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第二十九話 その飛び出した言葉は

 慌ただしい一日になるだろう。

 考えなくとも容易に想像ができる。


 時間までの暇を潰すように僕は携帯でSNSを流し見る。

 日付変更から明け方まではネームレスの新曲発表がトレンドに上がっていた。


 だが現在急上昇している話題は、織原香苗の緊急記者会見。

 ネットではこの記者会見の内容について様々な予測が繰り広げられていた。


 新曲発売に続いてアルバム発表される。もしくはライブ開催告知ではないか。衝撃の女優デビューの可能性では。

 中にはまさかの結婚発表など多種多様。

 引退発表か、との声もあったがこちらは少数派。


 全体的にポジティブな声が多い印象だ。

 やはり織原香苗は世の中から支持されている。


 もうすぐ行われる記者会見。正直僕にも全容は把握できない。昨日病院の屋上で織原に言われた意味深な言葉しかヒントはないのだ。ただ世界が望んでいないことが起きるのは確か。

 だから僕はこうしてスマートフォンの画面にかじり付いている。


 マイクのみが置かれた空席の会見者席に対して、質問席に座る記者たちが開始をまだかまだかと待ちきれない様子でそわ付いていた。

 開始まであと五分を切った。


「うわっ」


 不意に右頬に冷たいものが押し当てられ体が跳ねる。

 右に目を動かすとそこには白い歯を覗かせた藤丸部長が僕の頬に缶を押し当てながら立っていた。


「そんな怖い顔してんなよ。リラックスリラックス」

「どうしてここにいるんですか……」


 僕は押し当てられた缶を受け取りながら、鬱陶しい物を見るように目を細めて先輩に視線を送った。


「おいおい頼みごとをしておいてよくそんな顔出来るなナッツ!」

「聞いてくれたことには感謝してますけど、一緒にいてくれって頼んだ覚えはないです」

「ガハハハ! 心配すんな。ナッツの邪魔はしねぇよ! それどころかアフターケアまでもバッチリだぜ!」


 まだ何もしていないのにアフターケアとか言われても困る。

 というよりもこの人絶対楽しんでるだろ。

 ため息を吐きながらもらった缶に口を付けた。


「あと先輩」

「ん? どうした?」


「僕コーヒー飲めません」

「ガハハハ! 文句が多いなお前は!」


 口中に広がった舌を刺すような苦味が僕の脳を一層強く覚醒させた。

 時計の針が記者会見開始時間を刻む。


「ただ今より織原香苗さんの記者会見を始めさせていただきます。この度の会見の内容等に関しては織原さん自身からお話しさせていただきます」

 

 マイクを手にした司会らしき女性が一言添え記者会見が始まる。


「それではお待たせを致しました織原香苗さんにご登場を頂きます」

 

 記者たちが構えたカメラからシャッター切る音とフラッシュが勢いよく反響する。

 遂に織原香苗が姿を現した。その後ろにはマネージャーと思わしき女性と、もう一人筋骨隆々であご髭を蓄えたスーツ姿の男性。社長あたりだろうか。

 僕は再びスマホへと視線を落とした。


「この度はお忙しい中急な会見にお集まりいただき本当にありがとうございます」


 そう言って一礼。

 そのまま喋ろうとした織原は、マネージャーらしき女性から椅子に座る指示を受け、用意された椅子に腰かけた。

 改めてマイクを握る織原は薄く笑顔を浮かべ、


「今からわたしの今後の活動についてお話しさせていただきたいと思います」


 この場にいる……、いやこの会見を見ている全員が最も気になっている記者会見の内容について語り出した。


「まず先に。今月わたしの新曲が発売されますが……」


 やはり新曲の発表の場だったか、と周囲から小さく声が漏れる。


「この新曲の発売を最後に、わたし織原香苗の歌手活動を休止させていただくことを皆さんにお伝え致します」


 一瞬の静けさと共に、会場全体をざわめきが包み込む。

 これには記者の面々も黙ってはいられない。


 通常織原が事の顛末やさらなる今後について語ってから質疑応答が始まるのだが、織原香苗活動休止発表というこれほどの事態を黙って見過ごすことは出来なかったのだろう。


 即座に挙手が始まることなく記者から質問が飛び始めた。


「それは事実上の引退ということですか」「今後活動を再開することはあるんでしょうか」「なぜここまで急に発表をされたのですか」「活動停止される理由は何でしょうか」


 基本的な質問は皆一様だが、質問が収まることはなかった。

 司会の女性も記者たちの勝手な質問を押さえるために、挙手をして当てられた方から発言をお願いします、と通常通りのルールを口にする。


 それでも収まらない会場だったが、強烈なマイクのハウリングと「静粛に」の一言で一気に熱を奪い去った。

 その屈強そうな筋肉と射殺さんとする鋭い眼光で睨まれたらそりゃ怯む……。


 そんな社長らしき男性の圧を食らっても全く萎縮していないのか、一人のハンチング帽を被った男がヘラヘラしながら手を上げていた。

 司会者に指名されスタッフがマイクをハンチング帽の男に手渡す。


 あの男どこかで見たことがあるような気がする……。


「どうもどうも。花房印刷の牧島と申します」

「よろしくお願いします」


「織原香苗さん。あなたの行っている盗作行為に関してですが、そちらは活動休止の理由に含まれていますか?」


 会場の記者やスタッフだけではない。織原の両脇にいるマネージャーや社長らしき男性も初めて聞いた情報に驚愕し、一同の視線が織原へ一斉に集まる。

 織原自身もなぜそのことを知っているのか、と信じられないものを見るように目を大きく見開き奥歯を噛みしめていた。


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