皇国との揉め事
宰相さんが帰った後、今後の予定を考えていた。通りから見える窓に何を飾るか、何を売り物にするかだ。
まずはレンガの試作から始めた。
粘土と石英、長石を混ぜ合わせ素材を作る。本来なら木型で整える形を陶芸で一気に作ってしまう。これを窯で焼けばいいだけだ。窯は魔道具なので温度設定も十度刻みで可能なので、千三百度を二時間保持で焼き始めた。
工房内は窯からの熱気で暑いので店舗で待つ。カレーナと二人だが、午前中は掃除や洗濯、食材の買い出しで忙しく働いていた。
一人で呆けているのも飽きるが、仕事が無いのだ。明日からカレーナが解放されるまでの五日間を休日として、湿地帯に粘土の補充に出掛けることにした。この先、レンガや皿を作るにも土の確保は必要だからね。
その話をカレーナにしてから宰相さんにも伝えてもらう。店の鍵はカレーナに預けるのだが、スペアも一個作る事にした。
「鍵は私が鍛冶屋にお願いしてきます」
そう言って昼食後に出掛けて行った。
レンガが焼き上がっていたので、窯を開けて状態を確認する。まずまずの出来上がりだ。
表面が若干荒れている物と滑らかな物、両方作ったが条件は同じでも大丈夫だ。表面の仕上げについては型に入れた土を細工することで対応可能だし、これなら職人さんでも製作可能だろう。しかし、素材の配合と長石の抽出だけは無理だと分かっていた。この部分は素材として販売すれば問題無と思う。そこは宰相さんと擦り合わせればいいかと考えていた。
カリーナが戻ったので五日間、どこで過ごすか確認すると
「店は閉めていますが、二階で過ごそうかと思います」
翌朝、夜明けとともに湿地に向かう。今の身体能力なら夕方には着けるはずだ。山脈を走り抜けていくが、古黄龍から貰った鱗のおかげで土竜に襲われることもなくなっていた。肉も欲しいが古黄龍に怒られるのも嫌なので素直に駆け抜ける。
夕方前に湿地帯に到着した。まずは土の確保、必要素材と混ぜ合わせてからの土嚢袋詰めを始める。一袋にレンガ十個分の土を入れていく。
「とりあえず一万袋あればたりるかな?」
呟きながら袋へと収納を始める。収納を使えば一気にできるので時間も掛からずに終わった。
土を収納した湿地は池のようになっている。そこに筏を浮かべて今日の寝床とするのだった。
「少し小さいかな?」
そう言って二百メートル程の円形の池を作っておく。深さは二メートル程度だが、魔物を抑制するのは十分だろう。
一人と二匹でBBQをして、満天の星空を見ながら眠るのであった。
翌朝、昨夜仕掛けた罠を上げて魚を捕っていく。特に蟹と海老が欲しいのだ。ドワーフ国で確認はしていないが、多めに収納しておきたいのだ。
「今日は奥の森に行って飛竜や熊を狩るよ」
二匹に伝え、アブソに筏を進めてもらう。
今までとは違う場所への上陸。前のように道は作らず、周辺で狩を行うのだった。
「暇ですね・・・」
カレーナは一人で留守番をしているが、売る物も無いので、掃除を終えると手持無沙汰になっていた。
昨日は午後から食材を買いに出かけていたが、今日の分まで買っていたので、暇を持て余していた。これが悪かった。
店の表を掃除しようと扉を開けると三人の男が立っていた。
「お前はこの店の者か?店主は居るか?」
矢継ぎ早に聞かれるが
「店主は外出しておりまして、四日後には戻る予定です。何か言付けがあれば、承ります」
明らかに貴族らしい身なりの男にカレーナが不在と答えるが
「そこに飾ってある三枚の皿に興味がある。いくらだ?」
「こちらの価格は店主から教わっておりません。店主が戻り次第、お伝えしておきます」
「俺はミュツザハルフ皇国、テルダム侯爵家次男シュルバッゾ・アムス・テルダムだ。三日後には皇国に戻る予定だ。そこまで待てない。金貨一枚でどうだ」
「店主が不在ですので、お売りする事はできません。申し訳ありません」
「だいたい貴様は皇国の侯爵家に跪かないのか!無礼であろう!」
後ろの男が叫んできたので、カレーナは慌てて跪くのだった。
「この場で貴族への無礼を働いたとして討ち取ってもいいのだぞ。あの皿を売れば許してやろう」
カレーナは跪いたまま俯いているしかできなかった。あれは売り物ではなく、展示用にタツヤが作った事を知っている。どう答えれば正解なのか、解らなくなっていた。
「申し訳ありません。お売りすることはできません!」
そう答えるしかできないのであった。
「無礼者が!」
後ろの男二人が剣を抜き振り上げたところに駆けつける者達がいた。三番隊の面々だ。
「そこで何をしている!」
離れた場所から叫びながら向かってくる隊員を見て、二人は剣を収めるのだった。
「何を叫んでいる!そこの獣人が皇国の侯爵家次男であるシュルバッゾ様に無礼を働いた。罰を与えるのは当然であろう。それともドワーフ国では皇国の貴族家に平民と同じ待遇をするつもりか!」
「我々はドワーフ国三番隊です。皇国の侯爵家様におかれましては、三番隊隊長が詰所でお待ちです。皇国では騎士爵の立場になるかと思います。決して蔑ろにすることはありません。ご同行いただけますか。カレーナ殿もよろしいでしょうか。そこで経緯を説明いただき、ドワーフ国の法に照らし合わせ罰を検討したいと思います」
「はい、私のせいでご迷惑をおかけします」
カレーナは同行に同意するが
「我々は急いでいるので、ここで失礼する」
そう言って三人は足早に去っていった。
「カレーナ殿、大丈夫ですか?何があったのでしょうか?」
カレーナが経緯を説明すると
「言いがかりですね。通常であれば自国の商人達が集まる通りに向かうと思うのですが。誰かに皿のことを聞いたのでしょう。接客に際して、最初に相手の名前を確認すれば面倒ごとは避けられるはずですので、覚えていてください」
そう言って隊員達は帰っていった。
「そっか、最初に名前を聞かないと相手の身分も分からないよね」
挨拶の練習をするのだったが、工房の名前を知らない事に気付いた自分に呆れるのだった。
三番隊は詰所に戻り、報告書を作成していた。宰相から些細なここでもタツヤの店で起こった出来事を報告するよう言われていたのだ。今日の相手は皇国のテルダム侯爵家。ドワーフ国から一番近い領地を持つ貴族だった。今後の対応と合わせ、早急な報告の必要性を感じていた。
領主は温厚な人物だったが、次男が次期当主を狙い動きがあるのか、確認も必要と判断していた。事実、何か手柄でも立てて当主の座へ近づこうとしているのだった。
翌日、報告書を受け取った宰相は侯爵領の情報収集を開始するよう命じる。ドワーフ国で活動する冒険者に侯爵領へ出向き、領内の情勢を探らせるのであった。ドワーフが皇国内で活動すると目立つため、冒険者に依頼を出している。毎度のことであるので、馴染みの冒険者も存在している。
今回も王宮工房から皇国内の弟子への手紙の配達が表向きの指名依頼である。裏の依頼は現地について手紙を確認することで知ることとなる。だが、指名依頼の出される冒険者は斥候職だけで構成されたパーティーで、異色の存在とされている。主な依頼が護衛で討伐系の依頼を全く受けないパーティーなのだ。
宰相の考えでは当主の関与は無。異世界人の話も地方領主まで伝わっているとは思えない。次男が関わったのは偶然の産物、あるいは護衛の冒険者あたりが店にあった皿に気付き報告したのでは、と考えていた。だが、次男が長男を亡き者にしてでも当主の座を狙うとしたら、ドワーフ国との流通の要であるテルダム領が情勢不安になるのは知っておきたい事柄だった。特に手出しする必要性を感じてはいないので、王への報告は冒険者からの帆国を見て決めることとした。
シュルバッゾは鑑定のスキルを持っているため、皿が古黄龍や古青龍、古赤龍の素材が使われていることを見抜いていた。これらの素材を使った皿を皇王に献上すれば、自身が当主になる補助として十分ではないかと。龍種の素材は各国の秘宝として保管される以外、市場に出回ることはない。今回の皿ハドワーフ国にある移籍ダンジョンで発見したこととして、献上することしか頭になかった。
「予定を早め明後日の早朝に出立する。準備に掛かれ。護衛の冒険者を呼べ」
シュルバッゾは冒険者に皿の入手を依頼した。入手方法は問わないと。報酬は金貨二枚、護衛料とは別と聞いた冒険者は即頷いた。
もちろん正攻法での入手ではないことを理解してである。店主が不在で獣人の女が独り居ることだけを伝えていたので、彼らは夜明け前に強襲し、品物を持ち返るつもりでいた。冒険者の中にはダンジョンに現れる宝箱を探す者もいて、罠解除や鍵開けのスキル持ちも存在していた。今回の冒険者の中に両スキル保持者が居ることをシュルバッゾは知っていて依頼しているのだ。
宰相の報告を受け取った三番隊はタツヤの店への警備を怠らないよう通達したが、その日、すでに皿は持ち去られた後であった。