宿屋紹介に対するベンチ会議
屋台を後にした俺たちは、大通り沿いにあるベンチに横並びで座り、休憩がてら話していた。
さっきのオッサン店主とのやり取りで、俺が何を考えたか、共有というか、解説しておく必要があると感じたからだった。
「よかったわねえ! いきなり仕事の当てができて」
「確かにな。いい話だった」
「それにしても、あんたなんであんな、『僕人畜無害ですよ』みたいな喋り方してたの? うすら寒いんだけど」
「失礼だな。目上の人を敬っただけだろ」
「じゃああたしも敬いなさいよ。あたしなんてほら、何才だったかしら? あんたなんかよりずっと年上なんだから。確かママが三番目に生み出したって言ってたでしょ? ママの歳はこの世界の始まりから数え」
ウザ子が話の途中で急停止した。
本体の年齢について言及してるところであからさまに止まったな。
本体女神が何かしらの干渉をしたとみて間違いないな、これは。
しばらく待っててみたけど動き出す様子がないので、ベンチにほど近い所、さっきの屋台のオッサン以外とかで情報収集して戻ってきた。
情報収集の内容は、主に三街鳥焼き鳥串のオッサンに関する評判についてだ。
何せ金がない。商品を購入して話せる訳でもないから、あくまでサラッと。
「街にきたばかりだけどおっちゃんに親切におごってもらった」とか、「優しくて嬉しい」とか、そんな感じで希望にあふれる若者を演出してみた。
成果は上々。
そうこうしているうちに、ウザ子が再起動してキョロつきだしたので、ベンチに戻って座る。
「ちょっと! 急にどこ行ってたのよ! めっちゃビックリしたんだけど!」
「情報収集だよ。まったく、こっちこそ急にだよ」
「どういうこと!? っていうか何の話してたっけ? えーと、確か……あたしが年上で、それから、なんだっけ?」
そこ掘り下げると無限ループに陥りそうな気配がする。
「無限ループ? そんな話だったかしら?」
ここはさっさと話しを進めよう。
「結論から言おう。さっきの俺は『田舎から出てきて、希望にあふれる、行き当たりばったりな若者』をやってた」
「あー。そんな話だったわね」
「お前が全然合わせてくれないから、やるしかなかった」
「合わせてたでしょ? 華麗に! おじさん涙ぐんでたし!」
「まあな。情報収集の結果、あのオッサンは十中八九、普通にいいオッサンだ。ラッキーなことに」
「『普通にいいオッサン』で『ラッキー』? どういうことよ」
「あのなあ。どういうことか、単純っつうか、純粋すぎるお前でも分かるように順を追って説明するから、よく聞けよ」
「ほめてる? けなしてる? けなしてるわよね」
「そんなつもりはないが。良くも悪くもお前は凡人じゃないから、疑うとか、そういう次元にいないんだろうけど。いいか、『うまい話には裏がある』っていうことわざ、聞いたことあるか?」
「ないわね」
「ないのか。まあいい。まず、俺たち二人がオッサンからどう見えるか、言ってみろ」
「めちゃくちゃかわいいお嬢さんと、その子分」
「殴るぞコラ。よけるなやコラ」
「嫌ですー。殴るぞってもう殴りかかってるじゃないの。卑怯者ー」
「うっせ。もう殴らないから座れ。で。どう見えるかだが、まず金がない。そして、それでもなんとかなると思ってる能天気な若い男女が二人。健康で、希望に満ちてる」
「なんかちょっと引っかかる物言いだけど、確かにその通りかも」
「で、もっと分かりやすく言っていくとだな。いかにも騙されやすそう。この街にはきたばかりと言っているし、知り合いもいない田舎の出身。まあ、これは街の常識を知らない言い訳にもできるんだが、何も知らない、しがらみのない若者。金はなくても、その身体は健康そのもの。仮に死んだり、行方不明になったとしても、とりたてて騒ぐ者もなし、とくれば」
「と、くれば?」
「決まってる。ぶっ殺して素材にしたり、騙して奴隷にしたり、悪い奴に目をつけられたら最後、簡単にいいように転がされるってことさ」
「ヒィィィィ! なんて恐ろしいことを考えるの、あんたは!」
「いや俺が考えるんじゃなくて……まあいいか。とにかく、そういった末路を辿るのも、決して冗談事じゃないってことだよ。最初が肝心でな。慎重には慎重を重ねた方がいいってこと」
「ずいぶん用心深いのねえ。でも大丈夫よ。あのおじさん、そんなこわいことこれっぽっちも考えてなかったから」
「だからラッキーだったっていってるんだよ。それはウザ子、お前だから分かるだけだ。普通の人間には、相手の心は読めない。心が読めないから不安になるし、疑うし、騙したり、信じようとしたりするんだ。それが人間の生き方なんだ。分かるかな。分かんねえだろうな」
「いちいち言い方、腹立つわねー。相手の考えが分からないのは、大変なんだって何となく分かったような、気がするような」
「そんなすぐに理解されるとは思わんから、話の続きをするぞ。忍者のやり方を見てれば、分かるようになると思う。ウザ子、基本、相手の心が読めても、俺に伝えなくていい。よっぽど相手に殺意があって身の危険があるとかじゃなければ、自分で対処するし、できるようにふるまっていくつもりだから。人は、100%の確信をもって相手を判断できない。だから、本人の言動を判断するために、周囲から情報収集をする。
今回の場合、焼き鳥屋台のオッサンの評判を知るために、他の屋台で話を聞いてみた」
「なんだかややこしいわねえ。とりあえず、心を読んでも、あんたに伝えないでいいっていうのは分かった」
「ああ。そりゃチートだからな。使えるものは使う主義だが、そりゃ忍者の技じゃない。お前がいなきゃ実現できない、ただのインチキだ。忍者なら誰でもできるわけじゃない。忍者について知るためについてきてるのに、お前の神通力で全てを解決してるんじゃ、何にも分からんだろ」
「納得。あたしは、よっぽど危なくない限り、介入しません」
「ああそうしてくれ。で、俺は初対面の人の良さそうなオッサンに、親切にも串焼きをもらったが、一口味を見ただけで、お前に譲った」
「あっありがとう。おいしかったわよ」
「話した感じ、何の悪意もない。何気なく取り出した串焼き。この世界に降り立った俺たちを狙って準備するとか、万が一にも有り得ない。それでも、何かの巡り合わせで一服盛られないとも限らない。だから俺は味を見た後、お前に譲った」
「ええええ!! 毒見? あたし毒見?」
「お前は、毒とか効きそうにないし」
「めっちゃ効くし! ママじゃないから! 普通に死ぬし!」
「あっ。そうなの?」
「そうよ! そしたら、第二、第三のあたしがやってくるからね! 覚悟しときなさいよ!」
「やっぱり大丈夫じゃねえか」
「違うし! 厳密には違うあたしだし! ひどい!」
「まあまあ。有り得ないほど警戒してただけだよ。忍者ってのは、常に緊張して、隙を見せないようにしてる一例としてだな」
「っていうかあたしそんな思考、ぜんぜん読み取れなかったんですけど!?」
「そう? ほとんど無意識にやったからかもな。つまりあれだ。いくら心が読めてもあらゆる危険から遠ざかることはできない反証になったな。無意識的に殺害してくる敵に注意しなきならんな、お前も俺も」
「思考が殺伐としすぎてて、イヤになってくるわね」
「ともかく、だ。お前ならあのオッサンが善良で、むしろ能天気に見えた俺達を心配して宿屋の話とかをふってくれたとすぐに分かったわけだけど、俺は周りの評判まで聞いてみて、ようやく、どうやら本心から心配しただけらしいと結論付けることができた、っていうことだよ」
「うーん。なんか、疲れる生き方ね」
「人を騙して生きていくんだ。疲れもするよ」
「忍者って、かっこいいの? よく分かんなくなってきた」
「最高にかっこいいさ。まだまだ序の口だよ。さ、俺はこんな感じでこれからも動くから、なんとかついてこいよ」
ベンチから立ち上がった俺は、ウザ子を誘って屋台へと向かう。
「オッサンに、宿屋を紹介してもらいに行こうか」
それを聞いて、ウザ子も立ち上がり、首を傾げながら追いかけていく。
「もうそんな時間? なんだか、時が経つのが早いような……?」
ウザ子は、音無進の背中を見ながら、忍者のタレントに思いを馳せた。
「警戒、演技、交渉技術、かな。斥候職の特徴が強く出てるみたいだけど。忍者って、他にどんなタレントが相応しいのかな」




