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第三十二話 背水の陣

 会場に沈黙が流れる中、僕の耳には僕の足音が異常に大きく聞こえてくる。

 周囲のスタッフは織原に注視しているため僕の気配を察知出来ない。


 その横を通り過ぎたところで部外者の存在に気がつくが、こんなところに部外者が入り込んでいるとは思えず反応が遅れる。

 静止の声とともに手を伸ばそうとするが、僕は手が届く少し先へと歩いていた。


 それでも追ってこようとしたスタッフを止める藤丸先輩の声が僕の耳に微かに入り込む。

 そのやり取りが聞こえたのか織原を見つめていた瞳達がドミノ倒しみたく次々に僕へと向けられた。


 誰だコイツは、部外者が入り込んでいるぞ、警備員早くつまみ出せ、など会場がざわつき始める。


 急に現れた危険人物の可能性を孕んだ僕を見て織原の両脇にいる二人が織原を会場の外に連れ出そうとするが織原はその手を払い、悔しそうな恨めしそうな何とも言えない表情で僕を見つめ返す。


 僕は織原の反応を無視して、まず挨拶すべき人物に皮肉を込めて声をかける。


「どうもこんにちは」


 ハンチング帽の男に笑顔で挨拶をすると、男は気まずそうに帽子を深く被り直し視線を逸らした。


「勝手に入ってきては駄目だろ!」


 僕が記者席の真ん中辺りまで進んだくらいで警備員二人が声を上げながら僕の体を両側から掴みかかる。


「部外者かどうかは本人に聞いてみたらいい。なぁ、織原?」


 僕の声に二人の警備員は本当なのか、と織原に視線で訴えかける。


「か、彼は……」


 だが織原は言葉を詰まらせる。僕を巻き込んでいいのか迷っているのだろうか。

 もしそうならもう遅いだろう。これはテレビ放映はされていないものの、ネットで全世界に配信されている。

 僕がここに姿を現した時点で、最低でも僕の顔を知っている人達には関係があると知られてしまった。


「ならあんたに聞こうか。まさか知らないなんて言わないよな」


 答えない織原を一時置いておき、次にハンチング帽の男に回答権を渡す。

 だが男も口をつぐんだまま視線を逸らし続ける。

 このままでは埒があかないと思い始めたその時、記者席の一人が口を開いた。


「君はもしかしてさっき聞いたボイスレコーダーの……?」


 その声を皮切りに会場が再びざわつき始める。

 そしてその事実に気がついた警備員も僕の拘束を一旦解いた。


 記者達からはレコーダーの音声の証言をしに来たのか、奴を訴えにここまで来たのでは、ファンが乱入してきただけだろ、など見当違いな声が聞こえてきた。


「まず初めに。そこの黙りこくってるハンチング帽の記者が流した音声は紛れもなく自分のものです。そしてそれら全て虚言であることをここに宣言します」

「ふ、ふざけたことを! これのどこに嘘がある! 誰がどう聞いても織原香苗が盗作を行ったことへの証拠だろう」


「発言者本人が違うと証言しても?」

「はっ! そもそもお前があの声の主だという証拠でもあるのかい? ないだろう?」


 確かにない。動画であれば僕の顔自体が証拠になり得たが、声がにた人間などいくらでもいるだろう。

 ならば次だ。


「あんたと織原香苗が拾ったあの紙切れの持ち主、あれは僕だよ。これにはちゃんと証拠がある」


 そう言うと、背後からスタッフが僕の鞄を持ってきてくれた。おそらく先輩の指図だろう。

 その中から僕は一冊の大学ノートを引っ張り出し、適当なページを開き顔の横に掲げる。


「あんたの出したその紙と僕の持ってるノートの筆跡鑑定でもしてみるか? それも不満なら僕自身が筆跡鑑定を受けてもいい」

「ぐ……。だが織原香苗がお前のノートを拾い自分の物にしたことには変わりなーーー」

「それも嘘だと言ったら?」


 僕の言葉に会場が一瞬静まり返る。


「はぁ……? い、意味がわからない!」


 会場の記者やスタッフ達もハンチング帽の男の声に同意したように頷く。


「だから、ヤラセだと言ったんだ」

「そんな発言をしたところで俺の出した証拠を無理矢理覆そうとしてるだけにしか聞こえない! いまさら何を言おうと判断するのは観衆だ。ただの一般人の声がこの状況でまかり通るとでも思っーーー」


「ああ、これは失礼した」

「待って先輩……!」


 何かを察知した織原は僕の発言を遮ろうと声を張り上げるが、そんなもので僕の声を抑えることは出来ない。


「全世界の皆さま改めて初めまして」


 僕はカメラに向かって一度深々とお辞儀をする。

 そして顔を上げ、こう言い放った。


「我々が『ネームレス』だ」


 今ネット界を騒がしている正体不明のバンドの正体が明かされた一瞬。

 しかし当然これに対してこそ反論は出るだろう。


「ははははは!それこそ信憑性にかける。そんなもの今までに腐るほどネットに出てきてるわ!」

「じゃあ証拠を見せてやるよ」


僕はポケットからスマホを取り出してハンチング帽の男に突きつけた。

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