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11話 それぞれの生きる意味 101項「進展」

「お前さ……なんか、組織に騙されてたって知った割には結構元気だよな」


 千空が心愛に問う。それは、千空自身も特殊な境遇だからこそ思い至れた疑問であった。


 だってそうじゃないか。心愛にとっては、ずっと信じてきたはずの相手から裏切られたも同然のはずだ。普通だったら、立ち直れないほど落ち込むか、決して静まることのない怒りに身を焦がすか、少なくとも大丈夫ではいられない。


 そんな千空に、心愛は心の重さなど感じさせぬ軽やかな声で答えた。


『まーね。さっきさ、ウチと同じ保護区出身の女の子二人と通話したんよ。そしたら、なんか元気でたーって言うか』


 どうやら、千空たちの通話に入ってくる前にも他の人と会話していたらしい。彼女が元気になれたのは、それが理由なのだとか。


『ほんと、不思議な子たちだったなー。いや、どう見てもウチの方が全然年下だったんだけど』


 そう言いながら、屈託のない笑顔を浮かべる心愛。それだけで、その子たちとの会話がどれほど彼女を救ったのかが理解できた。絶望的な状況で自分と同じ境遇の人間と出会うこと――それがどれほど救いになるのかは、千空自身も知っている。


「そうなのか……っていうか、お前と話せるってことは公安の人間か?」


『MES財団にいるらしいけど、会ったことないん?』


「そもそもどんな人物か分からないからなぁ。と言うか、財団に行ったことが無い」


 肩をすくめる千空。隣に座っている未來に視線を送ってみたが、どうやら彼女にも心当たりは無いらしく、首を横に振っていた。彼女が知らないのなら、誰も知らないだろう。


『ま、財団に行ったことがあるのは昔から居る未來くらいだからな。それに、件の二人は少し前に財団に来たばかりだ。お前らが会ってたら逆に怖いな』


『じゃー、話したことあるのウチだけなんだ。まー、同じ保護区出身だから話してみないかって話だったしね』


 納得した様子を見せる心愛。考えてみれば、保護区出身であることを公表しようとする人は少ない。その二人も、あくまで心愛が同じ保護区出身だったから通話に応じてくれただけなのだろう。


「でも、保護区出身の人が財団に居たんだね」


『本人たちにとっては複雑だろうがな。こちら側に所属するのは』


『まー……それはそう。だって、ね』


 そう言って、心愛が唇を強く結ぶ。確かに、同じ大規模収容施設なのに宿街だけが超優遇されているこの現状は、保護区出身者からしても思うところがあるだろう。


 そんな風に同情の念を抱く千空。


 しかし、毒島が告げた保護区の実状はそんな生やさしいものではなかった。


『実際のところ……保護区冷遇は宿街優遇のしわ寄せなところがあるからな』


「え、どういうことですか?」


『前にも言ったが、宿街はキャスターが生まれる可能性のある重要な場だ。そんな宿街への予算を拡充するために、保護区の予算が削られているという側面も大きいんだよ』


 つまり、保護区出身者が抱える複雑な思いとは、宿街が優遇されていていいなという単純なものでは無く……自分に今まで辛酸を舐めさせてきた宿街に自分が入ることへの虚無感と言うことだろうか。それは、あまりにも残酷な話であった。


『国内でも、基本的には保護区よりも宿街を優先する流れがあるからな。国が保護区への補助をする姿勢を見せれば良いんだが、保護区を補助するくらいなら宿街に補助をする国が大半だろうさ』


「そうなんだ……キャスターって、そんなに偉いのかな」


『まあ、存在そのものが他国への抑止力になるからな』


「え……?」


 思いがけない毒島の言葉に、思わず惑乱の声を漏らす千空。千空だけでは無い。通話画面上の全ての顔が彼の言葉に関心を向けていた。


 他国への抑止力……?


 彼は一体、何の話をしているのだろう。


『考えても見ろ。非科学的な超能力を有する人間だぞ? そんな人間が国によって戦闘訓練を受けている。それがどれ程の武力を発揮するのか……馬鹿でも分かるだろうが』


 そう言い、毒島は額に手を当てて目をつぶった。


 武力……確かに、言われてみればそうだ。自分たちは感覚が麻痺していて気付かなかったが、アイズホープのキャスターも、マスカレードの能力者も、一般人からしたら浮世離れした存在である。それこそ、異能バトル漫画に出てくるそれと同じようなものなのだから。


 そんな超越者たちが公安組織で訓練を受けたのならば……その戦闘能力は、個人で一つの軍隊に匹敵する可能性すらある。正面から戦えばただの人間でも、能力の使い方次第では一方的に軍を滅ぼすことが可能なのである。


 アイズホープのメンバーだって例外では無い。真佳の能力で地面を変化させれば敵の侵攻を妨げることが出来るし、戦闘車両を使い物にならなくすることも出来る。静也の能力で味方を守りつつ戦線に化学兵器をまき散らせば、一方的な虐殺が出来る。


 今は戦争が起こっていないからそういう使われ方をしていないだけで、可能か不可能かで言えば可能なのである。


『UMCの正体がキャスターだってのは覚えているか?』


「ええ、まあ……」


『ああいう風に、UMCとしてキャスターの情報をちらつかせているのもその一環だ』


 毒島は直接言葉にはしなかったが、意訳すると「我が国にはこれほど強力なキャスターが居るから、間違っても戦争を仕掛けたりはするなよ」と、他国に釘を刺しているということなのだろう。


 そして、国連がキャスターの育成を重要視している事についても同じだ。


 公安連合に加盟している国の間では相互安全保障規定が存在する。それはつまり、加盟国を攻撃すれば全ての加盟国を敵に回すことになるということだ。


 公安連合加盟国の多くは国際評議会連盟にも加盟しているため、国連としても、各国のキャスターを育てることは防衛面において重要な事項となるのである。


 自分たちは、自分たちで思っている以上にきな臭い存在だったのだ。


『そういえば、ボクもエルフォードのキャストはUMC特集で見たことがあるが……』


 思い出したように静也が口を開く。どうやらUMC特集で見かける炎のUMCの正体はエルフォードだったらしいのだが、よくよく考えるとおかしな点があるのだという。


 ラヴビルダーは原則、任務中ヘルメットをしている。実際、静也たちの任務でも一度として外すことは無かった。


 しかし、特集されていた写真で彼は普通の格好をしていた。任務中を撮られたのならその姿で映ることはありえないし、普段の格好でキャストを使うこともありえない。


 意図せず流出したと言うには、そもそもあの写真の存在自体がおかしなことだったのである。


「それじゃあ、あれって情報がバレちゃってたわけじゃなくて……」


『ああ、むしろこちらから発信してたな。もちろん、意図せずに撮影されたりとかもあるし、世間へのバレ具合によっては情報操作も行うが……ともかく、キャスターはそれだけ国にとっても大きな存在なんだ』


 つまり、保護区が冷遇されているのは……元を辿れば、国による牽制合戦が原因と言うことだろうか。そして、その牽制に利用されているのは紛れもなく自分たちで……


「そんな……俺、給料もういいですよ! 代わりに保護区に……」


 咄嗟にそんなことを口走る千空。これまでだけでも、千空はかなりの額の収入を得ている。だったら、それを保護区に回せば多少はマシになるのではと思った。


 だが……それは所詮、咄嗟に思いついた浅はかな考え。


 毒島は冷静に告げる。


『やめろ。日ノ和の保護区を改善するだけでも年に数兆円は必要なんだぞ。お前一人の給料でどうにかなるものか。焼け石に水でしかないんだよ』


「でも……」


『大体、給料がなくなって音楽はどうなる? 作曲をするにも金が掛かるだろう。父に認められるような作曲家になる目標は?』


 紛れもなく正論だった。言い返す余地も、ない。


「……そう、ですね」


『感情に任せてその場の勢いで行動する。お前の悪いところだ。カジノの一件で、少しは理性的になったと思ったんだがな』


「あはは……痛いところ突きますね、ぶっさん」


 目の横をかく千空。わかっている、自分の欠点くらい。


 千空は馬鹿ではない。だからこそ、最近はそのことを踏まえて気をつけるようにしていたし、カジノでも自分のすべきことをしっかりと見極めながら行動していた。


 なのに……今回は、自分の目標に関わる大切なことすら見失ってしまった。


 もっと感情をコントロールしなければいけない。


 それが、千空にとって早急の課題だった。


「そうだ、父さんと言えば……」


 そう言って千空は席を立った。未來からの不思議そうな視線を背に、ベッド脇の鞄をあさりとあるものを取り出す。


 それは、ロケットであった。


「そっか……!」


 千空の考えを寸分違わず理解したのだろう。未來が音を出して手を合わせる。


 心愛――彼女は、利用されていたとはいえマスカレードにいた人間だ。つまり、このロケットの中にいる人物について、何か知っている可能性がある。


 二日間のカジノ調査では何も得られなかったが、もしかしたら……


 そんな思いを胸に、ロケットの写真を画面に映す千空。


『えー! それってもしかしてそらまるの小さい頃?!』


「そらまる……? ああ、俺のことか。そうなんだけど……」


『ウケる! めっちゃ可愛いじゃんね!』


 幼少期の千空を見て高めのテンションでしゃべり散らす心愛。しかし、一人でべらべらとやっているその様子にはどこか作り物っぽさがある。暗くなってしまった雰囲気をなんとか明るくしようとしてくれているのだろう。「不夜の光」を失った彼女は非常にわかりやすかった。


「まあ記憶無いし、クソガキだったかも知れないけどな」


「そんなことないよ。千空君が悪い子だったら、私は今ここに居ないんだから」


『あれあれ? それってどーゆー?! ウチにも詳しく!』


「あー、それはだな…………って、そうじゃなくて!」


 話が全く進まない。アイズホープのメンバーは割と合理主義なので、ここまで話が脱線することはなかなか無かった。宇津峰心愛、恐るべしである。


「後ろに男の人が立ってるだろ? この人にさ、心当たり無いか?」


 しびれを切らし強引に本題へ戻す。流石の心愛も真面目モードに切り替えたようで、ロケットの写真をまじまじと眺めている様子が画面に映し出されていた。


『……あ! この人、知ってる!』


「!? 本当か!?」


 それは、どれほど待ち望んだ答えだっただろうか。


 かつて無いほど胸が高鳴るのを感じる。


 もしかして……ついに、手がかりが見つかるのだろうか。


『話したことはないしコードネームもわかんないんだけど、うちの上司だったシェルと一緒にちょくちょくカジノに来てたんよ。もしかしたら担当地域が近いのかも』


「でも、応接室とVIPルームには一度も……」


 昨日と今日で、未來と千空はその二つの部屋を調査している。だが、千空の父らしき人物の姿は影も形も無かった。来ていたのならば、少しくらいは映像に映っているはずじゃないか。


 そんな二人に、心愛が答える。


『支配人ルームに来てたんよ、シェルたちは』


 どうやら、父は二人が調べた部屋には来ていなかったらしい。なるほど確かに、それならば映っていなかったというのも納得である。


 そして、支配人ルーム……


 それは、千空たちが明日調べようとしていた部屋だった。


 ロケットをしまい、画面にしっかりと向き直る千空。


「ありがとう、心愛」


『いいってことよ』


 にっと笑いサムズアップする心愛。本当に、どうしてこんな人物が組織なんかにいたのか。


 だが、今考えるべきことはソレでは無い。


 千空たちは、父の手がかりを手に入れたのだ。


 あとは、支配人ルームで未來の「REAXTION」を発動するのみ。


 千空と未來は目配せをし、ともに頷き合う。


 先は、見えてきたかも知れない。

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