蜘蛛の仲間ができました。
木を伐り、草を採取しながら道作りを進めていた。湿地から二十キロ進むのに七日間も掛かっていた。完成した道の廻りに兎の魔物が出る数は少ないが、新たに切り開く先では数が多くなっていた。
道作りで一日、草刈りと解体で一日を使うので進みも遅い。だが、二十キロほど進んだところで新な魔物がでたのだ。
蜘蛛の魔物、バレーと野球の玉を合わせたような大きさで茶色の蜘蛛だ。
木を切ろうと進む先に蜘蛛の巣を見つけ、周囲を見廻せば一匹の蜘蛛が上空に控えている。こちらを見つけた蜘蛛は巣の中を進み近づいてくる。口から糸を吐き俺を捕らえようとしたが、兎より遅い蜘蛛の糸は簡単に避けることができる。投擲で簡単に倒せる魔物だったので危なげなく倒していた。だが、蜘蛛は食べる気にならず、全てをスライムの餌にする予定だ。
蜘蛛と兎を倒しながら道を進めていくと、一廻り大きな蜘蛛が居た。バスケットボールとハンドボールを合わせたような蜘蛛だ。巣もない木にぶら下がっており、こちらに気づいても動く気配がない。こちらが近づけば糸を手繰って上に逃げていった。
「逃げる魔物、初めてだな」
そう思いながら道作りを進めるが、離れた木の上から一緒に移動するのは先ほどの蜘蛛だった。こちらに好意的な気がする。
「異世界だからティムできるのだろうが、従魔スキルは持ってないから、餌付けでも試してみるか?」
蜘蛛に向かい兎の肉を投げると糸で絡めとり一口で食べてしまった。もう一切れなげるが同じように食べた。
「あまり与えても飼うことはできないし、二切れで止めておこう」
兎を狩りながら道作りを再開する。蜘蛛は微妙な距離で着いてきていた。日も傾いてきたので戻る事にしたのだが、湿地まで蜘蛛も一緒だった。だが、水は苦手なのか水の手前で止まり、進む事はなかった。
翌日、草刈りに出向くと道の左右に蜘蛛の巣が張られていた。兎が巣に捕まり食されたようで骨が引っ掛かっている。
水辺から一キロ先まで蜘蛛の巣が張られている。その先には無かった。昨日の伐採地点まで歩き周囲の草刈りを始める。草刈り中に蜘蛛が糸を飛ばしてきた。その先には兎が隠れていたが、糸に反応して動き出したので投擲で仕留めた。蜘蛛が周囲を見張っているようだ。九羽の兎を仕留めたので一羽を蜘蛛に食べさせようと思い、兎を持ったまま蜘蛛に近づいた。蜘蛛が木の上からスルスルと降りたので兎を差し出す。前足で首のあたりを刺し、引き寄せてから食べてくれた。
「餌付けは成功かな?」
いつものように昼過ぎに戻り、解体と油の抽出をした。
スライムは大きくなっていて、ゴミ箱の半分近い体積になっていた。
「そろそろ開放だな。ゴミ箱に収まらないよ」
そう呟いてゴミ箱を引っ繰り返そうとするとスライムは淵まで登り、体液のような液体を背中から吐き出した。しばらくすると最初と同じような大きさになっていたが、色が少し濃くなっていた。
「お前は言葉が分かるのか?」
まさか、と考えなおし兎の解体を始めた。蜘蛛は魔石も食べていたので、スライムも食べるかな?と思い兎の魔石を一個与えてみたら吸収していた。何か嬉しそうにフルフルと揺れていたが、蓋をして油の抽出に掛かった。
油も相当溜まったので魚を素揚げで食べることもできた。塩味だけだが、食感が変わるのは嬉しい。肉の素揚げは試していない。地球でも経験が無かったのだ。
更に十キロほど進むと猪の魔物がでた。二メートル近い大きさで牙が下四本、上二本で六本もある、凶暴な顔をしていた。蜘蛛が糸で教えてくれなければ突進の一撃を受けたかもしれない。猪突猛進の言葉通り一直線に突進してきた。スコップで打ち返すには大きいので投擲で対応した。だが、魔力を載せていなかった一投目は当たっても弾かれてしまった。二投目は魔力を使ったので顔に当り、顔が無くなってしまう。それでも五メートルほど進んだので、慣性って凄いなと感心していた。
猪は蜘蛛の巣で倒せるのか?蜘蛛の糸はスコップで簡単に切れたので、蜘蛛には無理だろうと思った。
その日は二頭の猪と遭遇し、多めの肉を確保できたと上機嫌で家に戻った。
そろそろ道も五十キロほどになった。猪の魔物を倒しながら進んでいたが、気温が一層と下がっている気配だ。冬が近いのかもしれない。
食料は問題が無いよう蓄えられた。薪も大丈夫。そろそろ冬支度のために道作りを止めるじきなのだろうか。湿地が凍ることはないと思いたいが、降雪が多いと陸地まで雪で覆われるのだ。その上を魔物が渡ってくるので蜥蜴人は見張りを立てて対応していた。一人で寝ずに見張りはできないので、対応方法も考えなければいけない。
あと五日間進めようと決め、道作りに向かう。その日は鹿の魔物と初遭遇だった。
立派な角が左右に四本、刺されば痛そうだ。今回も蜘蛛が教えてくれたので、遠距離での投擲で、攻撃を受ける前に倒した。群れで移動するようで、大小六頭の鹿を手に入れた。一番立派な角を持った鹿の魔石を取り出し蜘蛛に与えた。魔石を食べ終えると近寄ってきて角を前足で触る。頷くとバリバリ角まで食べた。良く見ると蜘蛛の色は黒くなっていた。足も太く先端は三本爪のようになっている。切れ味も良さそうだと思った。
懐いてきたので、頭に触れようと近づくが逃げない。そっと手を載せると何かのメッセージが脳内に浮かぶ。
『黒蜘蛛を従魔にしますか?』
従魔にできるようなので、『はい』と思うと新たなメッセージが浮かぶ。
『名前を付けて下さい』
蜘蛛の糸ってお伽話もあるし適当な名前は避けておこうか。
「お前には何度か助けてもらったし、ガーダでどうだ?ガーディアンとスパイダーを合わせてみたのだけど」
ガーダは前足を上げていた。
『名前、嬉しい、主』
脳内に言葉が聞こえる。何これって感じだが、スキルの中に念話があるのを思い出し、納得した
『念話が使えるのか。よろしくガーダ』
『よろしく、主』
『水は苦手なのか?』
『苦手』
ならば筏を作ろうと伐採した木を五本だし十メートルの長さに揃えて切った。五×十メートルの大きさがある筏を作りたいのだ。紐は無い。それが欲しくて木綿を探して進んだが見つからないのだ。
『この森に木綿のような紐を作れるような植物はないかな?』
『糸、出す』
ガーダが糸を出すが細く、粘着力がある。
『太くして粘着力をなくせるか?』
『分かった』
先ほどの三倍の太さになった。腕力で引き千切ることができないので、筏作りを始める。二本を紐で縛り、更に横に渡す木に縛り付ける。縦に十本、横が三本、筏の完成だ。長い枝を使い水底を突きながら進む。ガーダも同乗しているが、少し水が掛かるが大丈夫なようだ。
この日はガーダと焼肉の晩餐とした。焼くより生が好きだと言っていたのが残念だが。
達也が湿地から山に向かって道作りをしている頃、四人の召喚者たちは王宮で座学と基礎訓練を積んでいた。
ブラッドリッテ王国の歴史からスキルの種類や有用性、街中での常識、貨幣の単位と物価の目安などを学び、三十日が過ぎようとしていた。
この世界の暦は一年三百五十日で月という概念は無かった。今日は二百八日である。
三十日が過ぎた今日、四人は話し合いをしていた。
「今後についてだけど、騎士になるのは避けたいよな?」
勇樹が三人に確認する。
「そうね、冒険者として各国を廻り実力を付けてから魔王討伐の依頼を受けるのがいいわ」
結衣が自分の意見を言う。
「私は皆さんに着いていきます」
詩音は相変わらずだ。
「俺も結衣の意見に賛成だ。魔族と言っても魔力の多い種族ってことしか判らないし、森妖精と岩妖精が悪とも限らないからな」
聡輔も冒険者として行動するのに賛成だ。
「僕から国王様に話をしてみる。却下されたら夜逃げだな」
笑いながら勇樹が言うが、あの国王ならと三人は苦笑いだ。
ブラッドリッテ王国は人族の覇権を求め、魔族を襲うのではないか、それが四人の推論であったが、間違いではないのだ。ディーデクル王の言葉の端々から感じとれていたし、王都への外出で街中の会話に侵攻だとの話が混ざっていたのだ。
魔物が居る世界、魔物を退治する職業が存在し、それが冒険者ギルドに登録する冒険者を呼ばれる者達だった。各地のギルドに集まる依頼を引き受け、報酬を貰い生計を成す職業だ。王都や領都は強固な外壁に守られているが、畑や牧場などは周辺の街や村にあり、そこの警備を行うのが王軍や領軍だ。街や村の周辺に表れる魔物の討伐が冒険者の仕事とされている。周辺の盗賊討伐は軍の仕事だが、護衛任務や魔物討伐時に出くわせば冒険者も盗賊を討伐していい事になっている。
「盗賊退治は嫌ですよ」
また半泣きで詩音が訴える。
「僕たち、地球の人間にとって人殺しは最も嫌悪する犯罪だからね。僕も避けたい。けど、自分達の命を危険に晒してまで避けたいか?と言えばそうではない。この世界、命が軽そうだからね」
「俺も勇樹に賛成だ。なるべく避けるが、自分達が怪我するなら討伐する」
「まずは国王の説得だね」
王国との交渉は難航したが、限界突破したら王国に一端戻り、再度検討することで冒険者としての活動を認められた。
人族のレベルは最大で九九とされているが、スキル限界突破により九九九となることが出来る。四人はすでにスキルを所持しているので、レベルが三桁の届くのは確実視されている。四人が限界突破した時点での再交渉だ。
「悪くない結果だったな」
勇樹の肩を聡輔が叩く。
「ああ、僕としても上出来だったと思う。王国も僕達四人が他国に移る恐れを考慮してくれたのだと思うよ」
「まずは限界突破しているムーグナイル辺境伯の領地を目指そうよ」
結衣が目的地の確認をする。
「そうだね、途中の街で路銀を稼ぎながら辺境伯の領地に向かおう」
四人は途中のギルドで依頼を受けながら辺境伯の領地へと旅立った。
ギルドには冒険者ギルド、商業ギルド、工業ギルド、傭兵ギルドが存在し、各国を跨いだ共通の機関となっている。
商業ギルドは商人や店舗を経営する人々が加入する機関で、商品の仲介業務を行っている。飲食店などの仕入れは商業ギルドに依頼すれば、在庫のある商人が販売してくれる。その際に五分の手数料を支払う必要があるが、粗悪品や詐欺などの被害を防いでくれるのだ。時には商人から直接交渉を持ちかけられることもあるが、商業ギルドに見つかれば除名処分となるので表立った取引は非常に少ない。
工業ギルドは武具から鍋まで金属製品などを取り扱うギルドで、商業ギルドと冒険者ギルドからの依頼で製品の製作を行っている。ただし、金属製品のほとんどはドエワーフ族の作る製品で、流通がサリムガンダ帝国とミュツザハルフ皇国経由となっている。ドワーフの集落が両国に接しているのに起因していた。
この大陸は右からミュツザハルフ皇国、サリムガンダ帝国、ブラッドリッテ王国と並んでおり、各国の間に小国が存在していた。
サリムガンダ帝国が最大の面積があり、麦などの穀物の最大産地である。牧草地帯も多く、家畜の保有量も最大である。
周辺の国々にも食料を販売しており、他国が侵略しようにも兵糧が皇国頼みでは侵攻できない状態だった。王国は皇国がエルフ族との関わりから魔導士を多数育てていると睨んでいた。実際に畑や牧草地の質が周辺国より段違いに良く、同じ面積でも収穫量が倍も違うのだ。
皇国はエルフ族との繫がりがあった。過去に彼らの魔法に関する知恵を授けてもらっていた。それは百年ほど前の話で近年は物資の交換程度である。
各国の正面には広大な森、背面には海があり、森の先には極寒山脈が連なっている。山脈の先には達也のいる湿地帯となるのだ。
辺境伯領に到着する頃には冬が始まろうとしていた。
四人が王国を出立した時のレベルは二十台であったが、辺境伯領に到着した時には全員が四十台まで成長していた。人族のレベルでは騎士団の小隊長レベルであった。
四人は冬の間、辺境伯領で過ごす予定であり、ムーナグイル辺境伯には四人の意思を伝えていた。
王国周辺の魔物を討伐し、森を開墾して畑や草原を増やす。そして食料を自給できるよう力を使いたいとはっきり辺境伯に伝えた。
辺境伯は限界突破した王国一のレベルである。だが、脳筋ではなく物事の判断も的確であった。四人が召喚された時、その場に居た一人で一番苦い顔をしていたのだ。勇樹が見逃すことなく辺境伯を見ていたので、行先として一番にしたのだった。
「して、勇者様方は食糧事情を打開したいと申すのか」
「はい、王国の事情を召喚されてから見ていましたが、食料があれば魔族との抗争も防げるのではないかと思い、ムーナグイル辺境伯様の領地へと来ました。ムーナグイル辺境伯様の領地から始めたいと考えています」
「シュワルヘルニでよい。様付けなどこそばゆいわ。そなたを勇樹と呼ばしてもらうぞ」
「不敬にならないでしょうか?
僕を勇樹と呼んでいただくのに不都合はありません」
「不敬などと、そなたらの世界でもそのような呼び方で話をしておるのか。違うのであれば異世界の常識で構わん」
「解りました。流石に呼び捨てにはできないので、辺境伯殿と呼ばせていただきます」
「構わん。他の者も同じように呼べ。
で、そなたらは魔族への侵攻に反対なのだな」
「はい、まだ魔族との接点がないので決めていない、が正解です」
「なるほど。確かに相手を知らずに戦うなど出来ぬ。道理を得た答えだ。
だが、国王様の考えも理解できる。そなたらの言うように王国は食料が不足しておる。皇国からの貿易で凌いであるが、王国とて無限の富があるわけでもない。税を上げることもできず、王国の財を減らし続けることもできん。そなたらに頼り、エルフ族の知恵を得たいと願ったのも道理である」
「エルフ族と貿易はできないのですか」
「人族を嫌っておる。遥か昔から人族に襲われ、同胞を失っておるからの」
百年前に皇国がエルフの手助けを受けたのは、一人のエルフの気紛れだった。人族に興味を持った少女が皇国に忍び入った。そこで飢餓に苦しむ人々に魔法を授けて歩いたのだ。攻撃魔法は教えず、土魔法を授け田畑の開墾に助力したのだ。
エルフ族は麗しい見目ゆえ人族の愛玩具として攫われておった。今でも闇市で売買されておる。助力を願うのは無理であろう」
「そうですか。僕達にどこまで出来るか解りませんが、出来る限りのことはします」
「それは有難いが、王宮に知られても構わんのか」
「限界突破するまでは修行として時間を貰えました」
「そうか、そなたらも限界突破を目指すのか。我に解ることがあれば教えよう」
「限界突破のスキルは既に四人が習得しています。どうすればいいのか、教えていただけますか」
「すでに習得しているのであれば簡単であろう。レベルが百を超える魔物を倒していけばよい。黒熊が手頃であろうな。百を超える魔物で数も多い」
「なるほど、簡単な理屈ですね。黒熊ですか、山に行けば会えますか」
「そろそろ冬に入るが、大丈夫であろう」
「冬だと問題がありますか」
「極寒山脈と呼ばれる山である。雪が多く戦いには向かない時期であるな」
辺境伯から更に詳しい話を聞き、山を進む事にした四人。だが、黒熊と遭遇できる山奥まで進むレベルではなかった。手前の豚族で精一杯だったのだ。そこで雪が降り冬の到来となってしまった。