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第一話 黄昏の自分



 授業も終わり一日のお勤めを終えた僕は、抜け殻のようにただただ頬杖をついて教室の窓から外の景色を眺めていた。


 耳には夏を告げる蝉の耳障りな鳴き声。視線の先には動くことのないマンションが立ち並び、対照的に車や鳥が忙しなく動いている。


 毎日見る代わり映えのない景色にはまるで面白味はなく、ただただ虚無感が自分を苛んでいくようだった。


「相変わらずシケタ顔して黄昏てるな」


「なんだよその無駄にカッコイイ言い方……っと」


 声のする方へ顔を向けると青いペットボトルが放り投げられ、何とか両手でキャッチする。


 ペットボトルから視線を上げると、中学時代からの付き合いで現在も同じクラスの烏丸がどこか寂しい物を見るような目をこちらに向けて立っていた。


「頼んでないけど?」


「まぁ気にするな。死体のように微動だにしない奴を見てるこっちの気にもなれ」


「何だよそれ。それなりに動いてたぞ」


「時折姿勢を直してただけだろ……ったく」


 しかし珍しいこともあるもんだ、なんて笑いながら僕はペットボトルを額に当て涼をとる。太陽に熱された顔から徐々に火照りが取れていくのが分かった。


「お前そろそろ部活に顔出せよ」


「……いつ僕が軽音部に入部した」


「半年も一緒に活動してれば入部届なんてなくても部員だろ?」


「いや、駄目だろ。っていうか、そもそも僕は楽器の演奏はしてないし歌も歌ってないんだけど?」


 ただ放課後の暇を友達のいた軽音部で潰していただけなのだが。いつの間に部員認定されていたのだろう。


 そういえば三年の軽音部部長を筆頭に部員たちと度々廊下ですれ違うたび顔くらい見せに来いと言われていたがそういうことだったのか。


 自由すぎないだろうか軽音部。


「けど俺達に歌詞提供してくれてただろ。だからお前も立派なメンバーだ」


「歌詞提供……? お前が土下座せん勢いで修正を頼み込んできただけだろ」


「うっ……。その節はお世話になりました」


 軽音部では実力を競い合い高めるために対戦バンドを三ヶ月毎に行っている。そこで演奏や歌以外にもう一つ実力を上げるため、各バンドで一曲オリジナルの楽曲を作成し持ち寄らなければならないルールがあった。当然慣れない作詞作曲に悪戦苦闘する部員達ではあるが、締切期間までに完成させなければいけないプレッシャーから世に出ている歌手の模倣や良い文章を継ぎ接ぎ合わせ、部外者を巻き込んでアイディア持ち寄り等、様々な方法で楽曲の完成を目指していた。


 烏丸はバンドマンのプライドからパクリを許さず、部外者の僕を巻き込んで曲の完成に勤しんでいた。さっき僕が烏丸の歌詞を修正したと言ったが、九割方僕が新規で作っていたのが本当。バンドマンのプライドとは果たして? と思うこともあったが、一応完成した詩を持って来ていたので努力を認め邪険に扱うことはなかった。


「けど、そんな風にぼーっと時間無駄にしてるより部活に参加してた方がよっぽど有意義な時間の使い方だろ」


「それは人それぞれだ」


 ため息を吐きながら僕はペットボトルの蓋を捻り、乾いた喉を冷たく甘い液体で潤していく。


 けれどよくよく考えてみれば何もないのに貧乏高校生がジュースなど奢るだろうか。


 仮に自分の立場に置き換えればそうそうあることでは……いや、まずない。


 だとすれば確実に烏丸は下心がある。


「飲んだな? 今飲んだよな」


 烏丸の目の色が一瞬で変わった。


 仮にここで中身を吐き出し、ペットボトルを突っ返したところで烏丸は納得するまい。


「夏代お前に頼みがあ――」


「断る。いくらだ? 飲み物代は払う」


「金はいいんだ。俺の頼みを聞いてくれればそれで――」


「い・く・ら・だ?」


「……百五十円だ」


 若干のイラつきとこれ以上鬱陶しいものを構いたくないオーラを僕に醸し出され、烏丸はおずおずとドリンクの値段を口にした。


 僕はポケットに入れていた財布からちょうど百五十円を取り出し烏丸の手に無理矢理握らせる。


 けれどこれで終わりじゃないだろう。まだ第一陣だ。


「なぁ、お前本当に書くのやめたのか?」


 ほら来た。手に取るように分かる話題だ。


 お決まりの文句のように僕はぶっきら棒に答える。


「ああ、やめたよ」


「何でだよもったいねえな。いいの書いてたじゃんか。お前の歌詞好きな奴も結構いたんだぜ?」


「書き続けた所で完成しなきゃ意味ないだろ。そんなもの無意味だ。時間の無駄だ」


「そこまで言うかね、あんなに頑張ってたやつが」


「結局僕は楽器が弾けないし、書いたところでただ文章の羅列だ。音楽になんてならない」


 ペットボトルを伝う水滴が太ももに零れ落ちる。


 その水滴は波紋のように広がることはなくただズボンに小さな跡をつけるだけ。けれどその跡も夏の暑さに負けて徐々に蒸発していく。


 まるで人生の時間を無駄にしていたあの時の僕のよう。


「だからそれを俺が曲にしてやるって!」


「何回も言わすな。完成してない文字の羅列が曲になんてなるわけないだろ」


「半分でも書いてくれれば後は俺なんとかする。そうすりゃ一曲なんてあっという間に出来るだろ」


 それは僕の詩じゃない。


 そう言いかけて僕は口をつぐんだ。


 まだあの時の自分が未練がましく自分の中にいるなどと思いたくなかった。


「頼むよ夏代ぉ。あと二日で部内コンテストがあるんだよぉ」


「そんなことだろうと思った。そもそもあと二日まで期日が迫って書けてない烏丸が悪い」


「んなこと言われなくても分かってる! お前だって知ってるだろ最近忙しかったのくらい。それにお前みたいにそんなぽんぽんアイディアなんて出て来ないわ普通!」


「人を凄い奴みたいに言うな」


「いやいや、俺からしたらお前もあの歌姫様も十分凄い奴だってのー」


「あの歌姫様……?」


「お前だって知ってんだろ七組の歌姫様!」


「……ああ、織原のことか」


 僕の一つ下、一年七組所属織原香苗。


 中学生二年生でシンガーソングライターとしてデビューしたものの、デビュー以来人気は鳴かず飛ばずの低空飛行。作詞作曲を手掛ける割に詩も曲もパッとしない、ただ声の質が良いだけでデビュー出来たラッキーガールと酷評を与えられてきたシンガー。それから受験に専念するとの理由で活動を一年で休止。こじつけた理由に隠れたまま引退すると囁かれていたが去年の冬を過ぎたあたりから活動を再開し、出した歌が立て続けにヒット。痛めた心に刺さる、涙腺を決壊させる、未来の自分にエールを送れる等々、二年前とは打って変わって心を動かす復活した女子高生シンガーソングライターとして今現在も人気を博している。


 とまぁ、ここまで情報を掘り起こしたけれどこのくらいは誰でも知っている。僕が彼女の熱狂的なファンだから語れるとは思わないでもらいたい。


「織原さんなぁ、部活に誘ってみたんだけどものの数秒で断られたんだよなぁ」


「逆にプロをアマチュアの巣窟に誘った烏丸の度胸に尊敬する……」


「入ってくれたら部費だって上がるし、なんたって部内が華やかになるっ!」


「あ――」


「あん?」


「へぇー、それじゃあ今の部内には華がいないってことでオーケー?」


 僕の視線の先には、口角を怒りで震わしながら貼り付けた笑顔を浮かべた女子生徒、宮原乃々が腰に手を当てて立っていた。長い黒髪を後ろで束ね黒縁眼鏡がチャームポイントの宮原の顔は確かに笑っているが、彼女の後ろに仁王像のような得体の知れない気配のようなものを感じる。僕に実害はなさそうなのでそこにはノータッチでいよう。


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