第二十三話 ネタバラシ閉幕
「何を勘違いしてるのか知らないが、別に僕は織原に復讐しようなんて考えてないよ」
は? と、二人の動きが停止した。
「考えてもみろよ。僕が事実を公表したところで織原が次の曲のタイトルを変えたらそれまでだし、そもそもあれは僕が捨てた詩だ。織原が使おうと法律的には問題ない。それに告発するメリットもないだろ?」
仮に事態を起こしても僕の手元に何が入るわけでもない。ただ織原の地位を墜落させたという事実が残るだけ。世界に対しても恨みを買うことはあれど、感謝されることはない。
「じ、じゃあ何がしたいんだよ! 復讐でもなく詩の取り返しでもなかったらなんなんだ?!」
「僕は織原の書く詩が好きだったんだよ」
僕は空を見上げながら言葉を選ぶ。
「許せなかった。あいつは織原香苗にしか書けない奇跡みたいな詩を僕の脆弱な濁った詩で汚したんだ」
「濁った詩って――」
宮原がまた自分を貶めて! と文句を言ってきそうだったので手で制する。
自分を卑下するとかそういう意味ではないから。
「僕は織原香苗の書く綺麗な詩がもう一度見たかった。だから僕は作詞をやめたんだよ」
「その繋がりはちょっと理解できないんだけど……」
「そうか? 簡単だろ。僕が詩を直接書いた場合どうなると思う?」
「どうなるって……? 別にどうもならないんじゃない? それこそ織原さんの詩に似てるなぁ、くらいは思うかもしれないけど」
「それが問題なんだよ」
意味がわからないと二人は眉間に皺を寄せる。
「僕が詩を書いた場合、どうしても捨てた詩であっても頭に残ってるフレーズを使い回す可能性がある。それは完成しようとしていなかろうと基本お前たち軽音の楽曲に使われる。軽音で僕の書いた詩を使う=織原香苗の詩に似てる=なんだと思う?」
「そうか。夏代の詩の方が先に完成してもし文化祭なんかで出したりしたら……」
明らかに即出のものを後から織原が何ら知らないまま使って世に出す。
もちろん詩はメロディーと違って耳には残りにくいから可能性自体は低いけれど。
「今はネットがあるからってことね。少しの火種で炎上するなんてことはザラだわ。だからってネームレスで同じことしてたら意味は変わらないんじゃない?」
「そこは……まぁ……あれだ……」
ここで僕は口を濁した。言いたくないわけではなく単純にわがままを口にするようで恥ずかしった。
作詞はやめようと思った。これは本心だ。
でも僕は好きなものを止めることができなかった。だから僕は胸の中を渦巻く感情を吐き出せる場所を探した。
辿り着いた先が動画投稿サイトだ。
ボタン一つで世界中の人々から見られるリスクはあるが、そんなものは一握りの有名な人間だけだ。新参者の再生数などたかが知れている。
思った通り再生数は雀の涙程度だった。世界どころか生活している範囲で話題になったことすらない。
仮に一部の人がネームレスに気づいたとしてもその頃には織原のCDは発売されているだろうし、そもそもただのコピーバンドとしてネット民が話を片付けるだろう。
自分の望んだ場所にいなくたって自分の居場所なんだ。正解なんてない。答えなんてどこにもないんだ。
そう言い訳しながら僕はネームレスとして作詞を続けたのだ。
「なるほどね、何となく分かったわ」
「え、宮原分かったの――いやなるほどな! そういうことなら納得できるぜ」
理解力のある宮原とは違い、烏丸は絶対に分かっていないだろう。けれど読んでくれた空気をわざわざ壊す僕じゃない。
悪いな、と僕は苦笑を浮かべて返事をする。
「それで、夏代は結局どうしたいわけ?」
「僕は……」
どうしたいのか。
また僕は言い淀んだが、これは言葉を濁したわけじゃない。この質問の答えは初めから決まっている。
織原香苗と出会ったあの時から。
「僕は織原に織原香苗として本来の姿を取り戻して欲しい。ただそれだけだ」
「じゃあ善は急げだぞ夏代!」
「痛ぇ!」
突然烏丸から肩に張り手を喰らう。
善は急げの意味がわからない。今から僕に何をさせようと言うのか。
「俺達に本心を言ったことがお前の停滞からの脱却だ! だから今度は本人にその言葉を伝えてやれ」
「なんか烏丸から物凄く良いこと言われた!めっちゃ癪なんだけど!」
「ありがたく受け取っておきな。釣りはいらねぇぜ」
「月一……、いえ、年一回出るか出ないかのレア名言は置いといて、私も織原さん本人に伝えるべきだと思うわ」
褒めなくても良いからせめてけなすなよ! と烏丸は抗議するが宮原は相変わらずのスルースキルを発動し話を進める。
「夏代が織原さんに向けてたおぞましい負の感情は置いとくとしても、織原さんだってとんでもないことをしていたってことを自覚するべきだと思うわ」
おぞましい感情とか言うな!
「人生でトップに君臨するデカい出来事なんだからな。僕だってどんな気持ちになるかなんて分からんわ! 倒れた時だってこんだけのことされてんだからザマーミロって思うだろ!」
「だからってあの顔はひくわー」
え、そこまで酷かったの……?
「まぁ今はもう大丈夫でしょ。私達にも言えたんだから言える言える。烏丸の言葉を借りるなら停滞から脱出したんだから。それに本人に言ってあげないともったいないわよ」
「はぁ……憂鬱だ……。これで言ってる意味が分からない的なはぐらかし受けたらどうしよ……」
「その時はその時よ」
「だな!」
「投げんな発案者共!」
「っていうか、僕あいつがどこにいるかなんて知らないんだけど? まだ入院してんの?」
織原が貸しスタジオで倒れて以来僕は彼女と連絡を取っていない。連絡を取ろうと思えばいつでも取れたのだが一向に気が向かなかった。
だから僕は織原が今どこにいるのか、どんな病状なのか一切分からない状態。
「どうしてそれを知らないのよ……」
「夏代……、さすがの流石の俺も擁護できないぞ……」
「普通心配して連絡くらいするでしょ」
そう言いながら宮原は自分のスマホを取り出して何やら操作し始めた。
すると僕のスマホがポケットで振動する。
「織原さんのいる病院の住所と部屋番号送っといたから」
「まだ数日間は念のため療養するらしいけど、早めに行ってこいよ」
「そうだな……って、何でそんな詳しいの……?」
「「ファンだから!」」
「ああ……、そう……」
二人のドヤ顔に若干引きつった表情になる。
その後も一時間以上調子に乗った二人から断ることの出来ない叱咤激励を受けた。
そしてようやく解放されたと安心した最後には、必ず明日中に織原に会いに行くよう約束まで取り付けられる始末。
友情とは本当に迷惑でありがたい。
二人に背中を押してもらわなければ僕はこのままだっただろう。
だから明日は勝負の一日。さぁ織原香苗、お前はどう出てくる。
帰路を歩きながら前を見据える僕は、決意を新たに明日の自分へと地面を鳴らす様に強く一歩を踏み出した。




