引越ししました
引っ越し前に古赤龍から異世界について教えてもらった。家にあった書物と違いは無かったが。
だが俺の種族が人族(異人)と鑑定できると言われた。異人とは特殊な人で異世界に魂を管理されるが、この世界に生きる者らしい。召喚者は人族(召喚者)となり、転移した場合は人族(迷い人)となるようだ。転生者は表示されない。魂は輪廻により巡っているので皆が転生者なのだろう。
ついでに岩山周辺の漆黒樹も百本ほど伐採の許可をもらった。
『木と魔物は好きに刈ってよいぞ』
と言われたので二百にしたのは内緒だ。
魔物は肉と革が収納に余っているので、向かってこない限り倒していない。飛竜の肉は美味しいので見つけ次第、討伐しているけど。
この集落を離れるのだが、宿泊用の家は収納にあるので、必要な物を探す。本だけだった。必要な物は全て収納していたので、何もないことが寂しい。
次は移動の筏を新調する。漆黒樹は硬く軽いので浮力も問題ないようだ。正方形に切出し繋げるのだが、七十センチの大きさで二十メートルの長さを十本繋げる。木材は三十本、予備を作っておく。装備も素材も予備は必要だよね。
今回は鉄もあるので、土を混ぜてネジを作った。形を整えるときに余った端材で、十本の表裏で木々を繋げるようネジ止めした。
装備の新調もする。古赤龍の尻尾を解体して革と肉、骨を取り出す。骨は薬効が含まれていると解析で分かったので保存だ。
古赤龍から貰った鱗も靴底と脛当てに使った。
全身が赤い装備となってしまった。陶器なら釉薬で色を付けられるが、革の染色方法は知らない。
「普段は鹿革の装備でいいな」
装備は二セット作れたが、しばらくはお蔵入りだ。
鱗が余っているので、スコップで粉にし、オリハルコン、土と練り合わせ盾も作った。土も乾燥させ、ガーダの粘着液を薄めて繋に使い二万度で焼結させた。今までの盾より軽く強度、温度耐性も上昇しているようだ
出発前の晩餐は古赤龍の焼肉だ。ガーダには輪切りのまま残した尻尾をそのまま与えた。スライムにも同じ尻尾を与える。
スライムが尻尾を吸収するとゴミ箱の淵に上がってきた。紐みたく体を伸ばしてくる。俺を吸収するのか?一歩下がり、収納から魔力球と取り出し、右手に握る。
『主、従魔、契約』
ガーダの念話だ。スライムが従魔契約したいのか?伸ばしている体に左手を沿える。
『ブルースライムを従魔にしますか』
『はい』と念じる。
『名前を付けて下さい』
「ブルースライムの名前か、何でも吸収してくれるから、アブソだな」
スライムがフルフルと揺れている。
「言葉は解るか?はいなら上下、いいえなら横に揺れてくれ」
アブソは縦に伸びる。はいのつもりだな。
するとアブソの色が濃くなっていた。何ができるのか解らないが、従魔なので逃げることも襲われることも無い。これからはゴミの吸収以外は家で過ごしてもらおう。
アブソだけでなくガーダも変化した。タランチュラのように脚が太くなっている、だが毛は無い。牛をより廻り大きくなっている。何と全ての足先から糸を出せるようだ。
「大きすぎだよ。家に入れるかな」
そう呟くとガーダが掌サイズに小さくなった。
『龍吸収、能力』
どうやら古赤龍の能力を吸収したらしい。これなら同居が可能だ。
出発の朝、筏に乗り込み、極寒山脈に向けて漕ぎだした。途中、転移した高台に立ち寄る。ここに陶器の祠を置いて、神像を祀ろうと思う。
神像も陶器製になるが、一度しか見ていない幼女神と生き写しのようだ。自画自賛だが。
祠に神像を入れ、目を瞑り、手を合わせて祈りを開始する。
「何とか生きていますよ。この先も生き抜けるよう頑張るよ」
目を開けると召喚の時に通った部屋に居た。
「高達さん、お久しぶりです。やっと神に祈りを捧げていただけて嬉しいです。
召喚に巻き込まれ、神など信じていないかと心配しました」
「神の存在は信じているよ、こうやって会えるからな。だが、嫌いではある」
「嫌いって、そんな・・・
まあ。今日はこの世界の神、スグンターナを紹介します」
「ウチがスグンターナや。よろしゅう頼むで。こっちのアーステラがヘマしたんや。災難やったな。まあウチが知ったからには任せておき。せやけど異人の話は無理やで、ウチでも変えられないで」
何か似非関西弁の女神が現れたな。任せろ?何を任せるのだか知らないが。
「そんな胡散臭い目で見んでも大丈夫や、フォローしたる」
胡散臭い目で見たくなるが、この世界で陶芸が万能だと思えるほどの能力を授かった。悪くない状況だが、間違った神を好きにはならない。
「兎に角や、ウチの加護も追加しとくから安心しとき」
言いたいことを言って消えた。
高台で手を合わせてまま、放心状態だった。この世界の神と面会した?よく考えれば凄い出来事だ。加護も与えてくれるらしい。でも蜘蛛とスライムしか廻りに居ないので関係ないよな。
棒で水底を押しながら、筏を進めているとアブソが近寄ってきた。筏の縁から水中に体を伸ばし、筏を押してくれるようだ。水を吸い込んで大きくなった体を団扇のように広げ、ヒラヒラ揺らしながら筏は進む。
「あの一番高い山に向かって進めるか?」
アブソが上に伸びたので理解できたな。
日暮れ前に陸地に辿り着けず、筏の上で野宿だ。家を出すには小さい、もっと大きく作っていればと思った。
とりあえず、杭を挿して筏が流されないよう固定する。ベッドは家の中なので収納から取り出せない。『家』が一つの物と認識されて中身だけ取り出せないのだった。兎の革を出して筏の上に敷詰め仰向けに寝転がった。
この世界で初めて夜空を見上げた。満点の星空だ。地球は文明が発達しており、光害で星の見える数がすくなかったが、ここでは視界が星で埋め尽くされる。
「綺麗な星空だな」
しばらく星を見ていた。飽きることもなく見ていた。地球では陶器を作って、スローライフなどと思っていた。こちらでは魔物の討伐はあるけど、革をなめして服を作り、陶芸で道具や防具まで作っている。筏で湿地帯を横断までしている。魔物討伐が仕事とすれば、十分なスローライフだな。辛いより楽しいと思う理由が分かった。
そんなことを考えているうちに眠ってしまったようだ。朝日が眩しくて目が覚めた。
昨晩仕掛けた罠を上げる。今回も大漁だ。
焼き魚で朝食、悪くないが米が恋しい。白米が食べたい。TKGしたい。そういえば卵も見てないな。飛竜は卵を産むのだろうか。古赤龍に聞けばよかったと思っていた。
アブソが筏を進めている。進行方向に見える森には昼頃には到着するだろう。
まずは木を伐採して、作業スペースの確保だ。筏を大きくして家を乗せ、水上に固定する予定だ。その為の作業スペースが必要だ。固定した後は前回作った小型の筏を使う。
陸に到着し、作業スペース確保の伐採を開始する。スコップで五十メートルの木材が並べられるよう作業場を作り、筏を大きくする。長さ二十メートルはそのまま、十本を二十五本に変更する。ネジも端材も収納に予備があるので、筏の拡張は早々に終わった。
陸から二キロほど離れ、筏を囲むよう硬木をさしていく。その間はガーダが巣を貼り、魔物対策だ。
中央で筏を固定して住居の確保も簡単にできた。周囲に罠を仕掛け、魚の確保も開始する。こちら側でも蟹が捕れるか、そこが心配だ。魚、肉、蟹の三種類でも少ない。蟹が減るのは許されないのだ。
翌朝、罠には魚と蟹、海老が入っていた。心配とは逆に一種類増えた。でも、神に感謝はしないよ。早々、塩ゆでで食した。蟹とは違う食感と味、新しい食材が確保できた。
新たな調味料が見つかるのは嬉しい。極寒山脈側と植生が違えばいいのだが。灼熱山脈に到着したのが秋だったが、ここには春先に到着した。水辺には新芽があり、これから夏に向けて花が咲き、実がなるのだろう。もしかしたら食べられる植物もあるかも。ここで冬が来るまで過ごすことにした。
陸に沿って筏を進めて行こう。
すぐに蕗の薹に似た植物を見つけた。群生しているようだ。一つだけ採取し解析をする。毒は無い。葉先を契って食べてみるが、味はほろ苦い。これは天ぷらで食べたいが小麦粉は無い。素揚げでもいいか?十株ほど採取しておく。足元に見つけた草はせりではないか?似ているので、解析してみると食べられるようだ。せりはおひたしが美味しいだろうな。これも採取する。
この日は二種類の山菜を見つけた。夕食はせりのおひたしと蕗の薹の素揚げ、蟹だ。うん、和食と言えるかな?久しぶりの山菜に感動していた。
森を進むこと数回、道が無いと前回進んだ場所まで歩くのに時間が掛かる。悩んだ結果、道作りを行いながら進む事にした。硬木も炭に使ったので、収納の在庫も減っている。一石二鳥とは言わないが効率を考えれば最善の選択だろう。
道作りと植物の採取、魔物討伐を繰り返しながら山へと向かった。なぜ山か?理由は無い。もしかしたら道作りが趣味になったのかも。夏が来る前に中間地点までは進んでいた。森の中に違いは見られず、魔物も今までと変わらない。
水辺では花の咲いた植物が数種あり、試しに抜いてみた。一種は芋のような根があった。じゃがいもだろうか、もう少し育つまで待つことにした。他の花で実が成りそうな植物があった。麦のように連なった花が咲いているのだ。これの実が麦だと嬉しい。
だが、果物の類は見つかっていない。森の中に花を着けた木が無いのだ。
「花の中に苺があればいいな」
麦と芋、これらの植物が見つかっただけでも十分だが、欲はでるのだ。甘味も欲しくなってしまった。
「花が咲くけど蜂は居ないのか」
『この先、そこに居るはず』
ガーダが示す方向は低い岩山が連なる方向だ。
低い山脈に向け筏を進ませる。今回は速度を上げたいのでアブソに押してもらった。半日進んだが、見つからない。もっと先まで進む必要がありそうだ。ここまで進んだのは初めてなので、違った種の花を見つけた。これも実がなるまで観察だ。ここで引き返す。
この湿地は広い。縦横ともに二百キロはあるだろう。植生を全て知るには時間が掛かりそうだ。山脈までの道も冬まで掛かるだろうし、暫くは周辺の探索だ。
道が長くなれば当然、往復の時間も長くなる。今までの家は水上に固定したので使えない。ならば作ろう。
筏の木は陶芸で作った刃物を持って俺が歩いて切った。今回は二十センチの大きさにするので、同じように何回も往復して角材を用意した。
地球ではアイドルグループが舟屋を建てていた。神器もあるし俺でも大丈夫。自分に言い聞かせ作業を開始する。
柱には溝を掘り、胴差には凸を作りはめ込むのだ。多少の隙間は粘着剤で埋められるだろう。四本の柱の両端に直角に溝を掘る。幅七センチ深さ八センチ、長さ二十センチだ。一本に上下四か所、四本を作る。
胴差は両端に幅七センチ、長さ七センチの凸を作る。作るのは八本だ。これを組み合わせて骨組みが完成だが、窓や扉を着ける為の間柱も作らないとダメだ。胴差に間柱用の溝を追加し、間柱にも凸を作る。一面に二本の間柱が必要なので、八本を加工した。
ここで骨組みの組み立てだ。柱を立てる。五メートル、平屋なのだから長すぎた。サンメートルでいいかな。柱と間柱を切って凸の作り直しだ。
組み上がった骨組み、感無量。なんだかんだ言って二日間も掛けた作品だ。分解して接着材を塗ってから再組立てだ。
翌日、接着剤も乾いていたが、筋交いが無いので揺れる。外側に板を貼れば強度も上がるかと思い、二センチ厚の板を切り出す。
板を貼る前に窓枠が完成していないことに気づいた。間柱を繋ぐマグサと窓台を作っていない。窓は三面なので、足りない材料を収納から取り出し加工を始める。
間柱にも溝を追加するのだが接着しているので、骨組みの状態で加工をし、マグサと窓台を接着する。
この状態でも強度は上がったようで、揺れも少なくなった。
また問題だ。床が無い。簡易的な家なので床は省略することにした。陶芸で整地してから置けば床は不要だ。試しにベッドを置いてから収納したが、ベッドが残った。試して正解。今度は骨組みの状態で床根太と大引の追加だ。ついでに天井根太も追加していく。土台に溝を掘り、大引は凸を作り嵌め込む。大引と土台に溝を掘り、床根太は両端が凸、途中を溝にしてはめ込む。何度か失敗もしたので二日間も掛かった。上は天井根太だけなので一日で完成した。
外側に板を張っていく。スコップの柄を分解するとのこぎりになるので、窓部分などの長さを調節しながらの作業である。
次いで床。ここは三センチ厚の板を使う。ベッドや火鉢を置くので強度を上げておく。
最後が屋根だ。本来なら三角形にすべきだが、平に板を張って終わりにする。何度も言うが簡易的な家なので問題ない。ただし、雨や風が入らないよう、縦横の二重構造にした。隙間がないよう土の接着剤も忘れない。
外壁は横に張っているので、室内から縦に板を張り、二重構造にした。ここも隙間がないよう土の接着剤を使う。
そして窓枠作り。空けてある空間にはまるよう四角い窓枠を作るのだが、窓は観音開きで外に開くようにしたい。内側に入り込まないようストッパや鍵も必要だ。最初に四角の枠を作り、上下に穴を開けて窓の支点とする。穴は左右に開ける二枚の窓だ。枠より小さく隙間が宰相となるよう切出す。上下に支点用の穴を開けて完成。一枚板なので強度も十分だろう。隙間とストッパの為、窓枠内側に枠を作り、ネジで止めていく。凹凸で窓枠は組んであるので、分解して接着しながら再組立、完成した。三か所分で三日かかった。微妙に窓枠の大きさが違い、最初に同じ物を三個作ったが小さく使えなかった。残念。
最後は扉だ。ここも窓を同じ要領で枠を作り、扉をはめ込む。扉は幅を大きくしすぎで一枚板にできない。枠を作って板を嵌めて作った。
手作り感満載の家が出来上がった。家、と言うより小屋だな。外観は漆黒所で真黒。内壁は硬木なので茶色。窓と扉は黒。落ち着きのある色合いとは程遠いな。
都合、十日間掛けて完成だった。
家を作る。某アイドルより上手にできたかな?神器は使っていないが、神より授かった陶芸を使った刃物は活躍した。
夏も終わるのか、そろそろ気温も下がっているか、と思う時期になったので水辺の植物の観察に出かけた。赤い花は小さい実が生っている。一つ摘み、解析すると毒は無い。糖分が多いので果物の類だろうと食してみた。
「甘い!」
生っている実を全て収穫していく。赤く無い実は後日収穫だ。甘味が手に入り嬉しい。丸いので地球の苺とは違うが、苺でいいだろう。すごく嬉しい。一年近く食べていない味覚だ。嬉し涙が出そうだった。
麦のような植物はまだ青い。収穫には数日が必要だろう。芋のような植物はそろそろ大丈夫だろうか?収穫時期が解らないので赤い実の後に収穫する予定にしよう。
白い花の咲いていた植物だが、緑の実が生っている。先端が少し赤くなっている実もあった。形からも唐辛子に見える。辛い奴だ。緑の実は辛さより苦みが強い。先端の赤い部分は辛さが際立つ。間違いないな。赤くなった実から収穫しよう。
芋、苺、麦、唐辛子が収穫できそうだ。名前があっているか知らないが。
去年は異世界に来た直後で落ち着いて探索しなかったが、周囲にも食物があったのだろう。もう少し、落ち着いて行動すればと反省しておいた。
家作りと収穫作業で道作りは進んでいないが、充実した楽しい日々だ。