陶芸は万能です。
異世界二日目、朝日が眩しくて目覚めていた。
「まずは食料、魚を持ってくるか」
昨日、仕掛けて持ち返らずに放置した罠を回収に向かう。
「おほっ!大量に入っているな!」
そこには昨日の魚の他に蟹らしき生き物も入っていた。焼き魚と蟹で朝食、異世界って素晴らしいかも、そう考えていた。
その後は部屋で魔法の書物や歴史書などを読んでいた。その中で清掃と呼ばれる生活魔法が存在することを知り、早々自分に使っていた。体だけでなく、衣類の汚れ,匂いまで無くなり感動した。クリーンが最初の書物で確認できなかったのは火球並みの魔力を使うからであった。魔法属性があれば問題ないが、属性を持たない者には使えないのだ。
五日間、家の中で本を読み、異世界の常識を覚えていった。
この集落は蜥蜴人が住んでいたが、二年ほど前に獣人の国へ集団移転をしたようだった。
この世界には人族、魔族、獣人族の三つの種族が存在し、人族以外は単一国家を形成していた。魔族は二つの種族を指し、これらが単一の国として機能していた。
獣人族は魔族と人族の中間に位置づけられており、森の中に種族別に集落を作っている。
魔族とは魔力を多く内包した種族を指しており、森妖精と岩妖精のことらしい。他にも妖精種は居るが実体を持つ種は二種族だけらしい。
「エルフ、会いたいぞ。美男美女なのだろうな」
達也の持つドワーフのイメージが悪いのでエルフにしか興味を示さなかった。
獣人族は地球でいう動物が二足歩行しているイメージのままだった。犬、猫、兎、熊、蜥蜴、鼠の獣人が人口の多い種族で、少数種族も存在するのだ。人口が多いと言っても一千人を越えれば多い種族となっている。リザードマンは三百人ほどで少数種族となってしまい集団で移住をしたのだった。
この大陸には人族の国が五つあり、最大の国がブラッドリッテ王国だ。次いでサリムガンダ帝国、ミュツザハルフ皇国となっている。残りの二国は帝国と皇国の属国であり、国として既往しているが、隷属と言っていい状態である。
地図にはスグンターナと呼ばれる大陸しは表されておらす、この世界もスグンターナ、神もスグンターナと呼ばれていたのだ。
「どれだけ自分が好きな神だよ」
達也は呆れ顔で地図を眺めていた。
今の湿地は命源湿地と呼ばれ、周囲を囲む山脈のうち、左から灼熱山脈、暗黒山脈、極寒山脈と呼ばれていた。それぞれの一番高い山には守護龍神が居て、この世界を守っているとも言われている。だが、その力を欲した人族が攻めたこともあるが、国ごと滅ぼされるのだ。その為か各国の歴史は浅く、二百年ほどしか続いていないのであった。
もちろん、今回の召喚を行った王国も魔王討伐の暁には龍神を、とも策略していたのだった。
達也が居る集落は灼熱山脈に近い場所で、麓の森林までは三キロ程度の距離であった。湿地を中心とした森林、その後ろに控える山脈、山脈を越えた先にあるのが各種族の住まう国々だ。
「まずは陶芸を極めていこうか」
湿地の土は良質だ。土から不要な成分を抽出して抜き出し、陶芸の専用空間で形を整えていく。出来上がった陶器を一度、自分の目で確認してから陶芸の窯空間で焼結させるのだ。
「イメージ通りなのだが、量産品のように均一な製品だな」
大量生産品のように全てが同じ形の椀に、違和感を覚えるが初回だから手を加えずに焼くことにしたのだ。
「千度まで十時間、保持が二時間、常温まで十時間の設定にするか」
開始と念じると即座に『完了しました』と脳内にメッセージが返ってきた。
「一瞬だった・・・魔法って凄いな」
焼きあがった椀を窯からテーブルに出すのもイメージだけだ。五個の椀が並んでいた。全てが同じ形と色、何の特色も無い椀だ。
一個を手に持ち、別の一個に当ててみると乾いた音がした。自分のイメージ通りの出来に一人頷き、次の陶器造りに励むのであった。
ここの土には炭化物や窒化物、ホウ化物が含まれており、脆いが硬い陶器が完成していた。セラミックとも呼ばれる陶磁器に見劣りすることのない陶器を焼ける良質な土が豊富にあるのだった。
「よし、次は投擲用の球体を作るぞ」
三センチほどの球体を百個造り、椀と同じ設定で焼く。焼き上がった球体は重さ、大きさも程よく、武器になりそうだ。
使用している家から一番遠くの廃屋に向かって投擲した。家を貫通して更に飛んでいった玉に唖然とするが、神様が与えてくれた攻撃手段だしな、と納得したのだ。家を支える柱に狙いを定め、魔力を使って放てば狙った場所に当たり、柱が弾け飛び散っていた。
「うわっ、爆弾みたいだな」
まさしく魔力爆弾だった。達也が当たったら弾けろと念じたのだから当然の結果である。
投擲用の玉を五百個作ってから、魚を捌く包丁があればと刃物製作に掛かるのであった。
陶芸空間で包丁の形にはできたが、焼かずにやり直しとした。
子供の頃から泥遊びが好きだったが、団子のように固めるにも、力一杯握り締める、今なら圧力を掛けると言えるが、そうすることで硬くなったことを思い出した。包丁の形を通常の三倍ほどで造り、それを圧縮して小さくすればいいのだ。陶芸空間で牛刀に近い形にして圧縮成形をした。失敗しても大丈夫なよう十本も作ったのだ。椀は素焼きだったので表面がざらついたが、包丁は圧縮したので滑らかになると考えていた。全てを窯に入れ、今度は温度を変更し高めの千五百度とした。
焼き上がった包丁は若干黒いが、艶があり切れ味は良さそうなので、罠を回収して昼食の魚を捌いてみた。
「よく切れるな。指を落とさないよう気をつけないと」
包丁の仕上がりに気分を良くしたので、スコップを取り出し、包丁を叩きつけてみると、あっさりと包丁が折れた。もちろんスコップは無傷だ。
「これは包丁だから」
自分に言い聞かせながら、次は更に強力な刃物を作ろうと考えていた。スコップは神様が強化して武器の代わりとまで言ったことはすっかり忘れているようだ。
アーミーナイフを包丁以上に圧縮して造ろうとしたが、多機能スコップの横がナイフのようになっていることを思い出し、スコップでいいかとナイフ作りは止めていた。
午後は部屋で読書の時間とした。最近読んだ本の内容を全て覚えていることに自分で驚いていた。異世界に来てから読んだ本の内容を暗記していたのだ。召喚されて若返っただけでなく、知能も上昇したのだろうか?自分の考えに呆れながら読書の時間は過ぎていった。
異世界にきてから十日が過ぎていた。魚と蟹の食事、本当に飽きたので森に向かうことにする。水深は深いところで腰、浅いと靴底までだった。森までは三キロ、十分に歩ける距離だ。何かトラブルがあってもいいようにスコップを片手に森を目指す。
この十日間、読書だけでなく廃屋の木材を使って魚の燻製も作っていた。陶芸で造った燻製容器に開いた魚を釣るし、廃材をチップとして燃やしたのだ。匂いは無臭。木材は樫木と解析にあったので、地球の樫木を同じような木なのだろう。他にも硬木と解析された木もあったが、こちらは名前のように硬いので、燃やさずに別の用途を考えていた。
「しかし陶芸は便利だな」
土で形作れる物は全部可能。箸も椀もフォークやスプーンでさえ圧縮を使えば簡単に作れた。強度だけはスコップに敵わないが。
湿地帯を歩くこと一時間、久しぶりに土の上に立った。異世界の地に降り立ったと初めて感じた時だった。
「まずは木を切るかな」
手短な木に当りをつけるが、視線を感じた。草むらから兎がこっちを見ていた。だが地球の兎と違って大きさが秋田犬ほど、真白い兎耳は変わりないのだが。
赤い目をクリクリとさせてこちらを見ている。『可愛い、モフりたい』そう思ったところで大きな口を開けて飛び掛かってきた。
「何だと!牙だと!」
兎には似つかわしくない牙が上下で四本、輝きを放ちながら迫ってきた。
慌ててスコップでテニスのように打ち返してしまった。学生時代にはテニス部だった達也にかかれば、犬の大きさにスコップを当てるなど容易いのだ。
「バキュッ」
兎の頭が潰れた音だ。横薙ぎのスコップが側頭部にヒットし、兎は五メートルほど飛んでいった。
「兎肉って食べられるかな?」
とりあえず収納しに入れておく。食料に関しての書物もあったので、捌き方とかを確認してから食べる事としたのだ。しかし頭が潰れた兎はグロいな。
伐採の続きをしようと周囲を見渡せば、兎が数羽、こちらを伺っている。左手にスコップを持ち替え、右手で玉を投擲して兎を倒す事にした。所詮は一球ごとの投擲なので、投げている間に飛び掛かられるがスコップで打ち返す。なぜか左手でも兎を仕留められる。異世界補正って凄いなと思いながら倒した兎は十二羽になっていた。玉は兎の顔に当たっており、穴の開いた兎の顔はグロだった。
全てを収納してから、周囲に目を凝らすが兎は居ないようだ。
今度こそ伐採を始めることがせきた。
五十センチもある木がスコップの一撃で倒れる様は異様だが、異世界補正と納得する。この異世界補正が多いのは召喚に巻き込まれたからだと納得するしかなかった。
倒した木は枝払いをしてから収納に入れる。収納も陶芸に次いで便利だ。神様有難うと天に向かって一礼する。
硬木は直径が五十センチで二十メートルの高さがあり、上まで同じ太さが続いている。キノコの傘のように枝が上部にあるいが、払ってしまえば真直ぐな木材の出来上がりだった。
収納も解析も生き物には対応できないようで、木も倒した後の解析で名前が解ったのだ。
肉と木を入手してウキウキで家に戻る。昼食に持ってでた燻製は食べずに戻っていたので、家で昼食となった。
兎を解体する方法は本で覚えた。実践を残すのみだ。魚の内臓などを捨てるのに、一軒の家にゴミ箱を設置していたので、そこで解体することにした。
向かったゴミ箱だが、蓋の閉め忘れがあったようで、蓋が空いている。ちょうどいいので大きいゴミ箱に変えようと中を見ると、何か居た。
「あれっ、これってスライム?」
半透明の饅頭みたいな物体が動いているのだが。良く見るとゴミが綺麗に無くなっている。
「スライムの定番だな」
そのまま蓋をして閉じ込める。今後もゴミを食べてもらうのだ。一メートル四方の大きさでゴミ箱を陶芸で作りだし、設置する。
上には廃材で櫓を組んで兎を吊るせば準備完了だ。
包丁で腹を割いて内臓を取り出す。心臓の横には魔石があるとの記述があったので、収納しておく。内臓が無くなれば肉を切り取るだけだ。大きな体のわりには肉が少ない。内臓と血抜きをすれば十キロ無いので、肉の重さは更に半分以下だろう。
四体の解体でゴミ箱が八分目となった。二メートル四方のゴミ箱に再度変更をした。これで十羽全ての不要部位が入れられる。
全てを解体してから、古いゴミ箱からスライムを映す。持ち上げて逆さまにしただけだけど。スライムはシュワシュワと音を立てながら消化しているようだ。骨もあるので時間が掛かるだろう。スライムに逃げられないよう蓋をして革の加工を始める。
まず毛を切り取るのだが、ここでも包丁を使った。切れ味はいいのでサクサクと刈っていく。革のなめし方も書物で学習済。クリーンを使って表面の汚れた付着物、肉や油等も綺麗にしていく。
先ほどの硬木の表皮に微量なタンニンが含まれていた。これを抽出で取り出し、革を漬けておくのだ。本来であれば時間が掛かる作業だが、陶芸で容器を作り、中に革とタンニンを入れて温度と時間設定をすれば一瞬で出来上がるはず!と考え実践する。
温度は四十度、微温湯程度で時間は七百時間。開始と唱えれば『完了しました』と即座に応えてくれる。
次は水洗い。円筒の陶器と蓋を作り、回転の軸となる突起を着けておき、軸受けも陶器で作る。これに水と革を入れて回せばドラム式洗濯機の出来上がり?円筒には風受けの羽を着けてあるので、横から生活魔法の風を送ればくるくると廻る。
速く回すと遠心力で張付くので、ゆっくりと時間をかけて回している。暇な時間は読書だ。右手で風を出しながら左手でページを捲る。効率的だ。
夕食の時間まで廻していた。夕食は久しぶりの肉だが、魔物の肉には魔毒と呼ばれる成分がある。これを抽出で取り除き、再度の解析で毒物が無いか確かめてから焼肉の時間だ。
魚ばかりだったので久しぶりの肉は美味しかった。二羽分の肉を一人で食べてしまった。二キロはあったであろうか。膨れた腹をさすりながら風を送って洗浄を続けた。
タンニンの成分だけど革から抽出すればよいのでは?と思い実行する。うん、大丈夫だった。
次は加脂なのでが、油が無い。とりあえず時間停止のついた収納に入れて後の工程は明日以降に考えることにした。
翌日、朝は焼き魚で朝食をとり、森にある植物で油が採れないか調べる。
図鑑があったので、油の採れる草は種類も豊富なようだ。メモに名称だけ書き写して昼食前に森に着くよう、足早に進んで行った。
森には油分を含む草が多数あり、抜いて確認しながら収納していく。
「随分と集まったよな」
予備のゴミ箱を出して草を入れると溢れんばかりの量だ。
油分だけを抽出し用意してあった瓶に入れる。容量は五リットルほどだが、一リットルにも満たない量しかなかった。
残りの草は水分を抽出した後、再度解析する。薬効成分が若干あるので、それも抽出する。
「薬効といっても混ざっていて効能不明な粉になっているな」
とりあえず瓶に入れ収納する。残りは火魔法で燃やした。
結局、五回の油分抽出で瓶が一杯になったので今日の草刈りは終了とした。
途中で遭遇した兎は八羽、全て肉とすべく収納してある。魔毒を取り除いた兎肉が美味すぎて食べすぎになのが心配だが。
戻る前に土の容器を作り、革を浸して陶芸空間で四十度、一時間の設定を行う。これで加脂が完了である。
翌日は革を伸ばす作業を行う。伸ばすにはローラーで押すのが便利そうなので陶芸で道具を作ることとした。
コの字形の台を上向きに置いて、両脇の出っ張りにローラーを乗せて転がすのだ。厚みを二ミリにして兎の革を一枚一枚、伸ばしていく。ローラーは土を圧縮しているので、重量もあり一度の往復で厚みが均等な革が出来上がった。
そこから加脂と同じように陶芸空間で二百時間かけて乾かす。
「あとは糸があれば服になるのだけどな」
こっちに来てから同じ服のまま、汚れは清掃で綺麗になるが、擦り切れそうで変えが必要だった。明日から森に木綿となるような植物を探しに行くことにした。
翌日、木を切った場所から山に向かって歩くことにした。
「山に向かうのに迷わないだろうが、戻ってくるのは目印もないし、どうするか」
行きついた結論は木を伐りながら進むことだった。この地でいつまで生活するか決めていないが、暫く住むのであれば道があったほうが便利である。
今は水上生活をしているのだが、森に家を建てようかと考えていたが、道を作りながら進む事三時間、兎が三十六羽も襲ってきていた。五キロも進んでいないのに、この数だ。水上での生活は魔物の襲撃が無い事に気づいた。
「魔物を避けての水上生活だったか」
湿地に柱を立て、その上に床と家が乗る構造だ。水中となる柱は硬木で床にも使われている。硬いだけでなく水への耐性もあるようだ。全てが木製の家なので火の扱いには注意しているが、竈の周辺は土壁、床にも土が敷いてある。土は万能と喜んでいたが、長く使うなら改修が必要とも考えている。
十キロほど進んだので今日の作業を終了し、家に戻る。結局七十二羽の兎に襲われた。
切り倒した木は全て収納に入れてある。今の気温は体感で二十度くらいだろうか。地球では秋だったので、薄手のブルゾンにジーンズといった服装のままで熱くも寒くもない。こちらの世界でも空きだとすれば、この後は冬になるのだろう。積雪があるか、それも書物で確認できればと思った。幸いにして道を作るので木は大量に集まりそうなので暖房には困らないだろう。しかし、家には暖炉などの暖房器具が見当たらない。蜥蜴人が寒さに強い種族なら暖房無は納得できるが、自分は耐えられないかもしれない。暖炉と火鉢を用意すれば大丈夫だろう。魚と肉も収納に蓄える必要がありそうだ。今日の兎を考えれば肉は十分だろう。
翌日は兎を捌いて読書をして過ごしていた。油が足りないので革のなめしは後回しとなった。