始まりは空き家
ルーガル王国西方に位置する巨大山脈群。
ダンジョンこそ発見されていないものの、その標高は高く険しく、
幾多の魔物が徘徊する危険地帯。
パルチ山。
その山の麓に、コルンドという街がある。
パルチ山を望む宿場街として。
あるいは、命を懸けてパルチ山を通り過ぎ、ようやくたどり着いた旅人を迎え入れる玄関口として。
王国西方では1、2を争うほどに発展した街。それが、コルンド。
コルンドの街は、時にパルチ山から迷い出た魔物に対抗するため、
西側の門は厚く大きく、常に弓を携えた見張りによって守られている。
一分の隙もない守りは、魔物に対するためだけではない。
ここ、コルンドは、西方の国境警備も兼ねている。
パルチ山は、あまりにも険しい。
その険しさゆえ、山脈群を隔てて、自然の国境となっている。
パルチ山を挟んで、さらに西方に位置するウース王国。
そのウース王国とルーガル王国とは、隣り合った国とはいえ、互いにとって、戦力をパルチ山周辺に傾けるよりも、他に備えるべきだ。
大規模な軍事行動をとるには向いていない。
そういうわけで、国同士の仲は特別いいわけでもない代わり、格別悪くもない。
細々と街道を行き来する交易ラインが確保されているが、それ以上の発展はないままに、幾代も経た。
では、大して備えなくとも構わないかと言えば、とんでもない。
山を越えてくる商人や旅人。
それだけならいい。
しかし、物資を満載した商人は、街にとって招かれざる客を連れてくることも、ままある。
積み荷を狙った山賊、盗賊も、その一つだ。
パルチ山に潜み、どこからともなく現れては、積み荷を奪う山賊団。
奪われるのが積み荷だけなら、むしろ運が良かったとさえいえる。
馬に、人。あらゆるものを奪い尽くす、ならずものが蔓延る危険地帯なのだ。
歴史上、何度も討伐隊が差し向けられ、一定の成果をあげてはいる。
しかし、討伐隊の敵は山賊団だけではない。過酷な自然環境に、多くの魔物たち。
半端な部隊では、進むことも、戻ることも叶わず、パルチ山の土を富ませる養分になるのがオチだ。
魔物の襲来から街を守り。
商人や旅人を守り。
凶悪な山賊どもを牽制し。
商隊などにまぎれて送り込まれてくる各国のスパイも、水際で食い止める。
コルンドの西門には、かくも多くのミッションが課されているのである。
当然、西門の備えが最も厚く、次いで、王都へ至る東門も、警備は厚い。
活気があるのも、街の西側と東側で、宿屋に始まり、市場や、旅人をあてこんだ雑貨屋、酒場、武器屋に娼館など、ひと通りの店がしのぎを削っている。
街の北側、南側はどうかといえば、特にみるべきところはない。
主に地元の住民たちが暮らす居住区になっていて、大差はない。
強いて言うなら北側が若干貧しく、孤児院や奴隷商館が多いといえるだろうか。
南部の住民は北部の住民を嫌っていて、北部の住民もまた、南部の住民に対抗心を燃やしている。
王都から派遣されてくる国境守備隊にとってみれば、まさしくどっちもどっちで、諍いが起こる度に仲裁に出向き、最後は決まって、中央は引っ込んでろと火に油を注ぐ結果になるという、悩みの種だ。
音無進とウザ子の二人は、そんなコルンドの街、北西部にひっそりと佇む空き家のひとつに、誰に気付かれることもなく、静かに出現した。
二人は、そばかす顔であるという一点だけは共通していたものの、顔つきも、髪の色も違い過ぎた。
家族というには、無理がある。
互いに我こそは兄(姉)であると平行線を辿った、という裏事情もある。
そこで、同じ村の出身、ということにした。
ファンタジーなこの世界では、戸籍などという気の利いたものはないし、辺境の村に顔見知りがいる筈もないしで、いくらでもごまかせる。
こうして、門を預かる屈強な警備隊にも、街の住民たちにも注目されることなく、音無進の物語は始まった。