人攫い
俺は村の入り口が見える位置で唖然としたまま佇んでいた。作った門と橋が無くなっていたのだ。門の廻りには焼け焦げた跡がある。
しかも、新たに造られた土の橋が架かっているのだ。
「何があった?」
一人呟き、見張り台に人が居るのを見つけた。何故人が居るのだろうか、そんな事を考えながら門へと近づいて行った。
「ガーダ、嫌な予感がする。中の様子を見てきてくれないか」
小声でガーダにお願いすると、子蜘蛛達と共に門の中へと消えて行った。
「止まれ!何の用だ」
門に近づくと見張り台の男が静止してきた。
「ここは兎人族の村だったはず。カレーナという女性に会いに来た。俺の店に努める従業員なのだが」
「カレーナ、そんな女は知らないな。この壁の内側は『ガルム傭兵団』の砦となった。関係者以外立ち入り禁止だ!」
傭兵団の砦?何を言っているのだ、この男は。ここは兎人族の村だ。嫌な予感が当たっているのだろうか?
『主、獣人、怪我。人間、十人いる』
ガーダが戻って報告してくれる。数分だが思考が停止していたようだ。
見張り台の男は相変わらず帰れと叫んでいるが、獣人が怪我をしている?
「お前ら、村を襲ったのか!」
「あぁっ!獣人には無用な村だったからな。襲って奪った!ぎゃははははっ!獣人相手だ、当然だろう!」
俺は男に向かい魔力を籠めた陶芸の玉を投げつけた。
炸裂音と共に見張り小屋と男が吹き飛んだ。そんなに魔力を籠めていないので、落ちた衝撃だけで死んではいないだろう。
「ガーダ、拘束して連れて行こう」
男を簀巻きにしてガーダが引き摺っていく。この先、九人いるのだろうが、
「他の人間を子蜘蛛達で拘束できるかな?」
腕を上げて了解の合図だ。子蜘蛛達が散っていった。
森を抜けると畑が見えるのだが、荒らされ今年の収穫はできない状態だ。
その先の家だが、ほとんどが倒されているようだ。広場には兎人族の村人達が集まっており、九人の人族が簀巻き状態で転がっていた。
「お前、何者だ!俺達がガルム傭兵団と知っているのか!直ぐに仲間も戻ってくる!拘束を解いたほうが身のためだぞ!」
悪党らしい叫び声だ。喚いている一人を蹴り上げる。身体強化を使っているので、地面を転がっていく。それを見ていた八人は騒いでいた口を塞ぎ、沈黙した。
俺は村人に歩み寄り
「何があったか教えてもらえるか」
集団の中ほどで女性が立ち上がった。ナガンセミ村長の奥さんだ。
「突然、彼らが五十人程で襲ってきました。門は魔法で吹き飛ばされ、見張りの男たちが人質として捕まりました。そのまま村まで来ると、人質を盾に男たちを拘束しました。逆らえないように男たちは足や腕を奪われ、女と子供達も拘束されました。子供達と若い女たちは連れ去られました。家や畑も荒らされ、服も奪われ、私達はここに集められ、四日が過ぎています。男たちは傷が元で動けない状態です。薬かポーションが必要です。助けて下さい」
泣きながら語ってくれた。奥をみれば男たちが多数寝ている。
「今、どこかの国から見張りに来ている人間がここに来る。彼等ならポーションも持っているだろう」
後ろから五人が歩いてくる。腰に縄を回されて、子蜘蛛が先導していた。彼等に向かい、
「突然すまない。見ての通りだ。怪我人が多数いる。ポーションを持っていたら売ってくれないか」
そう言うと彼等は顔を見合わせた後、腰のポーチからポーションを多数取り出してくれた。
「これで全部だが、足りるか?」
際出された数は百を超えていた。
「ありがとう。すまないが効能や使い方が解らないので、怪我人の介抱も頼んでいいだろうか」
「ああ、問題ない」
五人は奥へと歩みより、怪我の具合を見ながらポーションを飲ませたり、傷に振りかけていった。
「すまない、全員分には足りないようだ。
全員を回復させられなかった」
俺は簀巻き状態の男たちを見た。奴らも持っているだろう。
「お前らもポーションを出せ!」
そう言ったが何も喋ろうとしない。一人を再び蹴り上げた。今回は弱めだ。
「速くポーションを出したほうがいいぞ」
もう一度蹴り上げる。それでも喋らないので、数回蹴った。
「わがっだ、だずがら縄を解いでぐれ」
濁点が多い喋り方になっているが、出す気になったようだ。腰のポーチから六本のポーションが出て来た。
「お前らも出す気になったか」
全員が頷くので、拘束を解きポーションを出させる。蹴り上げた男がポーションを飲もうとしていた。子蜘蛛が直ぐに拘束してしまう。
「お前らが使うポーションは無い。これで足りるかな」
俺は監視役の男にポーションを渡す。
「足りると思うが、症状までは把握できないので、何とも言えないな」
そう言って獣人達の手当てに向かった。
何とか数は足りたようで、男たちも立ち上がっていた。だが、足や腕を切断された者が多数おり、悲惨な状況に変りは無かった。
俺は収納から肉と小麦を取り出し、
「食事にしよう。四日間、何も食べていないのだろ?」
広場を囲うように陶芸で作った竈を並べていく。陶芸で土鍋も作り、スープも飲めるよう調味料や魚と蟹も提供する。炭も作っていて良かったと思った。
村人たちは竈を囲んで食事を始めた。
俺は監視役の男たちに向かい
「ポーションの代金はいくらだろうか」
無料でもらうわけにはいかない。
「金貨三枚程です」
「我らは金貨四枚でお願いします」
五人居るが、別々に行動していたようだ。収納から金貨を出して支払をしておく。
「皆さんの国はどこですか」
「我らは皇国の者です。王からの密命でタツヤ殿の行動を監視しておりました」
「俺らはドワーフ国に雇われた冒険者だ。目的は一緒だな」
両国から監視されていたのか。悪い事はしていないので、問題ないが。
「今回の傭兵団ですが、どこの国か分かりますか」
「・・・我国で活動している傭兵団です」
皇国から来たのか。
「その件ですが、傭兵団の尋問は我らに任せていただけませんか」
「どういう意味でしょうか」
「奴らの後ろ盾として、貴族が絡んでいると思われます。それを聞き出したいのです」
「構わないですが、俺にも教えて下さいね。仕返しとか考える必要もあるからね」
「・・・知り得た情報はお伝えします。ですが、報復については皇国にお任せいただけませんか」
「それは無理です。これでも怒っているので。許しませんよ」
そう言って少しだけ魔力を出してみた。五人は一瞬怯んだが、すぐに持ち直した。
「それより。ここから一番近い街は皇国ですか」
「はい、テルダム領が近いです」
俺は村人達を見る。皆下着姿なのだ。家も無くなっている。
「彼等、獣人達の服と食料を調達していただけませんか」
収納から全てのお金を出した。そこから服や食料、毛布などの日用品まで、買えるだけ買ってきてほしいとお願いした。俺の願いを聞き入れてくれて、皇国の監視役から一名がテルダム領へと向けて出立していった。
そんな話をしているとナガンセミが、暗い顔をして近くで佇んでいた。
「村長、傷はいいのですか?食事は足りていますか?」
彼は暗い顔のままだが、
「タツヤさん、カレーナさんが・・・彼等に殺されてしまいました・・・」
今、何と言った?カレーナが殺された?そんな馬鹿な。家が貧しく、奴隷となって働いても将来を諦めず、足を失っても強さを求めていた彼女が死んだ?
「うおおおぉぉぉぉぉーーー」
俺は声を張り上げていた。こんな悲しい話があっていいのか!
しばらく天を仰いだままだった。
「本当に彼女が死んだのですか?」
俺はナガンセミに確認した。彼は小さく頷く。
俺は傭兵たちを見た。こいつらが殺した。カレーナを殺したのか!殺気が溢れ出るのを自分でも感じていた。
その時、視界に監視役の男が入ってきた。
「タツヤ殿、今は抑えて下さい。奴らに依頼した人間が誰か、喋ってもらうまでは抑えて下さい」
額に汗を浮かべながら俺の前に立ちはだかった。
「・・・ふぅー、そうですね、黒幕を教えてもらわないといけませんね」
俺は殺気を抑え、何とか言葉を絞り出した。
「彼女は今、どこに眠っているのですか?」
「森の手前に他の男たちと一緒に埋葬しました」
村長に連れられ、埋葬された場所へと向かうと小高い山になっていた。
「亡くなった人は何人ですか」
「五十二人です。男たちが四十三人、抵抗した女たちが八人、それとカレーナさんです」
村長は自分の見たことを教えてくれた。
カレーナは一端拘束されたが、男たちが殺されるのを見て反撃に出た。だが、人質が居る状態では抵抗も出来ず、殺されてしまった。
涙を流しながら話をしてくれた。
「全員の名前を教えて下さい」
村長が言う名前を土の板に刻んでいった。全員の名前を刻んでから陶芸で焼き固め、山の上に置いた。
そこで手を合わせ、皆の無念は晴らすからと祈っていた。
祈りが終わり、後を見ると村人達も一緒に祈っていた。思いは一緒だ。こんな悲劇、無くしたいよな。天を仰ぎ、何をすべきか考えていた。
広場に戻り、皆一緒に食事をした。正直、味も分からない状態だが、空腹だったのか、かなりの量を食べていた。
「タツヤ殿、今回の誘拐を依頼した貴族が判りました。アムナール伯爵です」
この貴族は皇都に近い領地を持つ貴族で、皇国内で上位の地位にあるようだ。
「その貴族の戦力は分かりますか」
「領兵、貴族が雇っている兵士が五百、この中に傭兵も含まれます。国からの兵が五百です。領兵の五百は傭兵も含まれるので、ガルム傭兵団は常駐の戦力と考えて問題ありません。百名程は呼集に応じる傭兵団となっているようです」
「合わせて千名ですか」
千名も相手にできるのだろうか。
「ですが、領土内の警備や周辺の警戒もあるので、領内は三百程度かと思います」
三百か、それなら何とかなるかな。
俺は魔力を籠めた陶芸の玉、魔力球を大量に作る事にした。今日、テルダム領へ向かった彼は明日には戻るだろう。彼が戻ったら俺はアムナール領へ向かう。囚われた獣人達を一刻も早く解放したいのだ。だが、間に合うのだろうか?既に他国へ売られていないだろうか?
「攫われた獣人達はどこに居ると思いますか」
「伯爵領で奴隷契約を行うはずなので、領主の館、もしくは傭兵団の拠点でしょうか」
監視役の彼は傭兵の所へと向かった。尋問は村人の目に入らない、外壁周辺で行われているのだ。
しばらくして戻ってきた。
「ガルム傭兵団は領主館の中に拠点があります。そこに居ると考えられます」
「そうですか。では、領主館に行かなくてはなりませんね。この場合、死傷者が出た場合、誰が罰せられるのですかね?伯爵?俺?獣人?誰が悪者になるのでしょうかね」
「・・・」
彼は何も言えなかった。
俺は傭兵の所に向かった。奴らを何かするのではなく、ドワーフ国の監視役に用があったのだ。
「この後、貴方たちはドワーフ国へ戻りますか?」
「そうですね、一人は報告に戻る予定です」
「戻るのなら頼みがあるのですが」
「どのような?」
俺は収納から古青龍と古赤龍、古黄龍の鱗を二枚ずつ取り出す。
「これを売りたいです。宰相さんなら買ってくれると思うので、売ったお金を皇国に居る俺まで届けてほしいのです。この先、村の復興にお金が必要だと思うので」
「分かりました。明日の夜明けとともに出立します」
広場に戻ると既に暗くなっていた。今日は一日が長いような、短いような、そんな日だった。
広場では竈の廻りで村人達が横になっていた。広場の中央に炭を補充して、俺も竈の傍で眠るのだった。
タツヤが眠る頃、監視役だったゾングイはテルダム領に到着した。タツヤからはギルド長を頼れば大丈夫だと言われていたので、ギルドへと向かっていた。
ギルド内は冒険者の喧騒が消えていなかった。まだ夜も早い時間なので、酒場で騒ぐ者も多数残っているのだ。
「ギルド長をお願いしたい」
ゾングイは皇国騎士の証を提示した。皇国内で知らない者は居ない証だ。
「少々お待ちください」
カウンターの中から女性は奥へと走っていく。後ろで騒ぐ者達の何人かは視線を向けていた。
「お待たせしました。ギルド長のマリアネッタです。どのようなご用件でしょうか」
「皇国諜報部、第一班班長のゾングイだ。至急用立てていただきたい品がある。ポーションをあるだけ全部。食料、小麦を中心に五百人が来年の収穫まで必要な量。その人数分の衣類、毛布、食器等々の日用品まで全て。それを明日の朝までにお願いしたい。それを運ぶ馬車と人員、それも依頼したい」
マリアネッタは口を開けたまま固まっていた。後ろの喧騒も止み、沈黙が訪れていた。
「話は分かりました。ですが、ギルドの依頼する内容とは違うと思いますが」
「タツヤ殿から、ここのギルド長にお願いしてくれと言われて来たのだが、タツヤ殿をご存じだろうか」
「タツヤって、あのタツヤか!」
後ろから声が掛かった。A級冒険者のアコロムだった。前回、タツヤがテルダム領に来た時、カレーナを庇った人物だ。
「タツヤ殿を知っているか」
「ああ、前にここに来た時、少しだけ知っているってところかな」
アコロムはゾングイに近づき
「異世界人のタツヤで合っているよな」
そう言って笑った。
「タツヤ殿が面倒を見ていた獣人の村が襲われ、彼等へ届ける品を用意したいのだ」
「獣人の村が襲われた?それって、兎人族の嬢ちゃんの村か」
「そうだ。彼女の村だ。残念なことに彼女は亡くなってしまったが」
「あの嬢ちゃんが死んだ!」
アコロムが驚愕の表情でゾングイを見る。マリアネッタも同じような顔をしていた。
「それで、タツヤ殿に届ける品は用意できそうか?」
「ギルドだけでは無理だ」
ゾングイがカウンターの上にタツヤから預かったお金を載せる。
「金なら預かってきた。これで用意できる分で構わない。協力してくれないだろうか」
そこには白金貨を含む大量の硬貨が置かれていた。
「アコロム、領主様に相談しに行ってくれ」
マリアネッタは領主であるテルダム侯爵の協力を仰ぐことにした。五百人分の食料、領主の備蓄から分けてもらわないと用意できない。
そこから酒場で飲んでいた冒険者を使い、日用品の買い物に走らせる。
「買い占めるな!在庫の半数を買って来てくれ。足りなければ再度買いに行く」
皆カウンターの硬貨を掴み、服に毛布、食器、テントなどを買いに走っていった。
アコロムは領主館の門番に足止めされていた。
「だから、タツヤの依頼を受けて来たと言っているだろう。直ぐに領主様に取り次いでくれ!」
「このような時間に取り次ぎはできないと何度も言っているだろう。明日、出直してこい」
「お前達、タツヤの事を知らないのか?決闘事件のタツヤの依頼だぞ。明日に廻して何かあっても俺は責任取らないからな!」
決闘事件と聞いた門番二人は顔を見合わせた。次男が起こした事件をしらないことはない。
「わ、分かった。侯爵様に確認してくる。しばらく待っていろ」
一人が屋敷に向かって走り出した。
「最初から素直に取り次いでくれればいいものを」
「いや、最初に決闘の話を出してくれればよかったのだが」
「まあ、そうだな。ところで、領主様の小麦の備蓄は十全にあるのか?」
「私は兵士なので詳しくないが、昨年の収穫量は凶作とは言えないが、例年より少なかったように思うぞ」
「そうか、五百人分は無理そうだな」
「何があったのだ?」
アコロムが詳細を話し始めると門番が戻ってきた。
「侯爵様がお会いになる。ついて来い」
案内されたのは扉を入ってすぐにある控室のような部屋だった。
「待たせたな」
侯爵様はすぐに入ってきた。室内で寛いでいたのだろうか、ガウンを羽織っていた。
「夜分に申し訳ありません。冒険者ですので、作法にも疎いと思いますが、ご容赦をお願いします。先ほど、タツヤ殿から依頼を受けた諜報部の方がギルドに来ました。依頼内容は食料の調達と日用品の調達。共に五百人分です。食料にいたっては、来年の収穫まで保てるだけの量が希望のようです」
「五百人分だと、何があったのか、知っているか?」
「タツヤ殿が面倒を見ている獣人の村が襲われたようです。食料や日用品が不足しているので、ここテルダム領で購入できないか、諜報部の方が依頼を受けたようです」
「獣人の村?一緒にいた兎人族の娘の村か?」
「そのようです。兎人族の娘さんは亡くなったと聞きました」
「本当の話か?それで犯人は?」
「それは聞いておりません。領主様には小麦の備蓄を売っていただけないか、相談に来ました」
「小麦の備蓄か、五百人を一年分か。無いことはないが、それを出してしまうと領内で不測の事態に対応できなくなる。一人三十キロとして一万五千キロだ、容易く放出できる量ではないぞ」
「どれくらいなら?」
「領内の需要も合わせると三千キロが限界だな」
「それだけでもいいので、売って下さい」
「分かった。ギルドに届ければいいか?」
「お願いします」
ヘルダーソンは兵に三千キロの小麦をギルドへ運ぶよう命じた。その後、皇城へと連絡を入れる。相手はサルコムーナだった。
「アルマブル男爵、夜分に申し訳ないね。少し相談があるのだが、時間を貰えるだろうか」
「テルダム侯爵、時間の問題はありません。どのような相談でしょうか」
「タツヤ殿を覚えているだろうか?」
サルコムーナは内心、忘れるわけがないだろうと思った。
「彼が面倒を見ていた兎人族の娘の村が襲われたらしい。その支援に小麦を売ってくれと頼まれている。だが、我が領の備蓄は多くはない。希望の量を用意できないのだ。皇城の備蓄を廻していただければ、彼の依頼を満足できるのだが、お願いできないだろうか」
「少し時間を下さい。カームル公爵に相談します」
サルコムーナはツルブームの執務室へと走った。ドアをノックし返事の前に入室する。
「カームル公爵、事件です。タツヤ殿が絡む事件です!」
そう叫んでいた。
話を聞いたツルブームは眉間に皺を寄せ、
「備蓄の放出を許可します。それと、詳細の調査は諜報部から上がってくると思いますが、テルダム侯爵から報告書の提出を指示して下さい」
「分かりました」
そのまま自室に戻り、テルダム侯爵へと連絡を入れる。
「皇城から備蓄の補助を出します。必要な量を言って下さい」
「一万五千キロです」
「明日にはテルダム領へ向けて出発させます。それと、今回の経緯を報告書にして、提出をお願いします。獣人の村を襲った犯人についても、分かる範囲で構わないので調べて下さい」
「苦労を掛けるな。報告書の提出は心得ている。後で諜報部の者と話をしようと思っているので、犯人についても何かの情報は出せると思う」
サルコムーナの怒涛の十分間が終わった。
ヘルダーソンは長男のアルバンスを呼びつけていた。
「アルバンス、ギルドに小麦一万五千キロを届けに行ってくる。明日の朝まで留守にするが、頼んだぞ」
「父上、小麦を一万五千キロですか!我が領の備蓄が無くなってしまいます。それどころか、今年の収穫までの販売分も不足してしまいます。何があったのですか?」
「アルバンス、タツヤ殿を覚えているか?彼が面倒を見ていた獣人の娘が居ただろう。彼女の村が襲われた。そして、彼女も亡くなったようだ。その支援に小麦を売ることとなったのだ。領内の不足分は皇城から届く事になっているので、心配はない。だが、犯人が皇国内に居ると厄介なことになるだろう。お前も備えているのだぞ」
侯爵家は家宝に近い収納袋に小麦を積め、ギルドへと向かっていた。
侯爵が到着し、ゾングイとの話が終わる頃には、ギルド前にある五台の馬車に依頼の品を満載し、夜明けの出発を待っている状態だった。
「よろしく頼む」
夜明けと共に出発する支援物資。家宝の首脳鞄はアコロムへ預けられた。この容量の収納袋は白金貨を並べても買えない、そんな品なのだ。
ヘルダーソンは急ぎ屋敷に戻り、サルコムーナに連絡した。
「犯人はアムナール伯爵家が疑わしい。詳細は報告書で提出する」
それだけ告げ、一方的に通信を切ったのだった。
皇城ではツルブームとミルナンデスが険しい顔を突き合わせていた。タツヤが懇意にしている獣人の村を伯爵が襲った。彼がどのような行動を取るのか、二人が考えても結論は出ない。
しかし、皇国の王であるミルナンデスであっても、確かな証拠の無い状態でアムナール伯爵を拘束はできない。急ぎ諜報部を動かしてはいるが、二日三日の間で証拠を集められるとも思えない。それが可能なら、とっくに拘束できているのだ。
「タツヤ殿は討ってでますかね?」
「出るだろうな。出ない理由を探せないだろうよ。だが、傭兵の言葉だけでは証拠として不足しているのも分かっているはず。どう動くか、待つしかないだろうな」
ツルブームの問いにミルナンデスは苦笑しながら答えていた。
ここで、皇国の静観が決まったのだった。