第二十話 かくして彼女は立ち塞がる
コンビニで買った飲み物も飲み干しかけたそのとき、
「なぁ、夏代。ちょっと公園よってこうぜ」
と、すぐそばにある小さな公園へ謎のお誘いを受けた。
公園といっても遊具があるわけではない。簡素なベンチが二つと小さな砂場、錆が目立つブランコが一つあるだけ。
昔は母親に連れられよく来た記憶がある。
しかしここで童心に帰って遊んで行こう、というわけではないだろう。
道中も記者の話含め淡々とではあるが盛り上がり、僕的には話し足りないということはない。
烏丸と一緒に帰ることは何度もあったがこんなことは初めてだ。
とはいえ別に断る理由もない。
もしかしたら何か相談があるのかもしれないし、友達としてこのくらいのお誘いにはのってやろう。
「別にいいよ」
二つ返事で了承すると烏丸を先頭に公園に足を踏み入れベンチへと腰掛ける。
「で、どうしたんだよ。もしかして恋愛相談か?」
僕がからかいながら問いかける。だが烏丸の表情は至って真面目なもの。ここまで真面目そうな表情の烏丸は小学生時代授業中にトイレを我慢しているところを見た以来かもしれない。
からかっていただけなのだが、まさか本当に恋愛相談の可能性が出てくるとは。
「夏代、機嫌はもういいんだよな?」
「さっきもそれ聞いたよな? さほど悪くはないぞ。さっきのよく分からん記者のせいでちょっとは悪くなったけど」
「そうか、それならいいんだ」
「……何だよ?どうかしたのか?」
笑う僕とは対照に烏丸はやけに歯切れが悪い。何か言いたそうに唇を僅かに震えさせるもそれ以上のものはなかった。
「聞きづらいなら私から聞いてあげるわよ」
烏丸から視線を逸らし声の持ち主を探すと、公園の入り口に制服姿の宮原が立っていた。
「こんにちは、マゾヒスト」
「……やぁ、宮原」
このタイミングで宮原が来たということは見事に嵌められたな。
学校から宮原の家に帰る場合この公園の近くを通ることはない。制服姿に加えスクールバッグを持ってるところを見ると家には帰っていないだろう。
この二人が揃ったということは、この場での話題は一つしかない。
「この間の織原のことが聞きたいのか?」
「意外と察しがいいじゃない!」
宮原はこちらに近づきながら驚いたように声のトーンを上げた。僕がとりあえず誤魔化すなりすると思ったのだろう。
そんなことをする必要はない。だって――。
「話すことなんて何もないからな。これは僕の問題だ」
「僕の問題……」
そう、これは僕だけの問題だ。この二人を関わらせるつもりはない。
「出たその顔。私たちを関わらせるつもりはないって顔ね」
その言葉に僕の心臓が僅かに跳ねた。
「……どんな顔だよ」
「その顔よ。冷めたような、私たちが目の前にいるのにその奥の誰かを見てるような虚なその表情のことを言ってるの」
「訳分かんない事言うな――」
「だから私を視界に入れて喋れって言ってんの!」
反射的に顔を晒した瞬間、宮原に両手で頬を挟まれ強制的に顔を突き合わされる。
顔が近づいた際に花のような香りが鼻腔をくすぐるが、今回ばかりはそれを気にする事なく僕は宮原の両手を振り払った。
「お前らには関係ないだろ。話すことは何もない」
「私たちには聞く権利があると思うけど?」
「はっ、そんなん誰が決めたんだ?」
「この期に及んでまだそんなこと言って……」
「必要がないって判断したから話さないまでだ。お前たちにどうこう言われる筋合いはない」
「この強情っぱり!」
宮原が怒りに任せて右手を振り上げる。
僕は反射的に目を固く瞑り歯を食いしばった。
しかし、数秒が経過するも僕の顔に痛みが走ることなない。恐る恐る目を開くと、宮原の手を烏丸が掴んで止めていた。
「なぁ夏代。お前は自分だけの問題だって言うけど、俺たちをいいように利用しておいて関係ないはないだろ」
「……利用しておいて? よく言えたな。お前だって俺のこと利用してるだろ。思い出せよ、最初お前なんて言った?」
烏丸は僕の目から視線を逸らし再度口を閉ざす。
僕はあのやり取りを昨日のことのように覚えてる。それが僕が立てた計画の始まりなのだから。




