第三十四話 会見の幕引き
「そ、それもお前が言ってるだけだろう! 誰が信じるものか! じゃあさっきまであの娘が反論していたのはなんだったんだ!」
「そんなものもう関係ないだろ。本職のあんたが理解出来てないってのはおかしな話だな」
ハンチング帽の男は僕の言葉が一瞬理解できずに顔をしかめたが、目を見開いてハッと空気の変化に気がついた。
周囲の記者達の反応が既に織原香苗の盗作問題に目を向けていないことを。
どの記者も織原香苗がネームレスの一員だったという宝物をいち早くモノにしようと電話やメモ片手に目を輝かせていた。
「真実を決めるのは僕達じゃない。大多数の観衆だ。そうだろう、帽子の記者さん」
僕の言葉がトドメとなったのかハンチング帽の男は近くにあった椅子を一つ蹴りつけ、地団駄を踏むようにスタジオから足早に出て行った。
これでとりあえず邪魔な障害物の排除には成功。そして織原のやろうとしていた目論見も妨害出来た。
このままお前は僕の計画通り新曲発表を続けーー。
不意にどこかのマイクから耳障りなハウリングが走った。
「皆さんまだわたしの話は終わっていませんよ」
声の主は、織原香苗。
これ以上まだ何か話すことがあるというのか。まだ僕のホラ話を覆す気でいるのか。
「おり……っ!」
マイクを指で弾き、再びハウリングが起こる。そして僕に向けて静かに、と口元に人差し指を当てる。
僕が口を挟むことを予想していたらしい。
「まず余計な邪魔が入りましたことをお詫びいたします。そしてもう一つお詫びしなければならないことがあります」
ああ、なるほど。それを最後の言葉として残していたのか。言って欲しくない。けれどお前はもう決めたんだろう。自分の幕引きを。
なら僕はそれを見守るしかない。
僕は好きにやった。だからお前も好きにやれ。僕は強張った表情を元に戻し、織原の声の続きを待った。
「わたし織原香苗はこのシングルを持ちまして全ての芸能活動を休止させて頂きます」
ほんの一瞬の静寂。だがそれは僕にしたらとても長い静寂だった。
そして時間が動き出す。
な、何を言ってるんだお前は! 待ちなさい香苗、それは聞いてないわ!
と織原の両サイド事務所の人間の驚愕の声が最初。
織原を無理矢理連れ出そうと腕を引っ張るが、織原がそれを拒否しこの場に留まった。
それは事実上の引退ということでしょうか! どこか体調が悪いんですか! 先程の盗作問題と関係が? ネームレスの活動に本腰を入れるわけではないですよね! まさかこの彼とのお付き合いが原因でしょうか!
会場にいる全員が質問を投げているのは間違いない。中には身勝手なものや見当違いすぎるものも混ざっていたが、それでも織原は類似の質問を除き一つ一つ答えていった。
それが最後の責任と言わんばかりに。
僕の耳に残った印象のある質疑応答は三つ。
「事実上の引退かどうかですが、今のところは一時的な活動休止としか言えません。活動再開は未定です。その理由として喉の不調が原因です。以前から異常を感じ病院には通っていましたが、いよいよ歌手活動にドクターストップがかかりました。そして彼との関係に関してですがーー」
ほんと最後まで余計なことを言ってのけるやつだ。最終的には活動休止よりも僕との関係性の質問の方が多くなったんじゃないか。
僕にも質問が飛んでくるし……。僕は一般人だっての。
最終的には収拾がつかなくなり織原は事務所の人間に、僕は爆笑を堪えもしない先輩に引きずられるように退出する形になった。
そして僕は今、夕日を背中にテレビ局の屋上に立っている。
どうやって中に入ったのかは……言うまでもない。
今まで色んな人に助けられてきたんだな、としみじみ思う。
「わたしたち屋上好きすぎじゃない?」
「なんとかは高いところが好きって言うしな」
屋上の扉を開かれ、織原が現れる。
そんな学校でのやりとりのような会話から、僕たちの最後の対話が始まった。




