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第十八話 違和感、そして

 数分後。話し合いが終わったらしく、紙袋男がドラムの椅子に座り、赤髪の少女が首からギターをぶら下げマイクスタンド前へ。

 

 そして赤髪の少女が手に持ったリモコンを眼前にかざす。


 携帯で開いていた公式ページにも二人の姿が映し出される。


 ついに、配信が始まった。


『どうも皆さんこんばんは! 私達が噂のネームレスです! ぶいっ!』

 

 赤髪の少女がハニカミながら横ピースで始まるという予想外のパターン。


 パンク気味な見た目からクールな印象を持っていたが、まさかの陽気キャラだった。

 

 確かに初動画配信でクールキャラを演じても印象が薄くなる。ならば多少ウザくても印象に残るキャラを出していくのが簡単な手法だろう。

 

 どうやら動画のノウハウは多少なりとも学んできたようだ。

 

 自然体の可能性も否めないが……。


『まずは自己紹介でもしましょうか。私がネームレスのボーカル兼ギターのノノです! そんでもってあっちが……』


 赤髪の少女ノノが左手を紙袋男に向けると、あいさつ代わりにドラムを軽快なリズムで叩き始めた。叩き始め……叩き……。


 叩き出して数十秒経つが、


『………………まだ?』


 パフォーマンスが終わらない。


『ひゃっはーーーーー! ノってきたぜーーーーー! この俺様の美技に――ぐへっ!』


 紙袋男がノリにノッたスティック捌きや早叩きを見せつけていた最中、ノノが手にしていたリモコンを紙袋男目がけて投げつけた。


 見事頭部へクリーンヒットし、紙袋男の演奏は椅子から転げ落ちる形で強制終了させられる。


『あっちが紙袋マン改めカラス君です』


 というより放送事故案件では? 初回からこれってどうなの……?


 きっとこの配信を見ている視聴者の大半が思ったことだろう。


 チラリと横目で織原を盗み見るが、そんな事故どうでもいいからとっとと歌えと言わんばかりに親指の爪を噛みながら画面を睨んでいた。


『茶番はここまでにして……』


 茶番って言っちゃったよこの人。


『特に前振りトークを考えていたわけではないので』


 ノノがギターを構えると、一瞬で画面の奥の空気が肌を刺すようなものに切り替わったのが分かる。


『さぁ、はじめましょう』


 カラスも起き上がり、改めて椅子に腰かけスティックを手にした。


 二人だけのバンドグループ。


 ルーティンだろうか、ノノが俯き目を閉じた。


 そして、浅く息を吸い込むと同時に目を開きギターの弦にピックを弾かせ曲がスタートした。


 ギターとドラムの二人のみがこの場に立っているので、その他の音は打ち込み音源を使うのが常識。


 ギターに追随しカラスのドラム、ベース、ピアノの音が響き渡った。


 曲名すら紹介しないとは思わなかったが、これは動画サイトにアップした記念すべき第一曲目。


 アップテンポなポップスでありながら、好きな女子を遠くから眺めているだけの男子の恋慕を描いた曲だ。


 演奏前とは打って変わって織原の目も心なし輝いて見える。


 自分も同じ場所にいるよう錯覚しているのか、それともプロらしくイメージしているのかスマホを持つ指や踵が小刻みにリズムを刻んでいた。


 ネームレスにもどうやら初生演奏に対しての緊張は見られない。


 ギターの滑らかな指捌きとその力強くも憂いを帯びた歌声。ドラムの体の芯まで痺れさせるような豪快で軽快なリズム。


 動画の視聴者数は数千人だが、直接目の前で見られていないからこそいつも通り楽器が弾けて歌が歌えているのかもしれない。


 それ以降も尻上がりに調子を上げて行ったネースレスはさらに視聴者数を増やし、これまで厳選された十四曲を演奏した。


 十四曲目が終わり息も絶え絶えになったノノは床に置いてあったペットボトルの水を口に運び最後まで飲み干した。そして大きく深呼吸をすると、


『視聴者の皆さん宴もたけなわですが』


 社会人の飲み会みたいな締め方を口走り出す。


 たぶん後でおっさんか、とコメント欄でもツッコミが入りそうだ。


『最後に配信を見てくれた皆さんへのお礼に製作段階ですが次にアップ予定の新曲をお届けします』


「製作段階の曲……。それを、ここで披露するの?」


 ファンにとっては嬉しい発表だろう。待望の新曲をここで聞けるのだから。


 ノノはアコースティックギターを首から下げた。


 当然この曲もバラードだ。


『それでは聞いてください。最後の曲――』


 けれど彼女たちが今回歌う曲は――違う。


 ノノの一音ずつ静かに奏でるアコースティックギターで音の始まりを作り、カラスのドラムで物寂しさを増幅させていく。


 ここまでは同じ。そして違うのはここから。


 ノノの澄んだ声は歌詞をねっとりとした妖艶な歌い方で歌詞をなぞって行く。


 今この動画配信を見ている視聴者の中で唯一織原だけが違うと判断できるだろう。


「は……? なに、これ……?」

 

 歌詞は同じ。演奏方法も一緒。けれど織原は愕然とした表情で画面に向かって呻いていた。


「え、待ってどういうこと。何でこんな……? 全然違うじゃん! ねぇ!」


 織原はスマホを床に落としたことも気にせず、僕の胸倉を両手で掴み詰め寄ってきた。


「何そんなに怒ってんだよ。ほら、新曲だぞ。ちゃんと聞いてやれよ」


「ちゃんと聞いてやれって? この曲を!?」


「だからどうしたってんだよお前。僕には良い曲に聞こえるぞ。しかもこの曲、先日アップした曲の続きじゃないのか。もっとちゃんと聞いたら――」


 織原の耳に自分のスマホを近づけようとしたが、その手を払いのけられ僕のスマホも床へと転がった。


「良い曲だって?! こんな歌い方したら歌詞と演奏が同じだけの全く違う曲じゃん!」


 そう、この最後の曲は歌い方が上げられた動画とは全く異なる。


 この曲は本来等身大の高校生の恋愛模様を描いたもの。


 もっと軽く幼さの残る声で時に優しく時に切ない歌い方をしなければならないこの曲に、こんな初めから大人の欲に塗れた様な妖艶な歌い方は絶対にしない。


 青春など、今演奏されているこの曲からは一切感じられなかった。


 ……だから、なんだというのか。


「どうして調整しないの! 先輩がリハに参加してればちゃんとした歌い方に直せたよね!」


「知らねえよ。っていうか、さっきからどうして僕に突っかかるんだ。僕は関係ないだろ」


「関係ないわけないじゃん! もういいよそのフリ! ここまで来て私を誤魔化せるとでも思っ――げふ……」


 僕の目を睨みつけて吠えていた織原は突如謝るかのように頭を下げた。


 いや違う。


 織原は力なく僕の胸倉を掴んでいた手を解き、代わりに自分の胸を強く抑え込んだ。


 その瞬間――、


「げほげほげほげほ……!!」


 織原の体が崩れ、呼吸する間もないような激しさで咳き込み始めた。


「だ、大丈夫ですか!」


 先程までのやり取りも見られていたとは思うが、さすがにこれは異常事態だと感じた受付のお姉さんが受付カウンターから駆け寄って来そうになるが、


「すみませんお姉さん、救急車を!」


 それを一度制止し、救急車を呼ぶように指示する。

 

 

 さぁ罰を受けろ織原香苗。

 そして終わらせよう。僕とお前の物語を。

 

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