第二十二話 ネタバラシを始めよう
物語なんてカッコよく言ってみたけれど、これは単なる僕の過去話だ。
どこから話そうか。そうだな、じゃあ僕と織原の出会いから話そうか。
大丈夫だ、そんなに長くはならないよ。所々端折るから心配するな。
僕が織原を初めて知ったのはあいつのデビューシングルの告知CMだった。衝撃だったよ。たった数十秒歌を聞いただけで自分の価値観が吹っ飛んだ。
知ってるだろ、デビュー作でミリオンセラーだ。
ちょっとは自分も良い歌詞が書けてるなんて思ってたことが恥ずかしくなるくらい感銘を受けたよ。
だから作詞を辞めたのかって? まさか、より一層やる気が出たさ。まぁ二人も知ってる通り完成してるしてないは置いといて、だけどな。
口にするのは小っ恥ずかしいけど、僕がファンになったのは言うまでもないよ。自分でもおこがましいと思うけど、織原と僕の詩は書き方が少し似ている、なんて思って親近感も湧いていたんだ。ハマらない方がおかしいと思わないか?
けど、湧き上がる作詞に対する熱量も次の新曲までだった。
覚えてるか? 一曲目が春に似合う軽快な若者応援ソングに対して二曲目は夏模様と反比例した涙涙の初恋バラードだ。あれは若者を中心に知らない人はいないんじゃないか? ドラマの主題歌にもなったしな。
あの曲が発表された時、僕もまさに初恋バラードを書いていたんだよ。去年文化祭にでも使ってもらおうと思って書いたやつだ。けれどそれはすぐに破り捨てたよ。
正直織原の曲を聞かなきゃよかったと後悔した。完全に自分の上位互換が存在していたことに圧倒的な絶望を覚えたんだ。
だから、書いたさ。空虚さの中に最後の意地があったから。
しばらくはノートに思いつくだけのアイディアを書き殴った。
それを繋ぎ合わせて歌詞にした。でもダメだった。あの曲には遠く及ばない。そう悟ってしまった。才能、といえばそれまでかもしれないけれど、僕には自分の伝えたいと思うことを表現することが出来なかったんだ。今まで書いていたのはただの自己満足の産物にしか過ぎない。それがありありと自分の歌詞から伝わってしまった。
二人がいつも僕の歌詞を褒めてくれるのは本当に嬉しかったよ。宮原が言ってくれた言葉や烏丸が応援してくれたことは今でも忘れてない。
だからこそもうやめようと思ったんだ。
二人に対しては悪いと思ったけれど、これは織原に対する敬意でもある。何言ってんだと思われるかもしれないけれどこれは僕なりのケジメなんだよ。
そして、事件が起こった。そう事件さ。僕にだけ分かる。いや、僕にしか分からない大きな事件が。
三枚目のシングルが出た時だ。僕はそれ以降あいつを好きになるどころか激しい嫌悪感すら抱くようになった。
「これがあいつを憎むようになった大まかな経緯だ」
「え、ちょっと待ってよ……」
「どこで待つんだ? 駅前の喫茶店か?」
なんて、込み上げてくる気恥ずかしさを誤魔化してみた。
宮原が僕の最後まで説明しなかったことに対する問いを求めていることくらいは分かる。
「……さすがに最後省略しすぎじゃない?」
「確かに三枚目のシングルが出たときに何かがあって織原さんのことを嫌いになったってことは分かったけど……」
うんうん。烏丸が理解出来てるということは宮原もあらかた理解出来ていると言うことだ。
けれど僕はここであえて話題を切り替えた。
「そういえば織原のホームページで残り一ヵ月の謎のカウントダウンやってるよね。たぶんあれ七枚目の新曲が発表のカウントダウンだと思うけど」
「ああ、そういえばそうね。さすがよくチェックしてる……って今更関係ある?」
僕はその茶々入れを無視して静かに続きを口にする。
「まぁ聞いてくれよ。僕がそのタイトルを予言してやる。タイトルは『水平線上に浮かぶ世界』だ」
「え、待って。まだ曲名は発表されてないじゃない。どうして分かるのよ?! 織原さんから直接聞いたの?」
「それが事件の正体だよ」
「……さすがに理解出来ねぇぞ」
烏丸が眉をひそめて腕を組む。
宮原も同様に、本当に答える気があるんだろうな? という視線を僕に向け始めた。
「さあさあ、ネタバラシの続きを始めよう。これは嘘みたいな本当の話しだ」
僕は静かに話の続きを口にし始めた。
織原と初めて直接出会ったのはこの学校だった。
出会った、というのはちょっと語弊があるかもしれないな。屋上で黄昏てたらたまたまあいつが校庭にいるのを目撃しただけ。
僕が一年生だったからあいつは中学三年生だな。学校見学……ってことはないだろうから、何かしら書類でも出しに来たんだろう。
いつも黄昏てんなって? 余計なお世話だよ。カッコなんてつけてない。
……いや、カッコはつけていたかもな。なんせ屋上から書き溜めてた歌詞を破り捨ててたんだから。その内の六枚は紙飛行機にして飛ばしたし……。どこの青春漫画かって話だよな。
環境汚染だとかのツッコミは受け付けないぞ。あの時の僕は相当センチメンタルだったんだからな。
それから一ヶ月後くらいに織原の三曲目が発売された。春夏と来てるから秋にも発売されると思いきや少し空いての冬だったな。まぁ、発売されたことに喜んでいるファンにはあまり関係なかったけど。
それも売れたな。一枚目のミリオンは行かなくてもそれに近いくらいの販売数は叩いてる。ネット配信でも何とか賞を取ってたよな。
さすがは織原大先生だ。
と言いながらも、僕の関心はここから別方向に向かい出した。
どうにもこうにもこの曲に聞き覚えがあったんだよ。いや、メロディーじゃない。歌詞の方さ。そうだな聞き覚えじゃない。見覚えだな。
その歌詞の前半部分一字一句に見覚えがあった。
「え、ま、待ってよ……。う、嘘でしょ……。そんなこと、ありえるの? その投げた紙飛行機……拾って……?」
「だよな……。さすがに突拍子が無さすぎるぜ夏代」
「確かに突拍子もない発言だよ。僕がただこうやって言葉にしているだけで証拠も何もないんだから」
そう、証拠は何もない。
僕がある言葉を口にしなければ証拠など存在しなかったのだから。
「あ……そうか。証拠……」
宮原が口を押えて呟いた。
気が付いたか。
数分前、僕が脈絡ない言葉を口にしなければ織原の完全犯罪は誰にも知られることなく完遂されていた。
そう、僕は次のシングルのタイトルを予言したのだ。
どこか関係者から新曲の情報がリークされて僕が知ったんじゃないか、と言われるかもしれないが僕は完全な一般人だ。そんな知り合いいやしない。
じゃあ宮原が言った通り織原から直接聞いたのか、という質問に対してもノー。プロ意識が高い織原香苗がいくら親しい人だからといって、カウントダウンまでされて期待感を高めている情報を簡単に話したりはしない。
「信じられなかったら八枚目のタイトルも当ててみせようか? ま、いつ発表になるか分からないけどな」
僕は肩を竦めて皮肉っぽい笑みを浮かべてみせた。




