第二話 我が校の歌姫様
「よ、宮原。元気?」
「や、夏代。元気だよ。今も絶賛ヨガと筋トレを組み合わせたトレーニング中」
「殺人事件だけは起こさないでくれよ?」
「善処だけはしてあげるつもり」
どこにでもあるような何気ない会話をしているがワードには不穏なものを使用した。それもそのはず、後ろから現れた宮原の映画で見るようなまるでアサシンみたいな素早い行動で、烏丸は現在スイーパーホールドを決められている。完全に首が絞められているのか宮原の右腕をタップしながらも顔色を徐々に青ざめさせていく。
「で、何の話?」
「一年七組の歌姫様の話」
「歌姫様……ああ、織原さん? 今日も廊下でサイン頼まれてたの見たよ。さすが有名人は違うねー。仕事も忙しいのに学校来てるのが偉いよねぇ」
「まぁメディア露出してないみたいだからそのくらいの余裕はあるんだろ。それはそうと宮原、ちょっとそれ僕にもやってみないか?」
「え、どゆこと? え、まさか夏代ってソッチ系の人……?」
「うん。今ならそういうことにしておいてもいい」
「もう助けろ……、こいつの無駄な胸の脂肪に……、埋もれて息……、出来ねえんだよ……」
烏丸の一言で宮原は僕の言ったことと今の状態を瞬時にかみ合わせ顔を真っ赤に染め上げた。そして顔色を蒼白にさせた烏丸を地面に叩きつけ「この変態男子共が!」と僕らを罵り地団駄を踏む。
地面に横たわる烏丸が僕を恨めしそうに見つめるが、誰が何と言おうと自業自得なので僕はそれ以上励ましの言葉はかけない。その代わり飲み掛けではあるが僕のペットボトルを差し出した。
「で、宮原はどうして二組に?」
「べっつにー!」
怒りが治まらない宮原は腕組みをしてそっぽを向く。
烏丸がうらやま……いや親友を助けるために自らを犠牲にしようとした結果、一人の女子生徒の機嫌を損ねてしまっただけだ。そもそも宮原だって制裁を加えるためだとはいえ、自分の胸を異性の顔に押し付けるのはいかがなものか。うらやま……けしからん!
しかしどう僕が考えていても宮原の機嫌が直ることはない。とりあえず謝っておこう。
「悪かったよ。思春期真っ盛りの男子高生の軽い挨拶みたいなジョークだって」
「ふんだ! いっつも二人してわたしをからかうんだから!」
「それは違うぞ宮原」
「何がよ?」
「僕と烏丸が宮原にあれやこれや言うのは宮原に免疫を付けるためだ。まだまだ先の長い人生だろ。大学生になってサークルであれやこれや言われ、社会人になって上司や先輩から想像もつかないほどあれやこれやされ、現状免疫のない宮原じゃ決して耐えられないだろう。だから友達の僕と烏丸が未来の宮原のために今あれやこれやしながら強くしようとしているんだ」
「言ってることが分かるような分からないような……。ところで、あれやこれやって何?」
「あれやこれやは――あれやこれやだ!」
あれやこれやとは決して簡単に口にしてはいけない禁忌の言葉。そして説明が面倒くさくても何となく曖昧に出来る魔法の言葉でもある。決して宮原の理解をぼやっとさせこの場を凌ごうなどと考えてはないし、ちょっと難しいそうなことを言うと思考を放棄して次の話題に移す宮原の性格を逆手に取ったわけではない。
「……何かよく分からないけれど、とりあえず烏丸に用があって来たのよ。こいつあたしの作った詩が自分の気に入らないからってコンペに出してくれないの! ひどくない?!」
「ほぅ。完成品があるならそれでいいだろ。何の不満があるんだ」
努力した仲間の成果を踏みにじり、あまつさえ部外者に成果を依頼する他力本願野郎に冷ややかな視線を送る。
「違うんだって! 夏代も知ってるだろこいつの書く詩がどんなのか!」
「何よ! あたしの詩のどこに納得がいってないのよ! あたしの何が不満だって言うのよ!」
「不満だなんて言ってないだろ。俺のイメージとは合わないってだけで……」
「どこが合わないのよ! 昔は好きって言ってくれてたのに!」
「うわー、聞かれたら一瞬で誤解されそうなやり取りー」
そしてなぜ僕は目の前で男女の仲良し現場を見せつけられなければいけないのか。宮原も中学時代からの友達だが、昔から同じやり取りを見せられているのは言うまでもない。これで本当に付き合っていないというのかこの二人は。本当にただのバンド仲間だというのか。
それより僕はもうここに必要ないんじゃなかろうか。
「歌ってやれよ烏丸。それなら二日後にも間に合うだろ。宮原の努力を無駄にしてやるなよ」
もうそろそろイチャコラしている光景も見るに堪えなくなってきたので話を締めに入る。
だが烏丸は体を小刻みに震わせながら、
「歌えるかっ、あんな激甘ソング! 『わたあめみたいなあなたの心を私のリボンで包み込んであげたい』とか俺が歌ってる姿想像してみろよ!」
「笑えるな」
「だよなっ!」
「ならボーカルを宮原に変えれば万事解決じゃないか」
これで全てのピースがピッタリはまった。
普段は冴えない発想しか出て来ないけれど、なかなかやるじゃないか僕。
しかしこれだけ素晴らしい発想を出したと言うのに当の本人たちは不満そうな表情。
「それじゃ俺のバンドじゃないだろ!」
「あたし人前じゃ恥ずかしくて歌なんて歌えないし……!」
そして再び話は振り出しに戻った。
烏丸は自分が歌いたいから僕に詩を書きなおして欲しい。宮原は自分では歌いたくないけれど書いた詩を使って欲しい。
先に進む材料はすでに用意されているのに、それをみすみす手放す方向に目を向けているなんて……。どんな着地点を探し求めているのやら。
正直僕がここまで付き合ってやる義理はないし、これ以上一緒に考えた所で解決策が出るなんて思わない。いい加減この場から脱出したいものだ。
なんて、うんざりしながらも自動的に働く頭を回転させていると、またまた余計なことを思いついてしまう。
「じゃあさ」
「ん?」
「なになに?」
軽音部のライブは毎回一チーム二曲演奏すると決まっているのだ。
ならば一つ解決の糸を垂らしてやれば解決するのでは? まぁ、正直なところ無理だとは思うけれど僕から焦点をズラす話題性には十分だろう。
「織原香苗を今回限りのゲストとして取り込めばいい。烏丸が歌う詩を作ってもらって、宮原の詩を歌ってもらえばいい。それならお互いの意見も尊重できるし要望も叶うんじゃない?」
「おまっ……織原って……」
「そんな織原さんって、あの織原さんだよ……」
二人は若干顔を引きつらせて口ごもる。少し予想外な展開だった。
いくら二人が普段からテストの点が下位のバンド馬鹿だったとしてもさすがにこんな口八丁には乗って来な――。
「「天才かーーー!」」
やはり馬鹿は馬鹿のままだった。単純馬鹿を舐めてはいけなかった。
織原にとってはいい迷惑になるだろうが、どうせすぐ断って終わるだろうし、数十秒から数分の迷惑に過ぎないだろう。
全く関わりはないけれど、ごめんね織原香苗、そしてありがとう。
よし、これで本当に最後の締めだ。
「おいおい君たち、ここで興奮していていいのかい。歌姫様は多忙な歌手だよ。そうこうしているうちに仕事へ行ってしまうんじゃないか? 早く行動しないと」
「確かに! いくぞ宮原!」
「その通りね! いくわよ烏丸!」
単純コンビ二人は僕の思うままに目を輝かせながら、果たしてまだ校内にいるかいないか分からない歌姫を探しに教室を飛び出していった。
二人とも鞄置きっ放しになっているけれど、他人の目も部活もあるし大丈夫だろう。
解放され教室に取り残された僕も、特にこのまま学校に残っていてもやることがないので帰ることにした。
教室から一歩踏み出すとどこからか反響してくる烏丸と宮原の必死な叫び声が耳に入り込んでくる。
まさかここまで真剣に探しに入るとは……。
「これは……、数分の拘束じゃ終わらないかもな……」
僕は歌姫様へ心の中で謝罪をしながら、そそくさと教室を後にするのだった。




