皇国との揉め事2
「おいっ!早く鍵を開けろ!」
小声で急かす声が店の前にあった。
「よし、開いたぞ」
三人の男が夜も明ける前の店へと入っていった。
二階で寝ていたカレーナは物音で目が覚めてしまった。まだ暗い時間なので、二度寝しようと目を瞑ったのだが、階下からの音に気付いた。
「タツヤ様が帰るには早いけど、戻ってきたのかな?」
そう思い、カレーナは階段を降りて行った。
そこには布に皿を包む三人の男が目に入った。
「泥棒!?」
兎人族のカレーナは脚力に自信があったため、右側の男に向かい飛び掛かり、蹴りを放っていく。男の脇腹に一撃が決まりその場に蹲るのを確認してから横の男に向かい蹴りを放った。背後から気付かぬうちに攻撃された男は蹲っているが、他の者はすでに臨戦態勢に入っていた。カレーナの蹴りを察した男、剣を蹴りに合わせ振り抜いていた。
「きゃぁぁぁ―――」
叫び声とともにカレーナの脚が宙を舞った。 彼女の脚は膝から下で切断されていたのだ。
別の男がカレーナの顔を殴り、気絶させ
「面倒なことになったな。殺しは不味い。縛って奥に放っておくぞ」
「いや、顔を見られているぞ。殺すしかないだろう」
「いや、皇国に戻れば獣人の訴えなどギルド長と侯爵家で対応できる。だが、殺しとなれば難しいとは思わないか」
「むう、ならば早々に立ち去るか。アロン、お前は大丈夫か」
「ああ、油断していたな。一撃を貰っちまった。だが、落とし前は着けるぞ」
「殺すなよ」
「分っている。そうだな、耳でも落とすか」
そう言ってカレーナの右耳を半ばから切り落としてしまう。痛みで目覚めたカレーナを殴りつけ、気絶させてからポーションを取り出し右足と右耳に掛けていた。
「このまま死なれても困るからな」
両手を縛り、猿轡をしてから椅子に縛り付けていく三人の男。殺すのを止めた彼の脳裏には今後の展開を危ぶんでいた。皇国では獣人の扱いが人族より下でも問題ないが、この国では通用しない。それはシュルバッゾがカレーナに手を出さなかったことでも理解していた。だが、今回は手を出してしまった。
「まあ、この皿を手に入れたことに比べれば些細なことと許してもらえるだろうな」
床に大銅貨三枚を投げ捨てる。
「これは購入代金だからな」
一人呟き店を後にし、集合場所である門へと向かった。そこにはシュルバッゾの他、護衛の騎士や冒険者が夜明けと共に出立する予定なのだ。合流し、国外へと出ればドワーフ国とて用意には手出しできないと思っていた。そう、思っていただけだった。
昼食の前くらいだろうか、三番隊が店の前を巡回で通る。窓も開いていない店に違和感を覚えたが、タツヤが不在であることは知らされていたので巡回を続けていた。
モナハルゾに連絡が入ったのは彼の襲い昼食が終った時だった。
「隊長、住民からタツヤ殿の店から血の匂いがするとの通報がありました。巡回をした者に確認しましたが、何も気づかなかったとのことでした。しかし、通報者は犬人族で嗅覚に優れた種族、内部の確認を承認していただきたく報告しました」
「血の匂いか・・・俺も行こう。あと回復魔法の使える者も同行させるぞ」
モナハルゾは五人で店に向かった。扉を開けた先に見たのは、椅子に縛り付けられたカレーナ、床の血だまりの中にある足と耳であった。
「大丈夫か?」
モナハルゾの問い掛けにカレーナは小さく頷く。
「今縄と解くからな」
縄を斬りカレーナの猿轡を外す。
怪我の具合を確認するとポーションが使われたのか傷は塞がっていた。これなら痛みも無いだろうとモナハルゾは思った。
「何があったのか、説明できるか」
カレーナは夜明け前からの出来事を説明していく。だが、耳については気付いたら斬られていたことを告げる。
「三人組の冒険者と思われる三人組の男に襲われ、店にあった皿を盗まれたのだな。床に大銅貨三枚があるが、これは?」
「私には分かりません」
そう言って俯いたまま握り締めた自分の拳を見つめていた。
「皿を取り戻すことはできるのでしょうか」
「犯人を捜し出すことだな」
モナハルゾは皇国の侯爵家次男を怪しいと思っていた。数日前にここで揉め事を起こしているのだから当然だ。しかし、三番隊が仲裁に入ったことで、良からぬ企みを働くとは思っていなかったのだが、冒険者を雇っての仕業であれば納得もできる。自分達は犯行について知らぬ、存ぜぬと言い張り、盗品を買わされた被害者と言う設定だろうと予想した。
「まずは詰所へ移動しましょう。男たちの人相なども詳しく聞きたいですから」
モナハルゾは隊で使っている馬車を持ってくるよう隊員を走らせる。その間、カレーナに水を飲ませ、落ちつかせようとするが、彼女が流す涙は止まらなかった。
足が無い?耳が無い?それよりもタツヤの作った皿を奪われたことが辛かった。自分が店で過ごすと言わなければ、タツヤは厳重な戸締りをしたのではないかと思っていた。そうすれば皿を失う事もなかったと。
ただ溢れる涙を拭うこともできず、俯くだけの自分も嫌いになっていた。力があれば、そう思ってしまう。
『冒険者になっても中くらいの実力はあるよね』
知り合いに煽てられ、慢心もしていたのだろう。後悔だけが残り涙とともに溢れるのだった。
モナハルゾは彼女に掛ける言葉も見つからず、傍に佇むだけだったが、タツヤが帰ってきた時の行動を想像していた。万が一、皇国に乗り込み侯爵家の次男と戦闘になっても彼が負けるとは思えない。その後に皇国と揉め事になっても負けないと思えてしまう。それほどに先日の演習で見た彼の実力は突出していたのだ。だからこそ彼の行動を想像し、身震いをしてしまった。
「馬車が来たので詰所に向かいましょう」
彼女を馬車に乗せ戸締りを確認した後、隊員を二名残し詰所へと向かった。
到着しカレーナを応接に通すとすぐに総隊長へと報告をいれるモナハルゾ。この件は自分の判断で動けないと思ったのだ。カレーナから聞いた経緯を伝えると
「宰相へと連絡する。カレーナ譲と王城へ来てくれ」
ギルベルト総隊長の言葉だった。
あちこちへと連れまわして申し訳ないと頭を下げてから王城へと向かう。
彼女は泣いてこそいないが、暗い顔のまま俯いていた。武勇に自信はあるが、女性の扱いに自信が全くないモナハルゾは笑うこともなく、無言のまま馬車で移動していく。
ギルベルト王子の話を聞いた宰相、ジョイナンドは頭を抱えていた。彼もタツヤの戦闘力を理解しているからだ。怒りに任せ、彼が皇国に向かうと一国が滅びるかもしれないのだ。
竜は街を滅ぼし、龍は国を滅ぼす。この国で言われている言葉だ。古の龍と戦い、尾を斬り落とし引き分けたタツヤの戦闘能力を思い出していた。
「従業員が襲われたのだから何かしらの行動を起こすのは理解できる」
ギルベルトは言うが
「ですが、皇国との戦闘となれば双方が無事とはいきません。我々の対応も考えねばなりません」
「タツヤ殿が戻ってからの話だと思うが、まずはカレーナ譲の話を聞くことが先決だな」
「分かりました。カレーナ譲は今夜、王城に留まっていただこうと思いますが」
「それが良いな」
二人は馬車が到着するのを待っていた。
「今回の報酬は金貨二枚、これはギルドが買い取る皿の値段ってことだな」
アロンが問うと
「ああ、俺達は遺跡ダンジョンで発見した皿をギルドに売る。それを知ったシュルバッゾ様がギルドから買い取る。直接買えば金貨六枚だが、ギルドが仲介することで正規の取引として成立させようとしているのだろう。ギルド長とシュルバッゾ様の関係から言えば当然だな」
肩を竦めながらドロンが答えた。
「金貨二枚の仕事としては楽だったな」
ゴロンも口を出す。三人は兄弟、冒険者としては中の中、Cランクだが連携が上手でB級指定の魔物でも討伐が可能なパーティーであった。
「お前達、余計なお喋りは控えろ」
護衛の騎士に怒られるが、街に戻ったら貰える報酬で何をするか考えているので締まりのない顔をしている。
馬車の中では
「見事な皿だな。大きさも厚みも全て同じ、このような皿は見たことが無いな。しかも古龍の素材が使われている皿など国宝にもなりえるな」
シュルバッゾは独りほくそ笑むのであった。
そんな出来事を知らないタツヤは
「蟹に海老、魚も沢山入手できたので、シーフードピザでも作ってカレーナと食べようかな。木や魔石も予定通り入手しただろ。お前達も沢山食べられたよな」
ガーダとアブソは魔物の亡骸を沢山食べていた。満腹と言う言葉が彼らには無いようで、与えれば与えただけ食べるのだ。
「ガーダ、こんな小さい体で熊を二頭もどこに入るのだろうか?」
ガーダは熊二頭をあっさりと完食していたのだ。
「今日は湿地に泊まって、明日の朝食後に出立すれば夜には着くよな」
呑気に湿地で一夜を明かすのであった。