救出成功
翌朝、冒険者の一人はドワーフ国へ向かい出立したようだ。
皆で朝食の後、家について考えていた。犬人族か猫人族に頼もうか、いっそ俺が作ろうか?
陶芸でロの字形に囲いを造り、屋根を木で作れば簡単ではないだろうか。昨晩、寝る前に思いたったのだ。
地面に間取りを書き、大きさを決める。一軒に三部屋は欲しいな。トイレは必要だが獣人達は風呂に入らない。無くてもいいだろう。壁の高さは三メートルでいいだろう。屋根が三角になるよう、二辺は五角形の壁にして、頂点は柱となるよう繋げておく。
縮尺十分の一でモデルルームを作ってみた。いい出来だと自画自賛しておこう。
カレーナなら満面の笑みで褒めてくれるだろうな。何かに集中していないと彼女を思い出して落ち込んでしまうな。
「はぁー」
と溜息を一つ吐いてから間取りを再考していった。途中、村長にも見てもらったが、立派過ぎると言われてしまった。
扉や窓の位置も決まり、実寸の家を出す事にした。
だが、湿地の土が残り少ない。堀を作った時の土が大量に余っているので、不要な成分を抜き取り、試しに作ってみた。
出来上がった家は黄土色で、実用に耐える十分な強度だった。扉と窓枠を嵌め込めば完成なのだが、そこは陶芸では作れない。スコップで木を整え、作っていく。ちなみに床も一体で作っている。
屋根用の板も作り、窓と扉を嵌めていく。屋根は子蜘蛛達が貼付けてくれた。
3DKの一軒家が完成していた。
世帯数分をつくるのは大変そうだな。そんなことを思い、家を眺めていると、村長がやってきた。
「見事な家ですな。兎人族は扉や窓は布で十分ですよ。今までと同じほうが馴染みやすいと思います」
村長さんの言葉に甘えて、窓と扉の無い家を大量生産することにした。陶芸空間で同じ家を大量に焼き固めていく。
そんな事をしていると夕方となり、テルダム領から荷物が届いた。
「ご苦労様でした。希望の品を入手できましたか?」
「はい、小麦は一万五千キロ確保しました。服や日用品は店頭にある五割を目安に購入しました。毛布とテントが足りるか。微妙です」
「いや、十分です。食料と服があれば、他は他領に買いに行ってもいいですから。お疲れ様でした」
「小麦はどこに入れますか」
倉庫まで考えていなかった。早急に場所の確保を始める。
住宅地の端にある畑を整地して、陶芸で大きな箱を造り、倉庫として使用する。一辺三十メートルもあれば十分だろう。
倉庫を出すと、ドカッと地響きがした。
「この中に小麦をお願いします」
壁の厚みは一メートル、高さ五メートルある倉庫だ。入らないことはないだろう。
「ここにだせばいいのだな」
ギルドで見たA級の冒険者だった。彼が収納袋から小麦の袋を次々と取り出して並べていく。一メートルほどの高さになるよう積み上げていくと、半分も使っていなかった。
外では服が配られている。皆喜んでいるようだった。
監視役の男に
「お金は足りましたか」
と尋ねてみる。足りないようならドワーフ国に向かった彼が持ち返る金を渡す予定だ。
「余裕で足りました」
と言って余った金貨を返してくれた。
「冒険者たちへの報酬も支払い済ですか」
「はい、全て支払い済です。テルダム領主様は無料だと言っていましたが、市価から計算して、小麦の代金も強引に渡してきました」
広場ではテントが設営されていく。色とりどりのテントが並び、少しだけ華やかな雰囲気になっていった。
何人もの村人が亡くなり、暗い雰囲気だったがカラフルなテントで皆に笑顔も見えていた。
俺は皇国の監視役だった男たちと初めて自己紹介をした。
侯爵領に行ったのは班長のゾングイ、残っていたのはアルベルトとカムナルだ。カムナルは一言も話をしていない、寡黙な男?だ。
「ゾングイさん、品物の入手、有難うございました。これから伯爵領に向かおうと思います。そこで、お願いがあるのですが、傭兵をテルダム領主に引き渡してほしいのです。明日、荷物も届けてくれた荷車に積んでいって下さい。」
「タツヤ殿は一人で伯爵領へ向かうのですか」
「ええ、一人で行けば、明日の夕方には着くと思います。獣人達を探して連れ帰ります」
「分かりました。私がテルダム領へと連れていきましょう」
「ありがとうございます。残った方々には、この村の警備をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか。このような状況なので、門前にある広場で警備をお願いしたいのですが」
「二名がここに残るのは構いません。警備も問題ないです」
「では、よろしくお願いします」
伯爵領へ向かおうとすると、ポケットの通信機から音が鳴った。宰相さんから通信機を渡されていたのだったな、忘れていた。
「タツヤです」
「ジョイナンドです。使いの者から、この度の概要を聞きました。我国でも支援の物資を用意しましょうか」
「かなりの量の物資を手に入れることができました。まだ整理中ですが、不足があれば頼らせていただきます」
「いつでも連絡して下さい。それと、買い取りの品ですが、白金貨十枚でよろしいでしょうか」
「それでお願いします。監視の方には村に戻るよう伝えていただけますか」
「分かりました。明日の早朝には出立予定ですので、夕刻には到着するかと思います」
「分かりました。では、これにて失礼します」
通信を切り、俺は伯爵領へ向かい、走り出した。今は体を動かしているほうが、気が楽になれるから。夜の街道を只管に走っていった。
伯爵領はテルダム侯爵領から皇都に向かった方角にある。テルダム領を横目に皇都へは、街道を真直ぐに進むだけだ。途中、別の貴族が治める領があるが、それを越えればすぐだった。
「身分証明書をお願いします」
伯爵領へ入る際、門番に身分証を提示していた。眠らずに走ったせいで、少し苛ついていたが、ここの兵は丁寧な対応だったので、揉め事にならずに入る事ができていた。
人通りの少ない路地に入り、いつもの古青龍の服に着替え、伯爵の館へと向かう。
(街中は賑やかで活気があるな。ここの領民には迷惑掛けないように注意しないとな)
見廻しても獣人は居るけど、奴隷が多いとも思えない。笑っている獣人もいるのだ。
領主は獣人を奴隷として攫っているようだが、街全体での行為ではないようだった。
領主館はどこでも同じようで、一番大きな館を目指して歩いていく。五階建てだろうか、遠くからでも人目で解る館だ。
館の前に広場があり、そこは屋台が並んで
いて人が溢れていた。
「ガーダ、人質を探してくれないか」
そう言うと子蜘蛛達と一緒に館の中へと消えて行った。今回は十五匹の子蜘蛛が一緒に来ている。
しばらく待っているとガータ達が戻ってきた。ガーダが足を上げて
「この方向、家の中、居る。四か所、分かれている」
館の左側にあるようだが、塀で中は見えない。そのまま塀に向かい歩き、塀の前で立ち止まる。収納から魔力玉を取りだし、塀に向かい投げつけるのだった。
炸裂音と共に砂煙が立ち上がる。徐々に視界が開けてくると、塀は広範囲で無くなっていた。地面にも大きな窪みが出来上がっている。
それを飛び越え、ガータの示す、奥にある建物へと向かった。
奥の建物からは何人もの男たちが、音に驚き飛び出してきている。
「ここに獣人が攫われて来ただろう。すぐに開放しろ」
俺は男たちに向かい叫んでいた。
「はあ、獣人だぁ、知らないな。ここは伯爵様の館、その中にあるガルム傭兵団の拠点と知っていての行動だろうな!」
知らないと言うよな。そして、傭兵団の拠点なのも納得だ。それなら死なない程度に対応するか。先ほどより威力の弱い魔力玉を取り出し、奴らの足元、少し手前に投げる。
再びの炸裂音と砂塵が舞い上がる。先は見えないが、繰り返し、十発投げたところで、砂塵が治まるのを待つ。
視界が張れると、男たちは建物の方へ吹き飛ばされていた。もちろん多数の窪みも出来上がっている。
俺は建物へ向かい、窪みを飛び越えた。邪魔な奴らは窪みの中へと蹴り落とす。
「ガータ、この中で間違いないよね」
ガーダは足を上下させ、肯定の合図だった。
建物に触れ
「収納」
と叫び建物を収納する。そこには裸の獣人達が二十人ほど横になっていた。
「大丈夫か?助けにきたよ。俺が分かるか」
問いかけると、数人が状態を起こし、頷いている。俺は収納からポーションを取り出し
「ポーションだ。使い方は分かるか?」
再び頷く獣人達にポーションを渡して歩く。
「他にも仲間が居るのですが」
一人が訴えてきた。
「大丈夫だ。少し待っていてくれ」
そう告げて、横の建物を収納する。
「彼等にポーションを配ってくれないか」
俺は立ち上がっていた兎人族にポーションを渡し、残りの建物も収納していった。
ポーションを渡し、凸凹になった地面に土を入れ、ここから返る準備を始める。
「何者だ!ここはアムナール伯爵様の館だ!抵抗するなら獣人共々、殲滅する。大人しくしろ!」
「お前達は何者だ。俺は高達達也、兎人族が攫われたので助けに来ただけだ。問題ないだろう」
「我らは伯爵様の家臣、領兵だ。そもそも貴様、何を言っている!この獣人どもは伯爵様の奴隷だ!隷属の首輪も嵌めているだろ!
見れば全員が首輪を着けていた。
「攫って奴隷にしたのだろう。彼等は借金奴隷でも囚人奴隷でもない。攫われ、無理矢理奴隷にしただけだろうが」
「何を言っている!首輪をして、伯爵様と奴隷契約は終わっているのだ!何も問題の無い奴隷だ!」
「何を言っても無駄のようなので、彼等は村に連れ帰る」
「伯爵様に逆らうのだな!全員、戦闘開始だ!全員拘束しろ!奴隷は傷つけないよう留意せよ!だが、絶対ではない!掛かれ!」
領兵は五十人ほど居るようだ。塀の外側で構えているが、窪みがあって渡ってこられない。何か無様だなと思いつつ、塀を壊したのと同じ魔力玉を投げつけた。
兵たちの足元と周囲の塀に向かい投げつけた魔力玉。轟音と共に三度目の砂塵が舞う。砂塵が治まれば、領兵たちは吹き飛ばされ、半数は意識がない状態のようだ。
このままでは歩いて渡れないので、窪みに土を出して埋めていく。
塀の外には別の兵士たちが槍を構え、こちらの様子を伺っている。俺は後ろを振り返り
「全員にポーションは行き渡ったかな?足りないようなら言ってほしい」
全員が立ち上がり、こちらを凝視している。
「歩けない者は居ないか?」
何も言わないので、問題はないのだろう。こちらを見たまま動けないようだ。
「少し話をしてくる。待っていてくれ」
俺は塀の外へと向かい歩いていく。槍を構えて威嚇している兵士と話をするのだ。
塀の外へ出た俺に向かい
「貴様!ここを私の、アムナール伯爵家の館と知っての侵入か!そこの兵ども!即刻そこの男を捕らえろ!」
叫んでいるのが伯爵のようだ。
「貴方が伯爵様ですか。侵入などではありませんよ。獣人の村を襲い、攫った者達を返してもらいに来ただけですからね。問題はないと思いますが」
「私の奴隷だ!襲ったなどと戯言を!証拠があるのか、証拠が!」
「証拠なら囚われていた兎人族の方々が証拠でしょう」
「奴らは借金奴隷だ!自ら志願して私の所を頼ってきたのだ!首輪が証拠だ!双方の合意が無ければ奴隷契約は成立しないからな!」
その話はゾングイさんに教えてもらっていた、合意はなければ成立しないと。だが、拷問や精神系の魔法で無理矢理同意を得るやり方があるのも教えてもらった。
「では彼等自身に確認しましょうか?」
俺は兎人族の元に向かった。会話を聞いていたのか、一人の女性は前へと進み出た。
「私たちは奴隷契約前の事を話ができないよう、契約を結ばされています。話ができないのです」
涙を浮かべながら訴えてきた。俺は首輪に触れ、魔力を一気に流し込む。魔力玉を作るのと同じ要領だ。パキッと音がして首輪が割れた。これもゾングイさんに教えてもらった方法だ。術者より多くの魔量を流し込めば、首輪は効力を失うのだと。
「貴女の名前は?」
「ソルナルナと言います。村長ナガンセミの長女です」
「ソルナルナさん、彼等に説明をお願いできますか」
ソルナルナさんと二人で、塀へと向かって歩いていく。兵士たちも伯爵も唖然とした表情でこちらを見ていた。周囲に集まっている人々も同じような表情だ。
騒ぎを聞きつけたのか、多数の野次馬が広場には集まっていた。だが、壊れた塀からは距離を開けて騒動に巻き込まれないよう、遠巻きに眺めているのだ。
「私達、兎人族の村は傭兵団、そこで寝ているガルム傭兵団に襲われました。多くの男たちが殺され、傷付き、女子供はここまで運ばれ、魔法により意識を奪われてから、奴隷契約を結ばされました。決して借金や罪を犯して奴隷となったわけではありません!」
泣きながら叫ぶように訴えていた。
兵士の中から一人の男が歩み寄り、
「私は皇国第五騎士団、団長のジュラム・アストナだ。貴女の話は誠であるか?」
ソルナルナさんは騎士団長を睨みながら、大きく頷いた。
「アムナール伯爵閣下、このように申していますが、事実でしょうか?」
「嘘に決まっているであろう!この獣人が借金惜しさに嘘を付いているのだ!」
「嘘など言っていません!」
ソルナルナさんは即座に否定する。
「騎士団長様、どちらの言い分が正しいと思いますか?俺は兎人族の村を、実際にこの目で見てここに来ました。足や腕を斬り落としてまで、奴隷になる必要があったとは思えません」
「何を言っている!金が欲しくて、借金を踏み倒そうとしているだけだ!団長、すぐに捕らえろ!」
「私個人としては貴方方の言葉を信じたい。だが、国に使えるこの身、証拠無しでは対応できない」
「証拠ならあります!」
門から一人の青年が出て来た。手には紙の束が握られている。それを上に掲げ声をあげた。
「これはアムナール伯爵と王国貴族との契約書、それと傭兵団との契約書もあります。借金奴隷であれば、傭兵団に獣人百人を捕らえるよう依頼する必要がありません。そして、その奴隷たちは王国の貴族へと引き渡す契約も不要なはず。しかも奴隷の数も一致しています。アストナ騎士団長、これが証拠です」
青年は伯爵の横を通り、騎士団長に契約書を手渡した。
「クルムード!気様!」
「おじい様、貴方は父上の進言を無視して奴隷を集め続けた。それだけなら許せたのに、父上を辺境へと追いやった。父上の無念、私が晴らさせていただきます」
どうやら御家騒動があるようだ。だが、俺にとっては好機だ。
「では彼女たちは連れて帰ります」
「お待ち下さい。その姿のまま森まで戻るのでしょうか?当家の犯した過ちです。せめて衣服と馬車を用意させてください。明日の朝までには用意しますので、今晩は当家で休んでいただけないでしょうか」
伯爵のお孫さんからの申し出だった。村人達を見れば、疲れた顔もしている。確かに、帰ると言っても村までは遠いし、子どももいるので、全員で歩いて帰るのは無理そうだな。
「ソルナルナさん、申し出を受けてもいいかな?」
「はい、服は必要です。馬車は子供達だけでも乗せていただけると有難いです」
「了解です。クルムード様、お言葉に甘えさせていただきます。よろしくお願いします。宿泊は先ほどの建物を出しますので、そちらで大丈夫だと思います」
俺がソルナルナさんを見ると、頷いてくれた。勝手に言ってしまったが、大丈夫なようだ。
建物があった場所には中身が転がっていた。俺は建物だけ収納したので、傭兵たちが使っていた品が残っているのだ。
団長さんにお願いして、片付けを手伝ってもらう。証拠として必要な品もあると言っていた。
片付いた敷地に建物を出した。中は綺麗になっている。埃やゴミは収納されていないのだ。いつも使う宿泊用の家は中身ごと収納しているので、全く気付けない効果だった。
四棟に分かれてもらい、食事や衣類が続々と運ばれていく。騒動を見ていた屋台の人達が書き入れ時とばかりに屋敷周辺に集まっていたのだった。衣類を扱う店舗も我先に集まって来ていた。商売人の逞しい一面を見せてもらい、今後の参考しようと思った。
「タツヤ殿、少し話をしたいのだが、よろしいだろうか」
団長さんがやってきた。一緒に館の中に向かい、応接室に入ると、クルムードさんが待っていた。
「この度は当家の当主がご迷惑をお掛けしました。申し訳ありませんでした」
貴族階級が頭を下げていいのだろうかと、一瞬思ったが、
「私に頭を下げられても、返答ができません。兎人族の人達と話をしていただきたいですね」
「そうですね、後ほど、伺う事とします。それでタツヤ殿、当家は今後、どのように対応させていただけばよろしいでしょうか」
保障の話だろうか、俺にされても返答できないのは謝罪と同じなのだが。
「もし伯爵領に住む働ける男の人達が半数は殺され、半数は手足を失ったとします。伯爵領はどうなりますか?」
「・・・立ち行かなくなります。取り潰しでしょうか」
「取り潰しになった後、残された人々はどうなりますか」
「・・・奴隷落ち、もしくは犯罪に手を染めるかもしれません」
「兎人族の村の状況がそれです。どうすればいいのか、誰か知っていたら教えてほしいです」
「・・・」
クルムードさんも団長さんも言葉が見つからないようだ。俺だって何を行えばいいのか知らない。でも、残された人達は生活しなければならない。
「毎年、収穫時期に食料は届けさせていただきます。それに多少のお金も」
「構わないと思いますが、いつまでですか?今の村人達が死に絶えるまでですか?俺には良策とは思えません。村人達が好意に甘え、働なくなっても困りまし、何代も補償することも不可能ですよね?それなら村人達が働ける仕事を考えいただけると有難いと思います。ただ、あの森の中から外に出ることは無いとも思うので、難しいと思いますが」
「そうでしょうか?ある程度の補償で何とかなりませんか」
「クルムード様、タツヤ殿が言っている意味が分かりませんか?言葉は悪いですが、例えるなら物乞いでしょうか。初めて物乞いをしたら、満足な食事が得られた。翌日も翌々日も食べることができた。これが一年続いたら、その人は将来働くと思いますか?」
「いえ、また物乞いをするでしょうね」
「それと同じです。対価無に補償を続けることで働く意欲が無くなることを、タツヤ殿は危惧しているのです。分かっていただけますか」
「はい、貴族の傲慢ですかね、何でも金で解決できると思ってしまいますね。将来を含めての補償、私には難しいです」
「父上のファランド様も直に戻られるはずです。お二人で相談してはいかがでしょうか」
伯爵が捕らえられたので、息子さんが戻ってくるのか。次期伯爵様が戻るなら、それを待ってもいいと思う。
「俺は戻りますね。明日は夜明け前に出立します。兎人族の人達のこと、よろしくお願いします」
「先に戻られるのですか?」
「はい、ドワーフ国へも帰りたいので、先に出ます。ですが、兎人族たちは急ぐ必要もないので、無理させずにお願いします」
「判りました。アストナ騎士団長、騎士から護衛の人員を出していただけますか」
「はい。十分な人員を用意し、安全に確実に同行させていただきます」
「よろしくお願いします」
村人達のところに戻り、ソルナルナと話をした。先に戻る事を告げ、伯爵家からの申し出を断ったことを告げた。
「ありがとうございます。伯爵家から施しを受ける意思はありません。何とか乗り切ってみせます」
いい笑顔だった。彼女の中には補償を受ける意思はないようだ。彼女というより、兎人族全体なのだろう。聞いていた村人達からも異論はなく、ソルナルナに賛同するように皆が頷いていた。
ジュラムは騎士団の拠点にある牢の前に居た。
「アムナール伯爵、なぜ獣人を攫って奴隷にしていたのですか。閣下の施政は間違っていなかった。ここ数年は領内の人口も増え、税収入も上がっていると思っていましたが」
「そうだな、私は商人や職人たちへの税を少しだけ下げていた。それにより人が集まるようになったのは、ここ数年の話だ。昨年の税収は上がり、あと十年、いや五年で潤うはずだった」
「では、なぜ?」
「領兵だよ。我が領は一千人の領兵を有事の際には集めなければならない。正式な兵士として雇うにも人が居ない状況だった。それを埋めるため、傭兵団を囲っていたが、資金が足りなかったのだ。ここは皇都から近く、周囲の森に魔物も少ない。暮らしには優しい環境だが、傭兵たちの稼ぎが無いのだ。場所の提供だけで奴らは駐留しない。稼げないからな。それを補うために獣人の拘束を行っていたのだ、依頼という形で。奴隷を売った金は全てが傭兵の維持に使われていた。今でも五百しか人が居らず、何かあれば金をばら撒き集めるしかない現状。お金も人も足りないのだ」
「そういう事情なら、皇城へ相談されてはいたのですか?閣下の子息が文官として、内務部に務めておいででしょう」
「いや、何も話はしていないな。だが、息子、長男のフォランドは何回も止めるよう進言してきた。共に打開策を案じていたが、何もできずにいた。その進言も疎ましく思い、沿岸警備に廻るよう、軍務部に働きかけ、追い出したのが私だ。私の自尊心が邪魔をしていただけなのだが。今思えば、もっと早く露呈していればと思うよ」
「事情は解りました。今回のことは皇城へ報告しますが、領兵の件も記しておきます。フォランド様も直ぐに戻られることでしょう。沙汰があるまで、ここでお過ごし下さい」
ジュラムは自身の部屋へと戻っていた。
「内務、軍務に関わる事態だな。他領の確認も必要になるとすれば、諜報部へも報告が必要か」
一人呟き、報告書の作成を始めるのであった。
翌朝、俺はドワーフ国へ向かって走りだしたのだった。