令嬢、逃げ出す
令嬢、婚約す。だが・・
@短編その80
困った・・・
目下、絶賛迷子です!!
ここは街から離れた森の中。
マジ死ぬかも。
何故こんな森の中にいるかというと・・・
聖獣から落ちて、森に突っ込んだ!!
よくもまあ、生きてたと思う。
彼女の名はヴァレリー・エドール。子爵家の令嬢だ。
何故落ちる様な飛ばし方をしていたかと言うと。
本日は伯爵家のぼっちゃまとのお見合い・・というか婚約をするはずだった。
そろそろ顔見せの時間だが、その前にちょっと憚りに・・・
席を立ち、居間を出て廊下を進んでいくと・・
ん?人の気配?
何気なく視線を向けると、二人の人影を見た。
ひとりは婚約予定のぼっちゃま。
もう一人は可愛い感じの娘。
この二人が抱き合っていたのです。
うっ、わ!
そうかー。そういう人やっぱりいたんだーー。
数日前に会った時は、話も合うしまあ婚約してもいいかなー、なんて手応えだったんですがね?
そっと立ち去る?
ぅんにゃ。ここは、正さねば。
彼女はつかつかと二人に寄り、にこやかに笑った。
「どうも。私との婚約、辞めた方がいいんじゃない?」
「うわああっ!」
「きゃっ!」
驚くほどでしたか。気配にも気づかないほど、二人はお互いしか見てないからでしょうね。
「今から私、父上に申し上げますから。おふたりで仲良くされるといいでしょう?」
ぼっちゃまは少し顔を青くしていますし、どこの誰か知らん娘は彼の腕にしがみ付いたまま。
はっと気がついて、ぼっちゃまは知らん娘をぐいと引き剥がします。
あーあ。よかった。結婚する前に気がついて。
陰でいちゃつかれ、子供まで作られた日にゃ、私の面目が立ちません。
「ヴァレリー、待ってくれ」
返事をしようと思いましたが・・・令嬢は婚約者カッコカリの名前を、覚えてないことに気が付きました。
婚約話が持ち上がったのは、半年以上前で顔見せも10回はしていたにもかかわらず、です。
なのに私は・・・あはは。名前さえ覚える気が無かった!何と酷い事か。
これでは彼だけを責められまい。
「その方も一緒に連れて行けばいいわ。さっさとこの取引を終わらせましょう」
未だもたついて、そこから動かない男女を見て・・
「エンペルト!二人を捕まえなさい!」
ギョ。
昔、聖女様からいただいた聖獣その3は、今はヴァレリーのものです。
大きなペンギンの姿をした聖獣が、ふたりを捕えます。
そして待合に使用している居間に連れて行き、父と伯爵様に二人を突き出しました。
「逢引されてまして。そんなワケで、婚約はいたしません。では」
美しいカーテシーを披露し、ヴァレリーは部屋を出て行きます。
ふと足を止め、胸に付けているブローチを外すと、
「こんなモノ、いりません」
ぼっちゃまの足元に投げたのです。
数日前の顔見せで、彼女に贈ってくれた物でした。
彼の瞳色の石の周りに、彼女の瞳の色の小さな石がぐるりと取り囲んだ、とても綺麗な品でした。
ちょっと嬉しく思ったのですが・・・馬鹿馬鹿しくなって。
「ヴァレリー!待ちなさい!」
父親は追いかけていこうにも、伯爵側の不始末を話し合わなければならないので、追いかけることが出来ません。護衛騎士に追いかける様指示し、相手側と話をするために部屋の奥に入って行きます。
彼女の家は、父は冒険者でしたが功績を上げて子爵家になったので、一代貴族。
その昔、父は聖女様の護衛もしていた腕利きの冒険者です。母は聖女様の侍女をしていました。
その娘ヴァレリーは、騎士になるために騎士養成学校に通う学生です。
成績もなかなかのもので、卒業後は女騎士になれると太鼓判を押していだだけました。
だから婚約を勧められるとは思わなかったのです。
この婚約は、相手側が押してきた話でしたので、一度婚約の体験をさせよう程度の考えだった父としては、まさか娘が了承するとは思いもしなかったのでした。大丈夫だろうかと思っていたのだが・・
結局この有様だ・・・父は娘に申し訳なく思いました。
「お館様!お嬢様が行方不明です!!」
伯爵家を出て、聖獣その1に乗ろうとした所で、娘を追わせた護衛が報告をしてきたのだ。
大慌てで父達は森に向かうとするが、すでに夕暮れ、探すには用具が少ない。
カンテラや照明弾などを準備するために、一旦ギルドに向かう事となった。
さて、その迷子の令嬢はというと・・
「しまったわ。今回はドレスで来ちゃってたから」
自領へ向かって飛んでいる途中、風でスカートがバフッと捲れて彼女の顔に覆い被さり、コントロールを狂わせてしまったのだ。
聖獣がヴァレリーを庇って落ち、怪我をしてしまったので進む事も出来ない。
いつもならいろいろな準備をしたバッグを持っているのだが、そんな物一つもなかった。
補助食品もない上に、水も無かった。
「お腹すいたね、エンペ。ごめんね、無茶な操縦して」
ギュ。
火を熾そう。魔法で・・
「ほい」
木切に火が付き、息で風を送って大きく燃やす。
これで目印にはなるはずだ。
さすが初夏とはいえ、この時間の森は肌寒い。
「あ。ポケットに飴がある」
私は一個口に放り込む。
「エンペ、食べれる?飴ちゃん」
ギュ。
口にそっと入れてやると、飲んでしまった。でも甘いものは気分的に元気になるから。
「父上達来るわよね・・・」
こういう時は、動かずその場で救助を待つが鉄則だ。
動くと疲れて体力が落ちる。
令嬢は目を瞑り・・・知らぬうちに眠りについていた。
今日は本当酷い目にあった。
婚約をどうして受ける気になったんだろう、あのぼっちゃまは。そして、私もだ。
ああ、むかつく。お腹も空いてるし。あっちには恋人がいるのに。抱き合っちゃってさ、ふざけんな。
あの時スピアーでも持っていたら、高速串刺しで穴だらけにしてやったものを。
あんな綺麗なブローチなんか贈られたら、女扱いをしてくれるんだって、浮かれるわよ。
そんな人一人もいなかったから・・
「死ね」
はっ!
自分の禍々しい声で目を覚ました。私、恐っ!
ガサガサガサ・・・
「!!!」
何かが近づいている様だ。獣か?
私はとりあえず素手で戦おうと、ファイティングポーズを構え、拳に強化魔法を纏わせた。
この間、この状態で3メートル大の岩を殴ったら砕けた。殺れる。さあ、カマーン。
草をかき分け、何かが、来た・・
「はああああああ!!」
何かに向かって、私は殴り掛かる。
「おわ!」
何かは物凄い勢いで体を捻り、彼女渾身の攻撃を相手は躱した。
・・・声を出した。人間か。
「ふうう、死ぬかと思った・・大丈夫か、ヴァレリー」
なんとぼっちゃまだった。
なんでも彼女の父もここに来ていて、上空から救助員を数名降ろし、そのまま上空で待機しているそうだ。
上を見上げるとカンテラの明かりが見えた。私の焚火を見たんだわ。
さて。
・・・こいつに言わねばならぬのか。助けに来てくれてありがとうと。言わないといけないのか?
こいつ、婚約する場に女といたんだよ?その場に。せめて同じ場でイチャイチャすんなよ。
隠す気ゼロじゃん?公然と浮気するんですね?愛人枠ですかね?舐められたもんですわ。
確かに父上は一代貴族ですが、今も功績を上げていて、来年には伯爵になる予定ですわ。
「ヴァレリー、聞いて欲し「ありがとうございますぅー、助けていただき、光栄ですぅー。でももういいですぅー。父の部下が来ますので、どうぞお引き取りくださぁーーーい」
ヴァレリーとぼっちゃまの声が同時に発せられ、文章が長い彼女の声で終わる。
ふん、聞いてやるものか。ぷい、彼女は顔を逸らす。
彼女の様子にぼっちゃまは・・・しばし無言でじっと見ていました。
「何を言っても無駄かもしれないけど、一度聞いてくれないか」
暗い森の中で、彼の表情は分からなかったけれど、声は苛立ちを含んでいます。なんであんたが怒るのさ。
逃げようと思いましたが、足がずきっと痛みました。
聖獣の怪我に気を取られ、自分の怪我に気付いていませんでした。この痛み具合では、逃げてもすぐに捕まると判断して、一度くらいは聞こうと了解しました。
あの娘は叔父の妾腹で、ずっと彼に恋心を抱いていたそうだが、彼とは一度も会ったことがないと。
彼がヴァレリーと婚約を結ぶと聞いて、大急ぎで駆けつけて揉めている所を見られたのだと。
「何度も会って好意をお互い感じているのならともかく、顔さえ知らない親戚に何故婚約をしなければならないのか。
俺は君が気に入ったし、君も俺にいい感情を持ってくれていると確信したから婚約しようと思ったんだ。ヴァレリー、やはり俺との婚約は解消するのか?」
なるほど。そういう事だったのか。
「貴方は大変な目にあったという事なのね」
「・・・・ヴァレリー、一つ聞いていいか?君は俺の名前を一度も呼ばないが、もしかして俺の名前を覚えてないのかな?」
ぎくっ!!!
彼はどうやら顔は笑っている様です。顔は。
でも気配がね?殺気立っていて、圧を感じます。ええ、そりゃあもう強烈な圧を。
騎士としての教育をしている彼女でさえ、足が動きません。
ザクザクと草を掻き分け、ぼっちゃまがこちらにやって来て、ヴァレリーの肩をグイッと掴んで自分と向き合う様にします。そして胸ポケットから先ほど投げつけたブローチを取り出して、彼女の胸元に付けました。
「投げ返されて、正直ショックだった。君に振られたって思った」
「その時は振る気でしたので・・・」
「で。俺の名は?」
背中に冷や汗がダラダラと流れます。何故でしょう、変な名前ではなかったと思います。ありふれた感じの名だったはずなのに、どうしても思い出せないです。
「ごめんなさいぃ・・」
彼は思い切り溜息を吐いて脱力しています。
それはそうでしょう。お見合いの初日ではなく、もう10回近く顔を合わせているのです。
確か、何回かは名前で呼んだ事もあった・・・気がします。
彼は、そっとヴァレリーの耳元に口を寄せ、甘く囁ききます。
「ヴァレットだから。『なんだか似た名前ですね』、そう言ったのは君なんだけどね?ヴァレリー」
「はひゃ・・はい・・」
暫くして父の部下もやって来て、捜索活動は終了。
屋敷に戻ると、父ではなく母にこっ酷く叱られたヴァレリーでした。
婚約は無事に交わし、ヴァレリーは騎士養成学校に戻りました。今はまだ5年生なので、まだまだ勉強中です。
卒業後、2年程王家の女性等の護衛を務めてから18歳ごろ結婚する予定です。
父から聞いた話だが、婚約の場を台無しにした叔父の妾腹は、国外に住む遠縁の知り合いのメイドになったそうです。
「ヴァレリー・エドール。ちょっと来てくれ」
担任の教師に呼ばれ、級長であるヴァレリーは職員室へ行くと、教師の横に誰かがいます。
うん、見覚えがあります。
「転入生だ。昼にでも教室や学内を案内してくれ」
どうやら担任は話を聞いている様だ。すごく『ええ顔』でニヤニヤしている。
「どうも・・・ここでは初めまして。ヴァレット・ターナーです。宜しく」
そして顔見知りの彼も、それはもうにっこりと笑っています。
昼休憩を特別にプラス1時間貰い、構内を案内しながら話をします。
「君とね、もっとお互い知り合うべきだと思ってね、父上と君の家族に許可を頂いて来たんだよ」
「ほおぅ・・・」
「俺は家庭教師から学んでいるけど、どのレベルかも知りたいしね」
こうして一緒に学ぶ同級生となった婚約者殿だが・・・
転入すぐの試験で一番を取ったり、剣の勝ち抜き戦でいきなり一位になったりと、物凄いスペックを発揮して来たのでヴァレリーは焦った。
優しい笑みの優男と思っていたのに!!体つきも175センチ、ウエストは61センチなのに大剣使いだ。
そして婚約しているにもかかわらず、女性に人気!
ヴァレリーはさらに焦った。
暇が出来ると、婚約者殿はヴァレリーのところにやって来て、甘やかしにくるのだ。人前でもなんのそのだ。
ヴァレリーは顔を真っ赤にして焦りまくった。
こうして焦りに焦っての学生生活は、まだまだ続くのだった・・・
この話の前に、4000文字まで書いた話があったが、間違って消した。
ショックで不貞寝をしていた。で、改めて新作を書く。
思いつくまま、ほぼ1日1話ペースで書いてたけど、そろそろペース落ちるかな。
9月は『令嬢』がお題。
タイトル右のワシの名をクリックすると、どばーと話が出る。
マジ6時間潰せる。根性と暇があるときに、是非