第十六話 ちょろい自分ははまたもや振り回される
何を根拠にそう言っているのかは分からないが、またもやどこか確信めいた物の言い方。
いや、ここまで続けて断言しているのだ。もうはっきりと言っていいだろう。
「お前は、何を知ってるんだ?」
「……何のこと?」
織原の表情が僅かに曇る。いや、曇るというよりも笑顔の色が黒ずんだ。
これではっきりした。織原はネームレスの正体を知っている。
まぁだからと言って僕はどうこうするつもりもない。ただ今は流れのまま疑問をぶつけて会話を続けるだけだ。
「……仮にネームレスが偽物だったらどうすんだよ」
「私が暴くよ、その正体を!」
もう笑顔の色が元に戻っている。歌手だけじゃなく女優業にも手が出せるんじゃないか? そんなこと口が裂けても言わないけれど。
「ならSNSで呟けばいいだろ。あいつらは偽物だって。そもそもネームレスの名前が世界に広まったのはお前が発端だ。ネームレスに対して最も影響力のある発言者はお前なんだから、今たった一言文字を拡散するだけ不満が解決するんじゃないのか?」
「それはそうだけど。それじゃ根本的な解決にならないじゃん!」
「じゃんって言われても僕はお前のやりたいことが分からないから何とも言えないぞ……」
ネームレスである人物を探してはいるが、実はその正体は知っている。偽物が現れて腹を立てているが、その偽物を偽物だと世間に公表したいわけではない。
まだ意図が読めない。
「先輩なら分かると思ったけど?」
「……お前は僕をエスパーか何かだと思ってんのか?」
「まぁいいや。先輩がそこまで言うなら連れってってあげよう」
「話の脈絡を見せない自分中心の会話やめろ」
「脈絡あるじゃん! 逆にフラグしかなかったじゃん!」
フラグなんて立っていただろうか。
ここで立ったフラグと言えば、本当に僕がエスパーでこの後謎の怪人と戦ったり、急に襲来した隕石を全エネルギーを使って粉砕し世界を救う程度のものじゃないか? まぁそんなものは存在しないけれど。
「それで誰をどこに連れて行くって?」
「先輩をネームレスがやる生放送の収録現場に」
「……そんな遠くまで行くのはゴメンだ」
「案外遠くないよ。電車乗って四十分くらいだし、貸しスタジオも駅前にあるよ」
「何でそこまで知ってんの……? 特定厨なの……?」
「失礼な。人をストーカーみたいに! この業界も狭いからね。知り合いからネームレスの名前でスタジオ予約してるってすぐに連絡来たよ」
完全に職権乱用及びガチでストーカーじみた行為である。
っていうかスタジオってメンバーの名前じゃなくてグループ名で予約するものなのか?
「だからってどうして僕を連れていく必要があるんだよ」
「だって一人だと寂しいし抵抗あるじゃん!」
「焼肉屋に女子一人では行けないから友達と一緒にみたいなノリで誘うな!」
僕はカラオケだろうと映画だろうと一人で行ける。……焼肉は高いからさすがにまだないけれど、だぶん行ける。ちなみに補足しておくと決して一緒に行ってくれる友達がいないからではない。単純に一人が楽だからである。もう一度言っておく。友達が少ないからではない!
「ってことで今日の七時に駅集合ね」
「勝手に決めるな……って今日!?」
「あれ、知ってると思ってたけど」
顔出しの動画配信の情報までは知っていたが、日にちまでは耳に入れていなかった。
もしかしたら部長から送られてきたリンクに正確な情報が載っていたのかもしれないが今さらである。そもそも元々見る気も無かったのだが。
それにしても今日か。随分突貫作業なことで。
「それじゃあ私はトイレに行ってから教室戻るんで。先輩また後でね」
「おい待て、誰も行くって言ってな――」
我がまま歌姫はこちらの声など無視し、ウインク一つ投げて教室を足早に出て行った。
怒ったり驚いたり嬉しがったりとコロコロと変わる態度は一体何なのだろう。行動も感情も忙しい奴だ。
教室に一人取り残された僕は机を背もたれ代わりにし、天井を仰ぐ。
ネームレスが顔出しをするということだけでまさかここまで騒がれるとは思わなかった。
しかし織原のあの正体を知っている物言いは何なのか。メンバーの誰かを知っていることは間違いない。そうでないと告知した彼らが偽物だと断言はできない。
それともまた別のことを知っている? それでいてどうして僕にここまで固執する?
ここで無駄に頭を捻っていても問いに対する回答は浮かばない。
「とりあえず今言えることは……」
「僕がちょろい人間だったってことだな……」
現在時刻十八時五十分。
織原が指定してきた駅の改札前に僕は立っていた。
一度帰っているため服装は当然制服ではない。黒いTシャツ、膝にダメージ加工が施されたジーンズ、頭にはシャツと同じく黒のキャップというシンプルな服装。
それにしても帰宅ラッシュ時刻のため改札を出入りする人の数がもの凄い。
改札を通って来るはずの織原を探すためにジッと人ごみを見つめているが、視界に入ってくる情報が多いためかなりの重労働だ。加えて恐らく変装をしてくるだろうから余計に気が抜けない。
なぜここまでしているかというと僕が織原の連絡先を知らないからである。
友達との待ち合わせならば駅に到着した際メールか電話で連絡が来るが、今回はお互いがどのタイミングで駅に着いたかが分からない。下手をすれば二人とも駅のホームで待ちぼうけしている可能性もある。
以前織原が家に来たときに僕が連絡先交換を断ったからなのだが……。
幾度も行き来する人々を目で追っているが織原の姿はない。
いい加減疲れてため息をついていると、
「お・ま・た・せ。えいっ!」
背後から首筋に強烈な冷気を押し付けられ、思わず驚きの声を上げて盛大に飛び跳ねた。




