第三十一話 論より証拠
驚きも悲しみもないその笑顔はどこか嬉しそうにも見える。
その様子にハンチング帽の男は眉をひそめた。
切り札を出せば織原が即時瓦解すると踏んでいたのだろう。
瓦解せずとも狼狽を見せればそこに付け入り後はなし崩しに盗作を認めさせて終了。
だが織原はそうはいかない。僕らが自分を売っていないことを確かめたことで、さらに戦う姿勢を強めた。
「わたしのことだったので敢えて黙っていましたが、友達にまで手を出されては容赦はしません。あなたが行なっているのは犯罪ですよね。都合よくご自身で犯罪の証拠まで見せびらかしてくれていますし、訴えられてもおかしくはないと思いますよ」
「いえいえ。これは仕事の癖でしてね。常にボイスレコーダーを起動しているんですよ。こういう仕事柄危険な輩と相対することも多いものでして」
だからこれが録音されたことは偶然だと?
狙って盗聴、録音をしたのではなく偶々そこに居合わせたために手に入れた証拠材料だとこの男は言い張った。
偶然烏丸と宮原へ過去をぶつけた公園に、織原と本音を言い合った病院の屋上に。こいつは運良く遭遇したのだと。
「それよりもどうして、あなたのお友達が発表されていない新曲のタイトルを知っているのかどうかの方が気になりますけどねぇ。そうでしょう皆さん?」
ハンチング帽の男の問いかけに周囲の記者も頷き返す。
会社によりけりかもしれないがこれは情報漏洩に当たるのではないか。男はそう攻めてきた。
さっきは盗作疑惑、次は情報漏洩疑惑。一体何を狙っている……。
ただ織原のスキャンダルを暴きたいだけなのか?
「わたしが話しましたが何か?」
会場にざわめきが走る。
織原の両サイドに座る二人も思わず席を立ちそうになる。
ハンチング帽の男はついに認めたか、と口の端を吊り上らせた。
しかし織原の笑顔は崩れない。
「ただし謎付きで、です。どうしてもと言うので謎解き形式で彼には教えました。それを解いたのでしょう。織原香苗が新曲のタイトルを謎解きを交えて教えてくれた。これは彼ら一般人からすれば事件ではないでしょうか? 小説家なんかがSNSで自分の作品に出す予定の謎を公開したのも見たことがあります。果たしてこれは情報漏洩でしょうか」
確かに一理ある。
直接織原が僕にタイトルを言ったとは証言していない。
極めつけはこの会場にいる数人以外、このボイスレコーダーから出たタイトルが正解かどうか現段階で判断が出来ないというところ。
「なるほど。それなら納得しましょう」
「それはどうも」
「では紙飛行機については? 男性が歌詞の前半部分一字一句に見覚えがあったと言い、女性が紙飛行機を拾った、と言っていますね。これはどう説明されるおつもりでしょう」
嫌なところを突いてくる。
これに関しては少しでも解釈すれば、僕が耳にしたこの曲の歌詞に見覚えがあり、それが紙飛行機に書かれていた。そしてそれを拾ったことでこの曲が生まれた。そう理解が出来てしまう。
「これについては――」
「ああ、そうそう。実は私も持っているんですよ」
「――え?」
――は?
男が再度掲げた手に握られたそれを見て、織原の笑顔が凍り付いた。
「これ、見覚えないとは言わせませんよ?」
これみよがしに男は手に握られた一枚の大学ノートを織原に見せびらかす。
ノートには縦横斜めに所狭しと文字が書き込まれていた。
あの紙には見覚えがある。
いや見覚えどころの話ではない。あれは僕が破り捨てたノートの一枚だ。
確かに可能性はある。
織原が僕の紙飛行機を拾っていたのだから、誰かが他の部位を見つける可能性は当然考えられる。
だが……、この男はいつから織原を付け狙っていたのだ。
あの日学校でこれを拾ったということは、まさか――。
「知らないとは言わせませんよ。これまた偶然にも風景画を撮影していた時に映りこんでいたんですよ。あなたが何者かが飛ばした紙飛行機を拾い上げ、鞄に入れていたその姿がね」
そう言って男は懐から数枚の写真を抜き出し、ノートに加えそれも自分の眼前に広げた。
「今までの情報を時系列順に整理しましょうか。あなたは以前高校の屋上から飛ばされた紙飛行機を拾い上げ持ち帰った。そしてそれを元に曲を書き世に出した。それからおそらく本来のこのノートの持ち主があなたの盗作に気づき他の友人に吐露。あなたは罪の意識に耐え兼ねノートの持ち主に謝罪を込めた暴露を行う。さぁこの情報を箱に入れシャカシャカ振ってあげれば何が出ますかねぇ?」
長年欲しかったおもちゃを得た子供のように笑うハンチング帽の男。
全ての証拠を出し切られ織原も唇を震わせながら制止。反論の余地はない。
この場にいるほぼ全ての人間がハンチング帽の男の勝利を確信したことだろう。
対戦相手が変わってしまったことは残念だが、僕のやることに変わりはない。
さぁここからだ。
お前たちの思い通りになると思うなよ。
「じゃあ行ってきます」
「検討を祈るよ、ナッツ」
僕はスマホをポケットに仕舞い立ち上がると、織原の下への一歩を踏み出した。




