第三十六話 僕と彼女のラストダンス②
何にせよ。いつもの僕ならここで悪態をついて恥ずかしさを紛らわす行動に出ているはず。
けれど僕にとってあのゲリラライブが黒歴史だろうと織原にとっては人生の分岐点となった出来事。
自分にとってかけがえのない大切なものを馬鹿にされるのはいい気分にならない。僕にだってそのくらいの経験はある。
少しだけでも成長しただろうか。
お前に少しでも追いつこうとする準備に僅かでも近づけているだろうか。
「大丈夫だよ先輩。先輩はこれからもっと大きくなるよ。私が保証する」
「だから……お前は人の心を読むな」
「いやいや顔に出てるだけだよ。眉間に皺すごい寄ってたしね」
「やーめーろー!」
織原がうりうりと僕の眉間に人差し指を押し当てこねくり回す。
楽しそうに僕の眉間をもみほぐす織原に投げかける。
「お前これからどうするんだよ」
「会見で言ったじゃん。無期限の活動休止」
「それは分かってる。そうじゃない、その後の話だ」
「うーんそうだなぁ」
織原は顎に指を当て考え込むように僕の横を通り抜けていく。
そしてくるっと半回転し僕に向き直ると、
「後悔だけはしないようにするよ。約束したしね」
まるで向日葵のような笑顔を浮かべた。
その目が眩みそうな笑顔に、僕も言葉の代わりとして微笑んで返す。
「それにあとのことは先輩が引き継いでくれるから心配してないよ」
「お前なぁ……。そんなこと僕が出来るわけないだろ」
「わたしの戻ってくる場所を守ってくれないの?」
その言葉に心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
憧れの存在だった織原香苗にここまで言われて僕はそれでも出来ないと言うのだろうか。
いや。出来る出来ないじゃない。
やるんだ。
そのための環境を僕はずっと持っている。
このためにネームレスをやっていたわけではないが、使えるものは何でも使ってやろう。あの二人も文句は言うまい。
「僕がじーさんになるまでは待ってやるよ」
「わお、太っ腹!」
「嘘だけど」
「嘘なの!?」
「そこまでは待てないって話だ。今まで通り図々しい態度で戻ってくるのを待ってる」
「復活するときは一番最初に先輩のところに行くよ」
すると織原がおもむろに右手を差し出してきた。
「お詫びは昨日したけど、今日のお礼はまだしてなかったから」
「別にお礼をして欲しかったからやったわけじゃない。僕は僕のためにやっただけだ」
そう言いながら僕はその手を握り返す。
「分かってる。今回は先輩の勝ちだよ。だからわたしはこれから自分の力だけで前に進んでいく。だから先輩も追いついてきて」
「当たり前だ。すぐに背中掴んでやる」
「えー。下着あるのに先輩の変態ー」
「お前……こんな時まで--」
不意に手を引っ張られると同時に織原の左手が僕の背中に回され、お互いの体の距離がゼロヘ。
織原の体温と心臓の鼓動が伝わってくる。
「最短で治してくるから絶対に待ってて。まだわたし先輩とやりたいことたくさんある」
微かに震えるその声に、思わず僕は織原の頭に左手を乗せる。
「お前学校どうすんだ」
「学校……? 入院するからとりあえず休学。手続きあるからあと一回二回は行くかな。何で?」
「……送別してやる。だから学校来る日教えろ」
「ふふ……、分かった楽しみにしてる。でもね」
「何だよ、いらないとか言うなよ」
「わたし先輩の電話番号知らない」
「あ」
ここに来て最後まで締まらない。
僕らは体を離し、ここで初めてお互いの携帯番号を交換した。
あと数日しかないがまだやることはある。
僕のやり方でお前を送り出してやる。
初めて意味を変えて言うよ。
楽しみに待ってろよ織原。




