第三十八話 僕と彼女のラストダンス④
校庭に飛び出すとまるで野外ライブのような臨場感が僕の体を貫く。
これは僕が先輩に頼んで急遽用意してもらったライブ用トラック。これさえあればいつでもどこでもライブが行えるという優れもの。
一曲目の演奏が終わるのを見計らい僕もステージの上に昇る。
宮原とアイコンタクトの後マイク前の位置を変わる。
「僕のワガママに付き合ってくれてありがとう」
僕の呟きに宮原は両手を少し広げ抱きつこうとするのを我慢する。
「私は夏代の成長が見られだけで十分胸いっぱいよ。泣きそう」
「母か!」
「大きくなったな夏代……」
「父か!」
「ガハハハ!ナッツよ大志を抱け!」
「誰役だよ!」
などとおかしな時間を過ごしている暇はない。
一階の廊下からこちらの様子を伺いながら怒号を上げている教師陣の姿が窺える。
それを校長が宥めていた。改めてコネ凄え万能。
生徒たちが興奮のあまり教室を飛び出してくればきっと教師たちも黙ってはいまい。
そうなればライブはそこで終了だ。
けれどそんなことは分かりきっている。
宮原が僕の背中を軽く突いた。
それを合図に僕は目をつむり深呼吸を一つ。
マイクに口を近づけて叫ぶ。
「生徒諸君初めまして! 我々がネームレスだ!」
学校中から歓声や指笛の音が響き渡る。
メンバーが一人違うが、初めての公の場での挨拶。
当然観客の中にはボーカルが変わり、アイツは誰だと思っている人も多いだろう。むしろそれが正しい反応だ。
本来演奏をしない僕はここに立つべき存在ではない。
僕の声では宮原みたいな高音は出ないし、烏丸みたいなミックスボイスで調和も取れない。
それがどうした。
この曲は僕がもがいてもがいて、どん底から這い上がりながら一人で作った曲だ。どう感情を込めたらいいか、何を表現したらいいか、誰に想いを伝えればいいか、全て知り尽くしている。
音程だって、僕が歌いやすいように作ってある。
今回ばかりはこのステージに立たせてもらう。
今だけは僕が主役だ!
烏丸のドラムスティックが開始のリズムを取り、宮原のギター、藤丸先輩のベース、そして僕の声が音楽を奏で始めた。
一度も僕をボーカルとして遊び以外に合わせたことはなかったが、三人のフォローのおかげで形になっている。
この曲は一人の少年が一人の少女と出会い、自分を変えてくれたことや自分を信じてくれたこと、自分を認めてくれたこと、そして自分を好きになってくれたことへの「ありがとう」を込めた歌詞。
だからこれは僕が歌ってこそ本当の意味を持つ。
吐き出せ絞り出せ、この一曲に全てを乗せろ。
喉のウォーミングアップをしてないなんて気にするな。声なんて枯らせ。
緊張なんてかなぐり捨ててやる。
想いをただ乗せろ。届かせろ。響かせろ。
これが僕の再スタートの第一歩だ。
織原お前はどうだ。
お前の思い描く未来の一ページになり得てるだろうか。
お前のやりたいことへの足掛かりになっているだろうか。
僕も覚悟と願いを一つずつ形にしてそれを超えていくよ。
だからお前も頑張れ。必ず戻ってこい。
こんな恥ずかしい気持ちは言葉に出来ないから歌にして贈るよ。
けれど歌いながら瞳を動かしながら織原を探すがどこにも姿はない。
聴いていないとは思わないが、見られていないというのもどこかもどかしい。
歌が終盤に差し掛かった間奏のところで、空に何かが飛ぶのが汗に滲む視界の端に映り込んだ。
その光景にマイクがあるにも関わらず言葉が漏れる。
「ほんと凄いなお前……」
ノートの切れ端やスケッチブック、その他様々な物で折られた大量の紙飛行機が空を舞っていた。
織原が声をかけて回ったのだろうか、窓から生徒たちが次々に紙飛行機を投げていく。
そして学校の屋上に人影が見え、水色の紙飛行機が飛ばされる。
お前が満足してくれるなら僕も満足だ。
僕の視線の先には満面の笑みでこちらに手を振っている織原の姿があった。
さあ、最後のサビだ。
まだ言いたいことは山ほどある。言い足りないと思うのは我儘だろうか。でもここは終わりにしなければ。
今が通り過ぎてもこの先僕が止まらなければずっと続けられる。
いつかは歌ではなく声に出して言えるかもしれない。
その時まで他の誰でもない。僕は僕しか歩けない道を進んでいくよ。
歌が終わり楽器の音色が静かに残響を残す。
息も絶え絶えになりながら、僕はおもむろに屋上の織原を指差しながら呟いた。
「また会おう」
僕が手を下げて空を見上げて一息ついた瞬間。
教師たちが大声を上げながら校舎から飛び出してきた。
さあてどうする。
プラン通り烏丸を囮にして逃げようか?




