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第三十話 証拠などあるものか

 僕のスマホを握る手に力が入る。

 織原はどうやって答えるのか。そのまま認める発言はしないとは思うが。


「それはどこから出た情報でしょうか?」

「どこから出た? なかなか面白いこと言いますね。まあ順序立てて行きましょうか」


 男はまず一つ目、と言って右手の人差し指を立てる。

 指折り数えるほど情報を握っているというのか。


「皆さんもご存知の通りネットで若者を中心に人気を博しているネームレスというバンドグループ。そのバンドの曲調や歌詞があなたの歌と酷似している部分があるんですよね」

「それがどうしたと?」


 織原の凍りつくような視線が男を貫かんばかりに向けられる。


「曲調や歌詞が似ていることなんてこの世界ではよくあることです。それが証拠だというのは馬鹿馬鹿しいにも程がある」


 確かにネームレスの活動を開始した後に織原が僕の残した残骸に手をつけたとはいえ、証拠になるまでの類似点はないはずだ。僕も気をつけていたし、何よりもそれらのほとんどが僕一人の作品ではない。

 おそらくこれはただの揺さぶりだろう。


「怖い怖い。まあこれじゃダメなのはもちろんわかっていますよ。では次二つ目です。わたしは聞いたんですよ。あなたの口から盗作という言葉を」

「仮にわたしの口から盗作の言葉が出たとしましょう。ですがあなたが聞き間違えた可能性は? 歌だけじゃなく絵画や小説、テレビ番組など様々なことで盗作はありますよね。わたしだって一人の人間です。そういった話題を話すことくらいありますよ」


 全く焦ることなく淡々と返すその姿はまるで問答を想定していたかのようだった。

 どこまで想定してるんだこいつは。おそらく他の疑惑が飛び出したところで一蹴できるだけの準備はしているだろう。本当に恐れ入る。


「なるほど。では今ここで私の言葉が本当かどうか聞いてみましょうか」


 そして次の瞬間、織原の余裕の笑みを男は一瞬で奪い去った。


『先輩は盗作された歌詞で作られた曲が大ヒットしてどう思った?』


 音量を上げているためノイズや雑音は多少混ざるものの、それは確かに織原の声でそう言った。

 声はまだ続く。


『どうしてあんなぽっと出のやつが自分の詩を使って認められているんだ。ってハラワタが煮え繰り返るくらい悔しかったよね?』


 男が頭上に掲げるボイスレコーダーから流れる音声によって、屋上でのやりとりがそのままこの場に再現された。


「織原さんあなた先ほど聞き間違えた可能性はないか、と仰いましたがこれのどこに聞き間違いが? はっきりと盗作したとご自身の口から出ていると思いますがいかがでしょう」


 こんな織原の生命線を握る情報をどこで聞いたというの――か。


「あ」


 思い出した。

 この男学校の帰り道僕と烏丸に織原のことを聞いてきたやつだ。

 

 そして病院で、織原の病室の前で僕とぶつかった。

 まさか僕の後をつけて屋上で聞いていたのか。


「……盗作という言葉はハッキリ聞こえましたが、これがわたしの声だという確たる証拠はどこにもないのでは?」


 周囲の記者たちも確かに声だけでは判断が、と納得の声が漏れる。

 ドラマや漫画などでもたまに出てくるよく似た声の人間を探して証拠をでっち上げる方法。記者たちのほうがその方法をよく知っていることだろう。

 

 しかしそれ以前にこれは秘密録音であり、プライバシーの侵害だ。犯罪行為までしてこの男は織原を貶めたいのか。

 織原もこれを分かっていながらも、騒ぎ立ててれば相手に隙を見せることになり、余計に付け込まれることを分かっているのだ。だから今にも飛びかかって行きそうな両脇の二人を手で制止している。


 それでもハンチング帽の男は笑いを噛み締めるかのように口元を抑える。

 これでも認めてくれませんか。なら最後にお友達の声を聞いてみましょう。


 お友達の……声? 織原の友達に情報をリークする奴がいるのか。確かに織原を蹴落とそうとする奴ならば情報くらい流すかもしれない。けれど織原がこんなことを話す人間が他に――。


『まぁ聞いてくれよ。僕がそのタイトルを予言してやる。タイトルは「水平線上に浮かぶ世界」だ』

『え、待って。まだ曲名は発表されてないじゃない。どうして分かるのよ?! 織原さんから直接聞いたの?』

『それが事件の正体だよ』


 ――僕と烏丸、そして宮原の音声が流れた。

 さらに音声を遠慮なく流される。


『どうにもこうにもこの曲に聞き覚えがあったんだよ。いや、メロディーじゃない。歌詞の方さ。そうだな聞き覚えじゃない。見覚えだな。その歌詞の前半部分一字一句に見覚えがあった』

『え、ま、待ってよ……。う、嘘でしょ……。そんなこと、ありえるの? その投げた紙飛行機……拾って……?』


 これは僕らが、僕が本音を公園であの二人にぶつけたときのものだ。

 これを、これすら利用してくるのかこいつは……!


 スマホが手をすり抜けて床に落ちた。

 僕は悔しさと怒りで耳障りな音が漏れるほど奥歯を噛み締め、立ち上がり歩を進めようとする。


 だが藤丸先輩によって肩を押さえられそれを阻止されてしまう。

 ハンチング帽の男のやり方と立ち上がる勢いを止められたことへの怒りで思わず先輩の胸ぐらを掴み上げる。

 対する先輩は僕の怒りに全く関心を示さず、ちょいちょいと落ちたスマホを指差した。


「まじか……」


 思わず言葉が漏れる。

 織原は奥歯を噛み締めながらもなんと笑みを浮かべた。


 いっつも笑ってるなあいつ……。

 僕は目の奥が熱くなるのを感じた。


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