安連合には伝達済み、ということでしょうか?」


 先の二人とは別――白髪のCBS幹部が訪ねる。CBSやラヴビルダーは原則として他国のキャスター組織と連携を取っていないので、テロの情報を伝達するには公安連合を通す必要がある。他国の組織が既にテロのことを知っているのであれば、それは公安連合にも情報が行っているということを意味する。


 だが、それに対する天宮の答えは意外なものだった。


「いや、公安連合には伝達していない。あくまで他国のキャスター組織への書類送付を頼んだだけだ。極秘文書扱いで提出したから、内容までは公安連合も知らない」


 肩をすくめる天宮。彼女がそうしたのにも、勿論理由があった。


 公安連合は世界の安寧を保つための組織だ。当然、どこかの国でテロが行われるのであれば、その国の公安組織にその対策を講じさせるのも役割の一つである。


 だが、公安連合には多くの国が加盟している。そこで全世界を対象としたテロが行われるなどと言う情報が共有されてしまえば、混乱する国も出てくるだろう。テロの対象となっていないのに勝手に対策を始める国が出てくる可能性もあり、それをマスカレードが知れば計画を変更してしまうおそれもある。あまりにもリスクが大きすぎる。


 公安連合には黙っておいた方がよい――それがラトゥーナの出した最適解であった。


「まあ、自国くらいは自分で守ってもらわんとな」


 ともかく、これでユーロピアとシンガロールのテロ対応についても目処は付いた。その二国にも強力なUMCの情報があるらしいので、おそらく問題なく対処してくれるだろう。


 さて、これで4つの地点は配置が完了した。


 しかし、まだ残っている場所がある。


「ところで、日ノ和はどうするんだ?」


 毒島が天宮に尋ねる。ユーロピアとシンガロールの対応はそれぞれの国に任せるようだが、日ノ和のキャスター組織は現在アルメリカへ配置されており不在であるため、これでは日ノ和を守る者がいない。


 そういうわけで、アイズホープメンバーは不安の色を浮かべていたのだが……そんな彼らににやりと笑みを浮かべる天宮を見るに、どうやらそれは杞憂だったようである。


「杏都にはMES財団があるだろ? そこのキャスターに対応してもらう」


「なるほど、考えたな」


 顎をさすりながら頷く毒島。MES財団には、アイズホープ結成前のキャスターが多く所属している。財団襲撃事件でもその能力を遺憾なく発揮していた彼らに日ノ和を任せるのであれば、これより安心できることはなかった。


 その時、レオーネがとあることを口にした。


「って、俺らはどうすんだよ。これだけの一大事に、なんの役割も無しか?」


 それはもっともな疑問だった。既に全ての配置が確定しているのに、天宮のチームを含めラヴビルダーメンバーは誰一人として配置されていなかったのだから。


 だが、やはりそれも要らぬ心配だったようである。


「実はとある情報が入っていてな。お前たちにはそっちの調査に向かってもらう。他のチームにも、別の任務を割り当てるつもりだ」


 神妙に告げる天宮。その瞳には全てを見据えているかのような凄みがあり、そんな彼女の瞳に当てられたラヴビルダーメンバーはいつになく真剣な面持ちになる。


「……承知した」


 ただ一言、エルフォードが呟く。情報や調査の内容について、この場で触れることはしないという判断を下したのだろう。それも、今の一瞬のうちに。


 調査を行うメンバー当人でさえ知らされていない情報。おそらく、この場ではラヴビルダー総帥である天宮しか知らないであろう情報。


 一つ言えることは、それが絶対にこの場で開示出来ない情報だということのみであった。


「まあ、大まかにはこんなところだ。それと……アイズホープの皆に、一つだけ伝えておきたいことがある」


 すると、天宮が突としてそんなことを告げた。配置を伝えているときよりも鋭くなった瞳で、アイズホープのメンバーをぐるりと見回す。


 そうして一人で頷いた天宮は、ふいに会議机の上へととあるものを転がした。


「ここからは、殺しをせずに解決するという考え方は通用しない」


 彼女が机の上に放ったもの……それは、拳銃であった。スタナーなんかとは違う、実弾を込めて、人を殺すことの出来る武器。アイズホープメンバーの誰もが、その意図をくみ取ったであろう。


「なるほど、ね……」


 彼らが思い出すのは千空の姿。相手は、こちらを殺すつもりで攻撃してきている。相手を殺さないなどという生半可な考えで挑んで、無事で居られるはずがなかった。


「殺す覚悟がなければ、逆に殺される……そういうことか」


 だから、理解したかのように呟く静也たち。


 しかし、天宮の考えはそんな簡単なものではなかった。


「……分かっていないみたいだな」


「え……?」


「いいか、殺すつもりで挑まねば殺される、それは間違っていない。だが、私が言いたかったこと。それは、殺す覚悟を持たないたったの一人の人間のせいで、大勢の人が死ぬ可能性がある――そういうことだ。今回の場合は、特にな」


「「!!」」


 その言葉に、メンバーは雷に打たれたような感覚に陥った。どうしてそんな簡単なことにも気づけなかったのか、今回敵が起こそうとしているのはテロである。自分たちのミスがどれ程の被害をもたらすのか、真っ先に考えなければいけないことであった。


 それに、これは今回に限った話ではない。殺さないようにと行動した結果逃がしてしまった敵は、新たな被害を生む。絶対に逃がさない、殺しも辞さない、本当は今までだってそういう覚悟で臨まなければいけなかったのである。


「……すまんな、お前らに覚悟の時間を与えなかったのは、俺の失敗だ」


 毒島が苦虫をかみつぶしたような顔でメンバーに頭を下げる。だが、そんな毒島を責められるものなど、誰一人としていなかった。


 人を殺す……彼らにとって、それがどれほど覚悟の必要なことなのか。


 この任務は、想像以上に過酷なものになりそうである。


「さて、それじゃあ細かい動きについても決めていくぞ」


 周囲の動揺を振り払うように天宮が話を切り替える。


 それは、アイズホープメンバーを信用しているからこその行動だったのだろう。


 これまで死線をくぐり抜けてきた彼らなら……その覚悟は出来ると。


 後はもう、彼ら次第である。


 そうして、静かな会議室で会議は続けられる。


 参加者それぞれが最善を考えながら言葉を交える。


 前代未聞のテロに向けた対策会議は、踊ることなく進んでゆくのだった。

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