間章① ハリネズミと三角定規
深夜一時。
モーターと共に響きパソコンのウインドウが立ち上がる。
日中なら気になることはないが静寂な夜ではやけにうるさく聞こえた。
右手でマウスを掴みデスクトップにあるチャットのアイコンをクリックし起動させる。
自分のハリネズミのアイコンの表示がアクティブに切り替わったことを確認し、数人のフレンドの中から適当に選んだことがありありと分かる三角定規のプロフィール写真をクリックして相手に話しかけた。
『こんばんにゃー。いますかー? いませんかー?』
反応はない。
相手のアイコンがログイン状態になっていることからチャットを起動していることは間違いないのだが、どうやら席を外しているようだ。
しばらく待ってそれでも返事がなければチャットを閉じようかと思ったその時。
『こんばんは』
短い一言が打ち込まれた。
『おお、神降臨』
『……何か用?』
『いつも以上に塩対応! 普段ならもうちょっとツッコんでくれるのに!』
などと言っているが大体はそっけない態度でスルーされるか、呆れられるかのどちらかで塩対応なのは変わらない。
『今日は何か不機嫌になることがあったのですかい旦那?』
『別に……。で、用件は? 無いなら落ちるけど』
『待って待って! 今から手直しした歌詞送るんで見てくりゃれ!』
『……今から? まぁいいけど』
歌詞の書かれたテキストファイルをデスクトップからチャット画面に持っていき送信する。
数秒経つと画面に送信完了の文字が表示された。
どうやらすぐにファイルを開いてくれているようでしばしの沈黙が流れる。
『……いいんじゃない? こないだよりも物語の情景が見えるし、主人公の恋愛感情がより深堀されてると思うよ』
『そう言ってくれると思ってたよ! なので明日の更新をお楽しみにしてておくれ!』
『うん? ちょっと待って。明日?』
当然の疑問だろう。
歌詞が完成したということはこれからまだ多くの作業が入る。先に曲が完成されていたとしても編曲作業や仮歌の作成、そもそもの歌入れが必要になる。収録にはスタジオも押さえなければいけないし、歌い手との予定も合わせなければならない。
それなのに明日完成させてサイトにアップすると言っている。これは事実上不可能だ。
その不可能を可能にするということは……つまりそういうことである。
『もう完成させてるならわざわざ確認取る必要もなかったんじゃないか?』
『それは違うでしょ。共同作業なんだから筋は通さないと!』
『律儀にどうも。で、何時くらいにアップするの?』
『あれ、もしかして楽しみにしてくれてる!?』
『……自分が関わってる作品なら聞くのが普通だと思うけど』
『またまたぁー、照れるな照れるな』
連続で続いていたチャットが二十秒ほど途切れる。
ハリネズミの煽りに三角定規がため息と共に悪態を吐いているのかもしれない。
『で、何時にアップされるの?』
『昼の十二時にアップ予定だよ!』
『アップ時間早くない? いくら休日でも人がネット触るの夜でしょ』
『早くアップしたいという逸る気持ちを押さえられなくて……。まぁどうせいつも通り再生数百チョイだからそんな時間帯とか気にしないしね』
『もっと伸びてもおかしくはないとは思うけど……』
『なになに? 今日はやけに褒めてくれるね! やっぱりイイコトあったんじゃ――』
『昼の十二時ね。聞いてまた感想送るから。じゃあおやすみ』
チャット画面の最後に三角定規はログアウトしました、との文字が表示される。
ここまで聞かれたくないということは、もしかしたら本当に何か良いことがあったのかもしれない。
「あんたと組んだから曲が完成していることも忘れないでくれ。感謝してるよホント」
ハリネズミがすでにいなくなった三角定規へ聞こえることのない自分の口で呟く。
そしてそのまま笑顔でパソコンの電源を落とした。