第二十四話 病院前にて嵐再び
次の日の夕方近く。僕は宮原からもらった住所に書かれた病院へと足を運んでいた。
一応礼儀として手にはブーケくらいの花束。
とはいえ、まだ病院前で決心がつかず足踏みしている状態。通り過ぎる人たちからは何してるんだろう、と視線を投げられている。
五分……は経っていないはず。僕は空を仰ぎながら深呼吸。
ふと夕日にかすみながらも視界の端に屋上に人の姿が窺えた。洗濯物でも干しているのだろうか。
三度ほど深呼吸を繰り返した僕はようやく重たい一歩を踏み出し、病院内へと足を踏み入れ――ようとしたところで後ろから肩を掴まれる。
「よおナッツ!」
「げ……」
校外でもこの人に会うとは全く思いもしなかった。夕日を浴びて輝くその金髪は見間違うはずもない。
「どうしてここにいるんですか藤丸部長……」
「病院に来るっつったら一つしかないだろ」
一つで収まるわけがない。一般的に思い浮かぶのは入院患者のお見舞いだが、健康診断かもしれないし、予防接種かもしれないし、もしかすると今から先輩が入院する可能性だってある。しかしここで一つに絞るとするならば、
「誰かのお見舞いですか?」
「んなわけ!」
はい、ハズレた!
この人が人と同じ行動をする可能性は低いと思ってはいたが、大体当てられる答えをこうも見事に外し、かつ外れたことを嬉しそうにされると腹が立つ。
「ちょいとお小遣いもらいに来たんだよ」
「そんなん分かるか! お見舞いじゃないのかそれ!」
「おいおい、ナッツ今更だな。ここ俺のじーちゃんの病院だぜ」
「あんたボンボンだったのか!?」
「ちなみに学校の理事長は親父な」
「マジか!」
まさかの発言に敬語が吹き飛んだ。こんな身近に権力者がいたとは……。
だから学校であんなフリーダムな行動していても教師からお咎めがないのか。
「ちなみに母方のじーちゃんはテレビ局の局長で――」
「もういいです……。なんか平凡すぎる自分が惨めになってきた……」
「んな悲観すんなよ。凄いのは親族で俺は特別凄くねえ。親の手を借りずともこれから自分の力でビックになってやるつもりさ」
「まさか人間まで出来ていた……だと」
これが生まれながらに勝ち組というやつか。確かに学内での人望は厚いし、権力を振りかざしているという噂を聞いたことはない。
僕が当人だったらどうだろうか。権力を無駄に使うことは想像出来ないが、ある程度自慢はしてしまうかもしれない。
織原に会いに行く決心を付けた最中、まさかこうも出鼻を挫かれるとは思ってもみなかった。
「で、ナッツはなにしにきたんだ。誰かの見舞い?」
「まぁそんなところです」
すっかり意気消沈した僕を気遣ってか、藤丸先輩に背中を勢いよく叩かれる。
「痛てぇ!」
「この短期間でよく吹っ切れたな。ちゃんと前に進んでんじゃねえの! いいことだ!」
周りの視線を気にすることなく先輩は嬉しそうに高笑う。
学校の中庭で絡まれたときは正直ただただ苛立ちしか覚えなかったが、視界がクリアになった今なら先輩がくれた言葉の数々も理解できる。
僕は決して少なくない人たちに支えられて今ここに立っているんだと改めて実感させられた。
背中を思いっきり叩く必要はなかっただろうが。
ひりつく背中を擦りながら先輩を見つめていると、
「なんだよナッツ、そんな睨むなよ。分かった分かった。もし今日の事が上手く進んだら何か一つお前の助けになってやるよ」
「助けになるってまた曖昧な……」
「俺が助けてやれる範囲でなら何でもだ。可愛い後輩の立ち直り記念も兼ねてるんだから喜べ!」
「そりゃどうも。じゃあ先輩に素晴らしい助力を求められるように今日の僕の成功を祈っててください」
成功を祈っててとは言ったものの、今から織原に会って話をするだけであって成功や失敗を含んだ行動をすることはない。僕が織原と話し合いをせずにここで逃げ帰った場合は別だが。
「ガハハハ! 立て直したな」
「……おかげさまで」
言われた通りさっきまで意気消沈していた僕の気分はいつも間にか戻っていた。逆にここで立ち尽くしていた時に僅かながら感じていた緊張も解れているかもしれない。
そんな僕の様子に満足したのか、先輩は「期待して待ってるぜ」と一言言い残し病院へと入って行った。
「毎回毎回嵐のような人だな……」
不本意ながら軽くなった足を前に踏み出しながら僕も病院へと足を踏み入れた。
まずエスカレーター傍の柱に付けられた案内表を確認し、織原の病室へ向かう順路を確認。そして三階まで上り、壁に取り付けられた見取り図で病室の確認を行うことで難なく織原香苗様と書かれたプレートの部屋を見つけた。
部屋の前で再び深呼吸。この扉の向こうに織原がいる。
ぐっと腹に力を入れ、ノックの後数秒おいてゆっくり扉を開く。
「よぉ、元気か? まぁ宮原と烏丸が見舞いに行け行けうるさいから来た……ぞ」
いなかった。
喉から絞ったように出たその無意識ツンデレは空へと離散する。
ふと我に返ったのだが、ノックして返答がない時点で部屋の中には誰もいないことは明白だった。
しかしどこへ行ったのだろうか。病室にいないと言えばトイレが大体のパターンだが。
とりあえず持ってきた花束を水だけ溜まった何も生けられていない花瓶に挿し、織原が戻ってくるのを待つことにした。
時計の針が進んでいく。
椅子に座って待つこと二十分。長い人も当然いるだろうがさすがに長いと思う。
これなら探したほうが早いかもしれない。もし入れ違いになったとしてもただ呆然と待つよりはマシだ。
だとしてもどこを探せば……。
そういえば。
僕はふと思い出して織原の病室を出た。――瞬間、目の前の人にぶつかってしまった。
「うわっ……すみませんっ」
咄嗟に謝罪の言葉を口にするも、当の男の人はこちらこそ、と一言残し気にする様子もなく立ち去っていった。
帽子を深く被っていたため顔はよく見えなかったが、どこかで会ったことがあるような感覚を覚える。一応記憶を掘り起こしてみるも一向に思い出す気配はない。
そこまで気に留めた人ではなかったのだろう、と僕は思い出すのをやめて近くの階段を登り始めた。




