間違って召喚されました。
高達達也 四十九才。陶芸が好きな会社員のオッサンだった。陶芸が好きで郊外の河川沿いに土地を買い、工房と家を建てたのだが、妻に内緒で買ったので離婚された!尤もな話なのだが、気づいたのは随分と時間が過ぎてからだった。少し時間は掛かるが会社に通える距離であったので、週末は家より広い工房で陶芸に打ち込んでいる。
週末の今日、陶芸ではなく実家に向かっていたのだが、電車内で聞こえた母校の文化祭、これに寄り道しようとしていた。
すでに高校を卒業して二十五年、一度も訪れたことなど無かったが、不意に聞こえた母校の名前に懐かしさを感じてフラフラと向かってしまった。
秋とは言っても暑さも残る季節、達也は手近にあった校内の喫茶店に入って涼むことにした。まだ午前の早い時間なので中には他校と思われる高校生四人が居るだけだった。彼らの横にある席に案内される。
「いらっしゃいませ」
元気に迎えてくれるウェイトレスの衣装を着た生徒に
「アイスコーヒー」
と注文し当たりを見廻す。
カーテンで仕切られた裏側が厨房なのだろう。カチャカチャと食器が擦れる音が聞こえていた。
その時、喫茶店となっている教室が真白な光に包まれ、俺と横の席にいた四人が忽然と消えたのだった。
強烈な光から目を開けられるまで、少なくない時間を要したと思う。目を開ければ真白い空間に五人は横たわっていた。全てが真白な空間は横の人間を視界に入れないと前後左右上下の区別ができないような空間だった。
「目覚めたかな?」
声のする方を見れば白い人のような何かが認識できた。少し離れていた四人は起き上がり、何か騒いでいるが俺には聞こえなかった。
「四人には特別な能力を与え、魔王討伐に参加してほしい」
白い人の声だけが時々聞こえてくるが、他は何も分からない状態だ。俺は状態が呑み込めず、呆気にとられていた。
「勇者、騎士、聖女、賢者の四人が集まっているのだから、問題あるまい」
白い人が告げると四人が消えてしまった。
(えっ!これって異世界召喚?)
俺が何となく事態を理解すると白い人の姿がはっきりとしてきた。
「今回は当たりだったかもね。要職が四人も揃ったのだから。スグンターナには感謝してほしいわ」
そう言っていたのは幼稚園児のような幼女だった。
「さて、神界に戻りましょうか」
「あの、俺はどうすれば?」
「はぅぉっ!」
声を掛けると幼女は飛び上がって後方に下がった。
「誰???」
「いやこっちが聞きたいのですが?先ほどの四人と一緒にここに来たみたいです」
「えっ?えっ?五人?えっ?四人のはずだけど?えっ?」
幼女にとっては突然の出来事のようで、戸惑っている。落ち着くまで待つとしよう。
数分で落ち着いたようで
「えっと、貴方、名前は?」
「高達達也、四十九歳」
「そう、高達さんね。ここに来た経緯を教えてくれる?」
「高校の文化祭で彼らと同じ教室に居たのだが、白い光に包まれたと思ったらここに居た」
「同じ教室?近くに居たの?」
「手の届く距離ではあったな」
「あ~これ、巻き込まれたわ。どうしましょう、四人は送ってしまったし、うーん・・・」
幼女が悩み始めた。また時間が必要なようだ。廻りを見ても白い空間だし、手持無沙汰もあり持っていたデイパックの中身を確認した。中には必需品の多機能スコップ(折り畳み式)と土嚢袋、財布、スマホ等が入っていた。ここでは電波が届かないのでwifiは繋がらない。
「高達さん、状況を説明しますね」
そう言って幼女が説明を始めた。
ここは異世界へと人を召喚する時に使う空間で、異世界召喚で必ず通る場所らしい。ここで現世界の神より異世界へと渡る準備が行われて、召喚を行った世界へと旅立つ。その時に召喚時に必要な能力を授けていくのだとか。彼ら四人は魔王討伐で召喚されたので勇者や騎士といった能力が授かったらしい。
「高達さんは勇者召喚に巻き込まれたと思われます。申し訳ないですが、元の世界に帰すことはできないです。異世界に行って新しい人生をやり直して下さい」
「異世界って魔王がいたり魔物がいたり、危険ですか?」
「地球よりは危険ですね。地球で言う剣と魔法のある世界です」
「そうですか。戻ることはできないと。俺の能力は何ですか?」
「えっと、陶芸です」
「えっ?」
「陶芸です。土を好きな形にして焼き固めることができる能力です」
「おぉ!陶芸か!いいぞ、これは。陶芸で土の成分や成分の抽出はできますか?待て!これで生き残れるのか?」
陶芸ができるのは嬉しいが危険な世界で生き残るには不向きじゃないか?
「難しいかもしれないですね。
陶芸で喜ばれるとは思いませんでしたが」
「えぇ~何とかなりませんか?召喚されて一日で死ぬなんて嫌ですよ」
「そうですね。少しは便宜を図ってもいいですね」
少女は俺を見つめてから
「まずは無限収納を授けましょう、時間停止機能付きで。あとはスコップも強化しておきます。土嚢袋も無限で取り出せるようにします。あとは解析と抽出の能力を付与しましょう」
ここで少し考えを巡らせていく。今貰った能力で危険はないのか?いや、ダメだろう。ラノベで言ったら攻撃力が皆無じゃないか。
「ありがとうございます。解析と抽出、陶芸に必要な能力です。でも攻撃力が無いようですが?」
「スコップで何とかなりませんか?」
「いやいや、素人にスコップ一本って無理がありますよね?しかも折り畳み式ですよ?」
「そうですね。では投擲などいかがでしょうか?魔力を使って威力と精度を調整できるので、魔力も沢山で」
「それでお願いします」
これで投擲と魔力沢山?に無限収納時間停止付き、スコップ強化、土嚢袋無限、解析、抽出の能力で異世界に行くことになった。
「先ほどの四人と同じ世界になりますが、召喚術が行われた場所には行くことになります。ここの時間は止まっているので同じ時間になりますが。あと少しだけ若くできますが、どうしますか?」
「もちろん若返りでお願いします。場所は長閑な場所がいいですが、お任せします。もう一つお願いなのですが、世界が変わると食も変わりますよね?食あたりに強くしていただけるとありがたいです」
「解りました。長閑な場所で健康な体と。では、新たな人生を有意義に過ごして下さい」
こうして俺は幾ばくかの能力を貰って異世界ウグンターナへと転移したのだ。
『あ~、びっくりした。四人のはずが五人も居たとは思わないよね。まあ四十九歳が十五歳になれたのだからよいよね』
幼女は達也を十五歳まで若返りさせたのだ。四人は十八歳だったので、それより若くしたのだ。
『あとは上級神に人数を間違ったことを知られないようにしないとね。そうそう、異世界の言語も理解できるように能力を追加しないと、変な行動して他の神に知れたら一大事だわ』
こうして達也の異世界転移はスグンターナにも知られずに行われるのであった。
達也が転移で降り立った地、そこは見渡す限りの湿地帯だった。湿地帯の一角が丘のように高台なっていた。
「おぉ~廻りは湿地、その先には森が広がっているな。遠くは岩山か」
高台から周囲を見渡していくと、遠くに集落のような建物がありそうだった。
「結構な距離がありそうだが、歩いていけるかな?」
足元は湿地なので当然湿っている。スニーカーでは心許ないが、変えの靴は無いので歩いて進む事にしたのだが、高台から降りる場所を探すことから始まった。
階段などあるわけもなく、急な斜面を転がらないよう滑り降りていた。尻が泥だらけになりそうなので、土嚢袋を尻に敷いてから滑り降りた。子供の頃に土手で遊んだダンボールのソリみたいだったな。
湿地では水の無い場所を選びながら進むのだが、その前に土の確認をしてみた。陶芸に使えるなら見えていた集落に住みたいと思ったのだ。土は見事な品質で素晴らしかった。陶芸に使うのには最上だ。これで作品を作ったらと考えるとワクワクしてくる。まずは集落に辿り着くのが先決だが。
深い場所を避け、浅い水深を探りながら進むのだが、思ったように進めない。泥に四苦八苦しながら集落へと向かった。高台から降りた時より、太陽は上にあるので、地球の感覚では午前中であろうと察していた。日暮れまでには到着したいと考えつつ、食事をどうすべきか、考えているのだ。幸いに水は豊富にあるので問題ないが、食料は水草だけが視界にある。高台の上にあった草を調べておけばと後悔しても遅いのだ。魚もいるのだが素手で捕まえられるとは思えず、何かないかと水中を見ながら進んでいった。
食料探しに夢中になり、集落の状態が見られる位置まで着いたのはすぐであった。
視界に入る建物はどれも半壊状態で、長い時間使われていないことを物語っていた。
「食料は無いか・・・」
各建物を見て廻り、比較的に状態の良い家の中に入り、何かないか見て廻った。
食料は無かったが釣り道具と竹で作られた筌と呼ばれる罠を見つけていた。
「とりあえず流れがありそうな場所に罠を入れてみるか」
集落から離れた場所に罠を数個仕掛けておいた。釣り道具はあるが、エサを何にすればいいのか分からない。針は金属製で地球と変わらないが、糸は絹糸のようだ。
釣り道具があった一番大きな家が状態も良いので、そこを寝床にするのだが放置された時間が長いようで、埃だらけだ。使える物を探しながら掃除をするとしようか。
部屋を見て廻り、寝室と書斎を確認することができた。寝室のベッドはカビ臭さがあるので、外に出して干しておく。かなりの数の本が書斎にはあるので、まずは埃を取り去ることから始めた。箒があったので外に掃き出すだけだったが。
背表紙には魔法について書かれていそうな本もあり、一冊を手にとり読み始めた。
魔力の事や魔法の初歩が書かれており、魔法属性や簡単な生活魔法と呼ばれるものについての説明があった。魔法が使える者は生活魔法が必ず使えるようだった。火、水、風を出すことができる生活魔法、これは生活するのに便利な魔法のようだ。早速に火を出してみたが、失敗することなく『火』と念じると思った場所に火がでていた。
「魚が捕れれば焼いて食べられるな」
幼女が言っていた土魔法は明日に確認するとして、まずは食事。罠を見に行くことにした。
「大量に掛かっているな」
罠には十匹以上の岩名のような魚が入っていた。他の罠にも入っているが、一度に食べきらないので十匹だけ持ち帰り、竈で焼いて食べる事とした。家には薪が残っていたので、有難く使わせてもらう。
「ふう、流石に三十センチオーバーの魚十匹は飽きるな。でも満腹になるまで食べられたからよしとするか」
竈のそばに塩が残っていたので塩焼きで食べていたのだが、塩だけで十匹は飽きた。
「もう暗くなるし、今日は寝るか」
疲労も溜まっていたのか、ベッドに入ると何か考える時間もなく眠りに落ちていったのだった。
同時に召喚された四人の高校生はブラッドリッテ王国の王宮内にある神殿に居た。
「おお、召喚された方々は素晴らしいスキルをお持ちのようじゃ」
四人を召喚した魔導士長、ブラッドリーが国王に告げる。
「ほう、戦力になりそうか?」
ブラッドリッテ王国、国王ディーデクル・ヴァン・ブラッドリッテが嬉しそうに答えている。
「はっ、私の鑑定によれば職業が勇者、騎士、聖女、賢者となっておりまする」
「四大職業そのものと?彼らが順調に育てば戦局も変わるであろうな」
国王と魔導士長のやり取りを聞いていた野田勇樹が口を開く。
「待ってくれ。俺たちは戦いたくないけど」
「そうそう、戦いなんてゴメンだよ」
結城聡輔が同調すると深沢詩音と盛本結衣も頷く。
「突然の召喚で驚かれておるようですが、我国の情勢について場所を変えて説明しますので、時間をいただけますかな」
ブラッドリーの言葉に四人は顔を見合わせ、小さく頷き彼に従うこととした。
別室で説明されたのは、ここはスグンターナという世界にあるブラッドリッテ王国で、その王宮であること。人間の国は複数あるが、魔国と人間が呼ぶ国と対立していること。魔国の王、魔王を討伐してもらうため、異世界から力のある勇者達を召喚したこと。これらが簡素に説明された。一点の嘘があるとすれば魔国のことで、そこは人族と違う魔力を豊富にもつ魔族と呼ばれる種族が住んでいて、侵略しているのは人族、ブラッドリッテ王国が主導していることである。
魔族は寿命が人族の十倍ほどあり、長寿のため出生率が低く人口は少ない。その分、魔法の発展が著しいのだが、人族や獣人族とは違った文化がある。この魔法技術を狙った王国が人族を支配する為に侵攻しているのだった。
「今後は戦闘訓練に参加していただき、能力を上げていただきます。騎士団としての魔王討伐は数か月先になると考えております」
「話は解りました。しかし、俺たちが協力するかは別の話ですよね?
ちなみに俺たちの世界に戻れますか?」
「召喚はできるのですが、送還についての技術は持ち合わせておりません。魔族であれば魔法技術も進んでいるので、あるいは・・・」
勇樹の問いに魔導士長は俯き加減に応えていた。
「四人だけにしていただけませんか?」
勇樹の提案に王国側が了承し、四人で話合うこととなったのだが。
「ねえ、どうする?」
半泣きなのは詩音だ。大人しい性格で先頭向きではない。
「私は大丈夫だよ」
結衣は剣道三段、根っからの武闘家だ。
「俺が考えでは、現状の理解が優先だな。この世界の常識も含めて知りたい。戦闘するかはその後でもいいと考えている」
勇樹は冷静に考えていた。生徒会長で学年最上位の成績、伊達ではないのだ。
「俺は勇樹の考えに賛成するよ。何も考えられないし」
聡輔の身体能力は高いが学業は今一だった。
「戦うのは嫌だけど、皆と離れるのも嫌だし、一緒に行くよ・・・」
詩音は半泣きのまま同意する。離れ離れで生き抜く自身は彼女になかった。
「とりあえず、訓練と平行して常識も教えてもらえるよう提案してみる。その中で俺たちの出来る事を探してみようか」
四人の意見は国王に認められ、三日の休養を挟んでから午前は常識の座学、午後は訓練で落ち着いたのだった。
「では、スキルの確認をお願いできますか」
ブラッドリーの説明でスキルの確認方法は聞いていたので、四人でスキルを表示するのだった。
名前 勇樹聡輔
年齢 十七歳
種族 人族(召喚者)
職業 勇者(召喚者)
レベル 一
スキル 光魔法 火魔法 刀術 水魔法
言語理解 体術 限界突破
名前 野田勇樹
年齢 十八歳
種族 人族(召喚者)
職業 賢者
レベル 一
スキル 風魔法 鑑定 魔力感知 短剣術
地図化 限界突破
名前 深沢詩音
年齢 十七歳
種族 人族(召喚者)
職業 聖女
レベル 一
スキル 聖魔法 水魔法 土魔法 弓術
空間魔法 限界突破
名前 盛本結衣
年齢 十八歳
種族 人族(召喚者)
職業 剣士
レベル 一
スキル 火魔法 雷魔法 剣術 槍術
隠蔽 限界突破
それぞれの能力が明らかになり、王国の人間は喜んでいた。四人は能力を使って安全かつ効率よく生き抜く術を探そうとするのだった。