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第三十三話 未来に繋ぐ選択肢

 ハンチング帽の男はスマホの小さい文字が見えていないのか、訝しみながら目を細める。

 だがこの男にだけ見えても仕方がない。

 僕は他の記者達にも声を張り上げて呼びかける。


「皆さんも携帯を手にネームレスの動画投稿サイトをご確認ください」


 僕の声に釣られて続々と記者達やスタッフが自分の携帯を操作し始めた。


「まず見て頂きたいのは最新の動画。タイトルが最新曲投稿予定というものがあるでしょう。さて次回投稿予定日はいつですか?」


 適当に近くの女性記者に問いかけると、


「えっと……、明後日になってる」

「では今から僕がネームレスだという証拠をお見せしましょう」


 僕はスマホの画面をタッチする。そして数秒後また声を張り上げた。


「どうぞ、全員ページの更新ボタンを押してください!」


 何が起こるかもうお分かりだろう。


「あ、最新動画が上がってる……」


 先程質問した女性記者が呟いた。それを皮切りに他の記者達が騒ぎ出す。

 おいまさか本当に彼がネームレスなのか、だとしたら織原香苗とどんな関係があるんだ、待て待て大ニュースが飛び込んできたぞ。


 などなど、仕事に対しての興奮度が登ってきた様子だった。

 だがこの男だけは違う。

 僕に詰め寄り反論を叫んだ。


「だからなんだと言うんだ! お前がネームレスだということは百歩譲って認めてやるとして、織原香苗が楽曲を盗作していたことには変わりない。ここまで証拠が揃っているんだ、どうやって覆すというんだ!」

 

 僕は体を僅かに跳ねさせる。

 大人の男に叫ばれたからといって怯むな。


 ここまで様子を変貌させたということは相当焦っている証拠だ。このまま押せばこの男は黙らせられるはず。

 僕は空いている左手を堅く握りしめ浅くゆっくり呼吸を整える。


 さあてこの次だ。僕が考えているシナリオはここから分岐する。

 まず一つ目は確実に織原の盗作疑惑を完全に払拭出来るかもしれないが、僕自身に大きなダメージが残る展開。ちなみにこちらは成功率が高いと踏んでいる。


 そして二つ目。織原も僕もさほどのダメージは受けないが言い方次第で信憑性が僅かに欠ける。そして織原の今後の活動に負担がかかってしまう。

 ここまで来たんだ。最後までカッコつけさせて――。


 僕が息を吸い込んで言葉を出そうと口を開けた瞬間。

 インカムを付けたスタッフが僕に向けてカンペを捲り指差した。


 そこには『無意味な自己犠牲でカッコつけたら後でぶん殴る! By宮原&烏丸』と文字が書かれていた。

 思わず笑いが込み上げ顔が綻ぶ。


「何を笑って――」

「あんたの言ってることは全てが逆なんだよ」


 ハンチング帽の男が再度叫び出す前に僕はその言葉を遮った。

 そして今度こそ口元だけ不敵な笑みを残し言葉を突き付ける。


「は? なんだって? 何が逆だと言うんだ!」

「正確に言えば逆じゃないけど、似て非なるものだ。あんたはさっきから織原香苗が僕の書いた詩を盗作したと意気揚々に解説してたよな」


「だからそれがなんだと言うんだ!」

「織原は僕の詩を盗んでなんかいない。いいかもう一度言う。あんたが見て来たものそれら全て織原を含んだ僕ら『ネームレス』の演出なんだよ」

「織原香苗を含んだ『僕らネームレス』……?」


 ハンチング帽の男がハッとした顔をし、二歩後ずさった。そして織原のほうへ顔を恐る恐る向ける。

 会場の記者たちも僕の言葉に何かが含まれていることに気が付き、近くの記者と会話をし始めた。

 僕は逆転した立場をそのまま、お返しと言わんばかりにハンチング帽の男へと詰め寄る。


「今度は織原がネームレスの一員だという証拠を出せとでも言うかな? まあこの状況で織原本人の口から答えを聞いても信用しないよな」


 じゃあこれを見れば分かるだろ? と僕は再度スマホを操作し始める。

 ちらっと織原の様子を横目で窺うが、固唾を飲んで僕の様子を窺っているだけだった。

 なら遠慮なく行こうじゃないか。


「これが僕と織原のネット上でのやり取りだ」


 パソコンにも入っているアプリを起動し、『ハリネズミ』と『三角定規』の会話ログをスマホ画面に表示させた。

 カメラマンがカメラで僕のスマホ画面抜き取り、文字を大きく映し出す。

 けれどこれはあくまでもハンドルネームだけしか表示されていない。完全にこれが僕と織原のやり取りだと言う証明をするためには、


「どうだ織原。僕のやり方を認めるか認めないか、今ここで判断しろ!」


 可能性は半々。織原がここで乗っかって来なければ、僕の攻撃は潰えてしまう。

 ああ、余計な心配だったな。


 さっきまで泣きそうな顔で僕の戦いを見つめていたはずの織原は、その目を潤ませながらも口角を上げ僕以上に不敵な笑みを浮かべ、「乗ってあげる」と口だけを動かした。

 そして自分の持つスマホ画面をこちらに向けて突き出す。


「これでいいんだろう『ハリネズミ』?」

「協力に感謝するニャー『三角定規』」


 そこには僕のスマホに映し出されているチャットログと全く同じ内容が表示されていた。

画面では表示しきれないが、過去に遡れば今まで出したネームレスの楽曲に関わる様々なやり取りが残されている。これを見て織原がネームレスに関係していないとは誰も言うまい。


「織原香苗とネームレスの共通点分かる方いますか?」


 僕の問いかけに答える人はいない……と思ったが、意気揚々と手を上げている人がカメラの外に一人いた。

 どこまでもでしゃばりたいんだなこの先輩……。

 けれどさすがに当てるわけにもいかず自ら口にしようとするが、「等身大の青春模様……」と近くの女性記者が呟いた。


「僕らが書く詩には実体験を題材にするものが多い。けれどそんなものそう簡単に転がってるわけがない。じゃあどうするか」

「う、嘘だろう。そんな……そんなことがあってたまるか」


「実体験がないなら、自分たちでシチュエーションを作ってやればいい」


 だからボイスレコーダーに録音されたやり取り全てがヤラセなのだ。

 そう僕は宮原と烏丸への申し訳なさを僅かに残しながら言い放った。

 カンペに書かせて僕の背中を押すんだ。あの二人なら会った瞬間に僕の背中を叩いて、よくやったと言ってくれるに違いない。


「もう一度言おう。一昨日公園で話し合った僕の本音も、昨日病院の屋上で語った織原の懺悔も、数年前屋上で飛ばした紙飛行機も、全てが……フィクションだ!」


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